第10話 彼の日記
雨が、やまない。
振り続ける雨は、部屋の中に集まった数人の心を現しているようで、水量は多いのに音が静かだ。
お坊さんのお経がひたすら響くだけの室内には、中肉中背の女性や、誠、そして由紀と誠がいた。
他には誰もいない。
小さな小さな、小規模のお葬式。
誰もしゃべることはなく、泣くこともない。
皆が失ったものが大きすぎて、心に空いた穴の存在感がひどく大きい。
「……んで」
ふと、そんな声が聞こえてそちらを向いた。
その瞬間に、胸倉を掴まれた。
「なんでおまえがいるんだよ! おまえが殺したくせに!」
涙を浮かべ、顔を真っ赤にして怒る誠は、いまにも殴ってきそうなほどの勢いだった。
弘樹はそれを避けることも抵抗することもなく、受け入れようとする。
そうされても仕方ないことをしたのだ。
大事な親友を、想いびとを、殺してしまったのだ。
「やめてよ! お兄ちゃんは悪くない!」
由紀が止めに入るけれど、女子である彼女に誠を止めることはできず、誠は拳を振り上げた。
しかしそこで、誰かが止めた。
「ダメですよ、誠君」
「院長先生……」
優しそうな雰囲気を纏った女性は、誠を宥めると弘樹を見る。
「あなたが天城弘樹君ね。私は優人君の育った孤児院の院長をしている、笹部と言います」
ニコリと、お経が聞こえる中なぜかマリア様が見えそうなほどやさしい笑みを浮かべる笹部さん。
「これを、あなたに預けたいのだけど、いいかしら」
手渡されたそれは、数冊のノート。
「あの子、あまりものを持ってなかったから、遺品の整理が早く終わってしまってね。そのノートを読んだけれど、あなたが持つべきだと思ったの。私が持っていても意味がないから」
使い古された感じのあるノートには、名前もなにも書かれておらず、弘樹はノートを開いた。
そこに書かれているのは、彼の想い。
彼の気持ち。
彼の願い。
彼の祈り。
弘樹が大好きなのだという気落ちが溢れて。
だからこそ辛いのだという気持ちが溢れた。
――――彼の日記だった。
こんなにも、想われていたのだ。
こんなに好きでいてくれたのだ。
なのに悲しませて。
なのに傷つけて。
日記の最後のページには、涙の跡まで残っていた。
泣かせた。いっぱい泣かせた。
笑わせたかったのに。
喜んでもらいたかったのに。
全部真逆に進んだ。
「あぁぁぁ……」
なんでこうなった。
悪いのは俺なのに。どうして、優人を死なせる。
なんで、なんでなんだ。
弘樹はそのノートを抱きしめて、葬式中泣き続けた。
その数日後のことだった。
弘樹がナイフを自分で胸に刺し、自殺をしたのは。
机の上には愛しい彼の日記数冊とともに、一枚の紙が置かれていた。
その紙には一言。
『いまから行くね』
とだけ、書かれていたそうだ。
――――…………。
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