第8話 少しだけ


 優人を追いかけて、よくわからない場所まで来ていた。

 ひとは少ないので、優人らしきひとを見た者もいないだろう。

 浅はかだった。

 自分の行動も言動も。

 もっと深く考えるべきだった。

 鈍感過ぎるから、また優人を傷つけた。

 早く見つけて謝らないと。

 しばらく走り、キョロキョロ周りを見て、また走る。

 それを繰り返している内に、曲がり角でひとにぶつかった。

「……うわっ」

「…………ッチ」

 舌打ちが聞こえ顔を上げれば、そこには少し前に優人と春川を拉致して誠を呼ばせた男がいた。

「あれ、君確かあのときの……」

 春川の顔をまじまじと見つめる男。

 呆然と見上げる春川に、男は覚えられてないと思ったのか自分の名前を言う。

「俺だよ、地田。ってわからないか。あのときは自己紹介してなかったもんなー」

 そんなことを言うと地田の後ろから見知らぬ男が顔をだし、春川を見ると驚いた表情になる。

「こいつ夢島の……」

 丸刈りにされた頭に、歪んだ厳つい顔。

 まったく知らない男だが、優人を知っているようだった。

 男の呟きに、春川は反応して掴みかかる。

「夢島を知ってるのか!?」

 どこで見たのかと聞きたいのだが、その男は春川を突き飛ばし、地田に耳打ちをした。

 なにを言ったのかはわからない。

 だが、地田にやりとした悪い笑みを見た瞬間、嫌な予感がした。

「ちょうどいい。あの子、俺に怪我させたから仕返ししたかったんだー」

 春川の胸倉をつかんで起き上がらせると、首に腕を回した。

 右側に地田。左側に男がくると、歩かされた。

 一件仲がいいように見えるその状態のまま、どこかに連れて行かれようとしている。

 優人のもとに行かなくてはいけないのに、こんなやつらに捕まっている暇はない。

 どうにか逃げなくてはと、思考を巡らせる。

 地田は携帯電話を取り出し、どこかへと連絡を取った。

 隙ができることを願って聞き耳を立てていると、電話の相手が出る。

「……ん、あー俺だけどさ、いつもんとこ着いた? これからそっち行くわ。夢島を呼び出すためのいいカモを………………え?」

 愉快そうに話していた地田は、電話の向こう側の奴の言葉に驚いているようだ。

 なにかあったのかと気になりもしたが、いまならいけると行動に移そうとした瞬間。

「…………夢島が、そこにいる?」

 地田からでた言葉に、春川の動きを止めた。

「夢島!? 夢島がどこにいるって!?」

 逃げるのをやめて、地田に突っかかる。

 すると笑みを濃くして、電話の向こうの相手に言う。

「写メ送れ」

 数秒後に、メールの受信音がすると地田がそれを見せてくる。

 積み上げられた鉄板の山に座り込んで、涙を流している優人の姿。

「あのバケモノくんが、こんな可愛い顔で泣いてるなんてね。喧嘩でもした? 痴話喧嘩もほどほどにしなよ?」

 にやにやとむかつく笑みを浮かべる地田はそういうと、もうひとりの男にもそれを見せた。

「へぇ。あんなバケモノがこんなに可愛くなるなんてなぁ。おまえらあんなにラブラブだったもんなぁ……」

「え……」

 まるで見たことがあるかのような言い草。

「あんた、誰…………」

 いままでの記憶にはない。

 だとするとこの男は、記憶をなくす前の『天城弘樹』を知っていることになる。

「なんだ、忘れちまったのか? まぁ、少年院で丸刈りにしたから気づきゃしねぇか。磯田だよ。磯田。おまえらが中坊のときに会っただろ。あんときおまえを俺の元仲間がナイフで刺したせいで俺は……」

 悪態をつき始めた磯田と名乗る男。

「刺された……? 俺が……?」

 中防ということは、中学のころ。

 磯田が優人を知っているのだから、それは春川が知りたい記憶の場所だ。

「なんだぁ? まるで覚えてねぇみたいだな。恋は盲目ってかぁ? あんときも『夢島の恋人だ!』だの『夢島の初めても全部俺のだ!』だの言ってたもんなー」

 なんて恥ずかしい言葉を叫んでいるんだ過去の俺。

 恥ずかしいことだが、過去が聞けたのはありがたい。

「へぇ、そりゃ面白い。さて、君もこれで逃げる理由はなくなったな。これから夢島のところに行くよ」

 首を腕で絞められると顔が近くなり、地田の鼻息がかかって気分が悪い。

「君はこれから夢島を動かせないための人質だ」

 息が苦しく少し意識が飛びそうになった。

 地田の言葉を聞いた瞬間、その薄れていた意識の中でふと思ったのだ。









 ――――また、俺のせいで優人が殴られる。








 かつて、磯田にやられたときのように、弘樹が捕まったから優人がやられてしまう。

 悔しい。


「…………あれ?」


 いま、少しだけ思い出せたのだろうか。

 春川はその先も求めるけれどそれは叶わず、引きずられるように連れていかれる。

 その先にある悲劇に、気づかないまま。


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