第7話 可能性


 止まらない涙を拭うこともせず、優人は知らない場所を駆ける。

 嬉しかったのだ。

 好きだと言われて。

 悲しかったのだ。

 友達として、好きだと言われて。

 記憶が戻らなくても、本能でまた好いてくれたのではないかと。

 弘樹が、帰ってきてくれたんじゃないかと、期待して。

 そのすぐあとに、絶望に落とされた。

 友達でもいい。一緒にいられればそれで。

 そう思っていたはずだった。

 なのに。

 突然訪れた可能性に、期待してしまった。

 期待しても意味がないのに。

 裏切られるだけなのに。

 わかっていたはずなのに、それでも。

 それでもやっぱり、春川が――――弘樹が、好きだから。

 好きだから、また好きだと言われたい。

 恋人として一緒にいたい。

 でも、春川はそれを望んでいない。

 それがひどく心を抉る。

 どうしてこうなった。どうして。

 好きになってはいけなかったのか。出会ってはいけなかったのか。

 気が付いたら、どこかわからない場所についていた。

 周りにはひとはおらず、小さな廃工場のようなものがぽつんと忘れられたかのように建っている。

 どこの街にも寂れたところはあるようだ。

 ここなら落ち着いて整理ができそう。

 廃工場の中の隅っこに残された廃材の鉄の積まれた山に座り、縮こまった。

 どうして、春川は急に『恋人同士だったんじゃないか』なんて言い始めたのだろう。

 由紀は口止めしていたし、誠はそれを言うわけがない。

 いや、しかしあの暴走した日に、誠と春川はふたりきりになった。

 もしかしたらそのとき、いらぬことを言ったのではいか。

 でなければ、犬のように言われたことをすぐに信じる春川が疑うはずがない。

「…………誠のやつ……」

 あとで文句を言わなくては。

 いや、誠も心配しているのかもしれない。

 自分でもおかしいことはわかっている。

 歪んでいると。

 狂っていると。

 こんな歪な関係が、ずっと続くわけがないのだ。

 いまはなんとか保たれている均衡は、ほんの少しの衝撃でいとも簡単に崩れる。

 それに縋りつきたいのは自分だけで。

 それを望んでいるのは自分だけで。

 春川も思い出すことを望んでいる。誠も、きっとそう。

 由紀だって、思い出させようとしていた。

 これは優人のわがままだ。

 とてつもなく優柔不断なわがまま。

 思い出してほしくない。

 また捨てられるから。

 思い出してほしい。

 また愛を囁いてほしいから。

 相容れない願いを抱いて、そのどちらにも怯えて。

 バケモノだと言われているくせに、心は随分と弱い。脆い。

 もっと心が強ければよかったのに。

 力の強さより、心の強さが欲しかった。

 そうしたらこうして、好きな相手から逃げて泣くなんてこと、しなくていいのだから。

「はぁ…………」

 ないものねだりをしても意味がないのはわかっている。

 けれどひとはないものばかり欲しがるのだ。

「戻らないとな……」

 学校を休むと院長先生に怒られてしまう。

 それに、春川だって心配しているだろう。

 誠にも迷惑がかかる。

 帰るしかないか。

 そう思い立ち上がった瞬間、ガラガラという廃工場の扉を開ける音がした。

 まさか春川が追いかけてきたのかと思ってそちらを見る。

 するとそこには――――。




























 はらり。






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