第6話 教えてくれ


 そして、登校日。

 朝から春川は張り切って家を出た。

 学校に着けば優人はまだおらず、肩を落として席に座る。

 早く来ないかと逸る気持ちを必死に抑えるけれど、足が貧乏ゆすりをしてしまっていた。

 HR十分前くらいに、優人が現れる。

「おはよ、夢島」

 そういうと、優人は春川を見て微笑んだ。

「あぁ、おはよう」

 この可愛さよ……。

 なんて萌えている場合ではない。

 席を立ち、こちらに向かってきていた優人の腕を掴むとトイレに入った。

 HRの時間が近いからか生徒はおらず、廊下にもいないから話を聞かれることもない。

「どうかしたのか、春川」

 突然連れ込まれたので驚いた優人は、動転した表情で春川を見上げる。

 春川はここまで連れてきたものの、なんと切り出そうか迷っていた。

 しかし無言でい続けても話は進まないし記憶は戻らない。

 春川は意を決して口を開く。

「俺とおまえ、本当は恋人同士だったんじゃないか!?」

 沈黙が訪れた。

 唐突過ぎたせいか、優人が呆然とこちらを見たまま固まっている。

 なにか言葉を続けなければと、思っていると、優人が小さく呟いた。

「…………思い、だしたのか?」

 不安そうに瞳を揺らして、優人は見上げてくる。

 それに再び悶えそうだったが、気になることがあった。

 なぜ、こんなにも不安そうなのだろう。

 思い出してほしくなかったのだろうか。

「いや、まだ全然。でも、もしかしたら恋人同士で、それ関連で傷つけたからはなしてくれないのかなーっと」

 可能性だ。

 もしかしたらっていう、小さな可能性。

 でも、いまの優人の反応を見ると、その可能性が高い気がしてくる。

 記憶が戻ったら一緒にいられないと思っているのだろうか。

 そんなわけないのに。

「そっか、思い出してないのか……」

 安堵の息を漏らした優人。

 やはり、思い出してほしくないのだ。

「ねぇ、夢島。隠さないで教えてほしい」

 知りたいんだ。

 なにをしたのか。

 なにを思ったのか。

 本当はどういう関係で。

 どういう気持ちでふたりは一緒にいたのか。

 知りたいのだ。優人は思い出してほしくないかもしれないけど、思い出さないといけないんだ。

 優人が好きだから。

 すべてを知りたい。

「本当のことを教えてくれ。恋人同士だったんだろ? 知りたいんだ、全部。おまえになにをした?」

 真摯に願う。

 瞳を見て、春川は優人に願う。

 優人は春川の視線に耐えられず、顔を背けた。

「……お、俺たちは、友達だよ。別になにもされてない」

「嘘はつかなくていい。頼むから、教えて。本当のことを全部。俺はおまえを傷つけたんだろ? それを謝りたいんだ。でも思い出してないまま謝りたくない。だから思い出すために教えてくれ」

 春川はさらに懇願した。

 言いたくないのだろう。優人はまだ口を閉ざす。

 どうしても、優人に聞かなくては。

 優人がすべてを知っているのだから。

「罵ってくれても構わない。傷つけられた相手に話しずらいだろうけど、それでも教えてくれ。俺は…………」

 優人の逸らされた顔を両手でこちらに無理矢理向けた。

「俺は優人が、好きだから」

 目を見張る優人は、金魚のように口をパクパクとしている。

 うまく言葉にならないのだろう。

 まぁ、一見したら告白のようだから、仕方ない。

 春川はまだ、優人に対する好意が、恋愛からくるものだとは気づいていない。

「こう……き?」

 だから、優人が泣きそうな顔で名前を呼んだとき、胸のときめきをごまかしてしまった。

「『友達として』おまえのことが大好きだ。だから、教えてくれ」

 恋人同士だったんじゃないか、なんて聞いているくせに、自分に素直になれずにそう言って。

 思春期というものはなんて面倒なものなのだろう。

「……………………っ」

 涙を溜めた優人は、春川を突き飛ばしてトイレを出て行ってしまった。

 春川は呆然と優人の走って行った出口を見つめながら、気が付いた。


 優人を、いま傷つけたのだと。


 いますぐ追いかけないと。

 春川は立ち上がるとトイレをでて、教室を見た。

 すでにHRが始まっている教室内に、優人の姿はない。

 どこに行ったのかわからないが、追いかけずにはいられずに学校を出た。



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