第3話 想像


「お兄ちゃんあんまり変わらないね」

 そう言いながら由紀は、黄色の小さな肩掛けバックからスマホを取り出して兄を撮った。

「ちょ、いきなり撮るな」

 いきなりやられると恥ずかしい。

 しかも路上で撮るなんて。

「いいじゃん。お父さんに見せないとだし」

「だからって、いきなり撮るな」

 少し怒った顔で由紀にデコピンを食らわしてやった。

 すると、舌を出して「てへっ」なんてウインクするから、怒る気も失せて嘆息した。

「ったくおまえも、全然変わってないな」

「可愛い妹が、相変わらずお兄ちゃん想いでよかったね」

「そうじゃない」

 一年ぶりでなにもかも楽しいのか、笑顔が絶えない由紀。

 それに自然とこちらまで笑顔になった。

「ここがいまお兄ちゃんが暮らしてる街かー。栄えてるねー」

 きょろきょろと見まわして、興味で大きな目を光らせている。

「そっちは結構田舎なんだろ? 田んぼとかあるのか?」

「あるよ。山とか自然が多いの。夏休みにでもきてよ! 散策しよ! 夏祭りもあるんだって」

 いろんなことに興味を持ってくれるのは嬉しい。

 なんて、兄というより父のような気持になってしまう。

「そうだな。そのときまだこの街にいれたら、優人と染井も誘っていくか」

 夏祭りに友達と行くなんて、初めてだ。

 きっといい思い出になる。

 優人は見た目がすごくかわいいから、女物の着物なんて着たらもう男とは思えなくなりそうだ。

 想像してみると…………ちょっとエロイ気もする。

 肩まで伸びている黒髪をまとめたらうなじが見えそうだし、それもまたいい。

 あの観覧車での涙で潤んだ瞳と紅潮した顔でいられたら、男なのだということも忘れて襲ってしまいそうだ。

「…………って」

 相手は男だというのになにを考えているのだ自分は。

「どうかしたか、春川」

 優人がこちらを上目遣いで見てくる。

 それがまた可愛いので、胸が高鳴ってしまう。

「犯則だ…………」

「ん?」

 なにがだ、とばかりに見つめてくる優人のその顔がまた可愛いのでもう心臓に悪いのだ。

「あ、ここのケーキおいしそう!」

 由紀が示した店はファミレス。いまの時間は空いているようなので、ここに決めた。

 中に入り、窓側の席に案内された。

 春川と由紀が向き合う形になり、春川の隣に優人が座ろうとしたところで、由紀が言う。

「あ、優人さんこっち。こっち座って」

 自分の隣をポンポンと叩きながら、由紀は優人を見上げる。

「あ、うん」

 優人は頷いて由紀の隣に座り、ドリンクと、由紀はケーキも頼んだ。

「優人さん相変わらずオレンジジュースなんですね。可愛いー」

 由紀はなぜか優人を抱きしめて離さない。

「だって、コーヒー苦いし……」

「かーわーいーいー!」

 高校生なのにコーヒー苦くてオレンジジュース頼むのは可愛い。確かに可愛い。

 しかし年頃の女の子が年頃の男の子に抱き着きっぱなしなのはいかがなものか。

「こら、はしたないぞ由紀」

 シスコンではないけれど、なにか気に入らなくてそういうと、由紀は舌を出して拒否した。

「嫌ですー! 優人さん取られて悔しいなら抱き着いてみろー!」

 妹がここまで懐いているのは、あまり見ない。

 記憶がないからというのもあるけれど、おそらく優人が初めてなのではないか。

 母にも、父にも、兄にも、ここまで懐きはしていない気もする。

 家族にもこんなに甘えたりしているようには見えない。なのに、優人にだけはべたべたと甘えている。

 もしかしたら、由紀は優人が好きなのではないか。

 友達とかではない、恋愛感情で。

 そんな推論が頭を巡り、なぜか胸が痛む。

 妹を取られた気分とは、また違う。

 これは、なんなのだろう。

「あ、ケーキ来た!」

 由紀は運ばれてきたショートケーキを見て目を輝かせ、素早くフォークを取ると一口取って食べた。

 その瞬間、顔をふにゃりと幸せそうに崩す。

「甘いおいしいー!」

 嬉しそうに頬張って食べている由紀は、半分ほど食べると優人に言う。

「あ、優人さん。これおいしいから一口あげる!」

 少し大きめにフォークで取り、優人の口に運ぶ。

「え、大丈夫だよ。由紀ちゃん食べなよ」

「いいからいいから。ほらほら」

 有無を言わせず口につけるので、仕方なく優人は口を開ける。

 優人の小さいお口に、大きめのケーキはすべて入らず、少し口の周りに白い生クリームがついてしまった。

「んっ…………」

 由紀が勢いよくケーキを入れたせいで奥に入ったのか、優人が少しむせた。

 なんとか食べたけれど、涙が浮かぶ優人は口の周りの生クリームを手で取ってなめる。

 それのなんとエロイことか。

「……………………って」

 だから男だって!

 なんで男に向かってエロイとか。いや、エロイけど、そうじゃなくて!

 思春期なのはわかっているけど、なんで男で想像してんだ馬鹿。

 自分はいつからホモになったのだろう。

「優人さんごめん。大丈夫?」

「むせたけど大丈夫。おいしいね、これ」

「でしょでしょでしょ!」

 ふたりはすごく純粋に嬉しそうに笑っていて、自分ひとりこんなやばい想像をしかも男の友達でしてしまったし。

 いたたまれなくなって、春川はトイレ行くと言ってに席を立った。


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