第2話 夢
ひらりはらりと桜の散る窓辺。
知らない学校の教室。その窓辺の前から三番目の席に、誰かが寝ている。
知らない奴のはずなのに、起こさなきゃって思えてしまう。
近づいて、前の席に座って、その顔を見る。
その顔が、幼いけれど夢島に見えた。
いや、かつて友達だったと言っていたから、これは夢じゃなくて記憶なのかもしれない。
『――――夢島、そろそろ帰ろう?』
肩をゆすって、起こそうとする。
少し呻ったあと、彼はゆっくり体を起こした。
『――――天城……』
名前を呼ぶ彼は、こちらを愛おしそうに見てくる。
そして、なにかを言うのだ。
けれど、それはよく聞こえない。
なにを言ったのだろう。
『――――――――』
聞こえない。
なにを言っているのか。
聞きたいのに。
それを聞けば、思い出せる気がするのだ。
なのに、聞こえない。
そのままその光景は離れていく。
嫌だ。待ってくれ。行かないでくれ。思い出さなきゃいけないんだ。
夢島のことを。優人のことを。
思い出したいんだ。
待ってくれ、優人――――。
『さようなら、天城』
「優人ぉぉぉぉ!」
表情のない優人の、別れの言葉。
胸が締め付けられて、苦しい。
息が上がって、汗ばんでいた。
こんな目覚めは、初めてだ。
カーテンの隙間から差し込む朝の陽ざしが、眩しい。
体を起こしてカーテンを開けると、その眩しさが強まるがすぐになれる。
朝陽を受けて煌く木々が、窓から見えた。
桜の花弁がもう残っていない緑ばかりの木は、どこか寂しそうだ。
ため息を吐いて、ベッドから降りると、寝間着から私服へ着替えた。
◆
春川の家は離婚しており、母は毎日仕事に明け暮れている。
家には帰ってきても、寝るか荷物を取りにくるだけで、まともに話してもいない。
けれど、それもこれも自分を育てるために働いているからなので、不満はない。
学校に行けば友達がいるのだから、寂しさも自然と湧いてくることはなかった。
父も似たような状態らしいが、妹の由紀が心配だ。
寂しい思いをしているのではないかと、心配になる。
実は今日、一年ぶりに由紀に会うのだ。
いま由紀は中学一年になったころだろう。
母や父譲りで、大人びた綺麗な見た目だから、モテモテだろうか。
きっと将来はもっと美人さんだなと、兄ながら思う。
母も、少ししか見たことのないが父も、俗に言う美形なので、その血をふたりとも受け継いでいる。
自分で言うのもなんだが、美形家族なのだ。
鏡を見ながら髪を整えて、満足して「よしっ」と頷いた。
気合いを入れているのは、由紀だけでなく優人も来るからである。
前に由紀にも会っているみたいで、優人も会いたいというので、一緒に待ち合わせした。
オレンジのパーカーにジーパン、中は白いシャツを着て、家をでる。
駅前の広場の花段に座り、スマホを見る。
着いたらラインをしてくると思うのだが、まだ着いていないのか通知はない。
優人は携帯電話自体もっていないので、くるまで待つしかない。
うしろのポケットにしまって、空を見上げる。
梅雨が近いのか、雲が多く風が強い。
爽やかな空はもう少し経たないと見えないだろう。
夏には綺麗な青空や夜空が見えるだろう。
花火が綺麗に咲くには、あと一ヶ月か二ヶ月。優人や由紀や、そしてできれば染井とも、見に行きたい。
いまは仲が悪いけれど、まだ仲良くなれるはずだ。
チャンスはまだある。
「あぁ…………」
でもその前に、優人のことを思い出したい。
朝の夢。あの言葉は、なんだったのだろう。
酷く胸が苦しくなる言葉。
あれが記憶なのだとしたら、あれは確実に優人になにかした証なのだ。
なにをしたのだ。
あんな顔をさせた。
あんな言葉を言わせた。
自分はなにをしたのだろう。
そこを思い出さなければいけないのに、なぜか思い出せない。
「はぁ…………」
今日は由紀に会えるのだ。
もしかしたら、由紀は知っているかもしれない。優人と自分の関係も、知っているかもしれない。
聞けたら、聞きたいのだ。
思い出すきっかけになるかもしれない。
すべては可能性だけだけれど、それにもすがりたい。
「おにーちゃーん!」
ふと聞こえた声に、春川は顔を上げる。
そちらを見たら、一年前に別れたときよりも、数段美人になった妹がいた。
「由紀!」
抱き着いてきたところは変わらないものの、背も胸も顔も成長している妹は、久しぶりに再会した兄に笑顔を向ける。
「久しぶりだね、お兄ちゃん!」
「おう」
長く伸びた茶色がかった髪はカールがかかっていて、ふわふわしている。
頭を撫でると、嬉しそうに笑った。
「ふたりとも」
そこに優人も合流した。
黒いパーカーにジーパン姿の優人は、春川から離れた由紀に抱き着かれて隠れる。
「優人さん久しぶり! 相変わらずすっごい可愛いね!」
前より大きくなった胸に包まれて息ができないのか、苦しそうにもがいている優人は、離された瞬間に大きく息を吸った。
「苦しっ……っていうか……」
淡いピンクと白のワンピースに、底が高いサンダルの由紀をじろじろと見てから、優人は恐る恐る問うた。
「……、身長いくつ?」
「百七十一です!」
どやぁっとばかりの顔を浮かべた由紀。
なぜか絶望顔の優人。
どういうことなのだろう。
「へー、おまえ伸びたなー。俺の身長までもう少しか」
「そうだよ。しかもいまサンダルで底上げしてるからお兄ちゃんとおんなじくらいだねー」
男なのに妹である由紀に身長を越されかけているのはなんだか複雑な気分だ。
…………もしかして。
「優人、おまえ身長……」
「百六十五…………」
なんとなく察しがついた。
「大丈夫ですよ優人さん! 優人さんは小さい方が可愛いので!」
「ううう」
由紀はまったくフォローになってないフォローを言っている。
優人が不憫だ。
「ほら、もう行こう。どっか喫茶店にでも入って話そうよ」
そこで昔の話も、聞きたいのだ。
ふたりは頷いて、三人で歩き始めた。
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