第6話 ふたりの幸せを

      ◇


 陽が傾き、もう少しで空が黒く染まるころ。

「せ、ん…………ば! 来た! 千羽折れた!」

 優人の周りには、カラフルな鶴が散らばっていた。

 いつの間にか眠ってしまっていた誠は、その声に起こされ、目元をこする。

 休憩きゅうけいも取らずにひたすら折っていたせいか、手が全体的に痛くなつていた。

 座りっぱなしだから足腰も痛いし、肩こりもしている。目も疲れ、集中のし過ぎで頭も痛い。

 全身が悲鳴を上げているが、休んでいる暇はない。ひもで繋いでしまえば、完成なのだ。

「病院って、夜はお見舞いできないんだっけ?」

 優人は誠にそうく。

 誠は、病院という言葉に少し不思議そうな顔していたが、

「あー、そうだな。たぶんダメだ」

 と答えてくれた。

 それに残念そうに俯くけれど、すぐに顔を上げて叫ぶように言う。

「繋ぐの手伝って!」

「はいはい。まってましたよー」

 机に突っ伏す形で寝ていたせいか、肩が痛いが、誠は腕を回して和らげる。

 ソファーの優人の隣に座り、繋いでいく。

「一日で作るとか、すごいな」

 誠が苦笑いで言えば、優人は少し疲れた笑みを浮かべる。

「早くあげたいんだ。退院も早くしてほしいし。だから、明日にでも届けたくて」

 弘樹は、笑顔をくれる。

 恋しいという感情ももらった。

 バケモノを否定してくれた。

 ときめきをくれた。

 家族になろうという、言葉をもらった。

 嬉しかった。

 ただただ、嬉しかったのだ。

 溢れてくるこの感情を、嬉しい以外では表すことができないけれど。

 この気持ちを、少しでも彼に返せたらと思う。

 これは、その第一歩なのだ。

 弘樹は、これを見たら喜ぶだろうか。

 いつもみたいに、おちゃらけてくれるだろうか。

 目に浮かぶ弘樹の姿はいつも通り過ぎて、頬が緩んでしまう。

「これで、完成だな」

 誠の声で我に返れば、あっという間に千羽の鶴が繋がっていて。

「うおー! これが千羽鶴か! すげー」

 なんて、歓声かんせいを上げてしまった。

 鶴の形は、お世辞せじにもうまいとは言えないけれど。

 これがまた醍醐味だいごみというか、あじがあるというか。

 ひとの気持ちが詰まっているとは、こういうことなのかもしれない。

 もらう側ではなく渡す側なのに、しみじみとそれを痛感つうかんして、少し涙が出そうだ。

「よかったな。明日渡しに行けるぞ」

「あぁ!」

 渡すときのことを思い浮かべてひとみを輝かせる優人。

 誠はまるで愛する息子むすこを見守るような気持になる。

「それ、院に持ち帰るか? それともここにおいてく?」

「あー、おいてく。持って帰るとぐしゃぐしゃにしちゃいそうだし」

 まるでれ物をあつかうように、そっと持つとカウンターまでそっと運び、そっと置くと安堵あんどのため息を吐く。

 本当に、子供のような反応に、誠は顔が緩むのを感じる。

「楽しみだな、明日」

 誠のその言葉に、優人は珍しく満面の笑みを浮かべた。

「おう!」

 その笑顔は、誠が決してあたえられないもの。

 誠は、すっと目を冷やした。

「なぁ、優人」

「ん?」

 突然、冷たくなった誠の目に、真剣なものを感じて、優人は笑みを消す。

「おまえ、天城くんのこと、好きなの?」

 静かに待っていた誠の口から紡がれたその言葉に、優人は顔を真っ赤にした。

「はぁ!?」

 突然なにを言うとばかりに目を見開いて、優人は固まる。

 しかし、誠の普段は見ない真剣そのものの瞳は、優人が答えるのを待っていた。

 息をみ、優人は恥ずかしい気持ちを押し殺して頷いた。

「…………うん。……好き」

 それを見て、誠は納得しながら完全に『初恋』が終わったのだと確信する。

 真っ赤な顔をして、恥ずかしさに目を潤ませても、確固かっこたる想いがそこにはある。

 入る隙間すきまのない、決して勝ち目のない、勝負に負けた。

 優人は、もう彼のものになってしまった。

 誠の手は届かない。誠のものにはならない。誠の想いは、届かない。

「天城くんは、おまえを変えてくれたんだな」

 そう言うと、優人はこくりとまた頷いた。

「弘樹は、俺にたくさんのものをくれたから、今度が俺が返したいんだ」

 嬉しそうに、恥ずかしそうにそう言う優人。

 前よりも表情がゆたかで、それも彼に会ったから生まれたものだ。

 勝ち目なんて、とうになかった。

「よかったな、優人」

「ああ」

 懐かしい昔を夢に見たのは、この失恋を暗示していたからかもしれない。

 恋は叶わない。もう、優人は誠に振り向くことは完全にない。

 なら、そうやって笑う優人を、守ろう。

 いま気持ちを伝えたところで、困らせるだけだ。なら。

 ならせめて、傍にいることだけは守ろうと。

 そして傍で、幸せそうに笑う初恋の相手ゆうとを、見守ろうと。
















 ふたりの幸せを、願うことを、決意した。


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