再会

2016年11月13日


「お願い、待って!行かないで!行かないで!涼太!涼太ーーーーーー!!」

私は、目を覚ました。

「夢か……」

あの事故の日からもうすぐ3年になるけれど、私はいまだに、あの夜の夢を見ることがある。

枕元の目覚まし時計に目をやると、まだ午前3時30分だった。

当然、部屋も外も、まだ真っ暗だ。

私は、あれからほとんど、自宅に引きこもっていた。

父も母も妹のさくらも、最初の数ヶ月は無理矢理にでも、私をなんとか外に連れ出そうとしていたけれど、今はもう無理に連れ出そうとはしなくなっていた。

私も、いつまでもこのままでは、いけないということは、当然わかってはいたのだけれども、外に出るのがとても怖かった。


私は、再び目を覚ました。

部屋も外も、すっかり明るくなっている。

どうやら、また眠ってしまっていたようだ。

再び目覚まし時計に目をやると、午前8時を過ぎたところだった。

目覚まし時計とはいっても、引きこもるようになってからは、一度も目覚ましをセットしていないので、目覚ましの役割は、はたしていなかった。

私は、ベッドから起き上がると、カーテンの隙間から外を覗いてみた。

空を見上げると、今にも雨が降り出しそうだ。

11月になって、外はもうすっかり秋の気配だ。

私は、着替えを済ませると、部屋を出て一階へと下りた。


私は、台所へ入っていった。

「ひまわり、おはよう。」

母は、読んでいた新聞を閉じると笑顔で言った。

「お母さん、おはよう。」

「朝食、食べるでしょ?」

「うん。食べる。」

何もしてなくても、やっぱりお腹はすくものだ。

「お父さんとさくらは?」

今日は、祝日でお休みのはずだけれど。

「お父さんは、今日は休日出勤よ。さくらは、もうちょっと前に、出かけたわよ。」

「こんなに早く、さくらも出かけたの?」

私は、びっくりして、母に聞き返した。

「お友達と、出かけるそうよ。」

「そうなんだ。」

私は、母が焼いてくれた食パンを食べ始めた。

しばらくすると、

「ねえ、ひまわり。」と、母が話しかけてきた。

「なあに?」

「ひまわり。もう、あれから3年よね。ちょっとだけでも外に出てみない?」

「……」

私は、何も答えなかった。

「ひまわり。あなたの気持ちは、お母さんも、よくわかってる。」

母は、私の目を真っ直ぐに見ながら、言葉を続ける。

「でもね。お母さんもお父さんも、それに、さくらもあなたのお友達も、みんな、ひまわりのことを心配してるのよ。ひまわりだって、それはわかっているでしょう?」

母は、優しい口調で語りかけた。

「お母さん……わかってる……わかってるけど……」

「みんな、ひまわりのことが、大好きなの。昔みたいに、ひまわりに笑顔になってほしいって、そう思っているの。」

そう言うと、母の目から涙がこぼれた。

「お母さん……だけど……私、怖いの……」

私は、それ以上は何も言えなかった。

母も、それ以上はこの話はしなかった。


私は、朝食を終えて自分の部屋に戻ると、そのままベッドに倒れこんだ。

あんな母の涙を見たのは、初めてだった。

私は、そのまま夜まで部屋から出なかった。


私は、午後7時になると再び一階に下りた。

母と、顔をあわせるのが気まずい思いもあったけれども、どうしても空腹には、勝てなかった。


台所に入ると、母とさくらが何か話していた。

「あっ、お姉ちゃん。いきなり入って来ないでよ、びっくりするじゃない。」

「えっ?あっ、ごめんなさい。」

私は、自宅の台所に入るのに、わざわざドアをノックする人なんて、いないんじゃないか?と思ったのだけれど、とりあえず謝っておいた。

「ひまわり。ご飯食べるでしょ?」

母は、午前中のできごとなどまったくなかったように、いたって普通だった。

「うん。食べる。」

私は、イスに座ると、

「二人で、何を話していたの?」と、さくらに聞いた。

「フフッ、秘密よ。明日になればわかるから。」と、さくらは教えてくれなかった。

「それじゃあ明日は、7時くらいには起きてね。」

「えっ?7時に?どうして?」

「いいからいいから。明日をお楽しみに。」

みんな、それ以上は何も話してくれなかった。


11月14日


ピピッ!ピピッ!ピピッ!

私は、目を覚ました。

枕元の、目覚まし時計が鳴っている。

目覚ましを使ったのは、約3年ぶりだ。

3年ぶりでも、目覚まし時計は鳴りかたを忘れていないようだ…当たり前だけど。

目覚ましを止めて時間を見ると、6時55分だった。

私は、さくらに言われたとおりに、7時までに起床した。

「お姉ちゃん、おはよう。ちゃんと起きてる?」

突然、部屋のドアが開いて、さくらが入ってきた。

「ちょっ、ちょっと、さくら。ノックもしないで、いきなり入って来ないでよ。」

「コンコン。これでいい?」

「これでいい?って、入って来てから、口でコンコンって、言っただけじゃないの。」

「あー、もう、うるさいなー。そんなことはどうでもいいから、早く朝ご飯を食べちゃってよ。」

「うるさいのは、さくらのほうじゃないの。」

さくらが、私の手を引っ張って、部屋から連れて行こうとする。

「ちょっ、ちょっと待ってってば、私、まだパジャマなんだから。着替えないと。」

「そんなことは、どうでもいいから。」

「えっ?そんなことって…わかった、わかったから、そんなに手を引っ張らないでよ。」

私は、さくらの勢いに押されるように、階段を下りた。

台所に入ると、食卓にはもう、朝食が用意されていた。

「ひまわり、おはよう。」

母と父が、同時にあいさつする。

「お、おはよう。」

私は、戸惑いながらあいさつすると、椅子に座り食事を始めた。

「お父さん、今日は、お休み?」

「うん。昨日の代休。」

「そうなんだ。ねえお父さん、何か聞いてる?お母さんもさくらも、何も教えてくれないんだけれど。」

私は、すでに朝食を食べ終えて、コーヒーを飲んでいる父に聞いてみた。

「い、いや、お父さんは、何も知らないぞ。知らない知らない。」

「本当に?」

「……」

父は、聞こえないふりをしている。

まさか、家族で私を無理矢理に、外に連れ出そうとしているのだろうか?

さくらは、さっきから時計を気にしている。

「さくら、もしかして、私を……」と、言いかけたとき、ピンポーンとチャイムが鳴った。

まだ時刻は、午前7時20分を過ぎたところだ。

こんなに早い時間に、誰だろうか?

「はーい!」と、さくらが玄関へと出ていった。

「おはようございます。こんなに朝早くから、ありがとうございます。」

玄関から、さくらの声が聞こえる。

「さくらちゃん、おはよう。ちょっと早く来すぎちゃったかな?」

誰だろう?

「全然、大丈夫ですよ。上がってください。」

「おじゃましまーす。」

えっ?

この声って。

どこかで、聞いたことがあるような?

ま、まさか……

「おじさん、おばさん、おはようございます。おじさん、お久しぶりです。」

「やあ、夏野さん。久しぶりだね。」

「ひばりちゃん、いらっしゃい。今日は、よろしくね。」

私が、驚いていると、

「あら?ひまわりいたの?」

「……」

「どうしたの?まさか、5年も会ってないからって、この親友の顔を、忘れてしまったっていうんじゃないでしょうね?」

「……」

「ちょ、ちょっと。まさか本当に忘れちゃったの?」

ひばりが、あわてて言った。

「忘れる……わけが……ないじゃない。ひばり……」

「ちょっ、ちょっと。ひまわり、何?もしかして、泣いてるの?」

思いがけず、私が泣き出したのを見て、ひばりはどうしていいかわからないようだ。

「ひばり……ごめん。会いたかった……」

私は、何故だか、涙が止まらなかった。

「ひまわり。嬉しいことを言ってくれるじゃない……やだ……なんで……私まで……涙が……」

私は、ひばりに抱きしめられながら、二人で泣いていた。

それを見ていた、母とさくらも泣いていた。

父だけが、女四人のそんな姿を見て、

「えっ?なんで泣いているの?」と、言いたげな顔で、その光景を見つめていた。


みんなが泣き止むまで、5分ほどかかった。

父は、この雰囲に耐えきれなかったようで、自分の部屋に行ってしまった。

「あー、びっくりしたー。ひばり、何?突然どうしたのよ?」

私は、涙を拭きながら聞いた。

「うん。たまたま、偶然近くまで来たから。」

「えっ?そうなの?」

「っていうのは、もちろん嘘で。」

「フフッ。ひばりは、相変わらずね。」

ひばりは、学生時代から、よく冗談などを言っていた。

「本当はね、さくらちゃんに頼まれたからなのよ。」

「さくらに頼まれた?」

私は、びっくりして、さくらのほうを見た。

さくらは、私を見て微笑んでいる。

「ええ、そうよ。」

「どういうこと?」

「あなたの彼の涼太さんのことを、さくらちゃんとおばさんから聞いたのよ。ひまわり、あなたがもう3年も、自分のことを責め続けているって。家に引きこもって、まったく笑わなくなったって。」

ひばりは、私の目を真っ直ぐに見つめながら話した。

「お姉ちゃん、かってに話しちゃってごめんなさい。でもね、親友のひばりさんならきっと、お姉ちゃんを助けてくれるんじゃないかなって思ったの。」

「そうだったの……さくら、ごめんね。ありがとう。でも、ひばりは、大学を卒業したあとは、東京の会社に就職したはずでしょう?いつの間にこっちに帰ってたの?」

ひばりは、大学卒業と同時に東京に行ってしまい、その後は、まったく会っていなかった。

「うん。そうなんだけどね……実はね、お母さんが体を壊しちゃってね。私のお姉ちゃんは、沖縄にお嫁に行っちゃってて、なかなかこっちに帰って来られないし、お父さん一人だけじゃ大変だから、10月で会社を辞めて、こっちに帰ってきたのよ。」

「そうだったの。それで、お母さんは大丈夫なの?」

「ええ、大丈夫よ。別に、今すぐ命がどうこうっていうわけじゃないから。」

「そう、それなら良かった。」

「今日は、お父さんの仕事がお休みだから、お父さんに任せてきたの。」

「さくらは、ひばりが、こっちに帰ってきていたのを知っていたの?」

私は、それがとても不思議だった。

「うん。実は、一週間ほど前に、お母さんとスーパーで買い物をしていたら、偶然ひばりさんに出会ったの。」

「えっ?じゃあ、さくらだけじゃなくて、お母さんも知っていたの?」

私は、とてもびっくりした。

「ごめんね、ひまわり。ひばりちゃんとさくらが、内緒にしておいて、びっくりさせようって言うから。」と、母が申し訳なさそうに言った。

「まあ、そういうことだから。それじゃあ、ひまわり、行くわよ。」

「えっ?今、行くって言ったの?ど、どこに行くのよ?」

ひばりに、突然そんなことを言われたので、私は、びっくりして聞き返した。

「私の部屋?」

「そうそう。ひまわりの部屋で、お茶でも飲みながらトランプでもして…って、そんなわけないでしょっ!」

「そ、そうなの。」

これは、今流行りの、ノリツッコミとかいうものなのかしら?

私は、心の中でそう思った。

「なんで、わざわざこんなに朝早くから、トランプをするために、こんなところまで来るのよ。」

「こんなところって……トランプって言ったのは、ひばりじゃない。」

「と、とにかく、私が今日ここに来た理由は、さくらちゃんとおばさんに、ひまわりをなんとか外に連れ出してほしいって、頼まれたからなのよ。」

「……」

「ひまわり。都合が悪くなると黙りこむのは、やめなさい。」と、ひばりは、たしなめるように言った。

「……ごめんなさい。」

「まあ、いいわ。ひまわり、私は別に、あなたにお説教するために来たんじゃないのよ。さくらちゃんに、お姉ちゃんを助けてくれって、泣いて頼まれたから、こうしてやって来たのよ。」

ひばりは、強い口調でそう言った。

「お母さん。私、泣いてたっけ?」

さくらが、母に聞いている。

「さあ?どうだったかしら?」

「ひまわり。いつまでも家族に甘えてるんじゃないわよ。さくらちゃんが、どんな思いで、泣きながら頼んだと思っているの?」

「だから、泣いてないってば。」

ひばりは、さくらのほうを一瞬ジロッとにらみながら、言葉を続ける。

「ひまわり。いつまでもこうしていたって、仕方がないでしょう?」

今度は、優しい口調で言った。

「……」

私は、無言で母のほうを見た。

母は、優しい微笑みを浮かべながら、私のほうを見ている。

「ひまわり。今日がなんの日か、覚えている?」と、ひばりが聞いてきた。

「えっ?今日?」

突然、そんなことを聞かれても、一向に思い当たらない。

「酷いっ!ひまわり、覚えてないのね。私は、6月11日をよく覚えているのに。」

「あっ!」

私は、やっと思い出した。

「今日は、11月14日。ひばりの誕生日だ。」

「ええ、そうよ。まあ、思い出しただけでも良しとしてやるか。それじゃあ、行きましょうか。」

「えっ?なんで、そうなるのよ。」

「出かけて、私の誕生日を祝ってよ。それとも、私の誕生日を祝えないっていうの?」

「そういうわけじゃあないけど、外に出掛けなくても、私の部屋で、やればいいじゃないの?」

「私は、昔からアウトドア派なのよ。」

そうだったかしら?

「ひまわり。勇気を出して、一歩を踏み出しましょう。亡くなった涼太さんだって、きっとそう思っているはずよ。」

「涼太が……」

「ええ、そうよ。」

「お姉ちゃん。行こう。」

「……うん。わかった。」

私は、決心した。

私も本当は、外に出たいという気持ちは、あったのだ。

しかし、約3年もの間、こういう生活を続けてきたことで、この状況に慣れすぎて、きっかけを失ってしまったのだ。

言い訳みたいに、とられるかもしれないけれども、ひばりの言葉がいいきっかけをくれたのだ。

「うんうん。よく言った、ひまわり。それでこそ、私の親友。」

「お姉ちゃん……」

「それじゃあ、ひまわり。部屋で着替えてらっしゃい。ひばりちゃん、ありがとうね。」と、母がすごく嬉しそうに、そう言った。

私は、二階へ着替えに行った。

「ねえねえ、お母さん。お姉ちゃん、ひばりさんと話しているとき、すっごく楽しそうだったね。」

「ええ、そうね。」


『夏野ひばり』

私の、中学校1年生のときからの一番の親友だ。

ひばりは、身長162センチメートルほどあるが、私と並ぶと小さく見える。

ひばりは、とても明るい性格でクラスみんなの人気者だった。

仲良くなったきっかけは、中学校1年生の春だった。


2001年4月


私も、今日から中学生だ。

入学式を終えると、みんなそれぞれの教室へと向かった。

私は、1年A組だ。

「ここか。」

私は、1年A組の教室へ入った。

このクラスは、男子が16人、女子が14人の、合計30人のクラスだ。

私と同じ小学校から来た生徒も、数人いる。

どうやら、私が一番最後に来たみたいだ。

そこへ先生がやって来た。

「はい、皆さんこんにちは。私は、この1年A組の担任の、西野今日子と言います。これから一年間、よろしくお願いします。それじゃあ、席替えは、また後日やりますので、今は適当に座ってください。」

私は、窓際の一番後ろの席に座った。

すると、前の席に座った女の子が、振り向いて私に話しかけてきた。

「こんにちは。」

「えっ?あっ、こ、こんにちは。」

「あなた、大きいわね。名前は?」

「えっ?」

「えっ?じゃあないわよ。名前よ。な・ま・え。」

「あっ、冬野、冬野ひまわりです。」

「えっ?何?」

「冬野ひまわりですけど。」

この人は、いったい、なんなんだろう?

「そうか、私とまったく正反対ね。」

「正反対?」

私は、何が正反対なのか、まったくわからなかった。

「ええ、そうよ。」

「……」

「決めた!今日から私とひまわりは、親友よ。」

私は、びっくりしすぎて言葉が出てこなかった。

初対面でいきなり呼び捨てにされて、しかも、いきなり親友だなんて。

「こらっ!そこの二人。うるさいわよ、静かにしなさい。」

私まで、とばっちりで怒られてしまった。

「すみません。」

二人同時に謝った。

「あなた達、名前は?」

「冬野ひまわりです。」

こんな短時間に、二度も名前を聞かれることになるなんて、思わなかった。

「夏野ひばりです。」と、前の席の女の子が名乗った。

「あら、冬と夏で、正反対ね。」

なるほど。

正反対っていうのは、そういうことなのね。

「はい。名前も植物と生き物で、まったく正反対です。」

そのとき、私は思った。

きっと、この夏野ひばりとは、一生の友達に、かけがえのない親友になるのだろうと……


これが、私『冬野ひまわり』と、親友の『夏野ひばり』との、出会いである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る