整理

2016年11月14日


私は、二階へ上がり、自分の部屋へと戻った。

さあ、着替えようと思ったのだけれども、ひばりは、私をいったいどこへ連れて行くつもりなんだろうか?

まあ、どこでもいいや。

とりあえず、流れに身を任せてみよう。

私は、クローゼットからお気に入りの服とスカートを取り出すと、ゆっくりと着替えた。

そして、久しぶりにお化粧もした。

そして、机の上に置かれた、私と涼太の写真を手に取る。

「涼太……ごめんね……私まだ、どうしたらいいのか、わからないけど……新しい一歩を、踏み出してみようと思うの。」

私は、写真の中で微笑む涼太にそう話しかけ、写真を机の上に戻すと、カーテンを開けて窓から外を覗いてみた。

今日は、とてもいい天気だ。

雲一つ無いというのは、ちょっと大げさかもしれないが、まさに秋晴れという感じだ。

コンコンと、ドアをノックする音がする。

「お姉ちゃーん?まだぁ?」

ドア越しに、さくらの呼ぶ声が聞こえる。

どうやら、窓の外を見ながら、しばらくぼーっとしていたみたいだ。

私は、カーテンを閉めると、部屋のドアを開けた。

「あっ、お姉ちゃん。大丈夫?」

さくらが、心配そうに聞いてくる。

「うん。大丈夫よ。ちょっと、ぼーっとしていただけよ。」

「何それ?本当に大丈夫?」

「ええ。ひばりが待っているから、行きましょう。」

私は、さくらと一緒に、階段を下りた。


台所に入ると、ひばりがコーヒーを飲んでいた。

「ひばり、お待たせ。」

「お待たせ、じゃあないわよ。あまりに遅いから、二階の窓から逃げ出したのかと、心配したじゃないの。」

ひばりが、真顔で聞いてくる。

「何を言っているのよ。私が、そんなことをするわけがないでしょ。」

「そう?まあ、窓からでも外に出てくれるなら、みんな喜ぶでしょうね。」

「鳥のひばりと違って、花のひまわりは、飛ばないから。」

「ぷっ!」と、さくらがおもわずふきだした。

「お姉ちゃん。ひばりさんと二人で、お笑いコンビでも組めば?」

「えっ?」

「うーん……ひまわりが相方じゃあね。」

「もうっ!何よ、二人して。」

私は、ちょっと、ふくれっ面になった。

「もう、9時過ぎね。そろそろ出かけましょうか。」

ひばりが、時計を見ながら立ち上がる。

「本当は8時くらいに出かけようと思って、朝早くから、ひばりさんに来てもらったんだけど、予想外に話が盛り上がっちゃったから、遅くなっちゃった。」

「それで、今日は、どこへ連れて行ってくれるのかしら?」

私は、それが気になっていた。

「それは、秘密よ。それじゃあ行きましょうか。」

ひばりは、もったいぶって教えてくれなかった。


「いってきます。」

「いってらっしゃい。気をつけてね。」

母に見送られ、私たちは玄関を出た。

出る瞬間に父が、

「お母さん。さっきなんで、みんな泣いていたの?」と、母に聞いているのが、聞こえた。


昨日までの悪天候が嘘みたいに、今日はとてもいい天気だ。

この時期にしては、気温も高く暖かい。

「ひまわり、外へ出たのは、いつ以来なの?」

「うーん、お盆に、お墓参りにいったときかな。」

「3ヶ月前か……もっと外に出ないとだめよ。」

「うん……ひばり。それで、どこへ行くのよ?」

私は、歩きながら、ひばりに聞いてみた。

「うーん……秘密よ。」

「さっきも、秘密って言っていたけれど、本当は、どこへ行くか決めてないんじゃないの?」

「ううん。ちゃんと決まってる。」

「ふーん。それで、どうするの?まさか、このまま散歩して終わりっていうわけじゃあ、ないでしょ?私は、別にそれでもかまわないけれど。」

「お姉ちゃん!それはだめよっ!」と、さくらが、あわてて言う。

「冗談よ、冗談。」

私も、一大決心といえば少々大げさだけれども、それなりに決心して出てきたのだから、これで帰るつもりは、もちろんなかった。

「まあ、とりあえず駅まで行きましょうか。」と、ひばりが言った。

「駅……」

「ええ、そうよ。」

ひばりが、私の目を真っ直ぐに見つめながら言った。

「……」

私は、言葉が出てこなかった。

「うん?ひまわり、どうかしたの?」

「ひばり……もしかして……」

「ええ、そうよ。事故の現場へ行くのよ。」

やっぱりそうか……

「どうして?」

私は、震えた声で聞いた。

「こんなところで話すのもなんだから、そこの喫茶店にでも入りましょうか。」私たちは、近くの喫茶店に入った。


「いらっしゃいませ。3名様ですね、お好きな席へどうぞ。」

お店は、比較的すいていた。

私たちは、窓際の席に座った。

「ご注文は、お決まりでしょうか?」

「私は、さっきコーヒーを飲んだから、オレンジジュースにしようかな。ひまわりと、さくらちゃんも、好きなものを頼んでね。」

「じゃあ私は、アイスコーヒーで。お姉ちゃんは?」

「私は、アップルティーのホットで。」

「はい。オレンジジュースとアイスコーヒーと、アップルティーのホットを一つですね。しばらくお待ちください。」

「ひまわり、今日は暖かいのに、熱い物を飲むの?」

ひばりが、不思議そうに聞いた。

「うん。私は、これが好きなの。」

「そうだったかしら?」

ひばりは、不思議そうな表情をみせる。

「ひばりさん。お姉ちゃんが、アップルティーを好きになったのは、涼太さんの影響だよ。」

「あら、そうなの?」

「ええ、そうよ。涼太が亡くなってからは、全然飲んでなかったんだけれど、無意識に頼んじゃった。」

そうだ。

涼太は、暑い夏でも、いつものようにホットのアップルティーを飲んでいた。


2012年1月1日


私と涼太は、付き合いはじめて初めての、お正月を迎えていた。

今日は、神社に初詣に来ている。

「ひまわり、何をお願いしたんだ?」と、涼太が聞いてきた。

「秘密よ。涼太のほうこそ、何をお願いしたのよ?」

私は、涼太に聞き返した。

「俺か?俺は、ひま……い、いや、世界平和だよ、世界平和。」

「えっ?」

「だ、だから世界平和だよ。世界中から、戦争が無くなりますようにってだな。」

「何よそれ。さっき、ひまわりって言いかけなかった?」

「言ってない、言ってない。」

涼太は、慌てて否定する。

「なーんだ。てっきり、ひまわりと、いつまでも幸せでいられますようにって、お願いしてくれたのかと思ったのに。」

「……」

涼太は、顔が赤くなっている。

どうやら、恥ずかしくなって、途中で言うのを止めたのね。

でも、そんなことで恥ずかしがるなんて、涼太って、まるで中学生みたいね。

「あれ?ひまわり、顔が真っ赤だよ。」

「……」

私も、自分で言いながら、赤くなっていたみたいだ。

どうやら、二人とも中学生みたいだ。

「ちょ、ちょっと寒いだけよ。」

実際、今日は雪は降っていないが、寒かった。

「そうだな。寒いから、どこかで暖まってから帰ろう。」

「元日から、やっているところが、あるかしら?」

「なかったら、コンビニでもいいや。」


私たちは、そのまま駅までやってきた。

やっている喫茶店は、あったのだが、初詣客で混んでいたので、入るのは諦めた。

私たちは、自動販売機で飲み物を買うことにした。

涼太は、アップルティーを買ったみたいだ。

「そういえば、前から思っていたんだけど、涼太って、最近アップルティーばっかり飲んでない?」

私は、ちょっと気になったので聞いてみた。

「えっ?ああ、これ?別に、最近からじゃあないけどね。子供の頃から大好きなんだよね。」

「えっ?そうだったの?でも、私と付き合いはじめた頃は、飲んでいなかったような気がするけど?」

私は、付き合いはじめてからのことを思い返してみたけれど、飲んでいなかったはずだ。

「ああ、よく覚えているな。実は、付き合いはじめた頃は、ひまわりに合わせて同じものを飲んでいたんだよ。」

「えっ?どうして?」

「いやぁ、どうしてっていうことはないんだけれど、なんとなく、ひまわりと同じものが飲みたくなったというか、ひまわりと一緒が良かったというか……」

「ふふっ。涼太って子供みたいね。」

「えっ?どうして?」

涼太が、不思議そうに聞いた。

「お母さんと一緒がいいー、ってね。」

「ははっ。そんなことないだろう。」

「まあ、いいけどね。でも、どうして、同じものを飲むのを止めたの?」

「いやぁ、やっぱりこれが好きなんだよね。」

涼太は、アップルティーの缶を見つめながら言った。

「でも、どうしてそんなに好きなの?」

「お母さんが好きで、家でよく飲んでいたんだよ。それで俺も、飲むようになったんだ。」

涼太は、笑顔で言った。

「なーんだ。やっぱり、お母さんと一緒がいいんじゃない。」

「ははっ。本当だな。」

「じゃあ、私も、アップルティーにしようかな。」



「……わり。ちょっと、ひまわりっ。何をぼーっとしているのよ?」

「あっ、ごめんなさい。」

どうやら、昔のことを思い出して、ぼーっとしていたみたいだ。

「お待たせいたしました。オレンジジュースとアイスコーヒーと、アップルティーです。」

「とりあえず、飲みましょうか。」と、ひばりが言った。

アップルティーを飲むのは、いつ以来だろうか?

私は、アップルティーを一口飲んだ。

懐かしい……アップルティーを飲んでいると、あの頃を思い出す。

涼太との、楽しかった日々を…

「それじゃあ、話の続きだけれど。」

オレンジジュースを飲みながら、ひばりが言った。

「いい、ひまわり。今のあなたはね、過去のことに縛られすぎてるの。もちろん、ひまわりの気持ちも痛いほどわかるけれど、このままではいけないと、私は思うの。これから、ひまわりが前に進んで行くためには、どこかで気持ちの整理をつけなければいけないの。」

ひばりは、そう言うと、私の返事を待つ。

「ひばり。心配してくれてありがとう。でも、私…涼太のことを忘れることなんて、一生できない……」

私は、涙が溢れそうになった。

「そうだよ、ひばりさん。忘れられるわけないよ。」と、さくらも言う。

「二人とも。誰も、忘れろだなんて一言も言っていないでしょ。」

「どういうこと?」

私は、ひばりに聞いた。

「涼太さんのことを、忘れる必要はないし、一生忘れられるわけは、ないんだから。でもね、私もうまくは言えないんだけど。もう、あれから3年だよね?きっと涼太さんだって、今のひまわりを見たら、とってもがっかりするんじゃないかな?自分が愛して、自分の命を懸けてまでも守った人が、こんな情けない人だったなんてって。」

「ひばり……私……」

「お姉ちゃん……」

私は、窓越しに空を見上げた。

涼太は、あの空の上から、私を見ているのだろうか?

そして、『本当に情けないやつだなぁ。』と、思っているのだろうか。

「お姉ちゃん、どうしたの?空に何かあるの?」

さくらが、不思議そうに空を見上げる。

「ううん。なんでもない。」

そうだ、涼太のためにも、このままではいけない。

「ひばり……わかった、行こう。」

「うん。私も、さくらちゃんも、付いているから。行きましょう。」

本当は、まだ不安なところもあったけれども、私は覚悟を決めた。

「お姉ちゃん、いいの?」

さくらが、心配そうに聞いてくる。

「うん……さくら、ひばり。私、ここから先に進んで行くためには、避けていては、だめだと思うの。」

「ひまわり、そうよ。でも、無理はしなくていいからね。」

「お姉ちゃん……無理しないでね。」

「うん。ひばり、さくら、二人ともありがとう。」

「それじゃあ、飲んじゃいましょう。ここは、私が払うから。」

「ひばりさん、いいの?今日は、ひばりさんの誕生日なのに。」

「いいわよ、いいわよ。これくらいで、ひまわりが、やる気になってくれるんだったら、全然安いものよ。」

ひばりが、笑顔でこたえる。

「ふふっ。ひばりごちそうさま。」

「ひばりさん、ありがとうございます。」

「それじゃあ、行きましょうか。」

ひばりが、レジで支払いを済ませると、私たちは喫茶店を出て、駅へ向かうことにした。


しばらく歩き続けると、駅が見えてきた。

ここへ来たのは、あの日以来約3年ぶりになる。

私は、一瞬だけ躊躇ちゅうちょしたが、ひばりとさくらに促されて、あの場所に立った。

「涼太……」

私は、そうつぶやくと、目を閉じて、あの日涼太が倒れていた辺りに向かって、手を合わせた。

ひばりと、さくらも、同じようにしている。

周りの人たちが、何をやっているんだろう?と、不思議そうにこちらを見ながら、足早に通りすぎていく。

私は、目を開けると辺りを見渡してみた。

そこは、ハンバーガーショップが新しくできた以外は、3年前とほとんど変わっていないようだった。

「ここに、ハンバーガーショップができたのね。」

私は、そうつぶやいた。

「そうよ。1年半くらい前かな?食べていく?」と、さくらが聞いた。

「まだ10時30分よ。」

「そう?私は、全然食べられるけどね。」と、さくらは笑う。

「そんなに食べたら、太るんじゃない?」

「私もお姉ちゃんも、ほとんど太らないじゃない。」

確かに、私もさくらも、子供の頃からよく食べていたけれど、二人ともあんまり太ることはなかった。

「ちょっとちょっと、ひまわりもさくらちゃんも、何を言っているのよ。そんな話をするために、ここまで来たわけじゃあないのよ。」

ひばりが、呆れながら言った。

「まあでも、ここでそんな話ができるっていうことは、ひまわり、もう大丈夫なの?」

ひばりが、心配そうに聞く。

「ひばり……私……よくわからないの。」

「わからないって、どういうこと?」と、さくらが口をはさむ。

「うん。だからわからないの。ここに来るまでは、不安で不安で仕方がなかったの。でも、何故かここに来たらね、心が『フッ』と軽くなった気がして、不思議と冷静でいられるの。」

ひばりは、黙って私の話を聞いている。

「なんでこんなに、冷静でいられるんだろう?私…心が冷たいのかな?」

「ひまわり……そんなことない……そんなことないよ。ひまわりは、とっても暖かいよ。」

ひばりが、笑顔で言った。

「お姉ちゃん、そうだよ。お姉ちゃんは、とっても暖かくて、優しい人だよ。」

「ひばり、さくら、ありがとう。」

「そうか……冷静でいられる……案外そういうものなのかしらね。私には、こういう経験がないからわからないけれども、心が軽くなったのは、涼太さんが、もうこれ以上苦しまなくてもいいよって、言ってくれているんじゃないかしら?」と、ひばりが言いながら、空を見上げた。

「ひばり……そうなのかな?」

「ええ。きっとそうよ。」

「そうだよ、お姉ちゃん。涼太さんが、大好きだったお姉ちゃんが、こんなに苦しんでいるのを、見ていられるはずがないもん。」

「涼太……」

私は、涙が溢れ出るのを、我慢できなかった。


「ひばり、さくら、ごめんなさい。もう、大丈夫よ。でも本当に涼太は、私のことを許してくれたのかな?私たちが勝手に、涼太が許してくれていると、都合よく解釈しているだけじゃないのかな?」

「ひまわり……いいじゃない、それで。もう誰も、涼太さんの本心を知ることはできないんだから。私たちが解釈するしかないんだから。」

「お姉ちゃん。涼太さんは、お姉ちゃんを恨んでなんかいないと思うよ。涼太さんが、そんな人じゃないのは、お姉ちゃんが一番よくわかっているでしょう?」

「ひばり……さくら……そうね。」

涼太は、いつか冗談っぽく言っていた。

『俺が命懸けで、ひまわりを守ってやる』と。

「ひまわり、どう?気持ちに整理がついたかしら?」

「うん……正直、まだ完全に、気持ちの整理がついたとは言いきれないけれど、ここに来て良かった。」

それが、今の私の、正直な気持ちだった。

「じゃあ、そろそろ行きましょうか?」と、ひばりが言った。

「えっ?どこに?」と、さくらがひばりに聞いた。

「どこにって、私の誕生日を祝ってくれるんでしょう?」

「あっ!ごめんなさい、忘れてました。じゃあ、行きましょうか。」

さくらが、あわてて言う。

「お姉ちゃん!行こう!」

さくらが、私を呼ぶ。

「ちょっと待って。」

私は、あることを思い出した。

「何?どうしたの?」

「私、あの日、涼太からキーホルダーをもらったのよ。でも、事故のときに、どこかにいってしまったの。もしかしたら、どこかに落ちてないかなと思って。」

「キーホルダー?」と、ひばりとさくらが、同時に聞いた。

「うん。ひまわりのキーホルダーなんだけれど。」

「えっ?お姉ちゃんのキーホルダー?」

「あら?ひまわり。いつから自分のことを、私じゃなくて、ひまわりっていうようになったのよ?」

そうか、ひばりもさくらも、あのキーホルダーのことは知らないんだった。

「私のキーホルダーじゃないわよ。」

「じゃあ、誰のよ。」

ひまわりと向日葵ひまわりで、ややこしい。

「いや、私のキーホルダーなんだけど……って、そうじゃなくて。花の向日葵ひまわりの形をした、キーホルダーよ。あの日、涼太からもらったんだけれど、いつの間にか無くなっていたのよ。」

「そうなんだ。でも、もう3年も前でしょう?もう、ないんじゃないの?」

まあ、ひばりの言うことは、もっともだろう。

「私も、そう思うけれど、一応念のために。」

「わかった、探してみようか。」

私たちは、10分ほど、辺りを探してみたけれど、やっぱり見つからなかった。

「お姉ちゃん、やっぱり見つからないよ。」

「ひまわり、もう、無理よ。諦めましょうよ。」

「そうね……やっぱり3年も経ってるからね。」

「お姉ちゃん。誰かが拾って、持っていったんじゃないの?」

「そうかしら?まあ、仕方ないわね。諦めましょう。」

やっぱり、誰かが持っていったのだろう。

私たちは、キーホルダーを探すのを諦めて、駅へ向かった。

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