出会い
2016年11月14日
私たちは、駅にやって来た。
今日は、平日ということもあって、人影もまばらだ。
「11時15分か。お昼には、まだちょっと早いかしら?」と、ひばりが、駅の時計を見ながら言った。
あの日、私も、あの時計を見ながら、涼太が来るのを待っていた。
あの日に、時間を戻せたら……
もちろん、そんなことはできないけれど。
「お姉ちゃん、また、ぼーっとしてる。また、涼太さんのことを考えているんでしょう。」
さくらに、見透かされてしまった。
「そ、そんなことないわよ。」
私は、一応否定しておいた。
「わかったっ!」
突然、ひばりが叫んだので、私もさくらも、駅員さんもびっくりして、ひばりのほうを見た。
「びっくりしたー。ひばりさん、どうしたの?」と、さくらが聞いた。
「ちょっと、さくらちゃん、こっちに来て。ひまわりは、聞かないでね。」
「えっ?どうして?」
「まあ、いいからいいから。」
「さくらちゃん、あのね。…………」
「はい。…………えっ?」
「だからね。…………というわけよ。」
私は、聞き耳をたててみたが、肝心な部分は、聞こえなかった。
「でも、いきなりそんなこと、無理じゃないですか?」
今のは、聞こえた。
何が無理なんだろう?
「そんなこと、わからないわよ。ひまわりだって、かわいいからね。」
どうやら、ひばりとさくらは、だんだん声が大きくなっていることに、まったく気付いていないようだ。
ひばりに、かわいいと言われて、なんだか恥ずかしくなってきた。
「えーっ、そうですか?」
そうですか?って、どういう意味よ。
私だって、チョコレートのテレビコマーシャルに出ている、なんとかというとってもかわいい女優に、笑顔が似ているって、言われたことがあるんだからね。
私は、心の中で、さくらに文句を言った。
「ちょっと、ひばり、さくら、何を話しているのよ?」
「それで、どこに行くんですか?」
「遊園地よ。」
「えっ?今からですか?」
無視か……私は、悲しくなってきた。
「今から行けば、12時過ぎには着くでしょ。」
「まあ、そうですね。」
なんで遊園地?私の、いないところで、どんどん話が進んでいくようだ。
「でも、どうして遊園地なんですか?」
さくらも、疑問のようだ。
「さくらちゃん。実は私も、最初の彼は、遊園地で出会ったのよ。」
もはや、ないしょ話になっていない、全部丸聞こえだ。
「へー、そうなんですね。ちなみに、今その人は?」
「今は……」
「ちょっと!ひばりっ!」
私は、待ちきれなくなって、思わず叫んでしまった。
また、駅員さんに見られてしまった。
「びっくりしたっ、そんなに大きな声を出さなくても、聞こえているわよ。」
「もうっ!私だけ、仲間外れにしてっ。」
私は、ちょっと頬をふくらませた。
「ごめんごめん。ついつい、さくらちゃんと盛り上がっちゃって。」
「それで、どうして遊園地なのよ?」
別に、そんなところまで行かなくても、いいんじゃないのか。
「えっ?なんで、遊園地ってわかったのよ?」
「あんなに大きな声で話していたら、いやでも聞こえるわよ。」
「そ、そう。まあ、いいわ。じゃあ、行きましょうか。」
「……わかった。」
どうせ断っても、連れて行かれるだろう。
「えっ?あ、あら、そう、珍しく素直ね。」
ひばりは、私が抵抗するだろうと思っていただろうから、素直に行くって言ったので、とてもびっくりしているようだ。
「ひばり、何をしているのよ。さあ、行くわよ。ほら、さくらも。」
私は、切符を買いに向かった。
「ひばりさん、お姉ちゃん大丈夫かな?あんなに、積極的に行くなんて。」
「うーん。何かふっきれたのかしら?連れ出して正解だったようね。」
「さくらー!切符って、どうやって買うんだっけ?私、いつも定期券だったから、わからないのー!」
私は、さくらを大声で呼んだ。
「さくらちゃん。まだまだ積極的には、行けないようね。」
「はい。そうみたいですね。」
ひばりとさくらが、顔を見合わせて微笑む。
「さくらー!」
「はーい!わかったから、そんなに大きな声を出さないでよ。恥ずかしいじゃない。」
さくらが、駆け寄ってくる。
「あら。さくらもひばりと、大きな声で話していたじゃないの。」
「はいはい。私が、切符買うから。」
「はい。これ、お姉ちゃんの。」
さくらが、私に切符を渡してくれた。
「ありがとう。じゃあ、行きましょうか。」
「お姉ちゃん、待ってよ。まだ、ひばりさんが切符を買っているから。」
さくらが、ひばりのほうを見ながら言った。
「ひまわり、お待たせ。じゃあ、行きましょうか。」
ひばりも、切符を買って戻ってきた。
「さくら、何番ホーム?」
「えっと。2番ホームで、後10分よ。」
私たちは、改札を抜けると、2番ホームへ向かった。
駅員さんが、やれやれ、やっとあのうるさい3人組が行ったか、という目で見送っていたことには、私たちは気付いていなかった。
「平日のお昼だから、電車も空いていていいわね。」
ひばりが、車両の中を見渡しながら言った。
「そうね。それで、どうして遊園地なのよ。」
私は、改めて聞いてみた。
「さくらちゃんとも、話したんだけれど。やっぱりね、これしかないと思うのよ。」
「これって?」
やけに、もったいつけるわね。
ひばりは、私の耳元に顔を近づけると、
「恋よ。こ・い。」と、ささやいた。
「えっ?」
私の、聞き間違いかしら?
「ひばり……今、なんて言ったの?」
こい?鯉?そんなわけないか。
「やっぱり、ひまわりには、新しい恋が必要なのよ。」
「ちょっ、ちょっと待ってよ!いきなり、新しい恋だなんて。無理よ、そんなこと。」
まだ、涼太のことを、完全に整理がついたわけではないのに、いきなりそんなことを言われても。
「ひまわり、あなた、このまま一生ずーっと恋をしないつもりなの?」
「えーっと……そんなことは、ない?のかな……たぶん……わからない。さくらはどうなの?」
「何を、ぶつぶつ意味のわからないことを言っているのよ。」
私も、自分で何を言っているのか、よくわかっていない。
「お姉ちゃん、私に振らないでよね。」
さくらが、困ったように言った。
「恋をすれば、もっと前向きな気持ちになれるわよ。……たぶん。」
「……ひばり、今、たぶんって言わなかった?」
「気のせいよ。」
確かに聞こえたけど。
「……まあ、いいわ。それで、どうして遊園地なのよ?」
遊園地じゃなくても、よさそうなものだけど。
「お姉ちゃん、ひばりさんね、遊園地で彼氏ができたんだって。」
さくらが、うらやましそうに言った。
そんな話は、聞いた覚えがないけど。
「そうよ、4年前にね。」
なるほど、4年前なら私が知らなくても当然か。
「ひばりさん、初めての彼って言ってましたよね?意外と遅いですね。」
さくらが、何か失礼なことを言ってるわ。
「ま、まあいいじゃないの。そういう、さくらちゃんのほうこそどうなのよ?」
ひばりは、遅いと言われたことが、少しショックだったみたいだ。
「私も、まだいないですけど。私のことは、どうでもいいんで、お姉ちゃんのことを。」
「ああ、そうだったわね。」
私のことも、どうでもいいんだけど。
「ひばり、その彼とは今も付き合っているの?」
私は、ひばりに聞いた。
「えっ?ああ、今は……」と、ひばりが言いかけたとき、電車に乗ってきた一人の女性が、私に声をかけてきた。
「あれっ?冬野さん?やっぱり、冬野さんでしょ!」
聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「えっ?……あっ!川島さん?川島さんじゃないですか!」
声をかけてきたのは、元同僚の川島さんだった。
「久しぶりだね。」
川島さんが、嬉しそうに言った。
「はい。ご無沙汰してます。川島さん、お元気そうですね。」
「冬野さんのほうこそ、元気そうね。あの後、会社も辞めちゃったから、みんなとっても心配していたのよ。今は、どうしてるの?」
私は、川島さんにも、まともに挨拶もしないで会社を辞めてしまった。
「どうも、ご迷惑をおかけしました。今は、特に何もしていないです。」
「そう。本当に、高橋君のことは、残念だったわね。」
川島さんは、窓の外を見ながら言った。
「はい……」
私も窓の外を見ながら、そうつぶやいた。
「そちらは、お友達?」
川島さんは、それ以上は涼太の話はせずに、ひばりとさくらのほうを見ながら、私に聞いてきた。
「こっちが中学校からの友達の、夏野ひばりで、こっちの小さいのが、私の妹のさくらです。」
「小さいのってなによ。」
さくらが、ボソッとつぶやいた。
「こちらは、会社の先輩だった、川島結衣さんよ。」
私は、ひばりとさくらに、川島さんを紹介した。
「こんにちは。ひまわりの友達の、夏野ひばりです。」
「こんにちは。ひまわりの妹の、さくらです。お姉ちゃんが、お世話になりました。」
「こんにちは。川島です。お世話したっていうほどでもないけどね。」
三人は、挨拶を交わした。
「川島さん、今日は、お仕事は?」
今日は平日だから、仕事のはずだ。
「私?私もね、今年の3月いっぱいで、仕事を辞めたのよ。」
「えっ?どうしてですか?」
私は、びっくりした。
川島さんは、定年まで勤めるんだと、言っていたはずだが。
「フフフッ、これよ。」
川島さんは、笑顔で、左手を差し出した。
「あっ!結婚指輪ですね!」と、さくらが言った。
「川島さん、結婚したんですか!?」
「ええ、今年の6月にね。だから今は、川島じゃなくて、内田結衣なの。」
内田さんは、幸せそうに微笑んだ。
「おめでとうございます。」
「みんな、ありがとう。」
「川島……じゃなかった、内田さん。この辺に、お住まいなんですか?」
「ううん。ちょっと市役所に行っていたのよ。これから、帰るところよ。冬野さんたちは?」
内田さんも、私たちが平日にこんなところにいるのが、不思議なようだ。
「ひまわりが、ずっと引きこもっているんで、連れ出してきたんです。」
ひばりったら、よけいなことを……
「あら、何もしていないっていうのは、そういうことか。」
内田さんは、納得したように言った。
「お姉ちゃん、会社を辞めたあと、なかなか外に出てくれないんです。」
さくらまで……
「冬野さん。あなたの気持ちはわかるけれども、外に出たほうがいいわよ。私みたいに、新しい出会いがあるかもしれないわよ。」
そんな出会い、あるのだろうか?
「はい。そうですね。がんばってみます。」
「内田さんは、どこで旦那さんと出会ったんですか?」と、さくらが聞いた。
「私?私は、遊園地で出会ったのよ。」
「えっ?遊園地ですか?」
私は、ひばりとさくらのほうを見た。
「ひばりさん。」
「さくらちゃん。」
「これは、決まりですね。」
「そうね、決まりよ。」
やっぱり、二人ともよけいに、やる気満々になっている。
「内田さん!実は、私たちも遊園地に行くんですよ!お姉ちゃんが、どうしても遊園地に行きたいって言うんで。」
どうしてもなんて、言っていない。
私は、ジロッと、さくらをにらんだ。
「そうそう、私も、遊園地で彼氏ができたんですよ。」
「まあ、夏野さん、あなたもそうなのね。冬野さん、これは、間違いないわよ。」
「……」
私は、無言で苦笑いを浮かべるだけだった。
「あっ、お姉ちゃん。もうそろそろ着くわよ。」
さくらが、時計を見ながら言った。
「そういえば冬野さん、高橋君の葬儀には、来てなかったよね?」
「はい。あの日は、高熱が出て、寝込んでいたので。代わりに、母に行ってもらったんです。」
「そうだったのね。あのときは、凄かったのよ。」
「えっ?何がですか?」
「高橋君をはねた星野っていう人の、弟と母親が来ていたんだけどね、土下座して、高橋君の家族に謝っていたわ。」
「あっ、それ母に聞きました。」
「葬儀に来ていた人で、その星野っていう人を、知っている人がいたんだけど。あの弟、兄貴とあんまり似てないなって、言っていたわね。まあ、そんなことは、どうでもいいけれど。」
そんな話をしているうちに、電車は目的の駅に到着した。
「お姉ちゃん、降りるわよ。」と、さくらが私を呼ぶ。
「それじゃあ、川島……じゃなかった。えっと、内田さん、失礼します。」
「冬野さん、新しい彼氏ができたら、また連絡してね。」
「……はい、わかりました。」
「楽しみにしてるからね。」
私たちは、電車を降りた。
私たちは、ホームから内田さんに手を振り、電車が出発すると、改札を出て遊園地へ向かった。
「12時15分か。私、お腹すいちゃった。まずは、何か食べようよ。」
さくらが、時計を見ながら、お腹を手でポンポンと叩いた。
「じゃあ、そうしましょうか。私も、お腹すいちゃった。」と、ひばりも賛成する。
「じゃあ、どこかで食べましょう。」
実は、私も、お腹がすいていた。
「ひばりさん、何を食べたいですか?」
「うーん。そうね…あんまりお腹いっぱい食べると、動けなくなっちゃうから、軽めにしましょうか。」
「そうですね。」
動けなくなるって、二人とも、一体どれだけ食べるつもりなのかしら?
「さくら、私には、聞いてくれないの?」
「今日は、ひばりさんの誕生日だから、ひばりさんの好きな物をって思って。」
「あっ!そうだったわね。」
しまった、完全に忘れていたが、今日は、ひばりの誕生日だった。
「ひまわり、また忘れていたわね。」
「ひばり、ごめんなさい。」
「まあ、いいわよ。」
「あっ!あそこの、ラーメン屋さんにしようよ。」
さくらが、ラーメン屋を指差して言った。
「さくら、ひばりの好きな物って言ってたじゃない。」
私は、呆れて言った。
「さくらちゃんが、ラーメン屋がいいなら行くわよ。」
「ひばり、軽めにじゃなかったの?」
「まあ、いいわよ。」
「じゃあ、行こう!」
さくらが、嬉しそうに言った。
「いらっしゃませ!」
ラーメン屋に入ると、店員の元気な声が響いた。
「すいません、ただいま満席ですので、お名前と人数をお書きになって、こちらでお待ちください。」
さすがに、お昼時ということで、店内はいっぱいだった。
「二名でお待ちの、春日様。こちらへどうぞ。」
二人の若い男性客が、呼ばれていった。
「名前書いたよ。次の次だよ。」
「さくらちゃん、ありがとう。」
「お姉ちゃん、今の人、春日って呼ばれていたよね。」
さくらが、男性客のほうを見ながら言った。
「えっ?そうだったかしら?よく聞いていなかったわ。」
そんなことを、いちいち聞いてはいない。
「そう言っていたわよ。」と、ひばりが言った。
「さくら、それがどうかしたの?」
また何か変なことを、考えているのかしら?
「春日って、春に日って書くでしょ。」
「ええ、そうよ。」
「っていうことは、今ここに、春と夏と冬がいるのよ!」
さくらが、興奮して言った。
「……あ、そう。」
何かと思ったら、そんなことか。
そんなことで驚くなんて、さくらぐらいよ。
「さくらちゃん、よく気付いたわね。大発見よ!」
えっ!?ひばりも?嘘でしょ。
「もう一人の人、名字に秋が入ってないかしら?秋本とか秋川とか、秋葉原とか。」
秋葉原は、東京の地名でしょ。
いや、そんなことは、どうでもいい。
「そうですね、ひばりさん。私、聞いてきましょうか!」
さくらが、行こうとするのを、私は、必死で止めた。
「さくら、止めなさい、迷惑でしょ。もうっ!お姉ちゃん、恥ずかしいわ。」
「そう?」
そうに決まっている。
「三名でお待ちの、冬野様。」
いつの間にか、私たちの順番になっていたみたいだ。
「はいっ!ほら、さくら、ひばり、行くわよ。」
私は、さくらの手を引っ張って、席に着いた。
幸いにも、あの若い男性二人組とは、離れた席だった。
「ご注文は、お決まりでしょうか?」
「私は、チャーシューメンとチャーハン。」
さくらが、メニューを見ながらこたえる。
「さくら、そんなにたべるの?」
私は、びっくりして聞いた。
「うん、お腹すいちゃって。」
軽くじゃなかったの?
「私は、味噌ラーメン。ひまわりは?」
「じゃあ、私は、醤油ラーメンで。」
「はい。チャーシューメンが一つ、チャーハンが一つ、味噌ラーメンが一つ、醤油ラーメンが一つですね。しばらく、お待ちください。」
「お待たせしました。」
「さあ、早く食べて、行きましょうか。」と、ひばりが言った。
「あれ?あの男の人たち、もういないね。」
さくらが、男性二人組が座っていたほうを見ながら、がっかりしている。
「さくらちゃん、ずいぶん気になっているのね。」
「二人とも、けっこうイケメンだったじゃないですか?」
「よく見ているわね。」
ひばりが、感心しながら言った。
「お姉ちゃんも見たでしょ?」
「私は、見ていないわよ。さくら、いつ見たのよ?」
「名前を書いているときに、チラッとね。」
「さくら、そういうことは止めなさい。わかった?」
「はーい。あの人たちも、遊園地に行くのかな?」
わかってないな。
「男二人で、遊園地になんか行かないでしょう。」
「あら、ひまわり。それはわからないわよ。」
「そうだよ、お姉ちゃん。ひょっとしたら、遊園地マニアかもしれないわよ。」
どんなマニアよ。
「遊園地で偶然再会して、お姉ちゃんと恋に落ちるのよ。」
さくらが、目を輝かせながら言った。
「そんな、ドラマやマンガみたいなことが、あるわけないじゃない。」
私は、呆れて言った。
「さあ、食べ終わったら、行くわよ。」
私たちは、遊園地へやって来た。
ここは、都会にあるような大きい遊園地ではないけれど、地元では若い人たちに人気のスポットだ。
私も、涼太と来たことがある。
今日は、平日ということもあって、空いている。
「やっぱり、こういうところに来るのは、平日に限るわね。」と、ひばりが言った。
「そうですね。人があんまり多くなくて、いいですね。」
「1時20分か。まずは、どうしましょうか?ひまわり、何か乗りたい物ある?」
「私は、いいわよ。二人で楽しんできたら?」
「それじゃあ、意味がないじゃない。」
「そうだよ、お姉ちゃん。今日は何のために、ここまで来たと思っているの?」
さくらが、強い口調で言った。
「さくら……」
そうだった。
「今日は、私を励ますために……」
「ラーメン屋さんで見かけた人を、探しに来たんでしょ。」
「……」
「……」
「冗談よ、冗談。私だってわかっているわよ。」
さくらが、笑顔で言った。
「もうっ!さくらったら。」
「ふふっ、二人とも仲が良いわね。まあ、恋うんぬんは置いておいて、今日は楽しみましょう。」
ひばりが、笑顔で言った。
「そうね、せっかくひばりとさくらが、こうやって私のために、してくれたんだから。じゃあ、行きましょうか。」
私たちは、ジェットコースターに乗ったり、観覧車に乗ったり、ソフトクリームを食べたりして楽しんだ。
「あー、楽しいー。」
さくらが、笑顔で言った。
「さくらちゃんが、一番楽しんでいるわね。」
「そうね、今日は、私のためじゃなかったの?」
私は、呆れながら言った。
さくらも、もう大学4年生だけど、まだまだ子供のようだ。
「だって、楽しかったんだもん。」
さくらは、本当に楽しんだみたいだ。
「もう、4時30分か。そろそろ帰りましょうか。」
ひばりが、時計を見ながら言った。
「えー、もう、帰るの?」
「さくらちゃん、ごめんね。私、6時までに帰らないといけないのよ。」
「さくら、帰りましょう。」
「はーい。また、行こうね。今度は、朝から行こう。」
私たちは、帰ることにした。
「そういえば、ラーメン屋さんで見かけた人たちには、会わなかったね。」
さくらが、残念そうに言った。
「やっぱり、来ていないんでしょ。」
「そうかー、残念だな。走っていたら、偶然ぶつかって、『ごめんなさい。』『あっ!あなたは、あの時の。』とか、期待していたのにな。」と、さくらが言いながら、マンガやアニメでよくありそうなシーンを真似て、私にぶつかってくる。
「さくら、あなた、マンガやアニメの見すぎよ。」
「いいじゃない、ひまわり。ちょっと食パンをくわえて、あの角まで走ってみれば?」
「なんで、こんなところで、食パンをくわえないといけないのよ。」
「それが定番でしょ。」と、ひばりが笑う。
「いやよ、そんなの。」
私は、きっぱりと断った。
「ちょっと、お母さんに、これから帰るって電話するわ。」
私は、歩きながら、バッグの中から携帯電話を探した。
ちなみに私は、いまだにガラケーだ。
「そうだ、ひばりさん。何度か聞きそびれたんですけれど、遊園地で出会った人とは、今も付き合っているんですか?」
「えっ?ああ、今はもう別れちゃった。」
「えっ!そうなんですか?でも、どうしてですか?」
「あのね……」と、ひばりが言いかけたときだった、
「きゃっ!」
私は、角を曲がったところで、携帯電話を取り出した瞬間、誰かにぶつかって転倒してしまった。
えっ?まさか本当に?
私は、ちょっとドキドキしながら、顔を上げた。
「お姉ちゃん、大丈夫か?気を付けな。」
50代ぐらいのおじさんは、そう言い残し去っていった。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
私は、さくらに起こしてもらった。
「大丈夫よ。さくら、ありがとう。」
「ひまわり、ちょっと、期待したんじゃない?」
ひばりが、ニヤニヤしながら聞く。
「な、何を言っているのよ。そ、そんなことないわよ。」
私は、否定したけれど、かなり動揺してしまった。
私も、自分でもわからないうちに、心のどこかで期待してしまったのだろうか?
「もういいから、帰りましょう。」
私は、出口に向かって歩きだした。
「待ってよ、お姉ちゃん。」
さくらとひばりが、走って追いかけてくる。
「そうだ、ひまわり、電話かけたの?」
ひばりに言われて思い出した。
「あっ!忘れていたわ。あれっ?携帯は?」
「お姉ちゃん、どうしたの?」
しまった!さっきぶつかって転んだときだ。
「さっきの場所に、携帯落としちゃった。」
私が、焦って戻ろうとすると、
「よかった、間に合った。」
一人の男性が、声をかけてきた。
「この携帯電話、あな……たの……」
その男性は、黄色い携帯電話を差し出しながら、そこまで言って、何故か止まってしまった。
「あっ!その携帯電話、私のです。どうもありがとうございます。」
私が、その携帯電話を受け取ろうとすると、
「かわいい。」
「はい?」
うん?今、なんて?えっ?かわいい?
「あっ!あの人!」
さくらが、叫んだ。
「さくらちゃん、まさか……」
「そうですよ、ひばりさん。ラーメン屋さんにいた人ですよ。」
えっ?この人がそうなの?
「あっ!す、すみません。これ、携帯電話。」
「ど、どうもありがとうございます。えーと、それじゃあ、これで。」
私が、立ち去ろうとすると。
「ちょっ、ちょっと待ってください。」
男性が、あわてて引き止める。
「えっ?な、なにか?」
私は、かわいいと言われたことで、ドキドキしてしまって、挙動不審になっている。
「あ、あの、お名前は?」
「えっ?私の……ですか?」
私の目の前で、私に向かって聞いているのだから、私の名前に決まっている。
「えっと、あの、冬野ひまわりです。」
「ふゆのひまわり?」
「えっと、春夏秋冬の冬に、野原の野で、冬野です。ひまわりは、ひらがなです。」
私は、どうして初対面の人に、自分の名前を教えているのだろう?
「僕に、ぴったりの名前だ。」
「はい?」
ぴったり?どういう意味だろうか?
ひばりには、正反対の名前って言われたけれど。
「あっ、すみません。僕の名前は……」
男性が、名前を名乗ろうとしたとき、その後ろからもう一人男性がやってきた。
「おい!太陽、なにをもたもたしてるんだよ。」
「あっ!、もう一人もいた!」と、さくらが言った。
「孝太郎、ちょっと待って。」
「なんだ?ナンパしてんのか?」
孝太郎と呼ばれた男性が、私の顔を見ながら言った。
「まあ、そんなところ。」
なんだ、そうだったのか。
ナンパしていただけか。
うん?ナンパ?
「ひばりさん!ひばりさん!ナンパだって!ナンパ!」
さくらが、ひばりの背中を、バンバン叩きながら、興奮している。
「ちょっと、さくらちゃん、痛いよ。」
「僕の名前は、
秋山という男性は、爽やかな笑顔で名乗った。
「秋山太陽さん。」
「はい、そうです。冬野ひまわりさん!」
「は、はい。」
「冬と秋、そして、ひまわりには、太陽が必要でしょう?」
「は、はぁ……」
ひばりと同じような考え方ね。
「これはもう、付き合うしかないでしょう!」
付き合うしかないでしょうと、いきなり言われても……
チラッと、ひばりとさくらのほうを見ると、うんうんと、うなずいている。
私は、秋山さんの顔をチラッと見た。
その笑顔は、とても素敵な笑顔だった。
「あ、あの、携帯を拾ってくれたのは嬉しいんですけど。初めて会って、いきなり付き合うのは……」
いくらなんでも、初対面の人とは付き合えないよね?
「でも、こんな偶然、めったにないでしょう?」
「そうかもしれませんけど……」
「もしかして、彼氏います?」
「えっ?あっ……今は……いないです……」
「それじゃあ、いいじゃないですか、お願いします。」
「うーん……でも、やっぱり……一回会っただけですし…」
「もう、お姉ちゃん、なにをやっているのよ。せっかくのチャンスなのに。」
もうっ!さくらったら、なにがチャンスよ。
「あれっ?君は確かラーメン屋で、僕らの顔をジーっと見ていたよね。」
孝太郎が、さくらのほうを見ながら言った。
「あっ、気付いてました?私、ひまわりの妹の、冬野さくらです。ちなみに、こちらは、お姉ちゃんの友達の、夏野ひばりさんです。」
「どうも。俺は太陽の友達の、春日孝太郎です。」
「さくらちゃん、チラッと見ただけじゃなかったの?」
「えへっ。」
さくらは、舌を出して笑った。
「っていうことは、会うのは二回目ですね。やっぱりこれは運命ですよ。」
さくらってば、よけいなことを。
「えーと……」
あぁ、どうしよう。
その時、遊園地の時計が目に入った。
「あっ!私たち、6時までに帰らないといけないんです!」
「えっ?6時ですか?」
「ひばり、さくら、早く帰ろう!」
私は、出口に向かって歩きだした。
「ひばり!さくら!なにをやっているの!」
さくらが、太陽に何かを手渡している。
「お姉ちゃん、お待たせ。」
「さくら、さっき、あの人に何か渡してなかった?」
「うん、ちょっとね。あとで教えてあげる。」
私たちは、遊園地を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます