決断
2016年12月22日
どうして……
どうして、これがここに?
落ち着こう。
これが、涼太のくれた物かはわからない。
同じキーホルダーなんて、いくらでもあるだろう。
「ひまわり、パンが焼けたよ。コーヒーを入れるから、ちょっと待ってて。」
太陽がパンを乗せた皿を手に、やって来た。
「太陽……」
「どうかした?」
「これなんだけど……」
私は震える声で、太陽に聞いた。
「ああ、それ?珍しいでしょう。向日葵の花だよね。白い部分は雪かな?実は、拾ったんだ。」
「拾った?どこで?」
「うん……実は、兄の事故現場で拾ったんだ。」
まさか……
「お兄さんが亡くなったのって、一昨年の1月だったよね?」
「そうだけど。」
そうよね。
私の考えすぎよね。
「でも事故を起こしたのは、亡くなる10日ほど前のクリスマスの頃だけどね。」
「太陽……事故を起こした場所って?」
「駅前の交差点だよ。ひまわりに隠すつもりはなかったんだけど、兄は歩行者をはねて、歩行者も亡くなってるんだ。」
「太陽……お兄さんの名前って?」
「星野星矢だよ。」
間違いない……
涼太を殺したのは、太陽の兄だ。
「そのキーホルダーなんだけど、誰の物かはわからないけど、なんか兄の形見のような気がして、持ってきちゃったんだ。」
違う……
違う……
これは、涼太の形見よ。
私の物よ!!!!
「欲しかったら、あげるよ。向日葵のキーホルダーだから、ひまわりが持ってるのがぴったりかも。ひまわりだったら、兄も喜んでくれると思うよ。」
太陽は笑顔で言った。
「ありがとう……」
私はキーホルダーを握り締めた。
「太陽……私、もう帰る。」
「えっ?食べないの?」
「ごめん。」
私はコートを着てカバンを持つと、玄関へ向かった。
「ひまわり!どうしたんだよ!」
私は靴を履くと、カギを開けて外へ飛び出した。
私は、積もった雪で靴がびしょ濡れになるのも構わずに走った。
気が付いたときには、バスに乗って家に帰っていた。
「あら、ひまわり、帰ってたの?」
「お母さん、ただいま。」
私は、自分でも驚くほど冷静だった。
「ひまわり、靴がびしょびしょじゃない。」
「うん。ちょっとシャワーを浴びるわ。」
「……そう。わかったわ。」
母は、私の様子に何か感じたみたいだが、特に何も聞かなかった。
私はシャワーを浴びると、部屋に戻った。
私はしばらく、何も考えることができなかった。
どれくらいボーッとしていただろうか?
気が付いたときには、もうすぐ12時になるところだった。
私は改めてキーホルダーを手に取ると、いろいろな思いが溢れ出てきた。
まさか……
まさか、涼太を車ではねたのが、太陽のお兄さんだったなんて……
私は、どうすれば……
涼太をはねたのは、あくまでも太陽のお兄さんであって、太陽ではない。
頭ではわかっているけれど……
私は、ふと、内田さんの言葉を思い出した。
涼太の葬儀に、涼太をはねた人を知っているという人が来ていて、葬儀に来ていた太陽を見て、あの兄弟はあんまり似ていないと言っていたという話を。
ちょっと待って。
葬儀には、私の母も行っていた。
そのときに、涼太をはねた人の母親と弟が来ていたと言っていた。
つまり、母はそこで太陽を見ている。
記憶力が抜群にいい母は、太陽の顔を覚えていたはずだ。
実際に、泣きながら謝る母親と弟の顔を、忘れられないと言っていた。
そして、私とさくらが太陽に家まで送ってくれた日に、母は太陽に会っている。
あのときの母の様子は、明らかにおかしかった。
母は、太陽が昔の教え子に似ていただけだと言っていた。
そんなはずはない。
あの母が、間違えるはずがない。
しかも、大事な教え子と。
母はあのとき、気付いていたはずだ。
太陽が誰なのかを……
そして、知っていて黙っているのだ。
どうして?
そのとき、部屋のドアをノックする音がした。
「ひまわり、入るわよ。」
ドアが開いて、母が入ってきた。
「お昼ごはん食べるわよね?」
「お母さん……」
「どうしたの?」
「お母さん、私に嘘を付いてるでしょう?」
「嘘?」
「太陽のこと……教え子に似ていたなんて嘘でしょ。本当は覚えていたんでしょう?涼太の葬儀で見た、涼太をはねた人の弟だって!」
「ひまわり……ごめんなさい。」
「やっぱり気付いていたのね……どうして……どうして黙っていたの!お母さんの嘘付き!!」
そこへ、さくらが帰ってきた。
「ただいま。ちょっと二人とも、どうしたの?下まで聞こえてるよ。」
「ひまわり。お母さん、あなたが太陽君を連れて来たとき、とても驚いたわ。」
「なになに?太陽さんがどうかしたの?」
「さくらは黙ってて!」
「お姉ちゃん?」
「まさか涼太君の葬儀で見た、涼太君をはねた人の弟さんを、ひまわりが彼氏として連れてくるなんて……」
「えっ!?お母さん、それどういうこと?」
さくらは、何がなんだか理解できないみたいだ。
「ひまわりに、本当のことを言うべきかどうか迷ったわ。でも、ひまわりの幸せそうな顔を見ていたら、言えなかったの。もしも、このまま知らないで過ごせるなら、いいんじゃないかって。そんなこと、無理に決まってるのにね。本当に、お母さんが間違っていたわ。ちゃんと言うべきだったわね。ごめんなさい。」
母の目から、涙がこぼれた。
「お母さん……私のほうこそごめんなさい。お母さんの気持ちを考えないで、嘘付きなんて言って。」
「ちょっと二人とも、私にもわかるように説明してよ!」
「そっか。太陽さんが、涼太さんをはねた人の弟だったんだ。」
さくらも信じられないみたいだ。
ちなみに母は、昼食を作りに下に下りている。
「これが例のキーホルダーなの?」
「うん。」
さくらはキーホルダーを手に取り、いろいろな角度から眺めている。
「それで、お姉ちゃん、これからどうするの?明後日は、太陽さんと出かけるの?」
「わからない……どうすればいいのか、わからないの……」
そのとき、私の携帯電話が鳴った。
太陽からかと思ったけど、ひばりからだった。
「もしもし。」
「もしもし、ひまわり?」
「うん。」
「さっき、太陽君から私のところに電話があったんだけど、ひまわりには直接聞きにくいからって。ひまわり、あなた太陽君の部屋から飛び出していったんだって?いったい何があったのよ?太陽君、バイト先から電話をかけてきたみたいだけど、すごく動揺してたよ。」
「ひばり……実は、太陽の部屋にキーホルダーがあったの。」
「キーホルダー?そんな物、どこにだってあるでしょう?」
「そうじゃないの。涼太が私にくれた、向日葵のキーホルダーがあったの……」
「どういうこと?」
「太陽のお兄さんの事故現場で、拾ったんだって。」
「えっ!?それって、まさか……」
「うん。涼太をはねたのは、太陽のお兄さんなのよ……」
「そんな……」
ひばりはそう言ったっきり、黙り込んでしまった。
「ひばり……私どうすればいいのか、わからないの……」
「ひまわり、太陽君は、そのことはまだ知らないのよね?」
「うん。」
「太陽君に全部話して、二人で話し合うべきだわ。ひまわりが話しにくいなら、私が話してあげるわ。」
「ひばり、お願い……」
「じゃあ、一度切るわよ。」
それから5分後。
ひばりから、再び電話がかかってきた。
「もしもし。」
「ひまわり?」
「うん。」
「太陽君に話したわ。彼、とっても驚いていたわ。まあ、当然よね。それでね、今日の6時頃に、ひまわりに電話をするそうよ。そのときに、よく話し合うのね。」
「わかった。ひばり、ありがとう。」
「それじゃあ、切るわよ。」
私は電話を切った。
「お姉ちゃん、どうするの?」
私は、さくらの質問にこたえることができなかった。
時刻は午後6時を過ぎたところだ。
私は自分の部屋で、一人で太陽からの電話を待っていた。
外はもう真っ暗で、少し雪が降っているみたいだ。
私は、あれからずっと、いろいろと考えていたけど、考えはまとまらなかった。
いっそこのまま、時間が止まってしまえばいいのに。
そうすれば、何も考えなくても済むのに……
しかし、現実にはそんなことはなく、携帯電話が鳴り響いた。
「もしもし。」
「ひまわり?太陽だけど。」
「うん。」
「……」
その後しばらく、無言が続いた。
1分、2分と、無言が続いただろうか?
もしかしたら、そんなにたっていないのかもしれないし、もっとたっているのかもしれない。
最初に口を開いたのは、太陽だった。
「ひばりさんから、全部聞きました。本当に僕も信じられない。まさか兄がはねた相手が、ひまわりの恋人だったなんて。」
「私も、太陽の部屋でキーホルダーを見つけるまでは、考えても見なかった……」
「涼太さんが亡くなったのは、クリスマスイブだったよね?僕が事故の連絡をもらったのは、クリスマスの夜だったから、事故があったのはクリスマスだと思っていたんだ。」
「太陽、涼太のお葬式に来てるよね?私から、高橋涼太という名前を聞いたときに、思い出さなかったの?」
「……ごめん。全然覚えてなかった。」
「そう。まあ、普通そうよね。お兄さんが殺した相手の名前なんて、いちいち覚えていないわよね!」
私は、太陽の言葉に、思わず声を荒らげてしまった。
「ひまわり……」
「ごめんなさい……言いすぎたわ。」
「いや、いいんだ。ひまわりの言う通りだ。僕は最低な男だ……」
「太陽……」
「だけど、ひまわりが好きな気持ちは、今も変わらない。どうか、これからも付き合ってほしい。」
「太陽の気持ちは嬉しいわ。」
「それじゃあ……」
「でも……今すぐには、決められない。」
「わかった。それじゃあもしOKだったら、明後日、約束の場所に来てほしい。」
「明後日……わかった。」
「もしも来てくれなかったら、僕一人で行くから。来てくれると信じてる。それじゃあ。」
電話は切れた。
2016年12月24日
とうとうクリスマスイブがやってきた。
涼太の命日でもある。
時刻は午前8時30分。
約束の時間まで、後1時間30分だ。
昨日は1日、どうするか考えながら仕事をしていたけど、結論は出なかった。
やっぱり普通に考えたら、恋人を死なせた男の弟と付き合うなんて、絶対にあり得ないだろう。
私も、これが他人のことだったら、そんな人と付き合うなんて信じられないと思っただろう。
しかし、私は迷っている。
迷っているということは、太陽に惹かれているということだろう。
私は、自分でもよくわからなくなってきた。
こうして考えている間にも、時計の針はどんどん進んでいく。
時間は、決して待ってはくれないのだ。
「お姉ちゃん。」
さくらがドアを開けて、部屋に入ってきた。
その瞬間、玄関のチャイムが鳴るのが聞こえた。
誰か来たのかしら?
まあ、今はそんなことどうでもいい。
「さくら、ノックぐらいしてよ。」
「お姉ちゃん、どうするか決めたの?」
「……まだ。」
「まだって。約束は10時なんでしょう?もうすぐ9時よ。どうするつもりなの?」
「まだ、迷ってるの。」
「迷ってるっていうことは、太陽さんのことを嫌いなわけじゃないのね。」
「……うん。でも……」
「お姉ちゃんの気持ちはわかるわ。でもね。涼太さんをはねたのは、太陽さんのお兄さんであって、太陽さん自身じゃないのよ。太陽さんには、何も悪いところなんてないのよ。」
「わかってるけど……」
「お姉ちゃん、もしかして、世間体とか気にしてる?自分の恋人を死なせた人の弟と付き合うなんて、周囲の人たちはどう思うんだろうって。おかしいんじゃないかって。」
「それもある。」
「まあ、それが普通よね。でも私は、お姉ちゃんが選んだ人だったら、何も言わないよ。もし何か言ってくる人がいたら、私が守ってあげるから。」
「さくら……ありがとう。」
「お姉ちゃん、行きたかったら行って。行かずに後悔することがないようにね。」
でも、涼太がどう思うか……
……
……
……
涼太、ごめんなさい。
「さくら、私、ちょっと出かけてくるわ。」
「いってらっしゃい。」
私はコートを着るとカバンを手に取り部屋を出て、階段を駆け下りた。
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