思い出
2016年12月14日
ちょっと、来るのが早すぎたかしら?
駅の時計を見ると、まだ8時35分だった。
……
駅で9時に待ち合わせて、遊園地へ行く……
あのときと同じだ。
5年前の、涼太との初めてのデートのときと……
あの日も私のほうが、ちょっと早く来たんだっけ。
2011年4月29日
ちょっと、来るのが早すぎたかしら?
駅の時計を見ると、まだ8時35分だった。
あー、緊張する。
今日からゴールデンウィークということもあって、大勢の人たちが行き交っている。
若いカップルも多いなぁ。
まあ、私も若いけど……
うん。
22歳は、まだまだ若いわよ。
あの人たちも、デートに行くのかしら?
すごく楽しそうだな。
あの人たちも、初めてのデートのときは、緊張したのかしら?
しばらくボーッと眺めたり、キョロキョロと辺りを見渡したりしていたけど、まだ10分しかたっていなかった。
あと15分か。
どんどんどんどん、ドキドキドキドキしてくる。
あー、もう早く来てくれないかしら。
「すみません。」
横から話しかけられた。
「はい。」
高橋さんが来たのかと思って振り向くと、同じ年ぐらいの女の子だった。
「すみません、突然話しかけて。」
「いえ、なんでしょうか?」
「間違ってたら申し訳ないんですけど。もしかして、デートの待ち合わせですか?」
「あっ、はい。そうですけど、それがなにか?」
この人は誰だろう?
「初めてのデートですか?」
「えっ?どうして、わかったんですか?」
「20分前の私に似ていたから。」
「えっ?」
「私も、これから初めてのデートなんです。あなたが来てから、ずっと見ていたんですけど、私に似ているなって思ったんです。」
「そうなんですか。」
「私も初めてで、ドキドキして落ち着かなくて。」
「わかります。私もドキドキして、もう早く来てくれないかしらって。」
まさか、こんなところで、気持ちをわかりあえる人に出会うとは思わなかった。
私たちは、しばらく、お互いの相手のことについて話した。
「あっ、彼が来ました。突然話しかけて、すみませんでした。それじゃあ、失礼します。」
そう言うと、その女の子は行ってしまった。
名前は聞かなかったけど、あの女の子のおかげで、気持ちがだいぶん落ち着いた。
時計を見ると、8時58分だった。
高橋さんも、もうそろそろ来るだろう。
9時10分になったけど、まだ高橋さんは来なかった。
おかしいな。
私が時間を間違えたのかしら?
確か、9時だったと思うけど。
まだ10分だし、もう少し待ってみようか。
電話をしたくても、電話番号がわからないし。
いざとなったら、川島さんに聞いてみよう。
川島さんなら、たぶん知っているだろう。
それから5分たったけれど、まだ高橋さんは来なかった。
まさか、事故にでもあったなんてことは……
私は、カバンから携帯電話を取り出すと、川島さんに電話をかけた。
幸いにも、川島さんはすぐに電話に出た。
「もしもし、冬野さん?どうしたの?高橋君とデートじゃなかったの?」
「川島さん。そうなんですけど、9時に待ち合わせなんですけど、高橋さんがまだ来ないんです。」
「9時に?今は15分か。」
「はい。もしかして、事故にでもあったんじゃないかって心配になって……私、高橋さんの電話番号を知らないので、川島さんなら知ってるかと思って。」
「うーん。そんなに心配しなくても、高橋君のことだから、寝坊でもしただけだと思うけどね。」
川島さんは、のんきなものだ。
「本当に、そうでしょうか?」
「そんなに心配なら、私が電話をかけてみようか?」
「はい。お願いしま……あっ!川島さん、高橋さんが来ました。」
高橋さんが、特に急ぐでもなく、私に向かって手を振りながら近づいてくる。
「冬野さん、遅れてごめん。待った?」
待ったに決まっている。
「高橋さん、どうしたんですか?私、てっきり事故にでもあったんじゃないかって思って……」
「いやぁ。昨日は興奮して、なかなか眠れなくて、ちょっとだけウイスキーを飲んだら、爆睡して寝坊しちゃって。」
高橋さんは、笑顔でそう言った。
「あっ、でも、二日酔いはしてないからね。」
高橋さんは、自慢気に言った。
そういう問題ではないと思うけど。
「あれっ?電話中?」
高橋さんが、私の携帯電話を指差しながら聞いた。
あっ、川島さんのこと忘れてた。
「もしもし、川島さん?高橋さん、寝坊したそうです。」
「えっ?川島と電話してるの?」
「やっぱりね。私の言った通りだったでしょ。」
さすが同期の川島さんだ。
高橋さんのことを、よくわかっている。
「冬野さん、ちょっと高橋君に代わってくれる?」
「えっ、高橋さんに代わるんですか?ちょっと待ってください。」
「えっ?俺に?」
私は、高橋さんに携帯電話を渡した。
「もしもし?川島?」
「高橋君、冬野さんをあんまり困らせたら、私が許さないからね。」
「わかってるって。心配するなって。大丈夫だから。」
「高橋君の大丈夫は、大丈夫じゃないのよ。」
「どういう意味だよ?」
「そのままの意味よ。」
「ふーん。まあ、いいや。もう切るぞ。」
高橋さんは一方的に電話を切ると、私に携帯電話を返した。
「冬野さん、それじゃあ行こうか。」
「あっ、はい。」
私たちは切符を買うと、電車に乗って遊園地へ向かった。
あれからもう5年以上か……
あのときは、涼太が本当に交通事故で死んでしまうとは思わなかった。
私は、しばらく、涼太のことを思い出していた。
「ひまわりさん、早いですね。お待たせしました。」
「えっ?涼太?」
「えっ?りょう……なんです?」
「あっ、ごめんなさい。なんでもないです。秋山さん、おはようございます。」
秋山さんが、笑顔で立っていた。
いけないいけない。
涼太のことを考えていたら、ついつい涼太って言ってしまった。
「ひまわりさん、おはようございます。さっき、りょうなんとかって言いました?」
「いえ、なんでもないです。気にしないでください。」
「そうですか。わかりました。」
秋山さんに、涼太のことを話す必要はないだろう。
それに話したところで、どうにかなるわけでもないだろう。
「秋山さんも早いですね。」
時刻はまだ、8時45分だ。
「いやぁ。興奮して、早く目が覚めてしまったんで。」
涼太とは、真逆ね。
「あっ、でも寝不足っていうことはないです。」
「それじゃあ、行きましょうか。」
私たちは切符を買うと、電車に乗って遊園地へ向かった。
「やっぱり平日だと、電車も混んでなくて、いいですね。」
「そうですね。座れて良かったです。」
涼太と行ったときは、ゴールデンウィークということもあって、座れたのは私だけだった。
私たちは、電車に揺られながら、秋山さんの小説の話などをした。
そして9時40分頃には、遊園地に到着していた。
「ひまわりさん、それじゃあ、僕がチケットを買ってきます。」
秋山さんが、チケット売り場へ行こうとする。
「私も出しますよ。」
私は、カバンから財布を取り出した。
「いえ、僕が出しますから。ひまわりさんには、無理に来てもらったみたいなものですから、僕に出させてください。」
「でも、秋山さん、大丈夫ですか?」
秋山さん、あんまりお金が無いんじゃなかったかしら?
「大丈夫ですよ。それじゃあ、また今度は、ひまわりさんにもお願いするかもしれません。」
「わかりました。それじゃあ、お願いします。」
あまり引き留めても失礼だろう。
それにしても、また今度はって、さりげなく次の約束をされてしまった。
「お待たせしました。」
「ありがとうございます。」
「それじゃあ、入りましょう。」
「ひまわりさん、今日は晴れて良かったですね。」
「本当ですね。」
今日は晴れているけど、少し気温は低めだった。
「ひまわりさん、こうして歩いてばかりではなんですし、何か乗りませんか?」
「そうですね。秋山さん、何がいいですか?」
「僕ですか?僕はなんでもいいんですけど。それじゃあ、僕の好きなやつでいいですか?」
「いいですよ。なんですか?」
「男のくせにって、笑わないでくださいね。」
「笑わないですよ。」
「いやぁ、楽しいですね。」
「秋山さん、好きなのって、これなんですか?」
「はい。おもいっきり、グルグル回るのが好きなんです。」
私たちは、コーヒーカップの中で回っていた。
いや、もちろん回っているのはコーヒーカップであって、私たちが回っているわけではないけど、秋山さんがあまりにも勢いよく回すので、もう何が何だかわからない。
私は目を回しながらも、秋山さんの顔をチラッと見てみた。
秋山さんは、今まで見たことがないような猟奇的な顔をして、奇声を上げながら回している……
ということはもちろんなくて、私は目が回りすぎて、どういうふうに見えているのか何が聞こえているのか、自分でもよくわかっていない。
「あ、秋山さん……」
「ひまわりさん、どうしました?」
「……気持ち悪いです……」
「えっ?僕の顔がですか?自分で言うのもなんですけど、孝太郎よりはイケメンでしょう?」
何を言ってるんだ、この男は……
「いやいや、冗談ですよ冗談。あはは。」
どうやら秋山さんは、大好きなコーヒーカップに乗って、テンションが上がりまくっているみたいだ。
「秋山さん……そうじゃなくて……私が気持ちが悪い……」
「えっ?ひまわりさんは、気持ち悪くないですよ。」
それは、わかってる。
「違い……ます……吐きそう……です……」
私はベンチに座って、ぐったりとしていた。
秋山さんに、こんな一面があったなんて……
やっぱり、一緒にいることで初めてわかることがあるのね。
そう、涼太もそうだった。
2011年4月29日
「それじゃあ、冬野さん。俺がチケットを買ってくるから。」
「あっ、私の分は出しましょうか?」
「……いやぁ、こっちから誘ったんだから、いいよ。それに、女の子に払わせるなんて、男じゃないよ。」
高橋さんは格好よく言った。
最初に数秒の沈黙があったことには、触れないほうがいいだろう。
「それじゃあ、買ってくるから待ってて。」
高橋さんは、チケットを買いに行った。
「買ってきたよ。さあ、行こうか。」
「冬野さん、何か乗りたい物はある?」
「私ですか?高橋さんは何かないですか?」
「俺?俺はなんでもいいから。」
なんでもいいというのが、一番困るのだけど。
私たちは、そのまま何も乗ることなく歩き続けた。
あんまり大きな遊園地ではないけれど、ゴールデンウィークということで、たくさんのお客さんで賑わっている。
このまま歩いているだけでは、何も乗ることができない。
高橋さんが何か決めてくれたらいいのだけれど、私に気を使っているのか、自分からこれに乗ろうとは言ってこなかった。
私たちは、とある行列の最後尾付近で足を止めた。
「高橋さん、こうやって歩いてばかりいてもしょうがないんで、これに乗ってみますか?」
「えっ?これ……これに?」
「はい。これです。」
私はジェットコースターを指差して言った。
「うーん。冬野さん、こういうの好きなんだ?」
「大好きっていうほどではないですけど、普通ですかね。」
「こういうのって、危険じゃないの?冬野さんを危険な目にあわせるわけには、いかないし。」
高橋さんの顔色が、若干、青くなったような気がする。
しかし、危険な目だなんて、そんな大げさな。
「川島にも、冬野さんを困らせるなって言われたし。」
現在、絶賛困り中ですけど。
「あっ、もしかして高橋さん、ジェットコースターが怖いんですか?」
「な、何をバカなことを。全然怖くなんかにゃいよ。」
あっ、噛んだ。
これは図星ね。
「じゃあ、乗りましょう。」
「いやぁ、でもすごく並んでるんじゃない?」
まあ、確かに並んでいるけれど、それは他の乗り物も人数の違いはあれど、同じことだろう。
そんなことを言っていたら、何も乗れないだろう。
「すみません。まっすぐに並んでください。」
「あっ、はい。すみません。」
そこへ係員の女性がやってきて、列の最後尾に並ばされてしまった。
その後、続々と私たちの後ろにも並びはじめた。
列の横にはロープが張られているため、外には出ずらくなっている。
高橋さんもあきらめて乗る決心をしたみたいだ。
「いやぁ、楽しみだなぁ。」
高橋さんは、全然楽しそうに見えないけど、そう言った。
「高橋さん、怖かったらいいですよ。他に行きましょうか?」
「せっかくここまで並んだから乗るよ。うん、大丈夫。」
最後の大丈夫は、自分に言い聞かせているみたいだった。
それから15分くらいして、私たちの順番になった。
「高橋さん、出発しますよ。」
「……」
「高橋さん?」
隣を見ると、高橋さんは目を閉じて歯を食いしばっているみたいだった。
そして、出発の合図のベルが鳴り響き、ゆっくりとジェットコースターが動き始めた。
ジェットコースターに乗っているときの、高橋さんがどんな様子だったのかは、高橋さんの名誉の為、省略させていただく。
「高橋さん、大丈夫ですか?」
私は、ベンチに座ってぐったりとしている高橋さんに声をかけた。
「だ、大丈夫大丈夫。これぐらいどうってことないよ。ちょっと、二日酔い気味なだけだから。」
駅では、二日酔いはしていないって言ってたはずだけど。
それにしても、190センチもある大男の高橋さんが、ジェットコースターが苦手だったとはね。
こんな一面があったとは意外だった。
あのときは涼太がぐったりしていたけど、今日は私がぐったりしているなんて、おもしろいものね。
私は、涼太のことを思い出して、笑みがこぼれた。
「ひまわりさん、大丈夫ですか?お水飲みますか?」
秋山さんが、水を持ってきてくれた。
「ありがとうございます。」
どこから持ってきたのか、紙コップに入った水を私に差し出した。
「なんか、すみません。僕のせいで。」
秋山さんは、しょんぼりしている。
「もう、大丈夫です。」
私は、水を一口飲んだ。
「無理しないで、もう少し休んでください。」
秋山さんはそう言うと、私の隣に腰を下ろした。
「本当にすみませんでした。ついつい調子に乗ってしまって。」
秋山さんは、再び謝罪した。
「本当にもう大丈夫ですから。でも、秋山さん、どうしてコーヒーカップがそんなに好きなんですか?」
私は、疑問に思ったので聞いてみた。
「僕がコーヒーカップを好きになった理由は、ある人の影響で好きになったんです。」
「ある人?」
「はい。その人がコーヒーカップが大好きで、とにかく速く回すのが好きで、僕を一緒に乗せて遊んでたんですよ。」
秋山さんは、とても楽しそうに言った。
「その人って……女の人ですか?」
「いえ、違います。男の人ですよ。」
「そうですか。」
「あれっ?ひまわりさん、もしかして……女の人だと思って、やきもちをやいてます?」
「べ、別に、そんなんじゃありません!絶対に違いますから!」
「むきになるところが怪しいですね。」
「もうっ!そんなんじゃないです!」
私は、自分でもよくわからなかった。
これがやきもちなのかどうか、このときはまだ、わからなかった。
私たちは、このあとは普通に遊園地を楽しんだ。
そして、最後に観覧車に乗ることになった。
「もう夕方ですね。やっぱり楽しい時間は早く過ぎますね。」
「そうですね。」
「そうですねっていうことは、ひまわりさんも楽しんでくれたんですね。」
「はい。楽しかったですよ。コーヒーカップのあとは、どうなるかと思いましたけど。」
「あはは。そんなこともありましたね。」
「あははじゃないですよ。本当に吐きそうだったんですから。」
「あっ、ひまわりさん。僕たちの順番ですよ。」
私たちは、観覧車に乗り込んだ。
2011年4月29日
「そうだ、冬野さん。次は、これに乗ろうよ。」
高橋さんがそう言って指をさしたのは、観覧車だった。
「えっ?観覧車ですか?」
「うん。冬野さん、観覧車は嫌いなの?」
「いえ、嫌いっていうか……まだ、お昼前ですよ。」
時刻はまだ、11時30分を過ぎたところだ。
「わかってるよ。」
観覧車に乗るんだったら、やっぱり夕日の見える時間に乗りたいけど。
「冬野さん、夕日の時間はすごく混むと思うよ。」
高橋さんは、私の心を見透かしたように言った。
「それはそうかもしれないですけど。」
「さっき、俺の苦手なジェットコースターに乗ったんだから、今度は観覧車に乗る順番だよ。」
何の順番か、よくわからないけど……
「わかりました。それじゃあ、乗ります。」
「よし!乗ろう!」
さっきのジェットコースターのときと、テンションが全然違うわね。
高橋さんって、ちょっとかわいいところもあるのね。
観覧車には、ジェットコースターのときほど待たずに乗ることができた。
やっぱり、夕日の時間に乗りたい人が多いのだろうか?
私は、高橋さんと向かい合って座った。
私たちを乗せたゴンドラは、ゆっくりと上昇していった。
「冬野さん、今日はありがとう。無理に誘ったのに来てくれて。本当は予定があったんじゃないの?」
「そんなことないですよ。本当に予定なんかなかったので。」
「そう。それなら良かった。」
高橋さんはそう言うと、しばらく黙りこんでしまった。
どうしたのかしら?
まさか、自分から誘っておいて、高いところが怖いのかしら?
「もうすぐ、てっぺんですね。」
私は、沈黙に耐えられなくなって口を開いた。
実際には、まだまだてっぺんじゃないけど。
「……」
高橋さんは、それにもこたえることはなく、だんだんてっぺんが近づいてきた。
「高橋さん、どうかしましたか?まだ、気分が悪いんですか?」
「冬野さん。」
まもなくてっぺんというところで、高橋さんが口を開いた。
「はい?」
高橋さんったら、真面目な顔をしてどうしたんだろう?
高橋さんは大きく息を吐くと、私の目を見て話し始めた。
「冬野さん……俺は、冬野さんのことが好きです。」
「えっ……」
今、なんて?
そして私たちの乗ったゴンドラが、てっぺんに到達した。
「どうか……俺と付き合ってください。」
高橋さんは、てっぺんに到達した瞬間にそう言った。
そして私たちの乗ったゴンドラは、ゆっくりと下降を始めた。
私は一瞬、頭が真っ白になりそうだったけど、すぐに言葉の意味を理解した。
「冬野さん、突然こんなことを言ってびっくりしたと思うけど、俺は本気です。」
「高橋さん……」
「いや……やっぱり忘れて。」
「えっ?」
「そうだよね。突然こんなことを言われても困るよね。ジェットコースターを怖がってるような男なんて、情けないよね。」
高橋さんは早口でそう言うと、また黙りこんでしまった。
「高橋さん……私、まだ何も言ってないじゃないですか。」
「えっ?」
「高橋さん、さっき本気ですって言ったじゃないですか。それなのに、私の返事も聞かないであきらめるんですか?高橋さんの本気って、そんなものなんですか!!」
「冬野さん……」
高橋さんは、私の迫力に驚いている。
「そんな弱気じゃあ、営業の仕事も向いてないんじゃなんですか!!」
「……」
しまった!
ついつい言いすぎてしまった。
高橋さんを傷付けてしまったかしら?
「冬野さん……確かに、冬野さんの言う通りだ。俺が間違ってた。」
「高橋さん、生意気なことを言ってすみませんでした。」
「いや、いいんだ。改めて言います。冬野さん……いや、ひまわり。俺と付き合ってくれ。」
高橋さんの、変なスイッチを入れてしまったかしら?
いきなり呼び捨てにされてしまった。
しかし今度は自信満々で、言葉も目も力強さがみなぎっている。
これは私も、真剣にこたえなくては。
「高橋さん……正直、私、高橋さんのことをほとんど何も知りません。いきなり付き合ってくれと言われても、どうしたらいいのかわからないのが、正直な気持ちです。」
高橋さんは、私の視線から決して目を逸らさなかった。
このときに私の気持ちは固まった。
「それでも……それでも、高橋さんが真剣に付き合いたいって言ってくれるのであれば、私は……」
「えっ!それじゃあ……」
「はい。よろしくお願いします。」
「……うぉー!!!!やったー!!!!痛っ!」
高橋さんは喜びのあまり、立ち上がって頭をぶつけてしまった。
「高橋さん、大丈夫ですか?」
「大丈夫大丈夫。このくらいよくあることだから。」
「高橋さん、もう下に着きますよ。」
私たちは、観覧車から降りた。
「そういえば高橋さん、さっき私のこと呼び捨てにしましたよね?」
「そうだっけ?まあ、恋人同士だから普通でしょ?俺のことも、涼太って呼んでよ。」
「えっ?りょ、涼……太。」
「何?もっと、ちゃんと呼んで。」
「涼太。」
「もう一回。」
「涼太。」
「なんだよ。ひまわり。」
すれ違う人たちが、なんだこいつらっていう目で、こっちを見ている。
まさか、さっきまでただの先輩後輩だったのが、観覧車から降りたら恋人同士になっているとは、思ってもみなかった。
まあ、何はともあれ、こうして私と涼太は付き合うことになったのだった。
「……まわりさん。ひまわりさんってば、聞いてます?」
「えっ?涼太?」
「ひまわりさん?大丈夫ですか?」
秋山さんが、心配そうに私の顔をのぞきこんでいる。
「あっ……秋山さん。ごめんなさい……なんですか?」
「えぇっ!聞いてなかったんですか?」
「ごめんなさい。ちょっと、考え事をしていて……」
ゴンドラは、いつの間にか、てっぺんを通り過ぎていた。
「もう一度、言ってもらってもいいですか?」
「えっ?もう一回言うんですか?」
秋山さんは、何故かとても恥ずかしそうだ。
「わかりました。何回でも言います。」
「すみません。」
「もうすぐ下に着いちゃうので、簡潔に言います。ひまわりさん、初めてここで会ったときから大好きでした。どうか僕とお付き合いしてください。お願いします。」
秋山さんは、夕日を背にそう言った。
そうだったんだ。
おそらく秋山さんも、観覧車のてっぺんで、私に告白をしたんだ。
あの日の涼太のように……
私は、最低の人間だ。
告白されているときに、別の男性のことを考えていたなんて……
秋山さんは、確かに優しい人だ。
断る理由なんて、普通の人ならないだろう。
しかし……
私には、秋山さんと付き合う資格なんて、これっぽっちもないのだ。
私は、秋山さんの顔を見た。
夕日がまぶしくて、その表情はよくわからなかったけれど、きっといつものようにさわやかな笑顔で、私を見つめているのだろう。
だけど……
私には、それを受け入れることはできない。
どれだけ沈黙の
ゴンドラは、地上へと戻ってきた。
「ひまわりさん、とりあえず降りましょう。」
係員が、ゴンドラの扉を開けた。
「ありがとうございました。お忘れ物はございませんか?」
私たちは、ゴンドラから降りた。
「ひまわりさん……」
「秋山さん……私、秋山さんとはお付き合いできません。」
「えっ?どうしてですか?」
「私には、秋山さんとお付き合いする資格がないんです。」
「それは、どういう意味ですか?」
「ごめんなさい。今日は、もう帰ります。」
「ひまわりさん……」
「どうか、一人で帰らせてください。お願いします。」
「ひまわりさん、ちょっと待ってください!ひまわりさ……」
私は涙を流していた。
我慢しようと思っても、溢れる涙を止めることはできなかった。
私自身、どうしてこんなに涙が溢れるのかわからなかった。
私は、そのまま出口に向かって走り出した。
後ろを振り返ることなく走った。
心のどこかで、もしかしたら、秋山さんが追いかけて来るんじゃないかと思ったかもしれないけど、私はそのまま振り返ることはなかった。
もう日が沈んで、辺りは暗くなり始めていた。
そして、気が付いたときには、私は一人で電車に乗っていた。
5年前は、涼太と幸せな気持ちで帰りの電車に乗ったけれど、今は一人で電車に乗っている。
これで良かったのだろうか?
私は、自問自答を繰り返していた。
その答は、永遠にわからなかった……
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