風邪

2016年12月3日


「ああ、運ばれたのは、僕の姉、ひばりの母親だよ。」

「えっ!?どうしてですか?」

「僕も、まだ詳しいことはわからないんだけど……おそらく、もう助からないだろう。」

「そんな……だって、この前会ったときは、そんなに悪そうには見えなかったですよ。ひばりも、最近は体調が良いからって……今すぐ、命がどうこうっていうことはないって……」

「そうか……ひばりは、ひまわりちゃんにはそう言っていたのか。」

どういうこと?

「確かに、最近は体調も安定していたけど、もう先は長くないだろうって、病院の先生には言われていたんだ。」

「私、まったく気付きませんでした。」

「まあ、それは仕方がないよ。本人も言ってなかったからね。」

そうだったんだ……

それじゃあ、最近になって痩せてきたって言っていたのは……

「おっと、こうしちゃいられない。今日は、お店を臨時休業にして、僕は病院に行って来るよ。」

「杉下さん、私も連れていってください。」

私は、杉下さんに頼み込んだ。

「ひまわりちゃん、君の気持ちはわかるし、僕も連れていってあげたい気持ちはあるけど、今行っても、家族や親戚以外は会えないと思うよ。」

杉下さんの言うことは、もっともだろう。

こんなときに、関係ない私が行っても、迷惑になるだけだろう。

「わかりました。」

杉下さんは、お店の出入口のカギを内側からかけると、

「ひまわりちゃん、申し訳ないんだけど、この紙に『都合により、臨時休業いたします。』って書いて、出入口に内側からテープで貼っておいてくれないか。僕は、簡単にお店を片付けちゃうから。」

杉下さんはそう言うと、私に紙と黒のペンとテープを渡した。

「はい。わかりました。」

私はカウンターで、『都合により、臨時休業いたします。』と書くと、ドアの内側からテープでしっかりと貼り付けた。

「杉下さん、貼っておきました。」

「ありがとう。うん、やっぱり僕が書くよりも丁寧だ。」

こっちから見ると裏だから、丁寧かどうかよくわからないけど、杉下さんがそう言うなら問題ないだろう。

「それじゃあ、ひまわりちゃん。僕は行くからね。この雨の中、大変だけど、送って行く暇はないから。ごめんね。」

「大丈夫ですよ。早く行ってあげてください。」

「うん。そうそう忘れるところだった。ひまわりちゃんは、明日は休みだから。もしも、月曜日も休みにしないといけないような状態になったら、まあ、どちらにせよ連絡するから。ひまわりちゃんの携帯電話の番号と、一応メールアドレスを教えて。」

「はい。」

私は、杉下さんと電話番号とメールアドレスを交換した。

「それじゃあ、行って来るよ。ひまわりちゃん、気を付けて。」

杉下さんはそう言うと、車で中央病院へ向かって行った。


とりあえず、家に帰ろう。

私は、雨が強く降りしきる中、傘をさしてバス停へ向かって歩き出した。

バス停までの5分足らずの道のりが、途方もなく遠く感じた。

今はもう、12月である。

それでなくても寒いのに、びしょ濡れになったら風邪をひいてしまいそうだ。

幸いにも風は強くなかったので、なんとかあんまり濡れることなく、バス停にたどり着いた。

バス停には、五人くらいの人がバスを待っていた。

バスの時間を確認すると、あと5分くらいで来るみたいだ。

良かった。

いくら屋根があるからといっても、この寒い中、こんなところにあまり長くは居たくない。

私はバスを待ちながら、逆方向のバスに乗れば、中央病院へ行けるんじゃないかしら?

なんて考えてみたけれど、杉下さんにあれだけ言われたんだから、さすがに行っちゃだめだよね。

仮に行ったとしても、今、ひばりに会っても、何を話していいかわからない。

長谷川さんは、直接聞いてみればいいと言ったけど、さすがにこんなときにそんなことは聞けないだろう。

秋山さん?

秋山さんに、聞くのは……

秋山さんって、ひばりと付き合ってますか?

だめだめ。

私には、そんなことを聞く勇気はない。

そのとき、さくらの笑顔が脳裏に浮かんだ。

えっ、さくら?

さくらはだめよ。

さくらには知られたくないわ。

っていうか、バスはまだかしら?

遅くない?

「バス来ませんねぇ。」

隣に立っていた、おばあさんが話しかけてきた。

「そうですね。なかなか来ないですね。」

「この天気だから、遅れているんじゃないかしら?」

「そうかも知れないですね。」

早く来ないかしら。

本当に風邪をひきそうだわ。

「お嬢さん、大丈夫?こんなに濡れちゃって。」

あまり気付かなかったけど、後ろのほうがかなり濡れているみたいだ。

「大丈夫です。どうもありがとうございます。」

「おっ、バスが来たぞ。」

私の前に立っていた、若い男性が言った。

バスが停車すると、私たちは急いで乗り込んだ。

「みなさん。遅れて大変申し訳ありませんでした。この雨で事故があったみたいで、少し混んでいたので。」と、人の良さそうな60代ぐらいの運転手さんが、声をかけてくれた。

この運転手さん、バスにお客さんが乗ってくるたびに言ってるのかしら?

幸いにも、バスは半分以上空席があり、みんな座ることができた。

やっぱりこの天気だと、出かける人も少ないのだろう。

私は、一番後ろの座席に座った。

ひばりのお母さん、大丈夫だろうか。

まさか、そんなに悪かったなんて思いもしなかった。

今にして思えば、私がひばりのマンションから帰るときに、ひばりが言いかけたのは、お母さんの具合が本当はとても悪いということだったのではないだろうか。

「お嬢さん、どうかしました?」

「えっ?」

あっ、さっきのおばあさんだ。

「とっても悲しそうなお顔をしてましたよ。」

「そうですか?実は、友達のお母さんが病院へ運ばれたって連絡がきたもので…」「まあ、それは大変ですね。そのお友達とはボーイフレンドですか?」

「いえ、女の子です。」

「あら、とっても悲しそうなお顔だったから、てっきり、お付き合いをされている方かと思いましたわ。」

「私、今28歳なんですけど、中学生の頃からの友達です。最近、お母さんにも会ったんですけど、そのときはとても元気そうだったんですけど…」

「中学生の頃からですか。とても仲が良いお友達なんですね。」

「……はい。一番の親友です。」

「お友達のお母さん、早く良くなるといいですね。」

「はい。」

そうだ……ひばりは私の一番の親友なんだ。

そのひばりが、私を裏切るわけがない。

今度落ちついたら、ひばりに直接聞いてみよう。

「あら、今度は明るいお顔になりましたね。」

「はい。おばあさんのおかげです。ありがとうございました。」

おばあさんは私にお礼を言われて、不思議そうな顔をしていた。


「ただいま。」

「あら?ひまわり、どうしたの?こんなに早く。」

母は、私があまりにも早く帰宅したのでびっくりしている。

「えっ?なになに、お姉ちゃん、もう首になったの?意外に早かったわね。」

さくらが、とても失礼なことを言いながらやって来た。

「さくら、なによ失礼な。これでも私、頼りにされてるんだからね。」

たぶん。

「ふーん。そうなんだ。」

さくらったら、私を何だと思っているのかしら?

「それで、ひまわり、今日はお仕事はどうしたの?」

「……うん。それが、杉下さんに、ひばりから電話があって。ひばりのお母さんが、意識不明で病院へ運ばれたって。それで、今日は臨時休業になったの。」

「まあ、そうなの?」

母も、びっくりしている。

「お姉ちゃん、病院ってどこの病院なの?」

「中央病院って言ってたわ。」

「お母さん、中央病院ってすごく大きい病院だよね?」

「そうね。この辺では一番ね。」

「お姉ちゃんは、行かなくてもいいの?」

「こんなときに行っても、逆に迷惑になるわよ。杉下さんも、来てもどうせ会えないだろうって、言ってたから。」

「そうね、お母さんも行かないほうがいいと思うわ。」

本当は、行きたいという気持ちもあるけれど、仕方がない。

「ハクション!」

私は突然、大きなくしゃみをした。

「お姉ちゃん、びっくりするじゃない。くしゃみをするのなら、前もって言ってよね。」

また、さくらがむちゃくちゃなことを言い出した。

「そんなこと、無理に決まってるでしょ。」

「ひまわり、あなた、すごく濡れてるじゃない。暖かいシャワーを浴びてらっしゃい。風邪をひくわよ。」

「うん。そうする。」

「お姉ちゃん、明日は?」

「明日は、元々私はお休みよ。明後日以降は、杉下さんから連絡がこないとわからないわ。」

「ひまわり、早くしなさい。これから明日にかけて、寒くなるみたいだから。」もう、すでに寒いけどね。

「お母さんが、着替え持ってくるから。」

「はーい。」

私はそう言うと、お風呂場へ向かった。


「ひまわり、着替え置いとくわよ!」

お風呂のドアの外から、母の声が聞こえる。

「はーい!ありがとう!」

私は、ちょっとだけ熱いシャワーを浴びながら、いろいろなことを考えていた。

ひばりのお母さんのことや秋山さんのこと。

そして、ひばりのこと……


2004年7月


この春から、私も高校生になった。

今日は、一学期の終業式だ。

明日からは、夏休みだ。

楽しみだわ。

まずは、宿題を終わらせてしまってから、遊びまくろう。

自分で言うのもなんだけど、私は最初に宿題をやってしまう真面目なタイプである。

私が、下駄箱のところで靴を履き替えていると、

「ひまわり!一緒に帰ろう。」

「びっくりしたぁ、ひばりか。そんな大きな声を出さないでよ。」

ひばりが声をかけてきた。

私とひばりは、同じ高校だ。

私が受ける高校を聞いて、ひばりも同じ高校を受けた。

「まあまあ、いいじゃない。」

私たちは学校を出ると、駅へ向かって歩き出した。

「あー、ひまわりと同じクラスになりたかったなぁ。なんで別々なのよ?」

「なによ今さら。そんなこと、私に言われても知らないわよ。文句があるなら先生に言ってよね。」

私は、1年C組で、ひばりは、1年D組だ。

「うちのクラスの山下先生って、ちょっと苦手なんだよね。」

「ふーん。そうなんだ。なんで?」

「ちょっと、目が死んでる。」

「えっ?なによ、それ。」

ひばりったら、何を言い出すのかしら。

「悪い人じゃないんだけど、覇気を感じないのよね。」

ひばりのクラスの担任の、山下純二やましたじゅんじ先生は、27歳の歴史の先生だ。

私の目から見ても、おとなしくて少し地味だなとは思う。

「そんなこと先生に聞かれたら、怒られるわよ。」

「怒るぐらいの覇気があるならいいわよ。」

まあ確かに、山下先生が歴史の授業中に怒ったところは、一度も見たことがない。

「私のクラスの担任の加藤先生は、元気いっぱいっていう感じよ。」

私のクラスの担任の、加藤美由紀かとうみゆき先生は、26歳の英語の先生だ。

加藤先生は、とてもかわいい顔で、男子生徒の人気も高い。

もちろん、女子生徒にも人気だ。

「ひまわり、だけどね。その山下先生がね、ある人を見つめているときだけ、目がキラキラと輝いてるのよ。」

「キラキラ?」

「そうそう。まるで少女マンガみたいにね。」

ひばり、とっても楽しそうね。

よっぽど、誰かに話したくて仕方なかったのね。

「ふーん。」

「ふーんって、なによ。誰のことか気になるでしょう?」

まあ、そこまで言われたら、気にならないと言えば嘘になるけど。

「わかった。その相手は、ひばりね。」

そんなわけないか。

「そうそう。山下先生ったら、私の顔や豊満な胸を嫌らしそうに見てくるの。」

「えっ!?」

「冗談よ。」

「だよね。それで豊満って言われてもね。」

私は、ひばりの胸を見ながら言った。

「冗談っていうのは、そこじゃないわよ。確かに、そんなに……まあ、いいわ。」

ひばりを傷つけてしまったかしら?

「それで、誰なのよ。」

「何が?……ああ、忘れるところだったわ。加藤先生よ。」

「えっ!教頭先生を?」

「違うわよ。教頭先生は、加藤慎太郎かとうしんたろう先生でしょ!男よ男!」

「冗談よ。」

「ったく。加藤美由紀先生よ。美由紀先生。」

「そうなの?」

初めて知ったわ。

「私のクラスじゃ、ほとんどの生徒が気付いてるわよ。山下先生の美由紀先生を見る目がキラキラしてるって。」

「私は知らなかったけど、気付いてる人もいるかもね。」

「ひまわりって、そういうとこ鈍いよね。」

「大きなお世話よ。」

鈍いんじゃなくて、そういう話題に興味がないだけよ。

「あれっ?でも、美由紀先生って、体育の栗原先生と付き合ってるって噂を聞いたけど。」

体育の、栗原拓哉くりはらたくや先生は27歳で、サッカー部の顧問だ。

学生時代にサッカーをやっていて、将来はプロになるんじゃないかと言われていたそうだけど、試合中にケガをして諦めたそうだ。

身長が190センチメートル近くあり、イケメンで、女子生徒の人気も高い。

そして意外なことに、山下先生と栗原先生は、大学の同期なのだ。

そして、美由紀先生も同じ大学の1年後輩である。

ちなみに、山下先生と美由紀先生は、小学校からの同級生らしい。

イケメンで高身長の栗原先生と、とてもかわいい美由紀先生が付き合っているというのは、誰もが納得の噂だった。

「私も、その噂は知ってるわよ。栗原先生と美由紀先生、まさに美男美女の誰もが羨む、お似合いのカップルだからね。だから、山下先生のはかない片思いだと思うわ。きっと子供の頃から、あの死んだ目で美由紀先生を見つめていたのよ。」

「そうなんだ。ひばり詳しいわね。」

「あっ!あの死んだ目で見つめられるのを想像したら、気持ち悪くなってきたわ。」

ひばりは、口に手を当てて下を向いた。

「ちょっと、ひばり。失礼でしょ。山下先生、すごくいい先生じゃない。とっても優しいし、わかりやすく教えてくれるじゃない。」

「まあ、それはね。確かに、栗原先生は、『俺はかっこいいだろう』って、自分でもわかってて、ちょっと山下先生を見下してるところがあるわね。」

さすがひばりだ。

そんなところまで分析しているとは。

「ひまわりは、この三角関係、最終的にどうなると思う?」

「さあ。」

そんなことを私に聞かれても、困るんだけど。

「さあって何よ。ひまわり、興味がないの?」

いや、私も一人の女子高生として、そういう話に興味がないわけではないけれど。

「ひばりは、どうなのよ?」

「私?そうねぇ。やっぱり普通に考えて、イケメンのほうでしょう。」

「まあ、そう言うと思ったわ。」

「ねえねえ、ひまわり。」

「今度は何よ?」

「もしもよ。もしも、私とひまわりが同じ人を好きになってしまったら、ひまわりは、どうする?」

「何よ、突然そんなこと。」

「だから、もしもの話よ。」

突然そんなこと聞かれても……

「そんなこと、そのときになってみないと、わからないわよ。そういう、ひばりのほうこそ、どうするのよ?」

「私はね……」



あのとき、ひばりはどうするって言ったかしら?

肝心の部分が思い出せない。

「うーん……」

まあ、いいや。

もう上がろう。

ちょっとお風呂に、長く入りすぎた。

ちなみに私たちが3年生の2月頃に、美由紀先生は山下先生と婚約するのだけど、みんな驚いたものである。

ひばりは、

「やっぱり、男は見た目じゃなくて心よね。美由紀先生は、山下先生の優しさに気付いてると思ってたわ。私の読み通りだわ。」

なんて言っていたっけ。

あれほどイケメンだろうって言っていたくせに。

私が、お風呂から出て体を拭いていると、突然、脱衣場のドアが開いて、さくらが顔を覗かせた。

「!」

私は、あわてて裸の体をバスタオルで隠すと、

「ちょっと、さくら!いきなり開けないでよ!ノックぐらいしなさいって、いつも言ってるでしょ!」

「ごめんごめん。お姉ちゃんがなかなか出てこないから、心配になったんだよ。」

「わかったから、そこ閉めてよ!」

「何を恥ずかしがってるのよ。そんなに隠さなくてもいいじゃないの、姉妹なんだからさ。」

「姉妹だろうが、なんだろうが、恥ずかしいものは恥ずかしいの!早く出ていってよ!」

「出るもなにも、私は入ってないわよ。」

確かに、さくらは、覗いているだけで入ってはいないけど。

「そんな屁理屈ばっかり言ってないで、閉めてよ!」

「何をそんなに顔を真っ赤にしてるのよ。お風呂に長く入りすぎて、茹で蛸にでもなったの?あっ、違うか、茹でひまわりか。」

さくらは自分で言って、自分で大笑いしている。

「さくらっ!!」

「あぁっ!」

さくらが突然、叫び声を上げた。

「な、何よ。」

「おっぱいが見えた。」

「えっ?」

私は、あわてて体を見た。

「うっそー。」

「もうっ!」

「あっ、お父さん。」

「えっ!?は、早く閉めて!」

「うっそー。」と、言いながら、さくらはドアを閉めた。

もうっ!

さくらったら。

早く着替えないと、本当に風邪をひきそうだわ。

あ……れ?

なんか……暗くなってきた?

何故だろう?

冬なのに、体が熱くなってきたわ……

私は、その場に倒れこんだ。

ああ、私このまま死ぬのかしら?

嫌だ。

全裸で死ぬなんて……

そんな恥ずかしいこと……

恥ずかしすぎて、死ねないわ……

「お姉ちゃん?」

遠くのほうから、さくらの呼ぶ声が聞こえるわ……

さくらったら、まだいたのね……

「お姉ちゃん!大丈夫?」

ああ、けっきょく、さくらに裸を見られてし……まっ……

私は、そのまま意識を失った。


「ここは?」

天国かしら?

「良かった、パジャマを着てるわ……」

天国って、パジャマなんだ……

ドアの開く音がして、誰かが入ってきた。

「お姉ちゃん、気が付いた?」

「さくら?……さくらも死んだの?」

だめだ……意識がはっきりしない……

「はぁ?何を寝ぼけたことを言ってるのよ。」

さくら?が、呆れたように言った。

「ここは、天国じゃないの?」

「……そうよ!ここは天国よ。そして私は、さくらじゃなくて、天使よ。」

「天……使?」

「そうよ。ひまわり、あなたは天に召されたのよ。」

「涼太は?」

「えっ?」

「涼太はいないの?涼太は……」

私は、無意識に涼太の名前を呼び続けた。

「えーっと……」

天使さんが困ってるわ。

私ったら、天使さんを困らせるようなことを……

そのとき、ドアが開いて、また誰か入ってきた。

「ひまわり、大丈夫?気が付いた?」

50代くらいの、おばさんが覗き込んでいる。

「今度は神様ですか?」

「ひまわり、あなた何を言ってるの!」

神様に怒鳴られた。

「……お母さん?」

「どこからどう見ても、お母さんでしょう。」

「うん。ここは?」

「あなたの部屋よ。」

そう言われてよく見ると。

本当だ。

天国じゃないみたい。

と言うことは、

「天使さんは?」

「天使さん?さくら、あなた何か変なこと言ったんじゃないの?」

「お姉ちゃんが先に言ったんだよ。天使様って。」

さくらは堂々と嘘をついた。

「そうだったかしら?まだ、ボーッとしていて、よく覚えてないわ……」

「お姉ちゃん、ゆっくり寝てていいよ。欲しい物があったら、私に言ってね。」

さくらが、優しく言った。

「なによ、ずいぶん優しいのね。それよりも、私……どうして、ここで寝てるの?」

全然、記憶がない。

「お姉ちゃん、覚えてないの?お姉ちゃん、裸で倒れてたんだよ。」

「うん。倒れたところまでは、なんとなく覚えてるわ。さくらの声が聞こえたような気がする……」

「あのあと、大変だったんだからね。お姉ちゃんの体を拭いて、下着とパジャマを着せて、それから亀井先生を呼びに行って。ちょうど土曜日の午後で、亀井先生も病院が終わって帰ってたから。」

「そうなんだ……どうやって二階まで運んだの?」

「亀井先生の旦那さんが運んでくれたのよ。」と、母が言った。

亀井先生の旦那さんは、学生時代から柔道をやっていて、すごく力がある。

「そうそう、お姉ちゃんを軽く抱え上げて、お姫様抱っこみたいにしてね。」

「それでね、ひまわり。亀井先生が言うには、雨で濡れて風邪をひいたんだろうって。それと、疲れがたまってるんじゃないかって。2、3日休んでたら大丈夫だろうって。」

「お姉ちゃん、まだ働き始めて二日なのに、もう疲れたの?」

「……悪い?」

「悪くはないけど。」

「疲れたから、ちょっと寝るわ。」

「うん、わかった。」

「それじゃあ、お母さん下にいるから。なにかあったら、隣のさくらに言ってね。」

母とさくらは、私の部屋から出ていった。


私は、目を覚ました。

いつの間にか、眠ってしまったみたいだ。

まだ、頭がボーッとしている。

まだ、熱もありそうだ。

今、何時だろう?

窓の外は暗いみたいだけど、昼間もすでに暗かったから、まだ夜ではないかもしれない。

部屋の電気はついたままだった。

目覚まし時計に目をやると、6時20分だった。

まさか、午前じゃないよね?

私は、体がだるかったけど、ベッドから起き上がりカーテンを開けてみた。

外はもう日が沈み、真っ暗だった。

どうやら、雨はもう降っていないようだ。

そういえば、ひばりのお母さんはどうなったんだろう?

そうだ、携帯電話は?

携帯電話をどこに置いただろうか?

私は、家に帰ってからのことを思い返した。

家に帰ってから、母に荷物を渡して、そのままお風呂に入ったんだっけ。

ふと、机のほうを見ると、机の上にカバンが置いてある。

「あそこか……」

私は、そうつぶやくと、ベッドを出て机のほうへ向かった。

今は、ベッドと机までのわずかな距離が、果てしなく遠く感じる。

私は、ふらふらになりながら机までたどり着くと、カバンから携帯電話を取り出した。

携帯電話には、メールが2通と不在着信が1件あった。

誰だろう?

杉下さんかな?

とりあえず、立ったままの状態は辛いから、ベッドへ戻ろう。

不思議と、戻るときのほうが楽だった。

さて、誰からだろう?

まずは、不在着信のほうをチェックしてみると、やっぱり杉下さんからだった。

着信があったのは、16時37分、今から2時間ほど前か。

携帯電話が鳴っていたことに、まったく気が付かなかった。

カバンに入っていたからということもあるけど、それだけ深く眠っていたということだろう。

家の電話にはかかってないだろうか?

あとで、母に聞いてみよう。

メールは誰からだろう?

最新のメールは、これも杉下さんからだ。

時間は、16時54分だった。

おそらく、私が電話に出ないから、メールをしたのだろう。

私は、杉下さんからのメールを開いた。

『ひまわりちゃん、杉下です。

携帯にかけたけど出なかったから、ひばりに家の電話番号を聞いて、家のほうにかけました。

風邪をひいたそうですね。

仕事のことは気にしなくてもいいから、ゆっくり休んでください。

それで、僕の姉さんだけど、もう明日までは持たないだろうということです。

病気の、ひまわりちゃんには黙っておこうかと思ったんだけど、教えないと、ひまわりちゃんはかえって気になって仕方ないだろうって、ひばりが言うので、とりあえずこれだけ教えておきます。

何かあったら、また連絡します。

それでは、お大事に。』

そうか……

もう……

私は、ひばりのマンションに行ったときのことを思い出した。

あんなに元気そうだったのに……

人間って、わからないものだ……

もう一つのメールは、誰からだろう?

私は、メールを開いた。

13時18分か。

これは……

『ひまわりさん、ひばりさんのお母さんが倒れたそうですね。

心配ですね。

ひまわりさんも忙しいとは思いますが、ひばりさんを元気づけてあげてください。』

秋山さん……

13時18分……

メールの着信時間から考えても、12時頃にはもう知っていたのではないだろうか?

そんなに早く知ることができるということは……

私は少し考えてから、メールを打ち始めた。

『秋山さん、私、風邪をひいてしまって、熱が39度くらいあって辛いので、しばらくメールはできません。

なおったらこちらからメールをしますので、ごめんなさい。』

私はメールを送信した。

これでしばらくは、秋山さんのほうからメールがくることはないだろう。

私が風邪をひいたことは、ひばりに聞いて知っているんだろうけど。

「ふぅ……」

疲れた。

熱が39度くらいあってというのは少し大げさかもしれないけど、とても疲れた……

亀井先生は、私が疲れがたまっていると言ったそうだけど、確かにとても疲れた……

体がではなくて、心がだけど……

私は携帯電話を閉じると、そのまま眠りに落ちていった……

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