相談
2016年12月2日
「ただいま。」
「お姉ちゃん、おかえりなさい。仕事どうだった?楽しかった?イケメンのお客さんいた?」
さくらが、矢継ぎ早に聞いてくる。
「普通、普通、いない。」
私は適当に答えた。
「なによ、それ。お姉ちゃん、何かあったんでしょう?」
やっぱり、さくらには隠せないか。
「ひまわり、おかえりなさい。」
「お母さん、ただいま。」
「ご飯食べるでしょう?」
「うん。もうちょっとしたら行くから。」
「わかったわ。」
私は階段を上がった。
さくらもついてくる。
「お姉ちゃん、それでどうしたの?」
さくらは、私の部屋に入るなり聞いた。
「……さくら。」
「何?」
「秋山さんからのメールの内容を、誰かに教えた?」
もしも、さくらがひばりに教えていれば、ひばりは秋山さんに聞いたんじゃないということになる。
「えっ?どうして知ってるの?」
「えっ!?」
「えっ?何よ。」
「やっぱり、さくらだったのね。」
私は、ホッとした。
じゃあ、ひばりの彼氏は秋山さんじゃないんだ。
「お母さんったら、私に聞いたってことは黙っててって言ったのに。」
うん?お母さん?
「ちょっと、さくら。話したのって、お母さんなの?」
「そうだけど。」
「ひばりには教えなかった?」
「ひばりさんに?教えてないわよ。」
「本当に?」
「うん。遊園地に行った日から一度も会ってないし、電話もメールもしてないよ。」
そうか……それじゃあ、やっぱり……
「ひばりさんが、どうかしたの?」
「別に……なんでもないわよ。」
「なんでもないってことないでしょう。ひばりさんと何かあったの?」
なんとかごまかさないと……
「えっと、これはお客さんから聞いた話なんだけど。」
「えっ!なになに、どんな話?」
「そのお客さんの妹さんがね、自分と彼氏のメールのやり取りの内容を、友達に教えていたんだって。」
「それで?」
「それで……えっと、さくらもそんなことを……やったりしてないかなって心配になったのよ。」
「それだけ?」
「それだけよ。」
「なーんだ。つまんない。男女の修羅場かなんかの話かと思って、ワクワクしたのに。っていうか、お姉ちゃん。お客さんに聞いた話を、べらべら喋るんじゃないわよ。」
「気を付けるわ。」
「ご飯食べてこよっと。先に行くね。」
さくらは部屋を出ていった。
「ふぅ。」
最後のほう、しどろもどろになったような気もするけど、なんとかごまかせたみたいね。
これから、どうしよう……
私ったら、どうしてこんなに悩んでるんだろう?
秋山さんとは、付き合ってるわけでもないのに。
2016年12月3日
「お母さん、いってきます。」
「いってらっしゃい。ひまわり、雨降ってるわよ。」
今日は朝から雨が降っている。
昨日は、いろいろと考えすぎてかなり寝不足だわ。
暖かいお店の中に入ったら、眠くなりそうだわ。
明日はお休みだから、昨日のことはとりあえず忘れて、今日一日がんばろう。
「ひまわりちゃん、おはよう。昨日はどうかしたの?」
忘れようと思ったのに、杉下さんがいきなり聞いてきた。
「杉下さん……おはようございます。昨日って、何のことですか?」
「いや、昨日ひまわりちゃんが帰ってから、小笠原さんと、ひまわりちゃんの様子がおかしいって話してたんだよ。」
「そうですか……別に、なんでもないですよ。久しぶりの仕事で、ちょっと疲れてただけですから。」
「そうか、ならいいけど。」
「はい。」
「今日は雨が降っているから、外の掃除はやらなくてもいいよ。」
「わかりました。着替えてきます。」
私は部屋へ入ると、着替える前に携帯電話を取り出した。
今日も、秋山さんからメールがきている。
しかし、今の私は、そのメールを読む気にはなれなかった。
私は、携帯電話の電源を切ると、カバンにしまった。
着替えを終えて戻ると、杉下さんがコーヒーを入れていた。
「ちょっと時間があるから、ひまわりちゃんもどうだい?」
「いえ、私は。」
今は、コーヒーを飲みたい気分ではない。
「まあ、そんなこと言わないで、もう入れちゃったからさ。」
もう入れたのなら、わざわざ聞かなくてもいいのに。
「それじゃあ、いただきます。」
まあ、寝不足だったから、ちょうどいいか。
私は、ブラックのまま一口飲んだ。
うーん……苦い。
大人の味だわ。
一応、私も大人だけどね。
「ひまわりちゃんはブラック派かい?」
「いえ、そういうわけじゃないですけど。これは目が覚めますね。」
「なんだ、寝不足なのかい?」
「はい。少しだけ。」
本当は、少しだけじゃないけど。
「そうそう、昨日ひばりから電話があったんだけど、帰る途中で、ひばりに会ったんだって?」
「あっ、はい。」
「ひばりが、僕のほうからも謝っておいてくれって言ってたよ。」
「そんな、謝らなくてもいいですよ。」
「どうも姉さんの調子が、あまり良くないみたいなんだ。」
「そうなんですか?この前会ったときは、元気そうでしたけど。」
ひばりは、そんなに悪いとは言ってなかったけど。
「うん。僕も昨日ちょっと行ってみたんだけど、そのときは寝てたよ。」
「……杉下さん。」
「ん?」
「そのとき、他に誰か来てましたか?」
私は、思いきって聞いてみた。
「えっ?いや、誰も来てなかったと思うけど。どうして?」
「ちょうど私といるときに、ひばりに電話がかかってきて、誰かが来るようなことを言っていたので。」
「僕が行ったのは、お店を片付けてからだからね。8時を過ぎていたから、もう帰ったあとだったのかもね。」
「そうですか。」
「何か、気になるのかい?」
「いえ。マスター、それよりも開店準備しちゃいましょう。」
あんまりしつこく聞いても、おかしいと思われるだろうから、この辺りで止めておこう。
「おっ、気合いが入ってるね。それじゃあ、始めようか!」
杉下さんは、残りのコーヒーを一気に飲んで立ち上がった。
「今日は、この天気だと、お客さんが少ないかもなぁ。」
「そうなんですか?」
「うん。こういう天気だと、2割くらい少ないかもね。でも土曜日だから、そこまでは減らないかな。」
窓の外を見ると、雨が少し強くなってきたみたいだ。
「まあ、こんな日はのんびりやろう。」
お客さんが少ないと、その分収入も減るというのに、杉下さんは、のんきなものだ。
そういえば、ひばりが言ってたっけ、杉下さんはすごくお金持ちだって。
あれ?
そこまでは言ってなかったかしら?
「なんだい?僕の顔に何か付いてる?」
「えっ?いえ、なんでもないです。」
「なんか、物欲しそうに見てたけど。」
べ、別に、お金に目がくらんだわけじゃないからね。
っていうか、私は誰に弁解してるんだろうか?
「杉下さんと、ひばりは似てるなぁって思って。」
私は、あわててごまかした。
なんか最近、ごまかしてばかりいるような気がする…
「そうかな?あんまり言われたことないけど。」
「あっ!お客さん来ましたよ。」
お店の入口に、人影が見えた。
「いらっしゃいませ。おや、あなたですか。」
杉下さんは、少し驚いたように言った。
「いらっしゃいませ。長谷川さん。」
お店に入って来たのは、長谷川さんだった。
二日続けて最初のお客さんは、長谷川さんか。
「長谷川さん、今日はどうされました?」
杉下さんが、ちょっと警戒しながら聞いた。
「いつでも来ていいと言ったのは、そっちだろう。」
「あぁ、そうでしたそうでした。」
「ふん。まあいい。わしは、あんたに会いにきたんじゃない。ひまわりに会いにきたんじゃ。」
長谷川さんはそう言うと、私に笑顔を見せた。
「長谷川さん、お待ちしてました。今日は、奥さんは?」
長谷川さんは一人だった。
「今日は天気が悪いから、家におる。」
足が悪いと、雨の日に出歩くのは大変なのだろう。
「今日は、奥さんに黙って来てないですよね?」
またもめたりするのは、ごめんだ。
「心配せんでも、ちゃんと言ってから来たから。まあ、たとえ言わなかったとしても、ここ以外に行くところはないから、すぐにわかるだろう。」
それもそうですね……なんて言ったら失礼か。
長谷川さんは、一番奥のテーブル席に座った。
「長谷川さん、ご注文はどうされますか?」
「コーヒーの、うんと甘いやつを。」
「はい。甘いのですね。」
「マスター、コーヒーをうんと甘くしてください。」
「長谷川さん、お待たせしました。うんと甘いコーヒーです。」
私は、甘い香りのただようコーヒーカップを置いた。
「ありがとう。」
長谷川さんは、コーヒーを一口飲んだ。
「うん。もう少し甘くてもいいな。」
これでも、じゅうぶん甘そうだけど。
「長谷川さんって、甘い物がお好きなんですか?」
「そうだな。甘い物には目がなくてな。」
まあ、それもそうだろう、これだけ甘いのを飲んでるんだから。
「甘い物が好きなばかりに、クリスマスケーキが食べたいなどと言ってしまって、すみれを失うことになってしまったわけだが……」
長谷川さんは、そこで言葉をつまらせた。
しまった!
私ったら、深く考えもせずに余計なことを聞いてしまった。
「長谷川さん、ごめんなさい!私、そういうつもりで聞いたんじゃないです。」
私は、あわてて謝った。
「いやいや、気にすることはない。」
長谷川さんはそう言うと、さらに言葉を続けた。
「しかし甘い物のせいで、すみれを失ったというのに、わしは、今でも甘い物が止められないとは、本当に情けない父親だな……昔から好きだったわけではないのだが、すみれが高校生になった頃から、ケーキやチョコレートなど甘い物をよく作るようになってな、それを食べているうちに甘い物が好きになってな。今でも、甘い物を食べたり飲んだりすると、すみれや、すみれの作ってくれたケーキやチョコレートを思い出すんだ……」
長谷川さんが、涙を流したように見えたのは、気のせいだっただろうか?
「いや、つまらん話を聞かせてしまったな。いいから忘れてくれ。」
忘れてくれと言われても、はいそうですかと、簡単に忘れるなんて無理な話だろう。
よくドラマなどでそういうシーンを見るけど、そんな方法があるなら教えてほしいくらいだ。
そうすれば、秋山さんのことも、きれいさっぱり忘れてしまえるのに……
「ひまわり、どうかしたのか?」
私は、長谷川さんにそう言われて、ドキッとした。
「えっ?なんですか?」
「何かあったんじゃないのか?」
まるで長谷川さんに、私の心の中を見透かされているみたいだ。
「別に、なんでもないですから。長谷川さんは気にしないでください。」
こんな言い方では、気にしてくださいと言っているようなものだろう。
「まあまあ、そんなこと言わんと、わしに話してみんか。」
長谷川さんは、優しく微笑んでいる。
まるで、自分の孫でも見るように……
いや、長谷川さんにとっては、娘のすみれさんのようにだろうか。
「ほれ、どうした。わしじゃあ、相談相手として不満か?」
「いえ、けっしてそういうわけでは。」
「客の言うことが、聞けんのか?」
「いえ、それとこれとは……」
何度か言い合ったところで、長谷川さんは何かを思い出したように、笑みを浮かべた。
「喫茶店の隣に住む、ただのじじいには話せん……まあ、それはそれでいいだろう。だけど、友達にだったら話せる……違うか?」
「えっと……それは、まあ……そうですね。」
友達でも、ひばりには話せないけれど。
「言ったな。」
私、何かおかしなことを言ったかしら?
「では改めて、友達として聞こう。わしに話してみなさい。」
「友達?」
「なんだ、覚えていないのか?昨日、ひまわりが言ったじゃないか。わしとひまわりは、友達だと。まだ若いくせに、物忘れがひどいのか?」
私は、昨日の出来事を思い出してみた。
「あっ!言いましたね。」
そうだった。
昨日、話の流れの中で、そう言ってしまった……言ってしまったなんて言ったら、長谷川さんに失礼か。
「あれは嘘か?こんな、か弱いじじいを騙したのか。」
どこがか弱いんだ。
長谷川さんは、そう言うと泣き出した……いや、どう見ても泣くふりだけど。
「ちょっ、ちょっと長谷川さん、止めてくださいよ。マスターに変に思われるじゃないですか。」
杉下さんのほうをチラッと見ると、カウンターで他のお客さんの接客をしている。
気付かないうちに、お客さんが来ていた。
喫茶店の従業員として失格だわ……
長谷川さんは、泣くふりを続けながら、私の顔をチラチラ見ている。
長谷川さんって、本当はこんなにおちゃめな人だったのね……
「わかりました。それじゃあ、聞いてもらえますか?」
「なんだ?あの杉下っていう奴が、セクハラでもしてくるのか?」
「違いますよ。マスターは、とってもいい人ですよ。」
「そうか。」
長谷川さんは、杉下さんにきつく注意されたときの印象から、あんまりよく思っていないみたいだ。
「実は……これは、私の友達から相談されたお話なんですけど。」
ここはベタだけど、私のことではなくて、私の友達のことにしておこう。
実際、私の友達の話には違いないからね……相談はされてないけど。
「ひまわりの友達か?」
あれっ?
長谷川さん、疑ってるかしら?
「女が自分の友達の話だと言って話してくるのは、それはほとんど自分自身の話だと、誰かがテレビで言うとったぞ。」
「えっ?いえ、これは本当に私の友達の話ですよ。」
長谷川さんって、どんなテレビ番組を見てるのかしら?
「そうか、よけいなことを言ってしまったな。すまん。」
「いえ、大丈夫です。それで、私の友達の話ですけど。」
本当に、長谷川さんに相談して大丈夫かしら?
ふと、そう思ったけど、今更止められる雰囲気じゃあない。
「実は、私の友達には、好きな男の人がいるんです。」
あれっ?
私って、やっぱり秋山さんのことが好きなのかしら?
自分で話していて、そう思ってしまった。
「それで?」
「あっ、はい。それでですね。その私の友達は、その好きであろう男の人と……」
「であろうって、どういうことだ?」
「えっと……好きな男の人とは、まだ付き合っているわけではないんです。」
よけいなことを考えていたら、変なことを言ってしまった。
「それで、その私の友達と、その好きな男の人は、今はメールをやり取りしているだけなんです。」
「メールか。わしらの時代にはそんなものなくて、家の電話にドキドキしながらかけたもんだ。親が出てきたら、どうしようってな。」
長谷川さんはそう言いながら、何故かちょっと照れている。
奥さんとのことを、思い出しているのだろうか?
私は別に、長谷川さんの思い出話が聞きたかったわけではないので、無視して話を続けた。
「私の友達はその男の人のことを、私の友達の友達に相談していたんです。ところが私の友達の友達も、その男の人が好きで、私の友達に内緒で……」
私はそこまで話すと、言葉が止まってしまった。
「ひまわり、どうした?」
「……私に内緒で、付き合っていたんです。」
私は話し終えると、涙がこぼれそうになった。
これでは、自分自身の話だと認めているようなものである。
長谷川さんは、想像していた話とは違ったのだろうか、なんと言えばいいのか考えているみたいだ。
「なるほど……自分の好きな相手が、相談していた友達と付き合っていたというわけか。」
「……はい。」
「ひまわり。その二人が付き合っているというのは、本当に間違いないのか?」
「間違いないと思います。私、見たんです。ひばりが、男の人と歩いているのを。私だけじゃなくて、このお店の常連のお客さんも、見たって言ってました。」
もう完全に、私のこととして話が進んでいる。
「そうか。はっきりと相手の顔を見たんか?」
はっきりと?
いや、あの日は雨が降っていたから、傘をさしていて顔は見えなかった。
「顔は、はっきりとは見てないですけど……」
「だったら、別人かもしれんぞ。」
別人?
そうだろうか?
「でも、ひばりは知ってたんです。」
「何を?」
「秋山さんが、私たちよりも年下だっていうことを。それに秋山さんが、私に初めて送ってきたメールの内容を知っているみたいなんです。私もさくらも教えていないのに……」
「そうか……その前にちょっといいかね?」
「はい。」
「ひばりっていうのは、この店と同じ名前のようだが、あいつの娘かなにかか?」
長谷川さんは、杉下さんのほうを見ながら聞いた。
「えっ!?長谷川さん、どうして、ひばりの名前を?」
長谷川さん、どうして知ってるのかしら?
「どうしてもなにも、ひまわりが今、自分で言っていたじゃないか。」
どうやら、無意識のうちに言ってしまったみたいだ。
私自身の話だと、ばれてしまっただろう。
「杉下さんは、ひばりの叔父さんです。」
「そうか、姪っ子か。わしが声をかけた娘の中に、おったかもしれんな。」
その可能性は高いだろう。
「それで相手の男が、秋山だとして、さくらとは誰だ?」
私ったら、そんなことまで言ってしまったのか…
「さくらは、私の妹です。」
「ひまわりにさくらか。両親が花が好きなんだな。」
「母が、花が好きです。っていうか長谷川さん、今はそれは関係ないじゃないですか。」
一瞬、何の話をしていたのか、忘れそうになったわ。
「すますまん。人の名前が出てきて、ちょっと気になったんでな。」
「えっと……どこまで話しましたっけ?長谷川さんがよけいなことを聞くから、忘れちゃったじゃないですか。」
「メールの内容がどうこうという話だったな。」
「そうなんです。ひばりが、秋山さんのメールの内容を知っていたんです。ひばりが、秋山さんに直接聞いたとしか考えられないです。」
「そんなもの、ひばりか秋山に直接聞いて見ればわかるだろう。」
長谷川さんは、当然のことを言った。
「そんなこと……怖くて聞けません。」
「わしが代わりに聞いてやろうか?」
長谷川さんは、真剣な顔で言った。
「止めてください。聞くんだったら、私が自分で聞きますから。」
私も、よく言うわね、そんな勇気ないくせに。
「そうか、わかった。」
「あっ、杉下さんには言わないでくださいね。」
杉下さんに知られたら、やっかいなことになる。
「心配するな。誰にも言わんから。」
本当かしら?
「それじゃあ私、他のお客さんがいますから、もう行きますね。」
「なんだ、もう行くのか?まだ、いいじゃないか。」
「私は、長谷川さん専属じゃあ、ありませんので。」
「しゃべるぞ。」
「はい?」
何をしゃべるというのだろうか?
「あいつに、今の話を全部しゃべるぞ。」
長谷川さんは、杉下さんのほうを見ながら言った。
えぇっ!
まさかの脅迫?
私が、どうしたものかと困っていると、
「冗談だ。」
私は、長谷川さんをちょっとにらみつけた。
「ひまわり、そんな怖い顔をするな。冗談に決まっとるだろう。」
「もうっ!」
「怒った顔もかわいいな。」
えっ?
このじいさんは、突然、何を言い出すんだろう。
「冗談だ。」
「……」
私は、無言で立ち去った。
冗談っていうことは、かわいくないっていうことか。
まあ、怒ってるんだから、かわいくないのは当然か。
うん?
まあ、そんなことどうでもいいか。
「マスター、すみません。他のお客さんもいらっしゃるのに、長谷川さんに付きっきりになってしまって。」
他のお客さんを、杉下さんに任せっきりになってしまった。
「ああ、大丈夫だよ。他のお客さんっていっても、一組だけだからね。この天気だから。」
長谷川さんの他には、四人組の若い女性客がいるだけだった。
少し、雨が強くなってきたみたいだ。
「まあ、長谷川さんも、ひまわりちゃんが相手してくれてたほうが、嬉しいだろうし。」
私は、そこまで嬉しくはないけど。
「ひまわりちゃん、長谷川さんと何を話していたんだい?時々、僕のほうを見てただろう?」
しまった。
気付かれていたみたいだ。
「えっと……」
どうしよう。
本当のことは、言いたくないし。
「まあ、言わなくても、だいたいのことはわかるよ。」
まさか、話の内容が聞こえたのかしら?
「どうせ、僕の悪口だろう。」
そっちか。
「ええ、そうですそうです。長谷川さんったら、楽しそうにそんな話を。」
長谷川さん、ごめんなさい。
私は、心の中で、長谷川さんに謝った。
「……そうなんだ。」
杉下さんは、ちょっと悲しそうに言った。
しまった!
ついつい調子にのって、言いすぎてしまった。
「ひまわり、わしはそろそろ帰るぞ。」
最悪のタイミングで、長谷川さんがやってきた。
「あっ、はい。ありがとうございました。」
長谷川さんは、お金を払うと帰っていった。
長谷川さんが支払いをする間、杉下さんとは目を合わせることもなかった。
「マスター、雨がどんど強くなってますね。」
「本当だなぁ。これは、お客さんが本当に来ないかもなぁ。お店を閉めたいくらいだよ。」
杉下さんは窓の外を見ながらそう言うと、冗談っぽく笑った。
本当にすごい雨だわ。
外は薄暗く、まるでもうすぐ夜なんじゃないかと勘違いしてしまいそうだ。
まあ、帰るまでには雨も止んでいるだろうけど。
この雨の中、外を歩くのは大変だろう。
四人組の若い女性客も、窓の外を見ながら、どうしようかと思案しているみたいだ。
そのときだった。
窓の外が一瞬、ピカッと光ったかと思うと、ドーンという大きな音がした。
「キャーッ!」
女性客たちが悲鳴を上げた。
「びっくりしたぁ。雷が落ちたみたいだね。」
杉下さんは、びっくりしながらも冷静に言った。
「すみません。私たち、もう帰ります。お会計をお願いします。」
「はい。ありがとうございました。」
女性客たちは、会計を済ませると、帰っていった。
どうやら、車で来ていたみたいだ。
雨は、いっこうに止む気配がなく、どんどん強さを増していっているような気がする。
「やれやれ、もう12時になるというのに、誰も来やしない。」
杉下さんが時計を見ながらつぶやいた。
本当に嫌な日だわ。
まだ何か、大変なことが起きるんじゃないかしら。
私は、ふと、そんな嫌な予感がした。
そんな予感は、現実のものとなった。
プルルルと、携帯電話の着信音が鳴った。
私は、携帯電話をカバンに入れているから、杉下さんのだわ。
「うん?誰からだろう?」
杉下さんは、ポケットから黒い携帯電話を取り出した。
車も黒いけど、携帯電話も黒いのね。
「ひばりからだ。こんな時間に珍しいな。何かあったのかな?」
まさか、長谷川さんが本当に……なんて、一瞬思ったけど、そんなわけないよね。
「もしもし。ひばり、どうした?こっちは、お客さんが100人もいて忙しいんだぞ。」
杉下さんは、どうどうと嘘を付いた。
100人も入るわけないじゃない。
「うん。えっ!?それは本当か?わかった。ひばり、落ち着け。」
どうしたんだろう?
「お父さんは一緒か?うん。わかった。僕も、お店を閉めてすぐに行く。」
お店を閉めるって、ただ事ではない。
「ああ、大丈夫だ。お客さんなんて、一人もいないから。」
さっき100人って、言ったくせに。
「それで、中央病院でいいんだな?」
中央病院?
中央病院っていったら、この辺りでは一番大きな総合病院だ。
「ああ、今すぐ向かう。それじゃあ。」
杉下さんは、電話を切った。
「杉下さん、ひばりどうしたんですか?今、中央病院って……」
「ああ、大変なことになった。意識不明で中央病院に運ばれたみたいなんだ。」
意識不明?
「誰が運ばれたんですか?」
「ああ。運ばれたのは……」
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