裏切り

2016年12月2日


「いらっしゃいませ。」

時刻は12時を過ぎて、少しずつ忙しくなってきた。

「ご注文はお決まりでしょうか?」

「紅茶とアイスコーヒー。」

「はい。紅茶とアイスコーヒーですね。少々お待ちください。」

「マスター、紅茶とアイスコーヒーです。」

「了解。」

「いらっしゃいませ。」

さっきまでの静けさが嘘のように、お客さんが増えてきた。

でも、杉下さんは、3時からが一番忙しいって言ってたっけ。

「ありがとうございました。」


1時を過ぎて、今度はお客さんが二人だけになった。

「ひまわりちゃん、そろそろ休憩しちゃって。」

「あっ、はい。」

「じゃあ、今1時10分だから、2時10分までね。もし忙しくなったら呼ぶかもしれないから、そのつもりでいて。」

「わかりました。」

「まあ、そんなことはほとんどないと思うけど。」


私は、部屋へ戻ると、携帯電話をチェックした。

秋山さんから、メールがきている。

『アルバイトですか、がんばってください。

僕も、がんばります。』

ずいぶん簡潔なメールだ。

おそらく、私が仕事中ということで、気を使ってくれたのだろう。

返信しなきゃ。

『ありがとうございます。

仕事をするのは久しぶりになるのですが、がんばってます。

秋山さんも、がんばってください。』

私も簡潔に返信した。

さて、お昼を食べちゃおう。

私は、母の作ってくれたお弁当を取り出した。

お弁当なんて作らなくてもいいって言ったんだけど、

『どうせお父さんの分も作るんだから、一つも二つも同じよ。』ということで、作ってくれた。

お母さんのお弁当なんて、何年ぶりかしら?

「うん。美味しい。」

私は、母の作る、甘い卵焼きが大好きだ。


お弁当をほとんど食べ終わったときだった。

コンコンと、ドアをノックする音がした。

「ひまわりちゃん、ちょっといい?」

忙しくなったのかしら?

「はい。」

私はドアを開けた。

「ひまわりちゃん、ちょっとこっちに来てくれる?」

私は、杉下さんについて、お店の中に戻った。

「あれっ?」

お客さんがいっぱいかと思ったら、三人しかいない。

カウンター席に男性客が二人と、テーブル席に女性が一人で座っていた。

杉下さんは、私を女性客の前まで連れていった。

椅子に座っていたのは、一人の60代くらいの女性だった。

足があまりよくないのだろうか、右手には杖が握られている。

「マスター、こちらの方は?」

「こちらは、長谷川さん。」

「長谷川さん?」

あのおじいさんと同じ名字だわ。

あれっ?

長谷川さんの奥さんって、確か足が悪いって聞いたような…

まさか!

「こちら、長谷川さんの奥さんだよ。」

やっぱり。

「こんにちは。長谷川の妻の知子ともこといいます。あなたが、ひまわりさんね。まぁ、本当に……」

長谷川さんの奥さんは、はっきりとした声で話した。

どうやら、悪いのは足だけのようだ。

「こんにちは。冬野ひまわりです。えっと……長谷川さんの奥さんが、どうしてここに?」

「はい。実は、主人の様子がおかしかったので問いつめると、ひまわりさんにとてもご迷惑をおかけしたみたいで。ごめんなさいね。」

長谷川さんの奥さんはそう言うと、椅子から立ち上がろうとしてよろけた。

「あっ、いいですよ座ったままで。」

杉下さんは、そう言うと、長谷川さんの奥さんを支えて椅子に座らせた。

「ごめんなさいね、足が悪くてね。」

「奥さん、歩いて来られたんですか?」

「ええ、ひまわりさんに謝ろうと思いまして。主人があんなことをしたのは、私の責任でもあります。ご迷惑をおかけして、本当にごめんなさいね。」

長谷川さんの奥さんは、座ったまま私に頭を下げた。

私に謝るために、この足でわざわざやって来たのか。

「そんな、奥さんの責任じゃないですよ。頭を上げてください。私は大丈夫ですから。」

「そう言っていただけると、ありがたいです。」

長谷川さんの奥さんは、頭を下げたまま言った。

「でも、どうして長谷川さんは、あんなことをしたんですか?」と、杉下さんが聞いた。

「やっぱり、主人は何も話してないんですね。」

「はい。」

「実は、主人と私の間には娘がいました。でも……3年前のクリスマスイブに交通事故で亡くなったんです。」

「えっ……」

3年前のクリスマスイブ……

涼太と同じ日に……

涼太と同じく交通事故で……

「そうですか……3年前にそんなことがあったんですか。僕がこのお店を始める前ですね。でも、それと今日のことと、どういう関係が?」

「私たち夫婦は、結婚してから10年以上、子供に恵まれませんでした。私も主人も、もう子供はできないだろうと、半分諦めていました。そんなとき娘の『すみれ』が生まれたんです。やっとできた子供ということもあって、私たちは、すみれをとてもかわいがりました。とくに主人は、すみれを溺愛できあいしていました。そして、25年の時間ときが流れました。」


2013年12月24日


「お母さん、早くしないと、お父さんが待ちくたびれちゃってるよ。」

今日は、クリスマスイブ。

すみれは、母親とデパートにクリスマスケーキやチキン等を買いにきていた。

「すみれ、そんなに急がなくても大丈夫だよ。お父さんも、急にケーキを食べたいなんて言い出すんだから。」

時刻は午後3時を過ぎていた。

「バスが出ちゃうよ!」

「次のバスでもいいじゃないの。」

「仕方ないわね。じゃあ、次のバスにしましょう。」


「お母さん、バスが来たわよ。」

「はいはい。わかってるわよ。」


こうして、すみれと母親は、予定より一つ遅いバスに乗った。

「お母さん、ここ空いてるよ。」

すみれと母親は、バスの一番前の席に座った。


そして、降りるバス停まで、あと一つのところだった。

ドーン!という大きな音がして、バスが止まった。

居眠り運転で車線をはみ出した大型トラックが、すみれと母親が乗っていたバスに、正面衝突したのだ。

すみれは、即死だった。



「私は、奇跡的に命は助かりました。そのときの事故の影響で、足を悪くしました。」

「思い出した!確か、双方の運転手と、バスの乗客が二人か三人亡くなったんですよね。僕も、ニュースや新聞で見ました。」

「はい、そうです。」

私は、そんなことがあったかどうか覚えていなかった。

あの頃は涼太のことで、それどころではなかったのだ。

「それから主人は、自分を責めるようになりました。自分がクリスマスケーキが食べたいなんて言い出さなければ…と。それ以来、主人は家に引きこもるようになったんです。でも、主人だけが悪いんじゃないんです。私が、次のバスにしようなんて言わなければ……」

私と同じだ……

私も、ずっと自分を責め続けていた。

「それからしばらくして、このお店がオープンしたんです。すると、主人は外に出て、若い女の子たちに話しかけるようになったんです。たぶん、女の子たちに、すみれを重ね合わせていたんだと思います。」

「そうだったんですね。僕はてっきり、若い女の子が好きで話しかけていたのかと思っていました。そんな理由があったとは知らなかったんで、ちょっときつく注意してしまいました。どうもすみませんでした。」

杉下さんは、頭を下げた。

「いえいえ、悪いのは主人ですから。あんなじいさんが、いきなり話しかけてきたら、皆さん驚かれたでしょうね。」

私は、長谷川さんがお店の駐車場で、若い女の子たちに話しかけているところを想像した。

長谷川さんは、どういう気持ちで女の子たちに話しかけていたんだろう?

「でも、僕が注意してからは、話しかけるのを止めていたのに、どうしてまた、ひまわりちゃんに話しかけてきたんでしょうか?」

それは、私も気になっている。

「今日は、たまたま外に出たときに、ひまわりさんがお掃除をしていたのが目に入って、ついつい話しかけてしまったみたいなんです。」

「なるほど。でも、どうしてお店に入ってきて、あのようなことを?今まで、一度も入ってくることはなかったんですけど。」

「それは、これを見てください。」

長谷川さんの奥さんはそう言うと、ポケットから携帯電話を取り出した。

「これは、すみれの写真です。」

私は携帯電話を受け取ると、すみれさんの写真を見た。

「えっ!?この写真……」

「ひまわりちゃん、どうしたの?ちょっと、僕にも写真見せて。」

私は、杉下さんに携帯電話を渡した。

「うん?……これは、ひまわりちゃん?いや、違うか。でも、とてもよく似てるなぁ。」

「ええ、私も驚きました。ひまわりさんのお顔を見たときは。」

それで私の顔を見て、長谷川さんは、びっくりしていたのか。

「そうか、亡くなった娘さんに、ひまわりちゃんがそっくりだったから、あんなことを。」

「はい。それと、すみれが生きていれば、今年で28歳なんです。」

「私と同い年ですね。」

「そうです。主人は帰ってくるなり、とても興奮した様子で私に言いました。『が、になって帰ってきた!』と。」

「そうですか。でも、ひまわりちゃんはひまわりちゃんであって、決して、すみれさんではありません。」

そうだ。

杉下さんの言う通り、私は、すみれさんにはなれない。

しかし、何か私にできることはないだろうか?

「はい。それはもちろん承知しています。主人も頭では、わかっていると思います。だけど、ひまわりさんを見た瞬間、主人は本当に、すみれが生き返ったと思ったんです。本当に、ひまわりさん、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。」

長谷川さんの奥さんは、再び頭を下げた。

「マスター、お会計お願いします。」

「はい。今、行きます。」

杉下さんは、お客さんに呼ばれて行ってしまった。

「私…長谷川さんの気持ちがわかるような気がします。」

「ひまわりさん、そう言っていただけると、主人もとても喜ぶと思います。」

長谷川さんの奥さんは、そう言うと笑顔を見せた。

「いらっしゃいませ。あっ、長谷川さん。」

杉下さんの声に振り向くと、そこには長谷川さんが立っていた。

「あなた。」

「お前、姿が見えなくなったと思ったら、やっぱりここにいたのか。」

長谷川さんはそう言うと、こちらへ近づいてきた。

心なしか、先ほどよりも元気がないように見える。

「よく、ここにいるのがわかりましたね。」

「お前の考えそうなことぐらい、わかるに決まっとる。」

「長谷川さん。奥さんから、全部聞きました。すみれさんのことも。」

「そうか。」

長谷川さんはそう言うと、奥さんの隣に腰を下ろした。

その後しばらく、みんな無言の状態が続いた。

「みなさん、これでも飲んでください。」

杉下さんが、飲み物を入れたカップを持ってやってきた。

紅茶のいい香りがする。

杉下さんが、三人分の紅茶をテーブルに置いた。

「ひまわりちゃんも、まだ休憩時間だから座って。」

「はい。」

私も、椅子に腰を下ろした。

「まあ、いい香りですね。ありがとうございます。」

長谷川さんの奥さんは、笑顔で一口飲んだ。

「美味しいわ。こんなに美味しいって知ってたら、もっと前から来たのに。」

「ありがとうございます。これからいつでも来てください。ケーキなどもありますよ、お持ちしましょうか?」

「いえいえ、そんなにおかまいなく。」

「杉下さんは、飲まないんですか?」

「ああ、僕はいいよ。他のお客さんもいるし。」

杉下さんはそう言うと、カウンターへ戻っていった。

さて、私と長谷川さん、そして長谷川さんの奥さんと三人残されたわけだけど、どうしたものか。

「どうもすまなかった。」

意外にも最初に口を開いたのは、長谷川さんだった。

「いえ、私は大丈夫です。」

また沈黙……

これでは、いけない。

「私……長谷川さんの気持ちが、とてもよくわかります。」

私は、思い切って口を開いた。

「実は……私も、とても大切な人を交通事故で亡くしてるんです。」

「なんだと?」

「まあ……」

私の言葉に、長谷川さんも奥さんも、とてもびっくりしている。

「3年前のクリスマスイブ、すみれさんと同じ日です。」

長谷川さんも奥さんも、信じられないといった表情で私を見ている。

「いったい、誰を……」

「私の……恋人です。」

「恋人を……そうか……すみれと同じ日に……」

長谷川さんはそう言うと、目を閉じた。

「私も自分をずっと責め続けていました。彼が……涼太が亡くなったのは、私のせいなんだと……」

「ひまわりさん。それは、どうして?」

「あの日、私は……」


私は、3年前のクリスマスイブの出来事を長谷川さんたちに話した。

「そうだったんですね。それじゃあ、あのとき、私たち同じ病院にいたんですね。」

あの日、長谷川さんの奥さんとすみれさんが運ばれたのも、涼太が運ばれた病院と偶然にも同じ病院だったそうだ。

時間は3、4時間ほどずれていたので、そのとき長谷川さんとは顔を合わせてはいないと思う。

もし、あのとき長谷川さんと病院で顔を合わせていたら、きっと大騒ぎになっていただろう。

「そのときから、私も自分を責め続けました。私があのとき、ああしていれば、こうしていれば、こんなことは起こらなかったんじゃないのかって。」

長谷川さんは黙ったまま、私の話を聞いている。

「でも、そんな私を救ってくれたのは、家族や親友でした。長谷川さんもきっと、奥さんやお友達が助けてくれますよ。」

「わしには、そんな友達なんか一人もおらん。」

長谷川さんはそう言うと、紅茶を一気に飲み干した。

「そんなことないですよ。いるじゃないですか。」

「いる?どこに?」

長谷川さんは、不思議そうに聞いた。

「長谷川さんの……目の前にですよ。」

「……あんたが?」

「はい。」

長谷川さんは、まだ状況が飲み込めていないようだ。

「あらまあ、あなた、良かったですね。若いお友達ができて。」

長谷川さんの奥さんは、嬉しそうに微笑んでいる。

「ふん。何がいいもんか。」

「まあ、素直じゃないわね。正直に言えばいいじゃないですか。嬉しいって。」

「嬉しくなんかない。」

「じゃあどうして、そんなに表情がゆるんでるんですか?顔も赤いですよ。」

「バ、バカ言え。赤くなんかないわい。」

実際、長谷川さんは顔が真っ赤になっている。

「お二人とも、仲がよろしいんですね。」

「そ、そんなことはない!」

私の言葉に、長谷川さんは必死に否定した。

「長谷川さん。いつでもお店に来てください。よろしければ、奥さんもご一緒に。」

「ふん。気が向いたら来てやる。」

「本当に素直じゃないわね。ひまわりさん、ありがとうございました。」

「いえ、本当に来てくださいね。」


「それでは失礼いたします。」

長谷川さんは奥さんを支えながら帰っていった。

「無事に解決したみたいだね。」

杉下さんは、笑顔で言った。

「はい。良かったです。」

でも、本当に解決することってあるんだろうか?

私も、まだ……

「あっ、長谷川さんに、いつでもお店に来てくださいって言っちゃいました。」

杉下さんに、何も言わずに勝手に言ってしまった。

「そうかい。働き始めて初日から、お客さんを増やしてくれるなんて、ひまわりちゃんは才能があるね。」

「いえ、そんなことは……」

そんな、大げさな。

「もうこんな時間か。休憩時間だったのに、あんまり休憩できなかったね。もう少し休憩するかい?」

「いえ、大丈夫です。杉下さんは、お昼はどうするんですか?」

杉下さんに休憩されたら、お客さんが来たときに困ってしまう。

「僕は裏で簡単に、あんパンと牛乳で済ませるから。5分もあれば戻るから。」

「たったそれだけなんですか?」

「うん。張り込み中の刑事みたいで、かっこいいだろう?」

「は、はあ。」

「それじゃあ、もし何かあったら呼んでね。」

杉下さんはそう言うと、出ていった。


さて、小説やドラマの世界では、このわずか5分の間に何か起きたりするんだろうけど、現実には何も起こることなく杉下さんが戻ってきた。

「ひまわりちゃん、何もなかったでしょ?」

「杉下さん、早かったですね。別に、何もないですよ。」

まだ、3分くらいしかたってないんじゃないだろうか。

慌ただしい人だ。

「さあ、もう少ししたら忙しくなるぞ。」


「いらっしゃいませ!」

杉下さんの言った通り、3時を過ぎるとお客さんが増えてきた。

学生さんや主婦だろうか、30台から40台ぐらいの女性の姿も見える。

「さあ、あと3時間がんばろう。」


「ひまわりちゃん、初めてだから疲れただろう。」

「はい……こんなに大変な仕事だとは思ってなかったです。」

時刻は5時30分を過ぎて、だんだんお客さんが少なくなってきた。

「まあ、あと30分だから、もうちょっとがんばって。」

「はい。がんばります。」

「そろそろ、あの人が来る頃だな。」

杉下さんが、時計を見ながら言った。

「えっ?あの人って誰ですか?」

「うちの一番の常連さんだよ。だいたい、いつもこれくらいの時間になると、やって来るから。」

「どんな人なんですか?」

「うん。普通のサラリーマンだよ。いつも会社帰りに来てくれるんだ。おっ、噂をすればやって来たぞ。」

杉下さんの言葉に入口のほうを見ると、一人のスーツ姿の男性が入ってきた。

「小笠原さん、いらっしゃいませ。」

「マスター、こんばんは。」

「いらっしゃいませ。」

「あれ?新しい人入ったの?」

「ええ、ひばりの友達の、冬野ひまわりちゃん。」

「冬野ひまわりです。今日からここで働くことになりました。」

「これはご丁寧にどうも。小笠原照彦おがさわらてるひこです。こう見えて、マスターと同い年です。頭のほうは、名前の通り照彦です。ワッハッハ!」

小笠原さんは、薄くなった自分の頭を触りながら、大笑いした。

うわぁ!本当ですね!……とは、もちろん口には出さなかったけれども、小笠原さんは同い年の杉下さんと比べると、頭髪が寂しかった。

小笠原さんは、カウンターの真ん中の席に座った。

どうやら、毎日そこに座っているみたいだ。

「小笠原さん、今日はどうしますか?」

「そうだな……今日の気分は、ブラックコーヒーのミルク入りで。」

それは、普通のコーヒーじゃないのかしら?と思ったが、杉下さんは、

「はい。お待ちください。」と、普通に対応している。

おそらく、普段からこんな感じなのだろう。

「しかし、マスター。ひばりちゃんに、こんなにかわいい友達がいたのかい?」

「小笠原さん。ひまわりちゃんのことを好きになってもだめですよ、ひまわりちゃんには年下の彼氏がいますからね。」

「ちょっと、マスター。まだ、彼氏じゃないって言いましたよね。」

「なんだ、彼氏持ちかぁ。残念だなぁ。」

小笠原さんは、本当に残念がっている…のかな?

「そうか……年下かぁ。」

「もう、お二人ともそんなに、年下年下言わないでくださいよ。」

あれっ?

「そういえば、マスターどうして年下って知ってるんですか?」

私、そんなこと言ったかしら?

「えっ?どうしてって……ひばりが言ってたから。」

「そうですか。」

そういえば確かひばりも、秋山さんが年下だと知っていた。

しかし、私はそのことをひばりに話してはいない。

どうして?

「はい、ブラックコーヒーのミルク入り。」

「ありがとう。ひばりちゃんといえば、先週の土曜日に見かけたよ。」

「へぇ、どこで?」

「うーん、どこだったかな…若い男の子と歩いていたけど、ひばりちゃんの彼氏かい?仲よさそうに、寄り添っていたけど。」

「ひばりに彼氏?僕は知らないなぁ。ひまわりちゃんは知ってる?」

「……」

「ひまわりちゃん?どうかした?」

「えっ?あっ、いえ、私は知らないです。」

やっぱり……あれは、ひばりだったんだ。

一緒にいたのは……間違いない、秋山さんだろう…

そういえば遊園地で、さくらが秋山さんに私のメールアドレスを渡していたとき、ひばりもさくらと一緒にいた。

あのとき、ひばりもメールアドレスを渡したのだろう。

ひばりが秋山さんが年下だと知っていたのは、秋山さん本人から直接聞いたのだろう。

私が、ひばりのマンションから帰ろうとしたとき、ひばりは何か言おうとしていた。

もしかしたら、そのとき言おうとしたのだろうか?

私は、親友に裏切られたんだ……

そして……秋山さんにも……

秋山さんは、私のことが好きだと言いながら、ひばりと付き合っているんだ。

いったい、どういう気持ちで私とメールのやり取りをしていたのだろうか?

もう、なにがなんだかわからない。

「そういえば、ひばり来ないなぁ。」

「なに?ひばりちゃん来るの?」

「うん。来るらしいんだけど、何かあったのかな?」

「あー、それはきっとデートだな。」

「デート?」

「そうそう、叔父さんの顔を見てるよりも、彼氏の顔を見てるほうがいいに決まってるでしょう。ねえ、冬野さん。」

「えっ?すみません。なんでしょうか?」

聞いてなかった。

「ひまわりちゃん、どうかした?初めての仕事で疲れちゃったか。もう6時だから、今日はこれでいいよ。」

いつの間にか、6時を過ぎていたみたいだ。

「はい。お疲れ様でした。」

「ご苦労様。また明日も同じ時間にね。」

「冬野さん、これからよろしくね。」

「はい。よろしくお願いします。」

私は小笠原さんに、笑顔で頭を下げた…つもりだった。

しかしその笑顔は、かなりひきつっていたのだろう。

私が帰ってから、杉下さんと小笠原さんは、私の様子がおかしかったという話をすることになる。


私は、バス停に向かって歩き出した。

さすがに12月のこの時間は、もう真っ暗で寒い。

バス停に着いて時計を見ると、次のバスが来るまでまだ10分くらいある。

私の他にバスを待つ人は、一人もいなかった。

バスを待ち続けて2、3分たったときだった。

1台の自転車が、バス停で止まった。

「ひまわり!」

「ひばり?」

「ひまわり……ごめん!もっと早く来るつもりだったんだけど……急に、お母さんの調子が悪くなっちゃって。お父さんが帰ってくるのを待ってたら、こんな時間になっちゃった。」

ひばりは、自転車を一生懸命こいできたのだろう。

息が切れている。

「ひまわり、仕事はどうだった?そんなに難しいことはなかったでしょう?」

「……」

私は、ひばりとどう話せばいいのかわからなかった。

「ひまわり、どうかした?」

「別に……なんでもないわ。」

「私が遅れちゃったから、怒ってるの?」

「ひばり……」

「何?」

「……やっぱりいいわ。」

私は、聞くのが怖かった。

「何よ、気になるじゃない。」

「ひばり……私に、何か隠してることない?」

とうとう聞いてしまった。

もう後には引けない。

「えっ?な、なんのこと?」

ひばりが動揺しているように見える。

「私……見ちゃったの。」

「……見たって?」

「先週の土曜日に、ひばりが男の人と歩いているところを……」

「……」

「隠しても無駄よ。お店の常連の小笠原さんっていう人も見たって。」

「なんだ、見られてたのか。」

認めた……

「ひばり……いつからなの?」

「実は、遊園地から帰ってから、夜の10時頃にコンビニに行ったの。そこで偶然に会ったのよ。そこで、意気投合しちゃって。隠すつもりじゃなかったんだけど、なんか言いそびれちゃって。」

なによ……最初からじゃない……

それなのに、私を……

「ひばり……秋……」

秋山さんのことが好きなの?と、聞こうとしたときだった。

ひばりの携帯電話が鳴った。

「ひまわり、ごめん。彼からだわ。もしもし。」

秋山さんからか……

「えっ?家に来てるの?」

もう、そこまでの仲なんだ……

「えっ!?お母さんが?うん……わかった。今すぐ、帰るわ。それじゃあ。」

ひばりは電話を切った。

「ひまわり、ごめん。お母さんが良くないみたいなの。私、すぐに帰らないと。話は、また今度ね。」

そう言うと、ひばりは自転車で帰っていった。

私はとても寒かった。

気温のせいではなく……心が寒かった……

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