センター街2020年//27_その時から
センター街2020年//27_その時から
17・F-0号車。
ソシオンドロイドの少女は、ネクタイをラフに緩めた姿で、定時の情報収集を行っていた。
ショートカットの髪が、少し乱れたままだ。
「具合はどう?」
一佐が気づかった。
「だいじょうぶですぅ、ぼけ入ってしまいまして、えろぅすいまへんどしたわ。」
「何いってんのよ、身体は大事にしなきゃ。」
「はい。」
彼女は、わずかに伏し目がちの笑顔を浮かべた。
オーバーワークに伴う過剰冷却があった場合、彼女の身体を気づかうことは、人間に対してのそれと全く同じだった。
地上波民放各局のニュースが7、料理番組が5、深夜ぶっ通しの新年イベント番組が15、CS系のニュースが35、インターネットTVが162、モニ
ターに夥しい数の窓を開いて写っていた。
CS系TVが7局、インターネット系TVが15局、今日の“センター街事件”にアクセスを始めていた。
すでに合計で24テラバイトの番組データが、彼女の電子脳内ある解析エンジンを通して分類圧縮され、抽出すべきデータが出現していた。
少女は、経過を読み上げた。
「新撰組・一番隊、二番隊からの戦況報告ログ、ロード…完了、」
彼女は、わずかに息をついて続けた。
「それから、案件052338から052391までに、評価すべき新しい状況が発生しています。」
「うん」
「新しいディレクションを発生させます?」
少女は、軽やかに振り向いて、ディレクターでもある継原一佐を見つめた。
「ん…今日の一件のフィードバックを待って変化を見てみましょう。」
作戦部長は、優秀なアナリストの少女に的確な指示を与えた。
「ほな、そうさせていただきますぇ。」
少女の返答が終わると、彼女はモニター上で明滅しているサインに指を走らせた。
ソシオンドロイドの定時連絡窓が二つ開く。
一つは台北から、
『好 詩穂乃』
「早、雅梅」
前髪を切りそろえた色白の女性が、にこやかに微笑んでいる。
歳の頃は同じくらい?
少女と同じような形の帽子を被っている。
もう一つはサンフランシスコから、
『A happy new year SHIHO!』
「Oh,nice to meet you,SARRY!」
プラチナブロンドの瞳の青い少女は、モニターから飛び出しそうな勢いで話し掛けてくる。
彼女も帽子を被っていた。
彼女らは、一見たわいもない井戸端会議を楽しそうにこなしながら、直結した専用回線により、数百ギガから数テラバイトに及ぶデータのやり取りをしてい
る。
そのカテゴリーは、政治、経済、文化教育、環境、軍事動向等多岐にわたる。
刈谷三尉が、感心してつぶやいた。
「詩穂乃ちゃん、英語うまいっすねぇ、」
「そりゃそうよ、彼女のランゲージキットは、USA/UK英語と、北京語、台湾語、フランス語実装よ。」
「ひえ…」
「普段はちょっとぼけた京都弁だけどね。」
「そうっすね~」
「あなた、英語苦手っていってたから、インストールしてあげましょうか。」
「そ、そういう冗談はやめてください…」
CS系TVの一つが好例の番組を始めていた。
テーマ音楽が流れる。
『皆様おはようございます。“日本の平和”の時間がやってまいりました』
司会者、
『本日はゲストに、華日教育文化研究開発省第一開発局主事の飛 高文さんにお越しいただきました。…』
ゲスト、録画撮りしたものらしく、流暢な日本語訳がうまくかぶさっている。
『日本でも最近では、自分を見失って犯罪に走る青少年も多いと聞いています。』
司会者
『“革命”と称した青少年の暴力事件が最近は多いですねぇ』
ゲスト
『まず大事なのは平和教育でしょう。』
司会者
『なるほど』
十二月十五日に発生した新宿暴動の記録VTRが、二人の間に、立体3Dのように現れる。
駅前の路上生活者に暴行を加える集団…血だまりの中に倒れる路上生活者…
カメラが順次なめるようにしてズームアップしてゆく。
ばらばらにされた屋台、凄まじい落書き
何かの中国語のポスターの端切れをカメラがなめていく。
そのポスターの端切れに残っている簡体中文のキャッチコピーに、日本語の訳が、タイピングされるようにインポーズされる。
―日本人は中国人を殺して大国になった。だから1000年かけて詫びなければならない―
ゲストにカメラがズームアップする。
ゲストは、下卑たニヤニヤ笑いを浮かべていた。
『大国の意向は尊重しなければいけませんですねぇ…』
カメラは、二人をおさめるアングルになった。
『毎年私どもが発表しております“今月の発禁推薦図書”の達成率も今一つというところですからねぇ、』
「冗談じゃねぇよ、バカ。」
刈谷三尉がモニターに向かって毒づく。
『日本の人々はヒロシマナガサキを忘れてしまってるんじゃないでしょうか』
司会者
『そうですねぇ、』
ゲスト、右から
『余計なことを考えずに人の言うことを素直に受け入れることが一番です…』
『そうです、そうです、』
『中国人は長い視点で物を考えますからねぇ、』
『はい』
『もうまもなくこの国も中国の一部となって平和になりますね…』
ゲスト、中央からアップ
『第二次世界大戦で日本が起こした暴挙を再び再現しようと望む勢力は、75年たった現在でも、今だに大きいですからね、私達の使命の大きさも痛感され
ます』
ゲスト、立ち上がる
『人民の幸せを願う聖行こそ大切です。』
『聖行ですねぇ、』
『現代中国には一切の民族問題が存在していません。大中華10億の和合と団結は、21世紀日本人民のよい手本となるものです。』
司会者が深々と頷いた。
『日本の高名な先生に教わりましたが、聖行とはいい言葉ですなぁ…』
『これからもよろしく御指導のほどお願い申し上げます…』
一佐は、ある検索データを、男が喋っている窓の脇に表示させておいた。
それは、この男が4年前、何の罪もない日本人女子大生を惨殺した男であることを明記するプロフィールである。
2016年の夏、中国に観光旅行に出かけていた彼女らは、旅先の審陽で、運悪く官製反日デモに出くわす。
彼女らが、このデモの意味を図りかねたのは言うまでもないことだったが、
たまたま日本語のわかる人間がデモの中にいて、不幸にも彼女らが注目されてしまったのが、最悪のシチュエーションの始まりだった。
『“侵華日軍南京50万人大屠殺、万人坑32万人虐殺、東北残留毒ガス弾5万人虐殺の事実を知らない”とは我が中国人民の誇りにかけて許せない…』
この断罪によって、彼女らは公開処刑の場に引き出されたといえる。
壁際に追い詰められた3人は、デモ参加者達によるおびただしい投石の標的にされ、意識不明の重傷を負い、病院に搬送されたが死亡した。
この時点で、日本政府公式発表には“事故死”のシナリオがあったことも明記しておかなければならないだろう。
シナリオを書いたのはいうまでもなく外務省であり、すっぱ抜いたのは、瑞穂媒体監理が編集するWEBニュース『日本』だ。
瑞穂媒体監理は、暫定治安維持機構の表の顔をマネジメントする集団である。
このはげ頭をてらてらさせながら得意になって喋っているゲストは、その時のデモの扇動者だった。
彼は、この時の暴動煽動の責任を問われ、刑務所には行くには行ったらしいが、1年で出てきている。
人を殺して評論家になる人間が、20年前にも珍しい存在だがいることはいた。
軍人出身の政治家が、それに類する存在であることは、分かりやすい表記である。
現代は民主主義の高度な進歩と、価値観の円熟、という背景をもとに、段違いにその数とバリエーションが増えている。
そこで特記すべき事項がある。
それは、軍人である、ということは完全に評論家になるための必須事項ではなくなった、ということである。
2014年頃までに、日本国内で強盗、あるいは強盗殺人を行って強制送還された人間のあまりにもの多さが、この背景には存在する。
彼らは法的にはまぎれもなく犯罪者のはずだったが、
“軍国主義(とみなさなければならない日本)に懲罰を与えた”
という意味においては、ある意味ヒーローだった。
そしてこの男は、2020年の現在、完全に重要な役所を踏まえていた。
「言論の自由ってやつはな…」
電子作戦部長は、傲慢なセリフを並べ続けているモニタの中の人物を見つめた。
それはぞくぞくするほど戦闘的な横顔の表情だったが、すぐかき消すように消えた。
美少女が彼女独特な言い回しで、さりげなく作戦部長に注意をうながした。
「あの、継原せんせ?」
「何?」
「あのおぢさま、幸せの青い鳥Code-185、で発動、」
「あ、そうだ、すみれ野ちゃんのレポート、これでしょ。」
一佐は、大切なことを思い出してキーボードを叩き、戦況ログから新撰組一番隊の報告をモニターデスクトップへ出してみた。
「あのおぢさまね、すごい変態なんですって。」
「まあ」
詩穂乃は、すでにソシオンドロイド同士の連絡プロトコルを経て、然るべきデータを受領しているようだ。
『幸せの青い鳥』とは、暫定治安維持機構が展開する無血粛正計画の呼び名である。
電子作戦部長は微笑む。
「ま、あの親爺が言論の自由の素晴らしさに気付いてくれることを祈るとしましょ。」
「あのぉ、スカトロ趣味って何です?」
「へ?」
「うちの記憶巣に無いんどす、教えて頂きまへん?」
機械の美少女は真剣だった。
「もしかして、あの親爺のこと?」
「そうどすぇ」
美少女は恥じらいつつ、自信たっぷりに頷いた。
「そう、…スカトロ趣味ってのはね…」
2018年八月六日
●06:32頃、全国自治体120000以上ものサーバーに、大陸からの大規模なクラッキング攻撃が相次ぎ、『日本軍国主義粉砕』『日本人を殲滅せ
よ』等のメッセージが出る。
●07:51 中国大陸より複数の弾道ミサイルが上昇ステージにあることが確認される。
●07:57 初弾、イージス艦こんごうが撃墜
●08:05 2弾、佐渡着弾 死者34 小松基地のF-2(桐谷拓美一尉操縦)が弾着軌道最終ステージに、機体を突っ込ませて弾体の破壊を試みるも
爆破ならず、桐谷一尉殉職
●08:10
『これは我が国内に蠢動する憎むべき反革命分子の策動による誤射である。北東アジアの平和を乱すものを、我々は断固叫弾する。』…中国政府高官緊急会見
●08:11 朝鮮半島北部、日本海側より弾道ミサイルの発射が確認される。
●08:25 パトリオットによる第一次迎撃失敗。
●08:26 3弾、千代田区三宅坂に着弾、死者176
●08:32 4弾、丸の内一丁目に着弾、死者1241 和田倉公園損壊
*3弾、4弾ともに弾頭は不発だったが、独自技術により小型化された戦術核であったことが確認される。
*朝鮮中央テレビ報道 『輝ける強勢大国である我が軍は、本日午前9時をもって軍国主義化を進めるJAPの息の根を完全に止めた。これにより北東アジア
における人民の平和的希求は、我が…』
●08:33 5弾、台北着弾 死者899
●08:46 中国軍内部で大規模な指揮系統の乱れが確認される。
●09:31 東京、大阪など推定100箇所以上で、在日中国・朝鮮人を標的にした暴動が発生。
●09:42 緊急事態宣言 第二次世界大戦後初の大規模なマスコミ統制開始
●10:30 緊急安保理開催
●12:05 極秘裡に日本国内中国資産全面凍結、対中国全面禁輸が発動されるが、与野党一致のもとで、人民解放軍協力部隊の日本進駐(実質的に在日
中国人保護を目的とする)を条件に発動は見送られる。
*東京、大阪など10拠点に3個師団駐留計画が発表される。
●15:00 “人民解放軍、反革命分子”(戦略ミサイル軍幹部ら25名)の公開処刑が、北京中央電視台“一局”のみにより地球規模でTV中継され、
300万枚以上の処刑実況記録メディアを無料配布する、との報道。
八月七日
●07:23 都内左翼系テロぼっ発。自衛隊治安出動 8・7代々木市街戦
●15:00 『対日誤射補償条項』緊急発効
*中国政府公式見解
『我が人民解放軍の革命的前進に逆行する恥辱にまみれた反革命的分子の策動によって、日本人民に遺憾極まりない事態が引き起こされた。党中央は、この
事態にかんがみ、日本人民にもたらされたはかり知れない苦痛を早急に取り除き、中日友好を回復すべく最新鋭の協力部隊を派遣することとした…
・死者には一律10万日元、重傷者には一律1万日元支給するものとする・着弾によって破壊された建造物等の復旧はすべて、中国支援設備によってなされる
ものとする。・着弾地点にて被害をうけた住民への食料品、医薬品等の支給はすべて無償で行われるものとする。 他…』
八月十一日~十月五日
●極右連合勢力による航空機を利用した首相官邸、及び外務省突入自爆テロ相次ぐ。死者重軽傷者352名。
十月
●八月六日に着弾した弾導ミサイルは、戦術核弾頭と判明したもの以外は“神龍”と呼ばれる大規模熱レーザー砲を装備した宇宙機であることが判明。有人 宇宙機:神舟の帰還モジュールをコクピットとして流用。乗員2名。
この機体を無人のまま質量弾として流用したものと思われる。防衛省追跡調査より。
2017年八月の時点で、日本は、それまでに冠してきた『先進国』 としての威信を完全に失ったといってよい。
それは極めて今日的ともいえる様相を示している第三次世界大戦を、戦略的に展望する指針を持つ人間が現れなかったことの報いである。
その報いが、新たなるドラマの幕開けを示す。
それは、歴史を見つめ、歴史から学ぼうとする姿勢があれば自ずから明らかなことだった。
この“誤爆”の実態についての解明を計り、国家的展望の構築を願う有志達が、想像を絶する困難を乗り越えて集結し、新たなる力を起動させるに至った経
緯は、遠からずその仔細が語られるだろう。
1990年代後半
●極秘裏に暫定治安維持機構成立
ハリソンが問い質した。
「二ヶ月ぶりに日本に来たらこれだもんな」
「なかなか盛り上がっているだろ」
東北出身の部隊指揮官は、楽しそうに応える。
「全くだ。」
「宮様の監察部、動いているんじゃなかったっけ?」
“有志”はいたるところにいたが、数は少なく効果的な連係はまだ少なかった。
「あぁ、空自さんもてはずどおりやってくれているはずだ。」
ハリソンの問いが重ねられる。
「なぁ、暫定治安維持機構の実体ってのは、一体何なんだ?」
「暫定治安維持機構とはな、現在、地球上で最も開かれた哲学、教育、人間環境工学、研究機関、そして地球上で最も進んだ攻撃システム、さらには防御機
構をもつ革命組織さ。」
暫定治安維持機構の敵はいたるところにいた。
その実態は、人が人としての尊厳を維持して生きることを阻む愚行すべてといえる。
彼らは、これから数え切れないほどの墓碑銘を刻み、祈りをささげ、そして武器を携えて決して歩みをとめることはないだろう。
勝ち戦をあてにしている者など一人もいなかった。
負けなければいいだけの話だった。
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