センター街2020年//25_負の継承
センター街2020年//25_負の継承
スーツの男は信じられなかった。
目の前の大柄な軍人はサイボーグではなかったはずだ。
自分の左腕を吹っ飛ばした男が目の前に聳えている。
何故、自分が追い詰められる?…
「便利だろ、お前の顔は四天王がキャプチャしてるからな、」
萩原は左手のサブマシンガン(峨嵋刺)を照準しながら、右手の人さし指を天へ向けた。
酷薄な笑顔だった。
「逃げられねェよ」
「う…」
萩原は峨嵋刺をホルダーに戻し、ストラップを左肩からかけたまま14年式を構えた。
インカムで射撃認証を通達。
「14・3115A4発射管理解除、ACPECM004311にリンク、ハギワラ011」
たとえ歩兵用の小形携帯火器であっても、重レーザー銃である。衛星軌道スキャンには引っ掛かる。
残すのである。
その使用行為の意味を。
加速器の回転が最大レベルまであがる。
キャップのバイザーを下ろす。
狙いを定めた。
空将の振り絞るような問い掛けは、冷徹な“追い込み”だ。
ばんっ…14年式を容赦なく“会長”の右足に打ち込む。
男の右足に、数十分の一秒で光球が発生し、それは次の数十分の一秒でまわりを照らして妖しく消え去る。
どさっ…
男の身体は、吹き飛んだ右足の支えを失って、回転するように崩れ落ちる。
「痛えか?…あぁ?」
男は、もはや単調なトーンで押し殺したように呻き、涙するだけだった。
「う~~~……」
ばんっ、右足大腿「っはぁあああ、」
ばん、右手「ひ、」
機械組織と一緒に、軽く地面も吹き飛ぶ。
数十センチの深さのクレーターができてゆく。
「…」
もはや、残骸としてぶら下がっているだけになっていた左肘と左足も吹っ飛ばした。
「あぁ?…痛ぇよなぁ、おい…」
「…」
萩原はしゃがみ込む。
男はうつぶせのままだ。もはや、動くことはかなわない。
そしてもの珍しそうに、破壊された男の機械の足を包んでいた布の焼けこげた切れ端をつまみ上げた。
「アルマーニのスーツか、いいの着てるじゃねぇか、」
「…」
「オレなんか、紳士服の青山のバーゲンでしか買ったことねぇぜ…」
冗談ともつかないセリフだった。
「あは、ははは、」
男はうつぶせになったまま、力の無い笑い声をあげる。
意地で笑ってるようだった。
「ほぅ、」
空将は、14年式を男の口にねじ込んだ。
「ぅかっあぅ…」
そのまま男の首だけを、銃口でねじ曲げるようにして上を向かせる。
萩原は、右手で銃を握り返し、左手で男の額を押し上げた。
銃口は、男の口に5センチは入っている。
「おまえが臓器売買で海外のシンジケートに売り渡したたくさんのストリートチルドレンもな、」
「…」
「おまえが、テロサイボーグ屋に拉致させた女どもも、」
「…」
「お前達のスポンサーが、チベットやウイグルで殺しまくってる人々にもな、」
さらに銃口を押し込む。
6、7センチか。
「ぅ、あぅ、」
「幸せに生きる権利ってやつがあるんだよな。」
銃口の先端部が男の右の頬を押し上げていたが、銃口をねじり、反対側の頬を押し上げた。
「もちろん、お前の胸の中にもな、」
今度は、咽の奥へ、突き込むようにして、ねじ込む。
「がふっ…」
その行為は、男の感じている激痛から、男を強制的に引き離して、現実に突き付けるには充分な衝撃力をもっていたようだ。
男:“会長”の股間にしみが広がった。
アスファルトもかすかに濡れたようだ。
惨めな湯気が上がっていた。
銃口を男の口から引き抜く。
萩原は立ち上がる。
「オレは優しいからお前にも働き口を世話してやる、楽しみだろ。」
空将は、バイオフィードバックモジュールをリモート制御するデバイスを取り出す。
“縛り”と呼ばれる携帯状のデバイスである。
携帯電話程度の大きさで、見た目もよく似ている。
二つ折りのそれを開くと、モニターのちょうど上にあたる部分につまみがある。
空将はそれを引き出した。
介護制御体の内部構造を走査するスキャナーだった。
男の脇へ、もう一度しゃがみ込み、男のベルトをつかんで引き起こし、仰向けにした。
縛りのつまみを引き出した部分を、男の身体の服の上からゆっくりと走らせる。
モニターには、身体内部ネットの微弱な電磁波パルスが現れている。
「…」
男の身体の内部で、機械組織の管制制御を行っていたバイオフィードバックモジュールは、システムエラーを起こしていたが、機能破壊は免れていた。
この男は、マフィアの改造人間である。
身体の中にも、どんな隠しギミックがあったものではない。
デバイスの引き出しの部分には、引き込み式の針があり、これが男の制御システムに強制介入する端子となる。
萩原は、デバイスに何かを打ち込み、そのまま、目星をつけた男の身体の部分へ強く押し当てた。
「これか」
「ぅあ、ぅぅぅぅあぅ、…」
男の機械部分を動かしていたシステムは完全に停止し、肉体は完全にそれだけになった。
男はまだかすかに暴れる気力はあったようだが、それまでだった。
股間のしみが、さらに広がり、湯気があがった。
男のその姿は、男の人生に巣食った邪悪さに、強烈な衝撃を与えることが可能であろう。
かしゃっ…
「拘束5時29分、」
空将は、スキャナーのビジュアルキャプチャで、男の姿を写し取った。
「人の道外した野郎を厚生させるのもな、暫定治安維持機構の仕事なんだな、」
「うぅ…」
男の、未練がましいうめき声だけは続いていた。
「ほら、昔から革命組織ってのはさ、“何でもあり”な所だろ…」
それは酷薄そのものなセリフだった。
本人は冗談のつもりだったのかもしれない。
空将は、重レーザー銃のストラップを肩からかけて、少しそのままでいた。
これはいうまでもなく軍事行動だった。
酔うべき正義など、どこにも無かった。
これは国家の大義、国益などというものに奉仕するものですらなかった。
ろくに自己管理もできない自らの姿。
それを絶対に犯してはならない秘密にしてきた負の継承がここにある。
人間が、ただ際限なく卑小で、孤独で、惨めに成り下がった時代だった。
しかし、人間として生まれた以上、人間として生きなければならなかった。
これは、人がこの星の上で滅びることなく生きていけるようにするための行為でしかない。
バックには、所々欠けた街灯に浮かび上がるNHKビルの正面がある。
守るべき価値のある民主主義の存在しない所に、国家の大義など存在しない。
人の叡智と尊厳を腐食させるケロイドのような餓鬼の執着。
それが社会のいたる所にはびこっている時代だ。
そこにあるのは民主主義という名の壮大な偽善だった。
民主主義と言う名前の空虚にして空前絶後のイデオロギー論争。
そして民主主義という名前によって完璧に偽装された独裁主義。
命を賭けるべき価値が存在しないことへのアプローチを、然るべき展望によって切り開いてゆかなければならない時代だった。
その展望を阻む恐るべき量の愚劣と暗愚と無知があった。
飢餓と貧困に身をおくことが、真に心の救いになるという痛烈なる皮肉。
この辛辣極まりない皮肉がこの国には存在していたということ。
これは書き留めておかなければならないことだろう。
2号機を自動操縦で呼び寄せる。
機体が静止する。
数時間前とは違い人垣ができるのは早かった。
早々とテレビ局のフリーの外注らしき連中もいる。
めざといキャッチセールスの男たち。
それは、このような時間に、本能に従って現れる何かの動物の群体のようだった。
それは、あとからあとから増えてくる。
風俗、新世代闇金融、ナンパ系、宗教系、ネットテロサークル系、薬系…その他得体の知れない事をやってる男達…
ある意味、国際都市になりつつある渋谷ならではの光景だった。
無数の動画携帯が片手で差し出され、我先にと、萩原と、拘束された男の姿を撮っていた。
まさに唾棄すべき光景だった。
暫定治安維持機構の切り開くべき道は、ここから始まっていた。
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