センター街2020年//23_CROSS FIRE

センター街2020年//23_CROSS FIRE


 

 SCENE-1


 「あの女!」

 映像屋のファインダーが、四時間ほど前に暴れていた女を追い始めた。

 ここからは超望遠モードになる。

 絵は粗くなるが仕方が無い。 

 

 4時2分。

 神南一丁目の交差点。前方に渋谷駅を望む。

 電子作戦部長は、約五時間前に無人偵察機がキャプチャした顔グロの少女を確認した。

 とぼとぼと歩いている。

 峨嵋刺を構えた。

 「止まりなさい」

 少女は一佐とは反対方向へ走り始めた。

 数秒で信じ難い速度になる。

 どん、一発、外れる。

 ジレラを加速。

 エアバッグ展開と同時に転倒させる!

 アラキの進路を阻止、しかし、

 「イヤっ」

 少女の動きは、人の格闘とは懸け離れたものだった。

 ただのヒステリーだった。

 そのもてる力のレベルを別にすれば。

 「う、」

 押される。

 「イヤあああああっ」

 少女の絶叫と同時に力が強まった。

 一佐と顔グロ。

 組み打ち。

 「うあ」

 あっという間に、一佐の交叉させた両腕は、少女の機械によってブーストされた力により、一佐自身の胸にめり込むように押さえ付けられた。

 「げ、げふっ」

 ふん、ぬっ…

 腕を切り返すがびくとも動かない。

 少女の右腕、カタカタカタ、何の音か?

 手の甲が開いて、カッター、ニードル、スクリュードライバー!

 それらは指の付け根のジョイントで180度回転して指で挟み込める凶器となる。

 どげふっ、電子作戦部長が少女の股間に膝蹴り。

 少女の身体は、一佐の頭ごしに1メートル、いや2メートルは飛んだか!

 どさっ、がしゅっ

 一佐は不利な体制から峨嵋刺で身構えた。

 少女はダッシュしてビル影に消える。




 「ふう、刈谷くん、今、1号機どこ?」

 『マップ送りましょうか。』

 「いや、番地で。」

 『宇田川町12番地からNHK方向へ向かってます。』

 「了解」



22 CROSS FIRE_02


 SCENE-2


 17・F-0。

 「0座標から半径1キロ内に人随行員、32体、ソシオンドロイド8体、識別コード…

コンパニオンドロイド16体、判別不明5体、」

 「不明3体まで確定!」

 「半径400メートルまで収束、コード不明…3体」

 「このコード不明は何だ?」

 「半径100メートルまで収束」

 「増長天、解析グリッドを絞り込め、」

 「はい」

 「もっと、もっといけ」

 『割り込みいきます!、こちら新撰組一番隊』

 「おう、すみれ野さんか」

 『急いで、謎のチャットルームが何かしたわ!』

 「何だと」

 『羯諦(ぎゃたい)で拾ってきた親爺の動態解析を広げてるんだけど、首都駐留軍の指揮ラインに大陸から参謀クラスの回線で2秒だけ不自然なショート

カットが入ったわ!』

 「動かすつもりか?」

 『わからない、2018年の第四次靖国事件がどうとか、』

 「またやるつもりだ。」

 「巡航ミサイル使いますよ、2018年のケースでは、あちら側で旋風2型のテストをすればよかった、という見解が渦巻いてましたから。」

 厩戸 豊特別一尉(ソシオンドロイド)が顔をあげた。

 「旋風2型…あれは全長50センチしかない無人機だぞ、」

 「ステルスUCAVです。発射時の捕捉に失敗するとまずい。」


 UCAV-無人戦闘体


 「永田町、霞ヶ関、六本木駐留の滞空火器戦闘車両73台の戦闘エネルギーポテンシャル推移を四天王を動員して当たらせろ。」

 「了解。」



 「不明ドロイド半径50メートルまで接近!」

 「解析グリッド収束3メートル」

 「コード不明体、男1、女2、こいつら、起爆システム内蔵してますっ!」

 「なに!?」

 「FとRに徒歩、いや走りだしました。」

 ダウンジャケットを羽織ったビジネススーツ男が、小走りでJRの山手線鉄橋の下をくぐった。

 OLが二人。

 ひとりはモアイ像の脇を抜ける。

 もうひとりは渋谷エクセルホテル脇の坂をかけ降りてきた。

 三人とも、その行動のうちに、明らかにこの渋谷駅前にいる人間のとる反応をとっていなかった。

 「こいつらはいったい?」

 「囮だ!」

 「はい」

 「あと10メートル!」

 ばん、齎藤が17・F-0のドアを蹴り開けた。



 男が近付く。



 齎藤

 「止まれ、」

 相手は人間ではない。

 声かけ自体、警告ではなかった。

 峨嵋刺。

 どんっ、ダウンスーツ男の左手が飛んだ。

 痛がるそぶりも見せない。

 「跪(ひざまず)けっ1」

 どんっ、OL一人め、外す。

 どんっ、OLニ人め、左太腿、それでもびっこを引きながら接近。

 「止まりなさいっ」

 17・F-0号機の会話をモニターしていた電子作戦部長が、陸将の反対側から援護。

 どんっ、ダウンスーツ男の左肩を貫通、左腕はぶらぶらになったまま速度はそのまま。

 陸将が叫んだ。

 「岡本!」


 17・R操作室。

 17・Rを一人で取り仕切っている技術士官は、悲鳴とともにコントロールバーを全力で押し下げる。

 「ぅあああ」


 ふぉんNNNNNNNN… ステルスフィルムの縁が、力場荷電壁展開の衝撃波でぶわっとめくれ上がった。

 めくれ上がりきる直前、3体の人形に内蔵された起爆装置が起動。



 どぉぉぉおん…



 その爆発は、見えない壁:分子力場荷電障壁で弾かれ、爆煙はJRの鉄橋下と道玄坂、東急プラザ方面へゆっくりと逃げていった。



22 CROSS FIRE_04



 SCENE-3


 17・F-0。


 「いったぁ」

 「大丈夫か」

 「システムチェック…異常なし、ポテンシャル変異あり!、弾道解析急げ、5号車とリンク!」


 渋谷駅東口。

 浅賀は、機動肢の踏ん張りと、対爆シートを被って3体の特攻をかわしていた。


 待機。


 シートの影で一服つけ、すぐ携帯灰皿にねじ込んだ。

 無線が入る。

 『浅賀、』

 「はい」

 『行けるか、防衛拠点は靖国神社だ。』

 「りょーかい」

 ライダーは不敵な笑顔を浮かべた。

 手早く対爆シートを畳んでトランクに収納する。

 キーをひねる。

 引き込み式紫の回転灯が、空中給油ブームのように車体右舷後部からのびる。

 回転灯の光は紫色。

 禍々しい光を投げかける。

 ライダーは、小さなコンソールパネルに、この戦闘マシンの作戦指示データをねじ込むようにして入力を行った。

 車体前部に補助ヘッドランプ展開。

 強制排除用煙幕弾ランチャー(弾数40発)開放。

 サイレン起動。

 ぃーーーーぃーーーー…

 次第に音量が増大する。

 「10分以内で着くためには平均90キロ以上か、」

 ヘルメットのゴーグルモニターをあけたまま、五号の電脳に音声指令をねじ込む。

 「GPSリンケージマップ起動」

 渋谷駅前―青山五丁目―青山三丁目―青山一丁目―赤坂見附―三宅坂―半蔵門―九段下坂上―靖国神社…この時間帯に想定される車の通行量の大まかな数値

が格交差点ごとに表示される。

 この最短ルートを緊急車輌扱いでぶっ飛ばしても、自ずから限界がある。

 むしろ限界はいかに超えるかが課題だった。

 浅賀の目の前に存在するメカニズムは、その機能において最先端の武装だったが、無断変速のバイクとしての属性は兼ね備えているものだった。

 戦車でもなければ戦闘ヘリでもない。

 新世代戦略として要求される戦闘機動性を実現すべく現実化された暫定治安維持機構の実効制圧力の一つに他ならなかった。


 「作戦部長、温泉たまご(無人偵察機の愛称)あと何機残ってます?」

 『3機』

 「じゃ露払いに2機貸してください。」

 『了解』


 10秒もたたないうちに、2機の無人偵察機が山手線鉄橋下をコウモリのように飛び出してくる。

 むーんnnnnn…1メートルほどの目の前に滞空しているそれらに向かって、浅賀はコンソールパネルから取り外した入力デバイスをかざした。

 ぴっ…入力完了、これでこいつらは何をなすべきか理解した。

 「行け!」

 浅賀が指を指し示すと、二機の無人偵察機は宮益坂の上空の暗闇へ向かって姿を消した。

 シート着座、ゴーグルを引き下ろす。

 ライダーが装着するヘルメットは真っ黒いボールのようになり、光を透過させる部分はどこにも無くなった。

 アクセルをゆっくり引き絞る。

 五号は、宮益坂へ向かって動き始めた。






 神泉町


 「セイジさん?」

 「…ん、撤収するぞ。」






 五号は宮益坂上交差点を突破した。

 スタートから10秒ほどで70km/hまで加速していた。

 

 これよりこの道路を暫定治安維持機構の戦闘車輌が通過します。

 これは演習ではありません。

 この警告の可聴域において戦闘車輌の走行の妨害とみなされる一切の行為は日本国への敵対行為とみなされます。くり返します…


 無人偵察機が、大音響でこの警告文を撒き散らしながら浅賀の一歩前を飛行する。

 青山一丁目交差点を過ぎて赤坂御用地に添った直線コースでほぼ100km/hを維持した。

 赤坂見附通過。

 三宅坂に向かう。

 下り坂、加速。

 三宅坂小公園角をポイントにして、瞬間的に車体を左側に傾けた。

 同時に右舷側ロケットモーター(!)点火。

 続いて左舷側も点火。

 歩道の三角コーナーの冬枯れの雑草が燃え上がった。

 五号の装備には、継原のジレラと同じように対落下衝撃緩衝用のエアバッグ(30回まで使用可)が有るが、自力跳躍用のロケットモーター(4基、燃焼時

間230秒)も装備していた。

 凄まじい音とともに、ほぼ100km/hの運動エネルギーを維持したまま内堀通りへの方向転換に成功する。

 加速。

 イギリス大使館前通過

 『浅賀、発射した。やはり旋風2型だ。』

 「!」

 迎撃には車体前部のセンサーを弾体に正対させなければならない。

 “どうする、やるか”




 数年前までは初詣でにぎわった靖国神社は2018年以来、厳戒警備対象として厳しく立ち入りが制限されていた。 


 内堀通り三番町を走り切ると同時に再度ロケットモーターに点火。車体が浮かび上がった。

 もはやスクーターではない。オートマチックシートベルト(伸長)装着。

 現在速度119km/hノーズ引き起こしをかける。

 内堀通りに、オレンジ色の4本の火柱に支えられて空を切る。

 115km/h、最大車体迎え角84度。制動開始。

 89km/h、車体迎え角79度。

 79km/h、車体迎え角64度。

 57km/h、車体迎え角62度。

 41km/h、車体迎え角58度。

 32km/h、車体迎え角47度。

 12km/h、車体迎え角30度。

 0km/h、車体迎え角13度。

 車体前後反転。

 着地。

 そのままバック!

 機動肢伸長、アンカーモード起動_がきゅっ、がががががが…


 静止…


 4本の機動肢がアンカーモードを解除して、車体そのものを砲座となすべく微調整が始まった。

 機動肢のアクチュエーターの音、にゅぅんにゅにゅにゅにゅ…


 “時間がない”


 ハンドルの両舷砲撃用トリガーを親指で弾いて立ち上げた。

 浅賀は、インナーモニターが内側に付いたゴーグルを引き上げた。

 「増長天、早くしろ、」

 待つ。

 微調整が続く。にゅぅんにゅにゅにゅにゅ…



 「早く射撃管制情報をよこせ!」



 浅賀は天へ向けて怒鳴った。

 軸線データクリア。

 左舷砲発射。

 続いて右舷砲発射。


 どぅぅんんん


 浅賀の放った砲弾は、旋風2型を、大村益次郎像の上空12メートルほどの所でからくも打ち砕いた。


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