センター街2020年//21_交錯
センター街2020年//21_交錯
SCENE-1
ちゃかちゃかちゃかちゃんちゃんちゃかちゃか…
店にいたアラキヒロミの携帯がけたたましい着メロを奏でた。
かちゃ、「あ、セイジさん」
『アラキ、捕まってこい』
「え?」
ヤニ男は、アラキにつなげた自分の携帯にリュックの中から両端に何かのチップを付属させた手製のケーブルを取り出して繋ぎ、ノートマシンへ繋げて、そ
こからの出力を自分の頸筋にあるコネクターに繋いだ。
『おとしまえつけろ、』
「え?言ってることわかんない…」
『いいからおとしまえつけてこい、あんなもの呼び込んじまったのはおまえのせいなんだから。』
「いや、いやぁ…」
顔グロの少女は蒼白になったようだ。
見た目にはよくわからない。
顔グロの少女は、床にへたり込んで泣きはじめた。
発狂したようなヒステリックな声だった。
セイジは、ノートマシンに手を走らせ何かを打ち込みはじめる。
ノートマシンモニター、起動された表題『アラキヒロミ記憶素子関連ずけ多次元アルゴリズムベース』
アラキの脳へ、携帯を中継して誘導スクリプトのインストールが始まった。
携帯のチャンネルへ割り込みをかければ、このマフィアの幹部にとって訳ない作業だった。
キャンピングカーのセイジ。
「あいつら暫定治安維持機構ってのはな、」
『う…』
「秘密組織でヤバい連中なんだ。」
『うん』
「すぐこっちへ来い、おまえのバックアップとってといてやるから、」
『うん』
店の中。
『な、大丈夫だから…なによりアイつらは基本的人権が大好きだからな、お前の基本的人権も大切にしてくれる。』
アラキは泣きじゃくった顔を手でこすりながら、
「くすん…き、基本的人権って何?」
「なんでもやりたいことはやっていい、ということだ。」
「くすん、…じゃ、楽勝だね、」
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SCENE-2
一佐は、気掛かりな状況の進展を確認する。
ハンドルから両手を話して駅前に停車している17・F-0号車の方向を振り向き、直接モニターへメッセージを叩き込んだ。
― 詩穂乃ちゃんを早くネットから切り離して! ―
「はいっ」
三尉が応える。
「お疲れさん」
齎藤が、彼女の後から手を回して、ケーブルを引き抜く。
ぴんっ、と張り詰めた音。
三尉が、替えの冷やしたタオルを何本ももってくる。
急いで彼女の頭と、肩から巻き付ける。
しゅうう、と湯気があがる。
「詩穂乃ちゃん?」
肩を揺すった。
少女は動かない。
「詩穂乃ちゃん?」
語尾が跳ね上がる。
目を見開いたたまま止まっている。
少女の丸い顔は、湯当たりしたように真っ赤だ。
「ねぇ、詩穂乃ちゃんっ!」
三尉は、もう一度肩を揺すって、顔を覗き込んだ。
「大丈夫。出力系のブレーカが働いただけですよ。すぐ再起動かかります。」
彼は、三尉を落ち着かせるような、穏やかな笑顔を浮かべている。
すぐさま彼は、手慣れた様子でシートをリクライニングさせ、彼女の両眼を閉じ、氷をくるんだタオルを追加して彼女の身体を冷やし続けた。
電子作戦班担当の彼もソシオンドロイドだった。
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SCENE-3
「30分でバックアップとってやる。」
「うん」
「おまえの人格は3ギガのディスクで充分間に合うんだ。」
「すっごい。」
「俺だと5ペタくらい必要だけどな。」
「うっそー、すっごー!」
「時系列ごとの体験画像はJPEGの高圧縮低解像度でいいよな。」
「あ?え?うん。」
「時間記憶の微分スケジュールはピックアップ最低値の7だ。」
「あぁ?はい」
「関連ずけの人工実存モデルはユキコ001でいく。」
「あ、あの、あたしヒロミだけど。」
「いいんだ、ユキコはお前よりも頭がいいんだ。お前も頭がよくなる。」
「わ~いい」
「じゃ、いくぞ。」
「うん」
セイジは、自家製脱法ドラッグとナノマシンのハイブリッド製剤をアラキに注射した。
びくん!
瞳孔が開いて、歓喜の表情が溢れる。
よだれがつつーっと流れ落ちてゆく。
次第に量が増える。
涙も流れ始めた。
「あ…」
「よし」
顔グロの少女は超ハイテンションな逆行催眠に入っていた。
いまなされた注射のナノマシンネットワークが、セイジのモニタリングマシンとの連係をはかりつつ、興奮状態の脳細胞を内部からスキャンしながら、デー
タを抽出してゆく。
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SCENE-4
2018年に発生したサイバーテロには特記すべき事項が多い。
高度に電子ステルス化された複数のテロリスト聖域の武装ボリュームに、30数名のネットワーク直結型サイボーグテロリスト(組織内浸透スリーパー型)
を同時に結合したシステムを起動させたのである。
そのステルス化された武装ボリュームの容量は、東京、大阪、福岡等の主要都市で追跡されたログから類推される限りでは数十ペタバイトにも及ぶと言われ
ていた。
そのシステムの真に悪魔的なところは、すべて独自のプロトコルでランダムに切り替わる衛星経由の超高速無線LANを使ったところにある。
最初、その発端は、ただの笑えない冗談から始まった。
首相官邸のメインサーバーがダウンし、いきなり、
『日本の統治権をよこせ』
と出たのである。
それとほぼ同時に、全国100箇所以上の銀行、証券会社、官庁のサーバーの最深部セキュリティが突破され、データの示威破壊が行われた。
それは為替相場の、容認し難い変動を引き起こし、それに合わせて、ターゲットとして設定されていた大手上々企業の経営陣の近くに潜むスリーパー達が、
巧妙に仕掛けられた膨大な撹乱・欺瞞情報をネットに発信し続ける。
かつて世界最大資産規模の銀行がこの国に生まれた時の電脳トラブルなど、児戯に等しいと思われるほどの想像を絶する混乱が発生したことは記録しておか
なければならない。
電子戦略情報部による迎撃が直ちに開始されたが、敵ターゲットボリュームは、追跡をすべて無効化する未知のステルススクリプトをもって反撃に転じた。
遅きに逸したと思われる実行犯逮捕に及んでは、4階層にわたって欺瞞防壁を電子脳内に設置されたソシオンドロイドの影武者をつかまされるハメになる。
影武者は、2017年5月に行方不明ななった12体のうちの4体だった。
また一つ中東のテロ組織のためのテキストを作成したのではないか、といわれていた。
それを画策したのがセイジだった。
電子作戦部長は、ヘルメット越しに人さし指をこめかみにあてて微笑む。
「やっぱりあいつか…」
ターゲットボリュームが電子空間上に吐き出すタグの配列に“あいつ”のくせを感じ取っていた。
JSLの本体の撃破には成功した。
しかし、被疑者実存人格確定座標の捕捉に成功したのは、やつの子分数人にすぎない。
ブービートラップを仕掛けた男もその一人だ。
2年前、新宿事件の時、あいつの実態をはじめて掴み、2年がかりここまで来た。
幸か不幸か今回の事件でも、ヤツは、その存在をたっぷりと暗示させてくれている。
あとは基幹サーバーを動員した解析プロファイリングを起動して、じっくりと追いつめていけばよい。
一佐は、頸筋からケーブルをもぎ取るようにして、ネットからログアウトする。
「ふぅ」
彼女は、インナーモニターが内側についたゴーグル部分を引き上げる。
頬いっぱいに汗が滲んでいた。
ウエストポーチからCAC(化粧品)のパフを取り出し、手早く顔を拭った。
頸筋のポートの上からも、ファンデーションを軽く叩いておく。
ゴーグルを引き上げたまま、内部ヘッドセットのマイクを引き出し、いたずらっぽい笑顔で決めた。
「さぁて、捕り物開始といきますか。」
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SCENE-5
額の上から、濡れタオルをかけられていた少女は、気がついたようだ。
ただいま午前3時16分。
システム再起動の完了を示す音。
かち・む~…ん、かちかち・む~…と、胸と首筋から微かに響く。
「あぅ」
「詩穂乃ちゃん?、気がついた?」
「はい。」
戦闘で死ぬ命がもたらす価値の損失こそ、10年、20年のサイクル、あるいはもっと長い過程で考慮に値するものだった。
暫定治安維持機構のシンクタンクは、量子コンピューターによる社会戦略統計学的観点から、地球規模における新世代和平戦略の概念設計を始めていた。
その基本的な指針の一つに、存在属性保護、がある。
地球上のあらゆる地域に存在するあらゆる文明生活様式を、人間そのものの姿としてとらえ(存在属性)、これを保護するという意味であり、その保護のた
めに起す行動すべてを意味する。
この命題に違反する存在として認知された場合、自動的に高度な戦略的排除プログラムの作成が始まる。
この命題に違反する存在を《禁則存在》と呼び、以下のものが含まれる。
・生体保護介護機能以外でネットに直結する機能を持ち、かつ世界保健機構の公認IDを持たないサイボーグ
・監察対象下にある軍事戦略ネット、及びその末端デバイスとしてのアンドロイド、サイボーグ、それらの軍事戦略ネットによって起動されるすべての人工知
能、及び有機体協力者
・有機体神経系と電子ネットの直結によって幻想人格データ化された個人存在。
・広義のテロリスト
・すべての可能性において、地球環境の汚染に寄与していると判断されるすべての法人、及びその事業関係者
・ソシオンドロイドの演算結果によって、現状から上記に相当すると認知されたもの。
以上の存在への戦略的排除は、具体的には、保護監視、強制機能停止、あるいは破壊などの方法をとる。
国際平和戦略研究所の研究員である彼女の任務にも、当然ながらこの保護監視、強制機能停止等に関わる案件がいくつも存在している。
それもまた特殊な接近戦だった。
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SCENE-6
新撰組一番隊。17・F-0-001号車作戦室。
「ところで我らがアイドル詩穂乃ちゃんの容態はどうなんだい。」
「通常のオーバーヒート・再起動のようです。問題ありませんよ。」
「おお、」
「あとであとで冷シップ1ダースくらい持っていってやろうか。」
「そうですね、きっと喜びますよ。」
“ばか”
すみれ野は、着替えの場で、一人優しくつぶやく…
SCENE-7
「終わったぞ」
顔グロの少女は、場違いなつぶやきを発した。
「あたし、寂しい、イヤ」
「大丈夫だ、ほら完璧にバックアップとってやったんだから、」
セイジはDVD-RAMを取り出して、こんこんと自慢げに叩く。
「だって、それ、」
「これはおまえで、おまえはこれなんだ。」
サインペンで『ヒロミ』と走り書きをする。
「う、でも、」
「うるせぇ、」
「…」
「オレの言うことわかんねぇのかよ、」
「いやぁ、イヤいやイヤイアや、_」
「ほうり出してこい」
アラキは、先程にもまして激しく泣き始めた。
腰を床にぺたりとつけ、激しく両腕を振り回す。
「イヤいやイヤイアや…」
凄まじい声の大きさだ。
少女は、男二人に羽交い締めにされ、店から引きずり出されていった。
SCENE-8
「むかつくっ…」
“会長”が電脳界面からログアウト。
男はどすぐろいセリフを吐き捨てる。
ビルの谷間。
上を見上げない限り、渋谷の夜の光はわからない。
頭痛とむかつきが収まらない。
「ちくしょう…」
いきなり暗闇が喋った。「ほう、気分が悪いのか、」
「なんだとっ」
萩原は、ステルスポンチョの前をはだけるや、先制を放つ。
「餓鬼がっ」どん…
峨嵋刺(がびし:暫定治安維持機構標準装備サブマシンガン)対武装サイボーグバーストモード
「う、うあっ」
「なめんじゃねぇよっ」
“会長”は、萩原の先制で左腕を吹っ飛ばされていたが、それくらいで跪く手合いではないことは折り込み済みだった。
がしゅっ、…男は3階立てビルの屋上まで、数回の跳躍で駆け上がる。
一瞬、男の姿に火が重なって見えたから、もしかしたら跳躍補助用のロケットモーターでも内蔵しているのか。
萩原は何のためらいもなくニ撃!
「外したか…」
標的は屋上の影に消えた。
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SCENE-9
神泉町ネットカフェ。
ヤニ男は、何かを思いつめたように、いきなりテキストを打ち始めた。
一分あたり100文字以上の高速タイピングである
ヤニ男はチャットルームにアクセスしている。
膨大なテキストは、チャットルームにアクセスするためにスクリプトである。
仮想人格マトリクス7(セイジ)
《誠に申し訳ありません》
仮想人格マトリクス3__日本人
《おぉ》
《おまえもぬかることがあるのだな》
《以後、心を入れ替えて精進したいと存じます》
《その心意気やよし》
《しかし気分わるいでしょう、こんなていたらくでは》
《全くで》
仮想人格マトリクス4__アメリカ人?
《お灸を据えますか?》
《そうですな》
《外務省の然るべき筋には“当方の仕付けがなっておりませんで”と申し送っておけばよろしいでしょう》
《それでよろしいです》
《モノは何がよろしいかと?》
仮想人格マトリクス6__韓国人
《うむ、外務省の前にいる□□あたりでは?》
《ほう》
《それと玉川通りの□□□□》
《誠に申し訳ありません、よろしくお願いいたします。》
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