センター街2020年//17_迎撃
暫定治安維持機構/センター街2020年//17_迎撃
JSL発見より38秒経過
「詩穂乃ちゃん?」
刈谷三尉が、気付いた。
ラジエーターパックから湯気が立ち始めている。
過負荷が速くも現れている。
彼女は、そんなことには目もくれない。
正面モニター上に、暫定的に
『継原詩穂乃お仕事区画』
とタイトルされた領域が現れて、スクリプトエディターが起動し、テロターゲットボリュームの構造予測からまだ何も書き込まれていない6つの新規ファイ
ルが現れた。
それは、ターゲットにリンクする三次元円柱状の形態をしている。
そして、凄まじい勢いで動く彼女の両手と、彼女の電子脳内部のソシオンネットモジュール連携作業によるスクリプト構文構築作業が展開されてゆく。
6つの新規ファイルエリアはオレンジ色に輝いている。
1番から6番まで、それぞれが、別個の進展状況を反映させながら、徐々にスクリプトが埋まってゆく。
とととととととっ…とっ!
バーチャルキーボードの、最後のリターンキーを、彼女は、弾くように叩いた。
この無言で進行する電脳テロに対して、脳死状態に陥って久しい巨大マスコミが騒ぎ出すのは、夜があけてからだろう。
旧世代の電子脳が展開する暗号セキュリティが完全に旧式化したのは2014年頃からだったが、この国の対策が遅れたのは毎度のことだった。
その対策の遅れを、死をもって詫びるほどの自覚をもった政治家が存在しないのが、この国の特徴だった。
――突入体起動!――
16迎撃_02
突入体;それは、情報マトリクス自体を選択破壊する質量兵器だった。
一佐は、未だ東武ホテル前に静止したまま、このコマンドを放った。
この時間、公園通りを歩く人にとっては、さっきの爆発でざわついた雰囲気はあったが、彼女の姿自体、周りから見れば関心を払うには到底値しない姿だっ
たはずだ。
電脳界面。
突入体:紡錘型で無機質なテクスチャがマッピングされたそれが、
最初に3個、
――おとなしくひき下がらなければおまえを破壊する!――
次いで10個が実体化した。
JSL発見より49秒経過
これは威嚇だった。
合計13個のそれらが、発光を始める。
「第三次表層系マトリクス書き出しっ」
17・F0号車の解析モニター上に、JSLのの膨大な情報マトリクス解析結果が描画されつつある。
それは見る者をじりじりさせるほどの遅さだった。
「JSL最深度セキュリティ突破、…」
「電脳界高密度通信ログ四次元的限定解析により推測、日本国精神生存圏構想に基づく侵害勢力と認定、勢力関連武装集団…Imperial
yasukuni-0866761/Tokyo Tribe-899-099090-3211-990
/Miyako-X-TRITRIQ-nox/SHISEN_GENIUS_9081190
NEW WAVE NET mobil module-34465117/China miritary strategic-line… 」
「存在属性保護規定に基ずく戦略的排除、起動!」
戦術基本事項を機械の美少女が次々と報告する。
16迎撃_03
ジレラコンバットスクーター。
いきなりチンケな女性のヌード画像が、AMCの前方に現れた。
17・F-0、1号機、2号機でも確認された。
芙美の美しさは、東京マフィアでも評判のようだった。
両足を淫らに開き、陰毛をこれ見よがしに写し出した、貧弱な体躯の女の首から上に、継原芙美の顔が、まるで千切った写真を張り付けたようにレタッチさ
れている。
御丁寧なことにムービーファイルである。
それは、嫌がらせにしては程度の悪すぎる画像合成だった。
ヤクザの怒りを買った女が、見せしめに全裸で縛り上げられ、生きたまま電話ボックスに閉じ込められ、ドアを溶接される…的なノリをやりたかったのだろ
う、おそらく。
御丁寧にMP-3タグ付きだ。
そのチンケなヌードが、リンクしている17・Fのモニターに現れるや、映画『STAR WARS』のテーマ冒頭のファンファーレ部分が鳴り響く。
そしてそれが一佐の思うつぼだった。
――!――
5個の突入体が一瞬にして消失。
消失と同時に、それらは然るべき目標を“撃破”しているはずだ。
16迎撃_04
神泉町。
“あのバカ!はやりやがって…”
JSL発見より53秒経過
“会長”は、全身が総毛立つような悪寒に襲われ、髪が逆立ち、吐いた。
いや、頭の中心から沸き起こってくる自己存在をあざ笑いながら否定するような痛みに対して、吐き続ける行為しかとりようが無かったといえるのか…
しかし、しつこくからむつばき以外は何も出なかった。
何かが毀れたはずだった。
(5個の突入体の座標追跡は“会長”には不可能だった)
“会長”は、敬慕する師匠に、自分の不手際に関しての“詫び”を入れた。
20数個確保してあるプリペイド携帯の端末にランダムに割り込ませた発信だった。
その発信は、さらに公園通りをシマにしている客引きの携帯を中継させることで、物理座標の逆探知を防ぐ偽装をかけてあった。
「すんません、セイジさん…」
“会長”は、自分の声を発した。
――てめえ、だめだ、まったくだせえよ、ださすぎ――
それはただの明朝体のテキストだった。
“会長”の視野の中のインサイドモニターにそれはいきなり現れて、視野の中央にそびえる駅前ビルを“塞いだ”。
シュールで、無気味なイメージだった。
明朝体のテキストだけが、“会長”の視野の中で、ヒステリックに舞い踊る。
同時刻神泉町のネットカフェ。
何かをやっていたヤニ男が、怒りくるって机に蹴りを入れていた。
――なんだあれは!――
――す、すいません――
――すぐ防御にまわれ、だめなら引け――
――でも――
――ふざけんなこら――
暫定治安維持機構の警告を表示していたマシンの一台がひっくり返る。
そして、男のヒステリーを思わせるその字体の動きは、幾分大人しくなった。
16迎撃_05
――自衛隊の連中は、昔中国に何やったかわかってんだろ…――
それは、根拠も無く意味も無い信仰だった。
…高度に電子武装化された電脳空間は、創作に最も愚かな価値ずけがなされている場所、といえる…
そしてその瞬間、“会長”の頭の中には、数百ギガバイトに及ぶ画像データが叩き込まれてきた。
御丁寧にワーグナーの曲のMP3ファイルの起動タグ付きだ。
画像が、自分の視界で強制的に開かせられる度に、ワーグナーが鳴り響く。
セイジが、自らの存在を主張すべく編集した仮装ドキュメントだった。
その内容は、今日の第三国電子戦介入を可能となすべく然るべきスポンサーの意向を賞賛すべき画像の集大成だった。
バーチャルカンファレンスルームで、膨大な情報をもて遊ぶことが可能となった今日、自らを美化できる独自の歴史をでっちあげるのが流行っているらしい。
だから、電脳空間には、その当人にしかわからない歴史を語る“国家元首”がいくらでもいる。
自閉空間の王であるサイバーテロリストにとっては、スポンサーから入金できれば自らを人間として表明できるものは何でもよかった。
ハマーに搭載してあるサーバーのアクセスレベルが急増する。
暗闇の中にヒステリックにアクセスモードを明示して明滅をくり返す。
ジレラは徐行を続けて、神南小の裏手に停車する。
16迎撃_06
5個の突入体が、“会長”がいるローカルボリュームを取り囲むようにして現れていた。
それはハマーに積載してあるコンバットサーバーの中。
“会長”からみて“それ”は真紫一色に広がる電脳界面のボリューム見かけ外郭に捩じ込まれた、無気味な弾頭に見える。
突入体は、それ自身が無人偵察機と警戒衛星のコンバットサーバーによりバックアップされる人工知能モジュールである。
「詩穂乃ちゃん、オーバーヒート、大丈夫か?」
三尉は、タオルを手渡し気づかう。
「まだ、大丈夫ですぇ、」
美少女の顔は汗びっしょりだった。
ぽたぽたぽたぽたぽたぽたぽたぽたぽたぽたぽたぽたぽたぽたぽたぽたぽたぽた…
ひっきりなしに汗の雫が落ちる。
彼女の身体を冷やすための冷却水だった。
(彼女の汗の成分は、高分子化合物の溶けた水である)
人工汗腺を使った皮膚冷却システムは、素人目にみても限界にきているように見える。
漏神通の起動承認を通したということは、彼女の電子脳を漏神通の管制制御CPUとして開放することを意味する。
そうしなければならなかったのだ。
一番の理由は、頼るべき人材(ソシオンドロイド含む)の少なさによる。
そして、言うまでもないことだが、彼女にとってこれはオーバースペックな作業に相当する。
彼女の機械的限界耐久温度は41度に設定されていた。
ここまでシステム温度が上昇してしまうとDNAチップによる処理はすべて閉鎖され、強制的に待機モードに移行する。
“会長”がうめき続けている。
「コマンドがはいらねえ!ちっくしょお~~~~~~っ」
語尾がヒステリックに歪み、はねあがる。
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