センター街2020年//15_警告/02:26

暫定治安維持機構/センター街2020年//15_警告/02:26



 

 猿楽町のマンションにあるデザイン事務所。

 「どうしたんだろ、駅の方で激しい爆発事故があったってきり、なんにも無いけど、」

 事務所の窓からは渋谷プロパティビルと東急線の高架が見えるが、駅前方向は死角になっていて見えない。

 徹夜の仕事だ。

 新聞のA3折り込みちらしのレイアウトである。

 別のデザイナーがテレビをつけてみる。臨時ニュースらしきものは何もやっていない。

 窓際で、チーフデザイナーが一服していた時に、奥から声が上がった。

 「おい、なんだよ、これ」

 30インチ相当のモニターに向かって完成データの入稿作業を行っていたDTPオペレーターは、蒼くなった。

 入稿データの送り先は神保町の出力サーバーだった。

 ポインタがいきなりフリーズして、ブラウザに、いきなり次のような文字が現れたのだ。


 現在、このネットは人間社会の健康的かつ調和的な発展を阻害する勢力により広範囲な攻撃をうけています。

 暫定治安維持機構は、この勢力の攻撃を防ぎ現状を維持するために、高度な可戦闘域データを展開しています。ネットに接続されているすべての情報資産

は、直ちにバックアップを独立機に確保し、一刻も早くネットへの接続を遮断しなさい。

 攻撃を受けて損壊した情報資産への保障は一切存在しません。

 暫定治安維持機構/陸上自衛隊電子戦略情報部


 14警告/02:26_02

 

 「どうした?」

 かちっかちっかちっ、かちっ…たたたたたったた、たか、ったたたかかたたたた…

 オペレーターは、ワイヤレスマウスとキーの突出面が存在しないバーチャルキーボードを狂ったように叩き続けた。

 「まずい、変なメッセージが出たまま凍っちまった。」

 「おいおい、あと30分以内に2ギガ送らないと納期間に合わないんだぜ、」

 「こっちの回線使ってみたら、」

 普段使っていない回線のマシンを接続する。

 「だめだ、こっちも…」


 現在、このネットは人間社会の健康的かつ調和的な発展を阻害する勢力による広範囲な攻撃をうけています。

 暫定治安維持機構は、…


 「マジかよ、勘弁してくれよ」

 「時間かかるけど携帯使ってみるか、」

 携帯を取り出す。

 ピっピっピっピっピっピっ…接続を開始しています…テラビットラインに接続しました…


 現在、このネットは…


 「携帯もだめだよ、」

 「ふぅ…」

 「バイク便走らせよう、」

 「は~い、電話しまっす。」

 女性デザイナーがうきうきして答えた。それに続けて、チーフデザイナーがつぶやくように言う。

 「俺、暫定治安維持機構って、聞いたことあるぜ。」

 「何?」

 「新手のテロ集団なんだって、」 

 「いったいどこで?」

 「市民運動系サイトじゃ有名だよ。」

 「ふ~ん…」


14警告/02:26_03


 19式先行量産型試験教導隊、17・F-0作戦モニター。

 新撰組一番隊、二番隊からの戦況ログが、順次最高機密暗号で届けられて来る。


 現在、このネットは人間社会の健康的かつ調和的な発展を阻害する勢力による広範囲な攻撃をうけています。

 暫定治安維持機構は、この勢力の攻撃を防ぎ現状を維持するために、高度な可戦闘域データを展開しています。ネットに接続されているすべての情報資産

は、直ちにバックアップを独立機に確保し、一刻も早くネットへの接続を遮断しなさい。

 攻撃を受けて損壊した情報資産への保障は一切存在しません。

暫定治安維持機構/陸上自衛隊電子戦略情報部


 人類は電脳界の情報資産なしには生きてゆくことができない時代だった。

 この表示は、明日より、新たなる情報資産の構築を計らなければ、自らの生存が危ぶまれる、という警告そのものでしかなかった。

 第三次世界大戦は、惑星規模で深く静かに進行する情報戦がその本質である。

 「詩穂乃ちゃん!」 

 「量子座標系推測確定マップ、出ます。」

 継原一佐の横顔。

 「すみれ野ちゃんに送ってあげられそう?」

 『もう、ばっちりですぇ、最後の番地、枝番までいけちゃいそ』

 「ぅあお」

 「それと、せんせ、マップの視界からJSLの他にもテロリストサンクチュアリ(TS)多数確認」

 「数は?」

 『約10!』

 「活性度の強いものから優先的に警戒体制敷きましょ。大まかなプロフィール展開しておいてね。」

 『了解』

 TSのプロフィールが、継原のインナーモニターに現れた。


 ・Imperial yasukuni-0866761

 ・Tokyo Tribe-899-099090-3211-990 

 ・Miyako-X-TRITRIQ-nox  

 ・SHISEN_GENIUS_9081190

 ・NEW WAVE NET mobil module-34465117

 ・China miritary strategic-line …



14警告/02:26_04



 “ふ~ん、勢いずいてんのかな、防衛省や靖国神社のサーバーに攻撃しかけて得意になってる連中や、やマル暴さんもいらっしゃるのね…”

 「詩穂乃ちゃん、だいじょうぶ?」

 『だいじょうぶどす』

 「体温、報告してね」

 『おおきに』

 彼女のオーバーヒートが恐い。持ちこたえてあと40分だろう。


 17・F-0、001号車、新撰組一番隊、作戦室。(所在:永田町1-8)


 現在、このネットは人間社会の健康的かつ調和的な発展を阻害する勢力による広範囲な攻撃をうけています。

 暫定治安維持機構は、この勢力の攻撃を防ぎ現状を維持するために、高度な可戦闘域データを展開しています。ネットに接続されているすべての情報資産

は、直ちにバックアップを独立機に確保し、一刻も早くネットへの接続を遮断しなさい。

 攻撃を受けて損壊した情報資産への保障は一切存在しません。

暫定治安維持機構/陸上自衛隊電子戦略情報部


 「推測確定マップ、来ました。」

 「よぉし。」

 「姐さん、そろそろ赤坂見附かな。」

 「機動搬送の原さんに送ってもらってる。」

 「芸者の格好でバイクに2ケツすんのか?」

 「ばか、向こうで着替えるんだよ。」


 17・F-0。

 齎藤が怒鳴った。

 「マフィアのガラクタ戦車隊はどうだ?」

 「あと一台っす」



 現場、センター街宇田川町12番地、西へ向かって。

 マフィアの車両の砲撃はほぼ止んでいた。

 突然、空気を切り裂く音を聞く暇もなく、

 「げぶっ!」

 その瞬間、女の身体は信じられないほどの大量の血をまき散らして左回転した。

 とどめの反撃に出た19の、1号機か2号機かわからないが、どちらかの弾頭が、女の右手を肩の付け根からごっそり吹っ飛ばしていた。

 「あ、ぶ、げ、げぶっ、」

 女は、もはや、口から血の泡を吐き、雪を鮮血で染めながら呻くことしかできない。

 女の身体から離れて雪の上に転がった右手は、まだモニターに電源の入ったままのパームトップを握りしめていた。

 チャット用のモニター上部のビデオカメラが活きている。

 ついさっき女と話をしていたスズキが、モニターの中で激しく喚いていた。


 「おい、カガタ、ひっくり返ってんじゃねぇよ、おい…」


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 再び、京王線神泉町の駅前にあるネットカフェ。

 店の前に白塗りのキャンピングカーが止まった。

 ボディには『ドウゲンザカ都ライブ株式会社』と、このキャンピングカーの所属が大書され、1行下から営業項目が書き込まれている。


 『イベント企画運営、イベント施設設計施工』

 『メガプロバイダー自由情報圏連邦運営 presented by JSL』

 『FTL=超光速テラビットライン、ただいま受け付け中!』

 『メガ情報検索サービス』

 『貸金業 東京都:新198HGGIA93511100-311-011』

 『特定介護認定優良業者』

 『個人貿易企画提案運営』

 『ビジネスウェブ環境構築』

 『携帯ゲームコンテンツ企画開発/ハイパーポリゴンシステム開発運営』

 『映像ラボ:チャニラン』


 車が停止すると、運転席と助手席にいた男がサイドトランクを開けてブルーシートを取り出した。

 それを道に放り出して広げる。

 二人は車の前と後ろまでシートを引っ張って伸ばし、屋根の上に投げあげるようにしてキャンピングカー全体を覆うようにかぶせた。

 シートの隅に電気毛布のようなスイッチがあり、AC電源ケーブルが伸びている。ひとりがケーブルを車内電源に繋いでスイッチを入れた。

 シートは最初、淡く発光した。

 ついでその光が若干収まると、シートのしわや出っ張りが滲むようにぼやける。

 なんとも説明のしようがない状態である。

 第一、見た目に焦点が合わせづらく、見にくい。

 このシートは軍用のステルスフィルムだった。

 後の居住区に、何やら奇妙な荷物が積まれている。

 モノは二つ。

 一つめは、医療用の可搬型重傷者用代謝調整槽を何やら改造したもののようだ。

 大きさは1メートルほどの箱型で、重傷者収容ポッドと電源調整ユニット、ガス交換ユニット、栄養パック交換ユニット、それに神経接続及び外部入出力ユ

ニットからなる。(システムの取扱書きはすべて日本語の手書きだ)

 収容ポッドだけは、複数接続が可能のようである。1、2、3、4…8個

 そのうちの5個には中身が入っていた。

 それは、コンパクトにまとめられた人間の体組織、それも一人分である。



14警告/02:26_07


 大人一人の身体から、両手両足骨格などすべて外せば、それがいかに小さくまとまるか驚くばかりだ。

 大脳と脊髄は一体型モジュールに組み込まれて収容部の縁に添って置いてある。

 ちょうど蛇がとぐろをまいているようでもあり、内臓一式が入ったポッドと機械的にバイパスされた神経系によって接続されており、培養された体液に浮か

んでいる。

 両眼は生身だった。

 人工筋肉のソケットに固定され、それは外の光に反応して動いている。

 こいつらは意識をもっているようである。

 もう一つは、業務用の汎用サーバーだった。

 超高速無線ランを中継してフル稼動状態である。

 ただし量子電脳ではない。

 このスペースでは、それ相応の冷却システムを設置できないだろう。

 おそらくこれは中継機か…

 ヤニ男がハンドモニターで、中身のチェックをくり返している。

 ハンドモニターのケーブルは、調整槽の神経入出力ユニットにつながっている。

 その中身。

 約340万人の加入者がいるJSLの情報交流状況をリアルタイムに反映させている。

 一つの中枢として、このキャンピングカーが示され、代謝調整槽が特別な表示でその入出力状況が現れている。

 5個の収容ポッドは、モニターの表示上は、5人のタレントとして表示されていた。


 タレント?


 この調整槽の持ち主が、この5人分の肉塊を本来の人間の姿に復旧させる目論みなどはなから無いことは記録しておかなければならないだろう。

 この肉塊はJSL世界のコンテンツ情報提供用のバイオモジュールに他ならなかった。

 ヤニ男は、調整槽をコンコンと叩いて、決意を表明した。

 「コンテンツ増設するぞ」

 男はハンドモニターを抱えたまま、キャンピングカーを出る。

 店内に戻るようだ。

 (この店もドウゲンザカの経営なので、今日は臨時休業の札が出ている)

 サーバーのチェックを忙しく行っていた男は、ヤニ男の後ろ姿に声をかける。

 「見込みはあるんすか、セイジさん」

 男は、こちらを振り向くことなく、冷酷な声で応えた。

 「また人が死ぬだろ。」



 現在、このネットは人間社会の健康的かつ調和的な発展を阻害する勢力により広範囲な攻撃をうけています。

 暫定治安維持機構は、この勢力の攻撃を防ぎ現状を維持するために、高度な可戦闘域データを展開しています。ネットに接続されているすべての情報資産

は、直ちにバックアップを独立機に確保し、一刻も早くネットへの接続を遮断しなさい。

 攻撃を受けて損壊した情報資産への保障は一切存在しません。

 暫定治安維持機構/陸上自衛隊電子戦略情報部


 

 店内。

 店内の24台のマシンのブラウザは、すべてこのメッセージで埋め尽くされている。

 ヤニ男は24台の内の一台に、自分のノートマシンからケーブルを繋ぎ、モニターのこのメッセージを凝視する。

 ヤニ男にとっては『攻撃を仕掛けている側』としてのプライドがあった。

 「思いっきり引っぱり込んでやる…」



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