センター街2020年//13_ドッペルゲンガー/00:42
暫定治安維持機構/センター2020年//13_ドッペルゲンガー/00:42
“会長”がモニターを広げていたA5サイズのノートパソコンには、通信ドライバーのアクセス状況モニタリングされていた。
その中には、あらかじめネットに放っておいた数万匹の“スパイダー”がお目当ての“物”を次々と運び込んでくる状況が表示されていた。
19式特別警戒機動車機動OSメインマトリクスの構造書式だった。
17・F-0。
「敵サーバー?、いや未確認の機動量子サーバー?」
継原一佐の焦り。
齎藤陸将が、腹の底から振り絞るような声でどなった。
「相手は東京マフィアだ」
「はい」
解析中
「無人偵察機4機ともすべて出して!」
「ういっす!」
3秒後、17・Bのランチャーから4機の無人偵察機が射出された。
同時に17と偵察機をネットする新規マトリクスの描画。
一番最初に射出された無人偵察機2機を含む10機の無人偵察機。
それらは、卵型の機体下部にあるモノアイで地表を読み取り、現時点での戦略展開に応じて最適な飛行経路をとってゆく。
ビル影のアラキ
「だっせー、とまっちまいやがんの、」
「まだ足りない。あと4機」
「ういっす!」
さらに数秒を経て、追加の偵察機が舞い上がった。
データグローブを装着した継原芙美一佐のしなやかな両掌が、モニターの前で、異世界の祷りの作法を顕現するかのように、得体のしれない動きをとり続け
てゆく。
かつては、マウスとよばれた入力デバイスの作業に相等するものだった。
「どれ、いったいどれなの?」
インターフェース化された可戦域ネットの各種マトリクスを、両手で移動し、変型させ、サインを入力してコマンドを与えていく…
13 ドッペルゲンガー/00:42_02
1号機コクピット。
「継原さんっ」
『ん…』
彼の叫びは、電子作戦部長の焦りと絶妙にリンクしていた。
正面モニター
_「type 5112-44error occured!」_
技術者は恐怖で僅かに涙ぐんでいた。これは全く予期しえない事態だった。
機体の駆動系は全く反応しない!
「せんせっ!」
継原詩穂乃が、上半身、黒のタンクトップだけをつけた姿で駆け込んでくる。
両肩のアクセスパネルを外してある。
それは、彼女が人間ではないことを表わす具体的な姿だった。
外されたパネル内部の冷却循環系のバイパスにラジエーターパックのチューブを繋ぎ、パック本体を二の腕にガムテープで巻き付けている。
几帳面に、かつ正確に巻かれたガムテープは、彼女の性格そのものを表わしていた。
彼女は、これから為すべきことにおいて、搭載している彼女の体の内にあるロジックボードの演算過負荷による過熱が発生することを想定していた。
「継原せんせ!《羯諦(ぎゃたい)》から、漏神通(ろじんつう)、起動承認もらいましたですぅ、」
ドロイドの美少女は、予備のシートに身を置いた。
ぱふっ、と彼女の身体の重みをうけて、シートが音をたてる。
「ありがと、あてにしてるよ」
羯諦とは、十二月二十日に起動したばかりの基幹量子演算サーバーだった。
国際平和戦略研究所のフラッグシップといえる。
「はい」
機械の美少女は、両手で髪をかきあげて、両耳の後のポートに6本を一束としたペタビットケーブルを接続した。
かちっ、かちっ、と音がする。
「《ますらお》と《たおやめ》のオペレーターにも、ぎょうさん増援要請させていただきましたです。」
きっちりと言葉を区切る彼女の表情には、穏やかな余裕さえ見えていた。
彼女は、自分の手で正面コンソールにディスクを挿入した。
それは、彼女の私物ではあったが、彼女にとってはかけがえのない財産でもあった。
国際平和戦略研究所研究員でもある彼女の身分を保証し、電脳戦上で彼女の演算エリアに様々な攻撃デバイスを誘導するキースクリプトディスクだった。
「京女の意地、見せて差し上げますぇ。」
機械の美少女は右手の親指を上げて応える。
一佐が笑顔で応えた。
“京女、可愛い事言うようになったじゃない…”
13 ドッペルゲンガー/00:42_03
《ますらお》と《たおやめ》。
どちらも《羯諦》に先んじて実戦に入っていた量子演算サーバーである。
彼女の両手のキータイピングが、猛烈な速度で始まる。
純人間型機動端末としての彼女の仕事能率を(バカげた例えだが)人間のオペレーターと比較してみれば、優に10万倍以上に匹敵する。
人間のオペレーターには、キータイプによって確保される作業領域しか存在しないが、彼女には、
《キータイプによって展開することのできるマン・マシンインターフェースを最優先した作業エリア》
《内部記憶巣上に確保された相互に独立した6個の作業エリア》
そして《衛星経由ネットによるコラボレーションエリア》が存在し、それぞれを別個に起動することができた。
ちなみに、この6個のエリアは、相互に独立したモジュールであり、6個すべてが並列結合されて演算結果を相互に“語り合う”ことで、思考のゆらぎを再
現する。
そして、この6個の連結されたモジュールをソシオンモジュールと呼ぶ
(SOCIety neural network recognitiON system 社会神経網認識システム)
それらすべてを、常に最適な環境で駆動できる環境を構築するのが、人工実存:継原詩穂乃である。
彼女の頭部と胸部にあるハイブリッドCPUモジュールの処理モード活性化に伴う冷却システムの緊急起動音が、かすかにぶぅぅん…と響き始めていた。
これを動かすのは、今がまぎれもなく緊急事態であることを意味している。
「ハッキングの侵入経路とJSLの関連性?」
「そのとおり。」
美少女は、電子作戦部長の優秀な参謀でもあった。
《ますらお》のオペレーター顔アイコンムービーが、モニター上にずらっと並ぶ。
定員12名のうち男6、女4、空白2。
次いで《たおやめ》定員16名のうち、女12、空白4。
そして《羯諦》定員48名のうち、まだ男2、女3、残り43は空白である。
全員が、詩穂乃に対して思い思いにガッツポーズ、ファイティングポーズをとり、声援を送っていた。
そして全員がソシオンドロイドだった。
13 ドッペルゲンガー/00:42_04
1号機コクピット。
“こんなもの”で乗っ取りをかけている奴は誰なんだ?彼の技術的なスキルの高さは、このような状況における精神的破局をかなり防いでくれているのは確
かなようだった。
漏神通起動深度ステイタスホイールが現れる。
漏神通は、結合したネットを、超絶的な規模の演算可戦域に作り変えてしまう。
一つ記憶しておくべき事があるとすれば、漏神通の前では理論上コンピューターセキュリティは一切存在しない、ということである。
この戦術の頂を制御するのは唯一、人の理性のみだった。
ステイタスホイールのイメージは、演算可戦域にチェックが高速で行き渡っている状態を現している。
「せんせっ、テロリストボリュームJSL、物理座標、確定!」
美少女は信頼すべき上司に左手を出して、上司は右手を美少女の左手にぱちんと当てた。
「確定座標99.975%で電脳界の量子軸座標系書き出し、行けます!」
「よぉし、お願いっ」
「こいつ、間違いなく量子電脳ですぇ、」
「あなどれないわね、」
「はい、まずJSL第一次表層マトリクス、書き出しっ!」
13 ドッペルゲンガー/00:42_05
TERRORIST SANCTUARY/ JSL-7-011490a21-185の起動状況
量子コンピューター特有の三次元ステータスバーが10数個。
表層マトリクス…これは、JSL:テロリスト聖域がつくり出す世界だった。
この世界のみが、唯一の世界として生きている人間がおそらくは100万以上いるだろう。
国家が新しい定義の創出を必要としている時代だった。
JSLのセキュリティが漏神通によって次々に突破されてゆく。
しかしこれはまだ表面的な部分であり、さらに奥の階層の表出は時間を待たねばならない。
JSL-CONTENTS…
自由情報連邦presented by JSL
自由情報連邦内閣府/自由情報連邦政府
音楽配信サービス:KEITAI♪
占い
政治/ユーザーずすくえあ
日本ハイパーマップふぉあ あなたのらヴ
安売り王のじぇっとすとりぃむらいん
映像解放区
ホームファミリーDVD/えっちなスタジオ/(オナニー)市場
ネットサークル
…
セキュリティ未解放マトリクス01
セキュリティ未解放マトリクス02…
“会長”、は1号機OSのハッキングに成功していた。
これで押していけば今日の祭りは成功する。
JSLの最終フェーズ起動と同時に、全国36の軍閥自治体の中央サーバーと自動的に巨大ネットが構成され、それと同時に第三国の電子戦支援介入が行わ
れる予定である。
ゼロアワーは、本日午前2時。
彼はラップトップの液晶を凝視していた。
そのスロットにはガムテープで不細工にぐるぐる巻きにした拡張用のメディアストレージのようなものがあり、GPS用とおぼしきアンテナが生えていた。
ヘッドセットの端末のいくつかからは、“会長”の首筋にケーブルがのびていた。
13 ドッペルゲンガー/00:42_06
「あった、」
「え?」
「こいつだわ…」
一佐は、1号機が機能不全を起こした病因を発見した。
「間違いありません。」
美少女が、確認解析コマンドを打ち込み、一佐を振り返る。
「解析グリッドを収束させます。」
電子作戦部長と三尉のそれに比べて倍以上の数のケーブルが繋がったヘッドセットのオペレーターが、すかさずバックアップにまわる。
「19-1号OS操縦系全周に防御モジュール散布、」
アシスタントの指が踊る。
「転送深度を7まで開放して!」
「ういっす!」
1号OSのハード制御と人工実存コアセッション部の三次元マトリクス。
一佐は、それを“手にとって”“ぐるっと回して”みた。
表層系。輝くライトブルーの水晶のような部分に、未知のコードが書き込まれていた。
セキュリティ突破を謀った“敵突入体”だった。
“一瞬のうちによくもこんな深層まで侵入して…”
一佐は、格納式のテンキーを引っ張り出すと、目にも止まらぬ速さで数字を打ち込んだ。
それは、意識の縁にひっかかっていたものを確かめる作業だった。
一佐のとったその作業は、三次元コアセッション部の侵入を許してしまったマトリクス周囲にマーカーを描き込んでゆくことだった。
「これ、ドッペルゲンガーだわ、見事ねぇ…」
電子作戦部長は、確信を持ってつぶやいた。
笑みが浮かんでいた。
獲物を見つけた喜びだった。
「何すか、それ?」
「電磁波の放射パターンを解析して、どこからでもネットを伸ばして制御しちゃう一種の電脳なの、」
「げ!?」
「ご多聞にもれず、指定ステルスコードだし、奴だわ…」
「これです。」
バックアップの彼が、一佐の指摘した“モノ”の概要データを表示させた。
引用は2019年度のジェーン兵器年鑑特別版の特殊電子戦の項目だった。
「これ相当高性能なやつよ。」
「マジっすか?」
「あのミミズを端末に使ってんのよ…」
13 ドッペルゲンガー/00:42_07
2号機は、1号機をかばうようにして再度接近、火炎放射。
継原、横顔。
「敵ボリュームに対して、迎撃と防御をマルチホーミングチャンネルで展開します。」
強制的な侵入がまだ続いていた。
ハッキングイメージの描画続く。
「エイドを彼の『19OS』全階層にかけて!」
「ういっす!」
17の指揮モジュールから、ネット経由で1号機の電子脳内にある197644個のファイルの一斉走査とリモートによるエイドが始まった。
2本のステータスバーが、毎秒500近い走査が進行している状態を表示する。
継原芙美一佐の横顔に焦りがうかんでいた。
「詩穂乃ちゃん!」
「JSL第2次表層マトリクス書き出しっ」
TERRORIST SANCTUARY
JSL-7-011490a21-185の起動状況
JSL-加入者ユーザー 総数(2019年現在)3413200/男…/女…
セキュリティ未解放マトリクス01…
一佐が1号機へ声をかけた。
極めて危険な状態だった。
「荒木田さん、」
1号機コクピット、
待ち焦がれていた電子作戦部長の提案がスピーカーから響いた。
『スターター入れてみて。』
「はいっ。」
13 ドッペルゲンガー/00:42_08
しゃくん_きゅーんんん/ちゅど、きしゅ~ん…?
機体は静止したまま動かず。
スターターをいれるがすぐ止まってしまう。きー、きしゅん/ききー、きしゅうぅぅぅん、1号機の駆動系は、溜め息をつくような音をたてて静かになった。
また静かになってしまった。
失敗か!?…フェイントだろ?
作戦部長が上体を乗り出して怒鳴った。
『もう一回っ!』
1号機コクピット、モニターの作戦部長顔アイコンが怒鳴った。
彼が、スターターキーを再度捻る。
しゃくんっ、起動開始、初期化起動時の駆動音がはじまった。
きゅーんんん
「動く!」
明るい声がもれた。
「動きますよ、ありがとうございます。」
『だいじょうぶよ、がんばって』
「はい」
モニターが正常に戻った。
機体の150近い駆動モジュールのコマンドプロセッサーが、一旦初期化される。
新規のミッションファイルのフォーマットが書き直されるために、約4秒ほどの時間差で機体が再起動に入った。
しゃくん_きゅーんんん/ちゅど/ちゅど/ちゅど/ちゅど…機体駆動のテンションが再調整されてゆく。起動が進む…
再読み込みされる項目が、到底人が読める速さではない高速で流れていく。
再起動シークエンス最終ステージ画面が現れた。
19式特別警戒機動車 SYSTEM MASURAO Ver.1.02/私はあなたとともに新世紀を築きます
暫定治安維持機構/JAXA 三菱、川崎、新明和先進企業連合体
専任ユーザー:荒木田 武史 承認コードを入力してください。□□□□□…
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