センター街2020年//12_侵入/00:38

暫定治安維持機構/センター街2020年//12_侵入/00:38




 重装備のアラキがのたれ死んだ死体をけ散らしながら走る。

 乾涸びて半ば雪に埋もれたそれは、腕が千切れてくるくると飛んだ。

 違法ソフト屋や、ドラッグ屋の立て看板を、最初から何事もなかったように蹴り飛ばしていく。

 機械化された女は、インパラにとどめの一撃を加えるチーターのように、19に向かって跳躍する。 


 アラキ


 ――カバ女、あの子連れ女、結構抵抗したからおもしろかったじゃん――


 カガタ


 『いっえてる、ぴきぴきむかついたもん』

 ――知ってる?ブルジョワとか殺してもいいんだって―― 

 『何?ブルジョワって?』

 ――そんなの知るわけない――

 『ぷー?ぷー?あれで何人め?』

 ――38人かな、覚えてない…――


 その会話は極めて不正確な音声信号のやり取りにすぎなかった。

 大脳全域に設置したナノマシンネットワークからロジックコンバーターを中継して、直接外部の受信可能な人間や各種通信プロトコルにネットされたボ

リュームに思考を飛ばす改造は、軍閥自治体(マフィア)の戦闘部が好んで行うサイボーグ処置だった。


 会話の当事者達に、自己洞察の観点が、完全に欠如している。


 だから、高度な対人インターフェースをボイスインタラクティブ機能を中心として構築したサーバーの方が、当たり前のこととして彼女らよりよっぽど人間

らしい作業を行っているともいえた。

 この程度の人間はいくらでもいる時代だった。

 原因もなく結果も無い。

 そもそも実体、というか、精神の核となるべきものが何も無かった。

 かろうじて意味をなすものは、“快”か“不快”であるかの判断だけだった。

 ただ、流されているだけだった。

 むしろ“何か”が、人間としての契約と約束ごとを守ることで人間のふりをしているようだった。


 1号機のコクピット上に軽い衝撃。

 「取り付かれた!」


 「こいつにあの女のあれがのってんじゃん!」

 「む、」

 「けーっっっっ、超むかっつく!」

 茶髪の女サイボーグは、訳もわからずむかつきをたぎらせている。

 むかつく理由は何でもよかった…


12 侵入/00:38_02


「萩原さんっ!」

 萩原空将が怒鳴り声がスピーカーを震わせる。

 『奴だ、相手は機械仕掛だから手荒なことをしてもかまわん、ふんじばれっ』

 1号機は機体の右手を50ミリ砲を掌に装備して地面につけたまま左掌を開いてふりまわした。

 しかし小柄な少女はあっさりと飛び退いた。

 1号機は少女を持て余しながら、いくつかの路地を超えてゆく。

 あるビルを勢いで通り過ぎる。

 いきなり!

 ビル脇や2階から、19式に卵や生ゴミを奇声をあげながら投げ付ける連中が多数いた。

 新年会でもやろうとしていたのか。

 これは余興にしか過ぎなかった。


 『きゃー』


 関りあいになれるのが楽しくてしかたがないのか。

 「わひゃ~、アッラッッキだ~、したっけ、びっくりじゃん~!」

 19に取り付いている女を連中の何人かがみとがめた。

 顔を知っているらしい。

 『きゃー』“べちゃっ、べちゃべちゃっ” 後から後からパイがこびり着いてゆく…“べちゃっ、べちゃべちゃっべちゃっ…” それは、遊びだった。

 19のマイクは、暴動鎮圧ミッションに従事する最新システムに対して、純粋に遊びに興じる連中の声を拾っている。

 『きゃー』“べちゃべちゃっ”『きゃー』 

 背の高い不良少女は、いきなりロケットランチャーのようなものを振りかざした。

 それは溶接用トーチだった。

 点火したままいっきに振り回した。

 この女、テニスだけはうまかったんじゃなかろうかと思わせるようなスイングだった。

 笑っていた。

 心底楽しそうな表情だ。

 ふお~~~~と、暗闇に不安を掻き立てるような轟音をたてながら3~4メートルもの火の棒が地面に水平にのびあがる。

 これは遊びだった。

 度外れた身体出力を発揮できるように改造された子供がやる遊びだった。

 萩原空将は、口の端をゆがめて笑った。

 「火遊びはいけねーんだって、きっと躾られてねぇよな。」

 『はい、まったく…』

 荒木田の応答には若干震えが混ざっていた。

 今しがたぶつけられて、装甲の表面に小汚く溜まっていた卵やパイは、アラキのトーチの火で瞬時に焼き尽くされ、炭に成り果てる。

 ビルの5、6階でも顔を被わずにはいられないほどの熱気だった。

 と、いきなりトーチをほうり出す。

 そして、ウエストポーチのジッパーを開けると、中に手を伸ばしてタッチパネルに何かを打ち込むような仕種をした。

 そして、1号機のキャノピーの上に仁王立になってウエストポーチを右手でつまんで逆さまにした。

 何かが出てきた。


12 侵入/00:38_03


 一瞬それは、それは軟体動物のようにもみえる。

 見ればみる程その生態は、なんとも言い様のないものだ。

 粘液質ではなかったが、それはミミズによく似ている。

 それは…動いていた!

 生き物ではないことは間違いなかったが、確実に動いている。

 一匹(一個体)がおよそ5センチほど。

 地面に引きずり出され苦悶するミミズを思い起こさせるものだった。

 あるものは単体で、あるものは集団で、1号機の機体表面を音もなく這いずり出す…

 「MM188組織体!」

 コクピットの上方を監視するカメラにそいつが大挙して映ったとき、彼は記憶にあった名前を思わず呟いていた。

 「なんであんなものがあるんだ?」

 それらは、体の前端と後端にある吸着センサーを交互に19の機体に吸い付かせ、自分の体を振り回すようにしてのたくりながら、機体の電荷変異の激しい

所を目指して突進する。


 17・F-0メインモニター。

 『不正なアクセスを検出しました01174-122_被スキャン警告:未確認デバイスQ0q-13』


 2号機メインモニター。

 『不正なアクセスを検出しました01174-122_被スキャン警告:未確認デバイスQ0q-13』


 1号機メインモニター。モニターを凝視していた主任開発者は呻く。

 『不正なアクセスを検出しました01174-122_被スキャン警告:未確認デバイスQ0q-13』

 -「ハッキングだ…」

 それは、内蔵したチップ脳とミミズ同士のネットワーク機能を利用して大形宇宙船に自動自己修復機能を持たせるものだった。

 JAXA(宇宙航空研究開発機構)のまだ発表されていない研究テーマの一つにあったことを彼は思い出していた。




12 侵入/00:38_04



 『動かせ、止まるんじゃない、振り払うんだ!』

 1号機、

 「はい!」

 操縦捍を激しく打ち込む。

 後退…グキュるるるるっ ヴァぁんん


 壁に激突する。

 あまり落ちない。


 前進する…


 どぅああああん…今度はジーンズ屋のでかい看板が外れて落ちてきた。

 もう一度後退、

 左手を肩で回転させ、上体にこびりついたミミズをむしり取ろうとしたが駄目だった。


 17・F-0号機

 「1号機操縦系ノイズ多数、」美しい電子作戦部長が無機質に呟く。

 「…」

 有能なアシスタントは、その呟きの向こうにあるものを感じ取っていたようだ。 

 「何これ!?」

 『不正なアクセスを検出しました01174-101』

 『不正なアクセスを検出しました01174-212_被スキャン警告:未確認デバイスQ0q-22』

 赤い明朝体のテキストで警告はみるまにくり返し、数百行を超えた。

 『不正なアクセスを検出しました01174-290_被スキャン警告:未確認デバイスQ0q-55』

 モニターに、データ転送ルートへのハッキングの推測イメージが描画されていく。

 「19に乗っ取りかけてるやつがいるわ。」

 「想定内?」

 「はいっ」



12 侵入/00:38_05


 1号機上部装甲、ステルスジャケットはすでにかなりかぎ裂き状態だ。


 ミミズは“気に入った場所”を見つけると、次々に張り付いたまま動かなくなった。

 それらは無気味な塊となってネットワークを造りながら外皮に張り付き、機体構造の高速スキャンを始めている。それらがスキャンをかける時に発生する電

磁ノイズが、無気味な唸り声となって機体を震わせている…

 主任開発者は、まだマニュアル化していないコマンドを、キーボードに叩き込む。

 「1号機、詳しく話せ、」

 「はい“穴”を開けられてしまいました。」

 「何?」


 17・F-0号車の三人の手は、荒々しくモニター上を舞い狂った。

 OS制御構造マトリクスのチェックが進められる。

 時間との戦いである。 

 「ちょっとまって、だめ、」

 とっ、ととっとととっ…バーチャルキーボードエリアの発光面にヒステリックに指が舞う。

 「まずい」

 ととっ

 「やられる!」

 「冗談じゃないっす!!」

 一佐は1号機のOS制御構造のマトリクスを、3軸方向から何度もチェックをいれ続ける。

 ととっ_ととっととっととととっ_リターンキー。ととっと!

 それは、焦りに追い付かれないための行為にも見えた。


 1号機のパイロットは50ミリ砲をランチャーにセットしなおし、機体の右肘を曲げて障壁の振動を一気にあげる。

 障壁に注ぎ込まれた力の場が、19の機体表面を薙ぎ払った。

 しかし、ミミズは一瞬総毛立って剥がれるかとおもうと、堅く食らい付いたままほとんど変化はなかった。

 「焼き払うぞ!」

 萩原空将は、インカムに叫ぶと同時に火炎放射機のセッティングを開始。

 液体燃料のストックは約2分、最高900度のバーナーが使えるはずだ。

 『あ、はい!』

 どきゅぅううんっ…1号機が、2号機に接触、ほとんど“ぶつかる”に等しい動き!

 2号機の左手首が内側へたたまれる。指が、発散し損ねた気の流れを流すように畳まれる。

 親指付け根の火炎放射器が開く。

 ふぉ~~~~っ…

 ジェット噴流のように火焔が伸びる。

 萩原空将は1号機の上体を薙ぎ払った。

 しかしミミズは焦げもせず、バーナーであおられてなびいただけだった。

 萩原空将は、ダメ押しでもう一度バーナーを噴射した。

 さらにもう一度…

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