センター街2020年//10_ゾンビトラップ
センター街2020年//10_ゾンビトラップ
ギャラリーも、軽く身体を伏せたが、怪我をするほどの余波は無かったようだ。
「おい、みてみろよ、」
「あ、動いてる、ねぇほら。」
「お、足外れてんじゃん、あっこ(あそこ)」
「ほんとだ、すげぇ」
もはや半身になった少年は、何かに気づいたように両手を使ってそそくさと這い出しす。
意識は明瞭だった。
今やるべきことはひとつしかないはずだった。
首の麻薬の注入器は爆発後も、一定時間ごとに注入を繰り返している。
少年は、呻きながら、両手を使って上体だけで、1号機へ向かって這って行く。
体は軽い。
少年が這っていった跡は、まだかすかに湯気のたつ赤黒いペイントが残されていった。
一区画以上超えた所でも、まだペースは衰えない。
彼の口が発するもの、それは幼児のような呻き声だった。
「さ、さむ、うやうやぁ、あぅ、さ、寒…」
少年の顔は、受け入れがたい状況認識に直面している。
唇の痙攣が激しくなり、声は、ほとんど日本語の形を留めなくなりつつある。
人間として、自らの精神を磨く試練は、このような形で享受すべきではなかったが、すべて遅すぎた。
彼の顔には、限界を遥かに超えた合成麻薬の投与で、加速度的に崩壊し、興奮していく表情があった。
荒木田の目前のモニターに、血の飛沫がこびり着いたまま見えていた。
凝視。
『うやぁ、お、おなかすいた、あ、あぅぁ!』
センサーユニットの超指向性マイクは、目前の標的の発する音を、生真面目に拾っていた。
それに彼の身体には、もう胃は無いはずだった。
それは、もはや人の形をした人ではないものだった…
ブービートラップ#02_02
ギャラリーの熱気は激しく上昇する。
こんな面白いものは見た事がない!
「お、どこまで行くか賭けるか!?」
「いいじゃん!いいじゃん!」
「オレ、あの戦車んところまで行く方に1万円。」
「オレはくたばる方に5千円」
その場にいた全員が、持っていた携帯電話で、一斉にゾンビ少年の行く末に対しての賭けを実況中継し始めた。
その中の一人は、御丁寧にもゾンビ少年を動画キャプチャして、あっという間にその場にいない賭け仲間数十人に転送していた。
少年の動きが早まった。
19式、1号機コクピット。
『うううう、さ、寒い、さぷ…』
「あ~んあたしもあたしもぉ…」
ひときわ軽そうな女が、賭け金の額に遅れまいとして焦っていた。
19式、1号機コクピット。
『うう、あぅさ、さ、さ、寒い…』
きしゅん、きー、きくん、
半分瓦礫の中に埋まっている19の上体(1号機)が回転して、上体を埋めていた瓦礫を弾き飛ばし、少年の方を向く。
「うぉおおおおおっ!」
どんっ!
19式の機体右舷に内蔵されているミニガンが火を吹く。
トリガーを引き絞る彼の呻き声は、真に動物的なものだった。
少年の頭が、りんごを握り潰したように、半分がた砕ける。
首の肉が皮膚と筋を残して吹っとび、残った頭の半分が、その重みで捩じれるようにして後ろへひっくりかえった。
まだ彼の口と鼻を経由して、ガス交換をしていた肺の組織らしきものがぴちゃぴちゃととびちる。
右腕が、肩から吹き飛び転がった。が、空を掴むかのようにびくびくと痙攣していた。
どんっ!左手がまだ右手よりもより大きく痙攣していた。
どんっ!彼は、少年の頭の残っている方を吹き飛ばした…
少年は10秒ほどで残骸に成り果てる。
いきなり楽しみを否定された外野がいきり立って吠えまくる。
「くっそぉ、」
「汚ねぇぞー」
「反則だぞ、くそ野郎っ!」
「どうしてくれんだよ、賭けんなんねーだろ」
コンクリートの小石大の瓦礫を投げ付ける者もいた。
そのいくつは19の上体にあたってはじけた。
人間の屍体が、オブジェとして、強烈なインパクトを持ちうるのは、その残片から元の形が推測できる場合のみである。
彼等ギャラリーに、残骸に成り果てた男の死を死として受け止める器は無かったかもしれない。
ブービートラップ#02_03
彼は、1号機のコクピットでトリガーを引き絞りながら泣いていた。
3週間前までは、人の親だったのだ。
「呆れたもんだぜ、こんなところでゾンビトラップかよ…」
映像屋は、ビデオカメラのファインダーから一瞬目を放して呻いた。
かつて、この街では、致死性のガスを使った無差別破壊テロが行われかけたことがあった。
歴史は何度もくり返す、という真実を、映像屋はその職業的実績をもって確認してきたことを、思い返していた。
2011年と2015年にロスとアンカラで発生した宗教テロで、ゾンビトラップが使われた記録がある。
文明による精神の抑圧阻止を犯行声明にして、爆弾を抱かせた数十人分のゾンビを、徒歩で議事堂等に突っ込ませたのである。
神経系を制御するマイクロマシンにモニタリングカメラとリモコンを接続すれば、首を落とされても動き回るゾンビを作ることは容易いことだった。
そして、それはテロ集団化した新興宗教教団が使う、もっともおぞましく下劣なデモンストレーションだった。
ハリソンの映像ライブラリにもその映像記録は確かにあった。
そんなのは、求められてもめったにセールスしないのがハリソンの良識だった。
10 ブービートラップ#02_04
1号機は、2号機に機械の手を差出し、機体を瓦礫の中から引っぱりだす。
19式は、機体構造防御のために、自動的に力場荷電壁を展開する機能をもつ。そのため、1号機の損傷は、装甲のペイントについたかすり傷程度だった。
空将は、モニター越しに合掌した。
そこには、人らしい最後を迎えることのできなかった少年の残骸があった。
1、2号機のコクピット。
『人殺し~』『人殺しだぜ~』『あいつ、ぐちゃぐちゃだっぁ~』
マイクが、無責任な外野の台詞を拾っている。
1号機のコクピット
『行くか、』
「え、ええ、ちょっと恐いです…」
『びびるんじゃねぇ!』
「!」
萩原空将の怒鳴り声がインカム越しに叩き付けてきた。
2号機のキャノピーが開いて、萩原が顔を出していた。
目の前には、黙っていれば窒息してしまいそうな“穢れ”が広がっていた。
「奥さんはもっと恐かったはずだっ」
「…」
彼は、息を呑み、腹に力を入れた。
ビルの谷間のたいして広くもない道ばたに、2機を囲む人垣ができている。
危険だった。
どこにスナイパーがいるかわからない。
無人偵察機と増長天のスキャニングに任せるしかなかった。
ここは日本、我らと、この取り巻き達はすべて日本人なのだ。
2号機が動き始める。
それに伴って、人垣の輪が変型を始める。
べちゃ…萩原空将の顔に何かがあたった。
べちゃ、べちゃっ…卵、腐ったトマト…かんっ
「痛っ…」
「萩原さんっ」
1号機はキャノピーを押し上げていた。
危険だった。
飲みかけの缶ジュースだった。
萩原空将は、キャップにインカムのヘッドセットをつけただけだった。
血が流れ出していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます