センター街2020年//09_徳は孤独にあらず
センター街2020年//09_徳は孤独にあらず
男の頭の中に光が輝いた。
「缶切りだ!」
男は走り出す。じゃらじゃらじゃら「はっはっは…」じゃらじゃら、じゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃら…異様な走り方だった。
どしゃっ
誰かを突き飛ばす。
突き飛ばされたのは、時計を台に並べて売っていた外人の身体の肥満した薄汚れた男。
彼は、ぐちゃぐちゃになった台と時計には目もくれず走り続ける。
「はっはっは…」 彼自身も忘れていたが、彼は2年ほど前、右足首を骨折していた。
まともに医者にはいってなかったから、それが癖のある走り方になっていたのだ。
工事途中で放棄されたビルの、ちょうど通りに面してテラスのようになっている作りかけの部分に、女をはべらした若い男数人がいた。
変な走り方をするヘアバンドの男を眺めるには、絶好の見物席だった。
19式1号機。どんっ、…?
いきなりスピーカーが喚きだす。
『おなかすいたぁぁぁぁっ!ねぇ~おなかすいた~』
男は、キャノピー下集積センサー部に、前方左下からすがりつくようにしてしがみついた。
男の口から溢れるようにしてよだれが流れ出す。
「えへ、えへえへへへへへへへへっへへ」
そして、にこにこ笑いながらカナキリ声で叫び続けた。
「缶きりちょうだいーいいぃいぃ…」
ばんっばんっ、ばんっ、「ねぇ、おなかすいたぁ、缶きりぃぃぃぃぃぃぃぃぃ、」ばんばんばんばん、何度も叩き続ける。「おなかすいたぁ」ばんばんばん
ばんばん…
荒木田は絶句した。
モニターに映っているその男の顔を見て声も出なかった。
自分がいるこの場所は戦闘兵器の中なのだ。
それにしがみついて“おなかすいた”はないだろう。
彼は、機体を、赤ちゃんがはいはいするより遅い速度でゆっくりと後退させる。
機体は正確にパイロットの動きを再現していた。
迷っていた。
この迷いを悟られてはならない、という気持ちが湧いていたが、それをどのような行動で対処すべきかは解らなかった。
この子はいったい何なのだ?
(荒木田は、少年と錯覚していた)
どうすればいい?
右コンソールパネルにあるキャノピーリリースレバーに思わず手をかける…
一番始めに射出した無人偵察機は、ビルの高さにして8階から9階程度の高度をゆっくりホバリングしながら移動している。
無人偵察機からの画像を受信。
空将はそれに急いでズームをかける。
八階建と六階建のビルの隙間を通して見ている男の画像。
それは通常の可視光画像だ。
少年のズボンの半分以上が濡れたような染み…失禁をしている、のか。
それに異常に重そうなウエストポーチ。
怒鳴る。
「1号機。」
『はい?』
彼は萩原空将の声の方角を見ようとして、コクピットの中で振仰いだ。
語尾が捩じれるように上がった。
「よせ、キャノピーをあけるんじゃないっ。」
『!』
「振放せ、後退しろ、」
『はいっ』
荒木田は、親指で機動モードのロックをはじき飛ばし、後進に打ち込んだ。
両方のコントロールスティックを瞬時に手前に押し倒す。
後退加速
1号機の装甲タイヤは悲し気な悲鳴を挙げて、路面との間に猛烈な火花を吐き出した。
機体は後ろへつんのめるようにしながら反動で機首を浮かび上がらせるようにして舞い上がる。
一方通行の標識を機体の右腕が叩き折る。
彼の体は、ヒステリックに前方へ押しだされた。
操縦者の入れた後進コマンドから、機体が今存在している空間に最適な機動座標を瞬時に計算し、強電磁界面駆動のベクトルコントローラーは、狂ったよう
に推進制御ベクトルを叩きだした!
家出男は、体を支える場所を失ってよろけるのと、腰のウエストポーチが爆発するのとほとんど同時だった。
それの爆発はそれほどのものではなかった。
その瞬間。
ブービートラップ男は、舞いを舞うような仕種をした。
男の体は、臍の下あたりからきれいに真っ二つになる。
上半身は、血をシャワーのように振り撒きながら、仰向けになるようにして地面へ放り出されていた。
19式1号機は、25メートルほどの間に全速後進とブレーキングを同時にかけるために、かなり高度な静止機動を試みる。
機体上部の無重力合金製の複合装甲の縁が、“ぅぐっ、いんっっっっっ…”スチール製のガードレールをねじ曲げ続ける。
機体の仰角、一瞬の間だけ40度。
金属が変形する時の脳髄にねじ込まれるような残響。
走行脚の補助輪を引きずるようにして接地させ、なお止まらない…“がキュきゅきゅき~づきゅあぁんくききききっどんっ”
1号機は、道の反対側にはみだして止まっていたBMWを突き飛ばしす。
青い外車は面白いように一回転して止まった。どぅぁあん…
4輪装甲の戦闘車の格好をしていながら、その本質は全く異なるものがなせる技だった。
ガードレールをさらになぎ倒しながら、機体に溜った運動エネルギーを放出する。
どぅがああぁん!…
「いっ痛ぁ~、」斜めに傾いで静止。今日何度目かの大音響か。
1号機は、何年も前に閉店になった中国料理レストランの正面入口に、機体後部を半分以上めり込ませている。
少年のちぎれた上体が、焦るように一瞬両手を振り回す。
泣き別れになった下半身も、歩いて前進する、という意志を実践せんとしているかのように、膝の屈伸ともとれる大きな痙攣をしている。
0度以下まで冷えた外気のためか激しい出血が無いようだ。血の飛沫は、二分割された少年の体を中心にして、3メートル四方に広がっている。
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