センター街2020年//07_喰い荒らすものたち

暫定治安維持機構/センター街2020年//07_喰い荒らすものたち


 2019年の時点で、都内23区内のエリアには一方的に主権宣言した各自治体の出先ビルが100軒以上あった。

 それらは相互に20以上の武装ネットワークを機械的に、あるいは電子的に構築していた。

 そのネットワークの構成要素として、無数のSOHOの存在は見過ごせない。

 際限なく高速化、大容量化するネット環境下では、ネット上のボリュームも凄まじい勢いで拡張され続ける。

 やがてそれらは、独自の何重ものセキュリティを有機的なアルゴリズムに沿って進化させることで、それら自身が《独立電子国家》を標榜するようになる。

電子国家の《国民》は、住基ネットなどのデータを好きなだけ奪ってくればよい。

 人間の実存に響きあうことなく垂れ流され続けるネット上の膨大な情報は、その流れを悪意によって歪ませることにより、一挙に何十万人もの人間を囲い込

むことを可能とした。


 また、肉体の神経系に接続して思考を瞬時に電子信号化し、ネット直結機能を可能ならしめた酔狂な人間達は、《独立電子国家》の政策顧問(?)として引

く手あまただった。

 実際のところ、この現実そのものが新世代テロリズムの新たなる胎動に他ならなかったが、この国は、世界で一番電子防衛戦略に遅れていた。

 暫定治安維持機構がテロ聖域ボリュームと呼称する存在も、この独立電子国家を標榜するものの一つだった。

 それが、肉体をもったテロリストとは異なり遥かに凶悪極まりない存在であることは、ここで改めて語るまでもない。

 インターネットは、個人を福祉や人権の美名のもとに無分別に保護し続ける子宮である。 

 それは情報を集積し、自閉的な殻を集積した情報環境の周りに作り続ける。

 主権国家としての日本国の権限は、この20年で実質的に半分以下に落ちたといってよい。

 警察による治安維持力の低下が決定的なものになるのは2010年をこえてからまもなくだった。

 それと呼応して陸海空それぞれに結成された対策チームが動き始める。

 それについての記録は、今後も継続的に語られていくだろう。


 1号コクピット、モニター描画がランチャー発射元の軌道を推定して数秒の内に完了する。

 推定射角が俯角60度もあった。

 発射した人間は、ビルの屋上にいる、ということである。奴らの罠に誘い込まれたのは明白だった。 


 「間違いないかな!?」


 彼は2号へ回線を開いたまま呟く。

 ランチャー推定発射ポイントのビデオキャプチャが、増長天から送られている。

 解析コマンドは、容疑者の顔が写っているフレームをクリップし、瞬時に10倍ズームをかけた。

フレームアングルは垂直から前方30度ほど、当然ながら顔が真正面から見えるものではない。

 しかし解析ワイヤーフレームは、その乏しいアングルから一秒の間に数千もの形状解析をくり返し、テロリストデータベースの照合を完了した。

 関連ファイルの描画が、水晶のような輝きのモニタートップに完了する。


 『重要指名手配:殺人容疑 アラキヒロミ 19歳 2000年生まれ』


 証明写真画像の脇の窓に、たった今ビデオキャプチャからクリップしたムービーと、データベースから照合したムービーが走る。

 データベースのそれは、暫定治安維持機構の隠密調査官が8月に渋谷で尾行した時のものだった。

 『間違いないな、落ち着いていけよ、』

 「ありがとうございます、」

 2機の戦車は、まとわりつく野次馬をずるずると引きずりながら、宇田川町28番地方面へ進んだ。


 京王線神泉町の駅前にあるネットカフェ。

 そこは薄汚れたビルの二階だった。

 手書きの品のないカッティングシートの看板が掲げてある。

 店の中は、1列6台で、4列、合計24台のマシンが、薄ぐらい室内光の中にモニターを光らせていた。

 客は男二人だけだった。

 二人は、一目でわかるほどに全く不釣り合いな取り合わせの連れだった。

 片方はもう片方よりも格上であるようだ。

 その格上の方。

 長髪に眼鏡をかけ、不細工に額の広いねこ背の男である。

 たばこのヤニでまっ黄色になった乱杭歯。

 それは一般的な判断においてすら、ひいきめに見ても世間と隔絶した環境に身をおいていたに違い無いと思われるほどである。

 もう一人は、その男とはまるで異なり、紺のスーツ姿に純粋な目をしてその格上の男の作業を、覗き込むようにして見入っている。その不細工なヤニ男は、

この現状を自ら演出せんとするかのように、異様な殺気を放っている。

 彼は、自分が持ち込んだノートマシンに何かを接続して、店のマシンのモニターを同時に比べるようにして眺めながら、時々ニヤニヤしていた。

 ノートマシンには別個にいくつかウインドウが開いており、誰かがセンター街の光景ビデオをライブで流している。

 19式特別警戒機動車が写っていた。

 彼は、説明し難い奇妙な表情で、ノートマシンモニターに表示されている何かの結果に満足げに頷く。

 携帯を取り出すと、メールを打ち始めた。


 『本日午前2時、ゼロアワー、各自確認されたし』


 送信…

 ほどなくして『了解』返信が相次ぐ。

 返信を確認し終えると、彼は黒く擦り切れたリュックから何かを取り出した。

 少し汚れた記憶メディアが2枚に、大容量可搬型ディスクモジュール。

 メディアには、サインペンで、『セイジVer.2』『セイジVer.3』、ディスクモジュールには『セイジVer.1』と走り書きがしてあった。

 『セイジVer.2』ディスクを入れる。

 ひュゥゥゥんむぅぅん…と回転音が響き、読み取りが始まった。

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