センター街2020年//06_19式特別警戒機動車/23:1
暫定治安維持機構/センター街2020年//06_19式特別警戒機動車/23:17
ショーウインドウの張紙:それは蛍光色サインペンでなぐり書きをした店頭の飾り付け。
『この快感はもうとまらにゃゅい!ニューうモデル入荷1月2日!』
新型の携帯の広告のようだ。
センター街の入り口近くの店頭に、べたべたと貼り並べられている。
『もっしゅんもっしゅん!新型i50-600 i61-70 i77-800 売り切れごめんにゅ~~…』
『シブヤビッヶ駅東口店 特定情報プロバイダ業者登録 東京都A-3012290-23100 貸金業登録 東京都:新780HGGIA99010
-311-011』
ポップの役割すら果たせない壊れた日本語は、もはや珍しくはない。
『自由情報連邦ロジックコンバ(コンバーター)インストキット、1月3日まで、先着10名3000円むっちょん素っパー価格!!!!!!』
陽気な映像スクープ屋;ハリソン・小駒(おごま)55歳、独身。
ガールフレンド、各国に多数。
真っ黒の革ツナギにカメラマンベスト、大形のウエストポーチ、バンダナ、
そして彼のアイデンティティーそのものであるウイスキーの小瓶は、ベストのポケットにぶち込んであった。
リュックには、衝撃緩衝用のパッドの中に映像編集用小型ワークステーション本体と駆動用のバッテリー、それに交換用記憶メディア20個、総容量12テ
ラバイト程。
それに愛用のウイスキーの小瓶。
重量は合計で12キロほど。
特注装備はワークステーションにつなげたペタビット級のネットワークを実装したイリジウム携帯。
撮影現場から、リアルタイムに衛星回線を使って直接放送体制をとるためのものだ。
その渋めで青い瞳には、ダイレクト視線制御式の可倒式アイマウンテッドサイト、そしてウェラブル感圧キーボードに直結した高機能ビデオカメラ。
おまけに、あろうことか、空挺部隊の特殊工作チームが使用するビルクライミング用の携帯式ロケットアンカーキットを持っていた。重さは約5キロ。
これは、10階建てのビルの壁登りをも可能とする。
そして、アクティブカムフラージュ機能を発揮する振動透過型迷彩服でポジションを確保する。
ここまで来ると完全に、民間人としてそろえることができる装備ではない。
重装備の映像屋は、性感マッサージの看板の影に隠れて、カメラに左手でテープ装填しながら、目で『ゲスト』を追っていた。
右手は、調整のため、右太股に装着したウエアラブルワークステーションのキーボードとトラックパッドに何度も手がのびる。
路駐をしている軽トラックの影から、それがゆっくりと姿を現す。
暗がりで欠けた街の照明では視認はかなり難しかったが、それは切り絵のようなシルエットを描いていた。
「あいつか?」
ビデオカメラのファインダーに、ゆっくりとその面積を占めつつあるメカニズムに対して、彼は声に出してつぶやいた。
撮影モードをいくつか切り替えてみた。さらに、輝度、彩度を手動で調製する。
画像がみるみるクリアになった。
映像屋の目前に現れたのは19式特別警戒機動車1号機(コードネーム、羯諦_ぎゃたい)と2号機(コードネーム、竜馬_りょうま)だった。
19式特別警戒機動車 機体諸元 非公開。乗員:1
「らっしゃいらっしゃいらっしゃい、…やすいよやすいよやすいよやすいよ…」「うん、そうそう…」「やすいよやすいよやすいよやすいよ…」「おぉ、何
だ?」「あいつちょーむかつく…」「ちょっと、あれ、…さっきの何の音?」「さあ」「新製品発表で~す」「なにあれ、何かの撮影?…しらねぇ…」「食い
過ぎだべ、なぁ…」「チョコ(大麻)いらんかね~」「…」「“ミルクチョコ”、“ビターチョコ”あるよ~、公認品だよ~」「酢あるよ~、身体柔らかくな
るよ~」「しょっちゅうシブヤ来てんじゃん…」「あれ見てみようよ、あれ…あぁ、さっきのすげぇ音?…」「ちょっとアンケートいいですか」「これ食いて
え…」
2機の戦車は、無関心な声の集積と、それに向かって何の計画性もなく垂れ流される情報をバックに、時たま向けられるいくつかの好奇の視線を引っぱりな
がらゆっくりと前に進んでゆく。
ここは、ひたすら無関心な音の集積によって成り立っている街だった。
この街には歴史が無いのだ。
人が住む街には歴史が無ければならない。
それの始まりがささやかな共同幻想であってもよい。
しかし有害な虚無に侵食されたこの国には、それすらも失われ、そして育まれる気配も無かった。
陽気な映像屋のレンズは、19式の機首のヘッドカメラにピタリと焦点を合わせてパンしてゆく。
今どき、どこかのケーブルテレビの特撮合成ものに出すほどのデザイン、にしては19のデザインはいくぶん、冗長だった。
これは今、テレビで放映しているアニメの主役メカをはったとしても、流行りではない形、といえばわかりやすいだろう。
ハリソンは、職業柄、プロモーションに使うアニメ等飽きるほどみていたから、今この瞬間も、ファインダーを覗きながらそういった職業チェックを行って
いたのは確かである。
電磁“烏賊”迷彩。
機体各所に装着した解析CCDの画像から得た環境認識ステージにより、烏賊が生態環境に合わせて体色を変えて擬態をかますように、リアルタイムで機体
6箇所の欺瞞装甲区画(コーティングされた投影素子)に、現在機体がミッションを行っているまさにその場所の画像を浮かび上がらせることができる。
装甲最外装部に装着されたマルチトラッキングスマートスキンセンサーによる。
センター街の渋谷駅方向からみて、左側でバーガーにかじり付いていた男は、19式が見えなかった。
注意力の散漫な人間ならば、センター街の右側が、何気なくそこにあるとしか思えなかったからである。
その男の前14メートルほどを歩いていたマフラーを巻いた女子高生は、19式に気付いていたが、彼女の持ってる語彙は、彼女に19式を理解することを
許さなかった。
しかし彼女なりの理解はしたいと思っていたようである。
それは、ノリがいいか悪いか、を19式に対して判断しておくことだった。
そんな、ノリの悪いものにすぐ飛びついたりしないのが、この街のプライドだった…
その彼女の、わずかに右隣を、男が、ぶつぶつ何かをつぶやきながらふらふら歩いている。
腹がつきだし、猫背で、視線は中をさまよっているが、口元には平安の(その意味あいは考察の要ありだが)笑みをたたえている。
はらはらと毛髪が抜け落ちて、頭皮のさらけだした頭髪、そして綿ボコリのからみついた長く伸びたヒゲ。
過酷な境遇に晒された老いが、あたかも絶望という名の彫像を刻ませたかのような物語を、男はその身ひとつで演出していた。
その“彫像”を見る観客は、ここセンター街にも、少なからずいたはずである。
男の口は、半開きのまま、唇の端からよだれがつつーっと引いていた。
ぼろぼろのダウンジャケットの胸元から見えるTシャツが、薄汚れて真っ黒。
それは、かつては白いTシャツであったことは、容易にみてとれた。
男は、男自身のそのような格好にはもは気にもとめない。
男の心は、もはやそんなことに関心を払う世界にいないのは確かなことのようだった。
そして、男の存在は、決して少数派ではなかった。
その男は、別の人だかりの男の背中にぶつかると、ぶつかった相手に何の関心もよせないまま、ぶつぶつつぶやきながら平安の笑みを浮かべつつ姿を消して
いった。
「う」
ぶつけられた男は、きっ、とつぶやき、男を見つめる…
19式、1、2号、ともにそれぞれわずかに前傾姿勢をとりながら、機体下部にある球体タイヤを接地。
アーチの根元あたりにある携帯端末屋が、飛鳥未亞(あすか みあ)の歌を流していた。2019年新たにブレイクしたアイドルグループ、プロミネンスの
メインボーカルである。
*2019年9月デビューシングル:『あたしの彼はジエータイ』
♪(語り)
俺は行くよ うん まっててくれるかぃ
だいじょうぶよ、タクちゃんの好きなボンゴレのスパゲッティ作って待ってる
♪(歌) 陽のあたる…
ユーロビート系の曲に、統合失調症でも起こしたかのような凄まじい歌詞が乗った歌だった…『♪熱く熱くキミの燃える想いおぉ…And then He
is the onli…』
割烹着姿の少女が、街頭で呼び込みをしている。
丼和食系のファーストフード屋の店頭である。
「いらっしゃいませ、春木屋はこちらでございます、いらっしゃいませ…」
「お、これだ。」
その少女を、チンピラがみとめた。
「いらっしゃいませ…」
少女は、身を引く。
そうすると、右腕が、おかしな方向に曲がって震えている。
「う、あ」
「おひゃはひゃひゃ」
「おぇ、変だぜ、変、やっパ変だこの女」
「あ、」
店の意匠である割烹着のウエイトレスの格好をした少女は、自分の身体がままならないの承知していたようだった。
それは妙に落ち着いた感じを彼女の仕種にかもしだす反面、もしかしたら身体障害者と思われても無理の無いその仕種に、やはり違和感は隠せない。
いつのまか、チンピラは3人になっていた。
一人が、少女の震えの止まらない腕をつかんで捩った。
ばきっ、びちっ、何かがちぎれる音か。
少女の腕をつかんだチンピラの腕の力も尋常ではないようだが…
「あ、いやです、申し訳ありません…」
少女の右腕は袖の肘の部分からはずれる。
少女は、メンテナンス不良のコンパニオンドロイドだった。
「お、取れた、取れた、」
チンピラの一人は、ねじ切った腕を高々とかかげた。
“嬉しそう”だ。
集団は、ぞろぞろと店の中へ怒鳴り込む。
「おやじぃ、いるか?、こいつのメンテ不良、労基署にチくられたく無かったら、金よこせぇー」
「きさまらっ…」
「こいつは高いぜぇ」
「5万じゃタリねぇなぁ」
「あ、申し訳ありません、ほんとに申し訳ありません、うぅ…」
背中を丸めて丼をかき込んでいた客の視線を集めて、少女は弱々しく謝り続けていた。
陽気な映像屋は、19式特別警戒機動車のゆっくりした走行に合わせて移動する。
彼のカメラの焦点は19式の機体に固定され、背景の店鋪が流れてゆく。
映像屋のビデオカメラのマイクに、一瞬だけ、右腕をもぎ取られたコンパニオンドロイドの悲鳴が入っていた…
1号、2号ともども、機体下部ドーザー部にあるフロントライトをハイビームで点灯する。
機体前方にいた通行人達は、さっと道端にどいた。
19式には、高機動可変武装システムとしてその特徴を発揮する2本の機動腕脚(わんきゃく)がある。
19式の機動腕脚は、基本的に歩行を第一としたものではなかった。
ある程度の装甲が施された戦闘車両の強制排除、ビルの垂直面等に機体を砲座として固定させるためのマウント、振動・熱センサー、電磁スキャナーとして
の機能も果たす。
その形態は、小規模のテロを含む複合的な市街戦が起こったときにいかに効果的に抑止力を導入できるか、という問いに応えたものである。
360度旋回可能な上体は、その前部中央がコクピット。
肩にあたる部分にハードポイント、上体後部は無人偵察機のランチャー、弾薬ポッド、そして出力制御系が占める。
この機体概念設計は現実の要請だった。
2014年に沖縄と長崎:対馬で発生した未確認武装勢力(複数説あり)による破壊活動に対処すべく展開された戦術上のシミュレーションに応えたもので
ある。
ひび割れの多い路面に、金属メッシュの4つの駆動輪が、キュるキュるキュるキュると音をたてはじめた。
道端の廃段ボールが重ねてあった場所の中に、汚い毛布にくるまった子供が3人いた。
日本人の子だった。
いちばん年かさの男の子が、戦車の機体を斜め上に見上げながら、ゆっくりと段ボールの前を通り過ぎてゆく様を見送った。
神南にある配給所にいってごはんをもらってくるのは、この面白いものを見てからでいいや、と彼は思っていたのかもしれない。
17-F-0号車。
「109パネルに退去勧告を出そう。」
「間に合いますかね。」
刈谷三尉は、モニターを注視しながら不安を口にした。
「だめでもともと…」
一佐の横顔にはわずかに汗が浮んでいた。
美しい電子作戦部長の右手は、キーボードの上で、NTTの回線への緊急割り込みに入っている。
1号機、2号機は、50ミリ線形圧縮場加速砲を、アームファイアリングポジションで構えつつ、上体を左右にゆっくり振りながら走行を継続。
センター街の横幅はそれ程広くはない。
「お宅ら何なの?自衛隊からみの特撮でもやってんじゃないの?」
茶髪で鼻ピアスをした109モニターのスイッチャー。
背景はスイッチングルーム。
その鼻ピアス男は、からむように声を返す。
ただ、継原芙美一佐の美貌に、ねとつくような視線を送り始めていた。
「ちょっと待て、」
一佐は、手をあげて、相手の返答を否定しようとした。
モニターには、今も企業広告や宗教団体の広告、個人メッセージが入れ代わり写っている。
『あ~、このかきいれ時にノリの悪いこと、言わないで欲しいわ、』
スイッチャーは、脇にいた女に同意を求めるように振り向いた。
『ね~』
女は、思考を棚上げしたような下品な笑顔で応える。
「冗談でやってるんじゃないのよっ」
一佐は声を荒げた。
齎藤陸将の絶望的な声。
「もう遅い」
「!」
映像屋のアイマウンテッドサイトにテキストが流れた。
メール!?
『気ヲツケロ!。ハギワラ』
「え?」
白い航跡!…“どぅぉおばむっおおん!”…
直撃弾の衝撃
“それ”は、機体上部に展開された荷電防御壁で弱められた。
爆発の衝撃反動で、機体が2~3歩後じさる。
爆煙が、センター街入り口付近のビルの隙間を抜けて広がる。
それは、水の中にたらして、ゆっくりと広がる墨のようだった。
19-2号機の人工実存は、コンマゼロ34秒の間に、機体の上面に分子ネットを芯にした荷電壁を展開し、効果的な戦術的防御策を展開していた…
再度17・F-0、作戦室。
「けっ!」
ばんっ…陸将がコンソールをぶっ叩いて毒づく。
「はなから市街戦かよ、ガキども相手に、」
刈谷三尉、
「たまんないっす!」
陸将は、サイドコンソールのキーボードに指を走らせるようにしてコマンドを叩き込み、1580キロ上空に待機している“システム”にパスワードを送っ
た。
「増長天のモニタリング、すべてこっちで仕切るぞ」
「うっす」
「こいつで、てめぇん家の家庭内暴力の証拠写真撮るなんて、泣けてくるね、」
「何いってんのよ、最近じゃ、どこの国も同じでしょ、」
美しい電子作戦部長は、ヘッドセットに手をかけながら余裕の表情で微笑んだ。
「違いねぇ…」
2号コクピット、
「だいじょうぶかっ」
『は…はい…』
1号機は無事のようだった。
再度17・F、0号車、指揮官が、重要なスタッフに指示を与える。
「Rっ、聞こえるか!」
『はい』
「増長天のスキャニングに17の戦術解析をリンクさせる。そっちでもモニタリングして、やばくなったら遠慮なく展開しろ。」
『了解で~す。』
齎藤陸将の右手は、機動警戒衛星から送られるステータスウインドゥと、17の戦術解析ウインドゥを関連付ける作業で、凄まじい速さでキーボードの上を
走り回っていた。
17・Rは17・R-Ⅰ、-Ⅱ、-Ⅲの三つのモジュールに分離して、17・Bと17・Fを取り囲んで、三角形を描くように待機している。
敵は、この渋谷の駅前でロケットランチャーをぶっ放す輩だ。
21世紀初頭から全世界で大量生産の始まったテロに対して、実践的教訓を戦術に活かしているのは、まだ暫定治安維持機構だけだったといってよい。
力場障壁展開オペレーター岡本一尉は、眼鏡に手をかけ、持て余しぎみの脂肪に氣をみなぎらせて、舌舐めずりをしながら応える。
力場荷電障壁の防御力は、現用の戦車砲はすべて跳ねかえせる威力は確認済みだった。
しかし、ここは 定義上はテロ戦である。
彼はマニュアルどおりにいかない、という覚悟は決めていた。
障壁展開のための複雑に折れ曲がったコントロールバーにかけた指に、じんわりと汗が滲んでいた。
映像屋は、爆風を避けて軽い打ち身になった太ももをさすりながら、萩原空将より届いた先日のメールを思いおこしていた。
「お~痛ぇ…」
『近日、ゲストの御披露目あり、謹んでご招待つかまつる…小駒殿』
「やってくれるぜ、萩さんは!」
彼は、間違い無く生っ粋の日本人ではなかったはずだが、話す言葉は、ぶっきらぼうで流暢な東京の下町言葉だった。
歴史は人の命の重さをいかに描きとめておくかで正しく記録しておくことができる。
欲にあかせて自ら手にとるものを喰い荒らすことを、生存行為のための初期設定とした人間にとって、
そもそも人は歴史によって人たり得るということが無意味になる。
大切なのは記録者の資質だ。
今こそこの資質を備えた記録者が求められている時代はなかった。
ぶっきらぼうな下町言葉を話す映像屋が、それに相応しいという意見もなくもないだろうが、いずれにせよ、答えを出すのはいましばらくの時の流れだろう。
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