センター街2020年//02_司令部/23:11

 17・F-0号車は、ふぉんnnn…という異様な響きをまき散らしながら、空中で急減速した。

 そして、前方を左へひねるようにして『渋谷駅前』信号機をへし折り、異様な重量感の無さをもって静かに着地。

 17・F-0号車のカーキグリーンの巨体は、元の位置へ戻った6輪の球体タイヤを使用して、12トン以上の車体を軽々と空中に吊り上げた強電磁界面制

御駆動は、

 アイドリングのまま、ゆっくりと車輪駆動を開始。

 内輪差など一切関係ない不思議な操車。

 そのまま止まらずブレーキとアクセルを同時に操作しながら、右へステアリングを切る。

 17・F-0号車、ドライバーズシートの刈谷三尉。

 感圧パッドに近い形のステアリングを押し続ける。

ハンドルのように激しく切る動作は必要なかった。

凍った雪を弾きとばし、17・F-0号車は、その場回転をしながら忠犬ハチ公の像を目前にして前部を突っ込ませる。


 かきんっ、きしゅうう、ざくざくざくっ、と無機的で動的な音。


 それは、鼻先を獲物の肉におし当ててむさぼる狼を思わせるかのようだった。

 0号車のコクピットの全面ガラスに、ハチ公の手前にある木の枝がぶちあたってきた。 

 電飾でライトアップされた木をなぎ倒す。

 ショートした電燭が派手にはじけとぶ。


 17・Bが横付けするように停車。


 さらに 17・F-1、-2号車が、F-0とBの両脇に接して、後部を円陣の外へ向けるようにしながら停車してゆく。


 もはや、渋谷駅前広場は、この異様なメカニックでいっぱいになった。


 3台並んだF車の発進ベイ上面に装着されているコンテナが、軽やかな音とともに開いた。

 ぱんっ…5台の17の上部コンテナから、まるで巨大なぼろ雑巾を吐き出すように、ステルスフィルムが射出された。

 これで、遥か上空から覗き見をしている五星紅旗をつけた覇権帝国主義者達の機械から、一時姿を誤魔化すことができる。

 後続のB車も、左フェンダーで電話ボックス、木々をなぎ倒しつつ停止。

 R車が連結機やチューブの類を引っぱりながらまだ空中にいる状態で前部、中部、後部と三つに分離。さらにひと呼吸おいてF車とB車をかこむようにR車

の先頭がゆっくりと着地。

 駅前交叉点の千人以上の群集が、一斉に悲鳴をあげてゆく。



 齎藤が、懸念を払拭するかのように怒鳴った。

 「詩穂乃ちゃんの回収いけるか?」

 「R車展開と同時にBから計画車5号出せます。」

 「よし」

 指揮官の指示は、重要なスタッフの救助を意味していた。


 『俺、』

 『ん…』

 『人殺ししちゃうのかな、』

 『活殺剣という言葉、聞いたことあるだろ、』

 『…』


 19・1号機(17・F1号車搭載)のパイロットと2号機(17・F2号車搭載)のパイロットとの間で、モニター越しに場違いな会話が続いていた。

 しかしそれは、彼にとって極めて重要な会話であることは間違いなかった。

 『活殺剣』という言葉を発したのが二号機のパイロット。

 1号機のパイロットのささやかな疑念は、これから数時間の間に語られる事象を深く暗示していた。

 彼は、もともと格好の付けられない人間だったから、彼のつぶやきは、その素直さにおいて充分に聞くべきものがあったといえる。


 F車とB車そしてR車の車体側面に巧妙に折り畳まれている破砕機動肢が、関節を介して5度広がって接地し、車体の安定ダンパーとなる。

 ロータリーの風化しかけたコンクリートに、ステルスフィルム固定用アンカー次々と自動で打ち込まれていく。


 カキンッ・カチっ/カキンッ・カチっ/…さらに内蔵のバネで固定されてゆく。


 カーキグリーンの艶消しフィルムが車体を覆って、17・Fは異様なオブジェに変貌した。

 次いで17・B、17・Rと続く。



 B車、最後部モジュールの装甲シャッターが開き、地面へ向かってスロープが開く。


 17試重装支援戦闘計画車5号。


 20mm2連装リニアキャノン装備の大型装甲スクーター。

 見え透いた建て前だが、

 パッセンジャーシートの後ろには『東京機動搬送』とマーキングされたトランクボックス。

 一応バイク便である。

 車体フレームは、すでにクラシックモデルとしていまだ人気の高いHONDA FUSIONを使用している。 

 リアシート脇のカバーが、リニアキャノンのウエポンベイハッチになり、その内部に砲身長20センチほどまで小型化されたリニアキャノンそれ自体の砲身と、ロボット工学を応用した可変機動後退器を内蔵する。

 実質的にそれは、“バイクの形をしたバイクではないもの”だった。


 砲身長20センチ。


 おもちゃのように小型化されたその弾頭の実質的な有効破壊力は旧世代の戦車砲を上回る。

 リニアキャノンの恐るべき初速を、これほどまでに小型化したユニットで実現し、それを戦車を遥かに上回る機動力をもつ戦闘バイクに装備したところに、支援戦闘計画車の目論みがあった。

 リニアキャノンの砲身自体は(装弾数6×2門)、可変後退器を常時併用することで、ライダーの戦闘ミッション中も、自動装弾から発射までを3秒以内で可能とする。

 動力は、極限まで小型化された水素ガスタービンと燃料電池のハイブリッド、さらに、熱レーザー電力中継充電システムを併用する。

 駆動システムの中枢はホイールの中。

 ライダースーツの上から黒いポンチョを羽織った男が、FUSION特有のリクライニングされた姿勢で位置についた。

 このポンチョは電磁遮蔽効果と熱線遮蔽効果を合わせ持つ。

 ヘルメットのバイザーを下ろす。 

 それは遠めに、真っ黒いボールのように見えた。

 そのボールには、光を透過させる部分はどこにも無かった。


「浅賀、出ます!」 


 5号のタイヤは、中日友誼語学館のチラシ女達が悲鳴をあげて路上にほうり出していったチラシの束を踏み付けて、対空ミサイルの発射のように飛び出していった。

 彼は、警視庁高速警邏隊巡査部長の職からスカウトされた変わり種だった。

 彼の妻と子が、彼の正義の原動力になっているのは確かだった。




 17・F-0号車コクピット直後の吹き抜けになっている作戦室で、停車の瞬間をまたずして19式攻撃指揮モジュール立ち上げ作業に入る。

 車体の動力は、作戦系に切り替わっていく途中だった。

 足の裏に伝わる振動でそれがわかる。

 ホールドの深いシートに余裕で身を固定し、作業の指揮をとるのが、継原芙美一佐。

 凄みのあるショートカットの美人で、電子作戦部長である。

 「無人偵察機のテロリストの画像、いけてるわよね。」

 「大丈夫です。」

 「想定済みとはいえ、ある意味最悪のシチュエーションよね。」

 「そうっすね~、」



 継原芙美 一佐_電子作戦部長 20代(詳細極秘)特殊戦略情報部 国際平和戦略研スタッフ 



 刈谷三尉がすぐアシスタント席につく。

 さらにもう一人が席についた。

 彼のヘッドセットは、電子作戦部長と三尉のそれに比べて倍以上の数のケーブルが繋がっていた。

 その彼が報告。

 「新撰組一番隊とアクセス!」

 「よぉし、どう?」

 彼は、視線を変えないまま読み上げた。

 「すみれ野一尉、紫禁城の親爺と接触、北京ダックを準備中!」

 「お~」

 ぱちぱちぱち…拍手のついでに継原一佐の満足げな表情。

 「“宴席”の準備は大丈夫ですよね。」

 彼が確認を求める。

 「ばっちりよ。」

 「うまくいってますね。」

 刈谷三尉の納得。

 「うん」

 「中国が日本を併合するって話、出始めたのいつ頃だっけ?」

 「もう13年くらい前?」

 「未だに信じてない連中多いからねぇ」

 「こんな腐った国にどうして肩いれするんすか、姐さん。」

 「ほほほ、あんたがそれを言う…」

 新撰組一番隊とは、暫定治安維持機構、早期警戒戦術を担う電脳戦チームであり19式先行量産型試験教導隊の背後を固めている友軍である。

 すみれ野一尉とは一番隊のリーダーだった。

 “紫禁城の親父に北京ダック…”

 とは、民族の存亡を洞察することのできないおめでたい市民主義者達に、それでも善意と理想と生きる希望を提供しようとする暫定治安維持機構の作戦の途中経過を表わすものだった。

 「萩さん、聞こえる?」

 2号機につなげる。

 『あいよ』

 「親父狩り成功よ。」

 『善哉、しかしこいつらがな、』

 “こいつら”たった今センター街へ駆け込んでいった女とその一味のことである。

 「根元でつるんでるのは間違いないわよ。」

 『そうだ、間違いない。』



 17・F車体後部発進ベイの中、待機する19式。

 機械の知性を組み込まれた無骨な蟹のような形をした物体は、身震いするように次々と駆動系自動テンション補正モードにはいっていく。

 機体の駆動部を納めた関節が、バネが弾けたような音を次々と発生していく。


 きしゅん…/ちゅどっ!/ちゅどっ!/…

 

 ウォーミングアップのようなものだった。


 2017年に、関係諸外国の外圧もあって成立した公益保護法によって、日本は言論の自由を保障する、という建て前をもとに、急速に密告社会の形が整いつつあった。

 その密告者の中核を為すのは、大都市レベルですら20年前の4倍以上に増えたホームレスである。

 彼らは通報一回につき千円の報酬をもらって、めったに食えない焼肉定食を食うことを夢見るという。


 その男は単なる通行人で、ここでは、ありふれたホームレスのひとりだった。


 そして、進入してきた大形車輛に驚愕し、体が硬直していたようだ。

 ゴミ箱を漁って生計をたてているのが、まず間違いないようなナリだった。

 それにもかかわらず、彼はちゃんと針の動いている(デジタル表記の針だったが)腕時計をしている。 

 ちょうど針は、2019年十二月三十一日の夜11時を少し回ったところだ。

 数年前、この大都市に大陸からミサイルが打ち込まれたことと、今、この渋谷駅前に鈍い衝撃を巻き起こしている存在が関連性をもつものである、ということを想像することは、彼にとっては恐ろしく困難であることは容易に想像できた。  



 F車とB車、そしてR車の戦闘フォーメーション移行で舞い上がった駅前の埃は、まだ収まっていない。

 通行人の一人が、酔いの回った目で携帯電話のニュースを見ている。

 その携帯は、電源の入っているのが不思議なくらいに汚れ切ったゴミ同然のものだった。

 日本は豊かな国だから、この時代では、ホームレスでも携帯電話くらい持っていて当然なのである。

 そして、他の連れと同じく、目の前のものに言葉を失って口が開いたままになっていた。

 携帯の小さなモニターの中で流れているのは臨時ニュースらしい。

 何人かが、たった今、この場に割り込んできた得体のしれない車輌に気をとられつつ、男の手にもった汚れた小さいものを覗き込む。

 それは、今では半ば慣れっこになった類いのものだったかもしれなかった。



 『本日午後9時38分頃、与那国島西方およそ2キロの海域に、ミサイルと思われる物体が落下しました。午後8畤50分に領海侵犯が確認された中国籍の武装調査船との関連について、海上保安庁と…』



 小さな表示面に映し出されたニュース本文が終わると、CM画面になる。


 『上海製の携帯電話、重慶製のスクーター、北京製のコンピューター…』



 様々である。

 今日生き延びることができれば、彼の目に写った出来ごとは、明日以降の彼らの人生に、わずかに彩りを添えてくれるには違いない。


 交差点を挟んで反対側に、いそべ焼きや駄菓子、その他の得体の知れない物(合法、脱法各種ドラッグ等)を売る露店が出ていた。

 客待ちのタクシー、路駐の車数知れず。

 妖怪じみたファッションの女の子を撮っているカメラマンがいた。

 雑誌の仕事か。

 真冬の真夜中のカメラの照明に添えられたレフ板の輝きが、場違いそのものだったが、アシスタントはレフ板を掲げ続けることはできなかったようである。

 西口にいた1000人近いギャラリーの動揺は収まっていなかった。



 17・F、1、2号車の装甲シャッターが開く。

 目の前はQ-FRONTを真正面に見る西口交差点。

 車体両側の冷却排気スリットが、ふた呼吸ほどでスライド式に可動する。

 今日これから始まる出来事は、さして難しい言葉をもって記述されるものではない。

 反社会的存在であるテロリストの少女を捕捉するために、2機の19式特別警戒機動車が出動する。

以上である。

 一つ付け加えるならば、

 テロリストが実行する殺人には、様々な意味、それも専門家以外は直視することを好まない意味がある、ということを忘れてはならない。

 この少女もその意味において正統な行為を行ったのである。

 19式特別警戒機動車、それは、それと似通った形の探しようの無い形だった。

 機体に装備された金属的な強電磁界面制御駆動の駆動音が響く。


 これは“先行量産型”だ。


 改良すべき点を抱えた実験機でもある。

 この音の大きさでは実戦には使えないだろう。


 明るいグレー艶消しの機体表面には、Q-FRONTや109の狂躁的な画面も、あまり反射しなかった。

 SHIBUYA 109の文字が冷えた外気に照らされていた。

 

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