第5話
★しあわせの蜜☆
隆は、トラとゆんがいなくなってから一年経つのに、いまだに筆のようなしっぽの猫をつい探してしまう。もしかしたらそんなに遠くへは行っていないかもしれないと、休みの日は近所の公園へ散歩がてら行くことが多くなっている。きょうは駅をふたつほど離れた公園へ来てみた。公園の前の横断歩道に真新しい交通事故のチョークの跡が残っている。公園はツツジの花が彩りそれを眺める人たちの笑顔が爽快な気持ちにさせてくれる。
隆は、なんだかきょうは良いことがあるような気がしていた。
ベンチに自分と同じくらいの年齢と思われる女性が本を読みながら座っている。
「ここ、よろしいでしょうか」
「かまいませんよ、でも、猫が嫌いだったら座らない方がいいかもしれませんが」
「え?猫ですか? 僕は好きですけど、またどうしてですか?」
「お昼ごろになったら、この周りに十匹くらいの猫がくるんです。私が持ってきたパンの耳が目当てなのですが」
少しはにかみながらその女性は言った。
(きれいだ)隆はこれが一目惚れというのかもしれないと思えるほど、鼓動が速くなって、心臓の音が、彼女に聞こえないかと心配した。隆はもしかしたらトラとゆんもその猫の中にいないだろうかと思ったが、あまり期待しないようにした。
「ほら、そろそろ来ましたよ」
ぞろぞろと慌てもせずにいつもの生活のパターンのひとつとでもい
うように集まってきた。八匹いる。やはりトラもゆんもいなかった。
「あっ、ほら今あそこから来ている猫がいるでしょう。あの猫ちゃんが私の一番のお気に入りなのです」
隆はその方向を見ると、その猫の足が一瞬止まった。
「ゆん、ゆんだろ?」
お互いに走りだした。確かに筆のしっぽがある。ご主人はフランスに行ったはずなのに、どうしてここにいるのだろうと思いながらも、この懐かしいご主人の匂いに引き寄せられるように、ゆんは隆の胸に飛び込んだ。
みさこさんも軽い脳震盪だけだったようで二日くらいの入院ですんだようだ。そして何故かご主人と一緒にいる。こんな降って湧いたようなしあわせは、この一年経験していなかっただけに、ゆんはどぎまぎしてしまった。
「一年前家出してしまった猫なのです。兄貴のトラがいるはずなのですが」
ゆんの顔が悲しそうな表情になった。
「そうなんですか、噂では、トラちゃんは亡くなったようですよ。そこの文房具屋さんがそう言っていました」
「そうかぁ、それからゆんはホームレスだったんだね」
「よかったねゆんちゃん、きょうからお家に帰られるのよ」
「これからも時々ここへゆんと一緒に遊びに来ます。他の仲間にも会いたいでしょうから。ここにきたら『ホームレスゆん』ですね」
みさこさんは、この男性との出会いに運命を感じていた。仕事に行き詰って悩んでいたみさこさんに光をくれそうに思えた。
「ねぇ、つつじの蜜って吸ったことあります?」
みさこさんの掌には四つのつつじの花があった。隆が
「ふたりと一匹なのに、四つありますね」
と聞くと、みさこさんはゆんをみて微笑みながら
「勿論、トラちゃんの分ですよ」
鮮やかなピンク色のつつじの花は、みさこさんの白くて柔らかい掌の上で、四つぴったりと寄り添っていた。
おわり
ホームレスゆん @ebiyou
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