第4話

★事故☆


 みさこさんは銀行という硬いところで仕事をしている。仕事帰りの彼女の顔は、日曜日の彼女のにこやかな優しい顔とは全く違う表情をしているので、辛いことがあるんだろうなと心配ではあったのだが、ゆんにはどうすることもできないし、日曜日に思いっ切り甘えて、癒してあげようと思っていた。みさこさんが近づくと匂いで分かる。お母さんの匂いもよく知らないうちに捨てられて、トラの男臭いすっぱい匂いに慣れていたので、みさこさんの匂いはゆんにしてみれば、お母さんの匂いだった。五月には公園の垣根に咲くピンクのバラの花の香りに似ていた。

ゆんは公園のベンチの下で昼寝をしていた。(あれ、みさこさんの匂いがする)顔をその方向へ向けるとみさこさんが横断歩道を渡って公園へむけて歩いてくる。(あれ、きょうは日曜日じゃないのに、会社おやすみかな?)ゆんは迎えようと出た瞬間

「キィー!」

と車のブレーキ音がして倒れているみさこさんがいた。。

「え?どうしたの事故? 事故?」

ゆんがみさこさんの近くに行った時には、周りにはたくさんの人達が集まっていた。携帯で救急車を呼んでいる人、ざわざわと心配そうな声を挙げる人。

「みさこさんを早く病院へ連れて行って!」

ゆんは人間の言葉がしゃべれないことがこんなに悔しいと思ったことは今までなかったような気がする。5分ほどして救急車が騒がしい音を出しながら来た。頭を打ったようだが意識はある。ゆんはみさこさんにぴったりとくっついていると救急の人にお菓子の包み紙を剥ぐように退かされた。

「みさちゃん、みさちゃんじゃないの、えぇ、どうしちゃったの?えぇ、えぇ」

時々一緒にいる友達あかりが、通りかかって、言葉にならない叫びを挙げていた。

「友達ですか?一緒に病院まで行ってくださいませんか。いろいろお聞きしたいこともありますので」

「休暇をとってこの公園で待ち合わせしていたのです。是非、付き添わせていください」

ゆんに気付いたあかりは、

「ここで待っててね、みさちゃんのこと後で話しに来るからね。パンの耳も、私が持って行ってあげるから」

パンの耳はどうでもよかった。あかりさんに(たのみます)と言う眼差しを向けていた。

電話で、病院を探しているが、なかなか受け入れてくれるところが見つからないようだ。

「きょうは木曜日だね。みんなきょうは先生が学会でおりませんという病院ばかりだよ。本当は木曜日はゴルフだと誰かいっていたしなぁ。学会って便利な言葉だね」

(そうなんだ、学会へ行くと言うのはゴルフへ行くということなんだ)

ゆんはだんだん腹が立ってきた。門前払いではなく、電話口払いとでもいうのか全く埒が明かない。

救急車のエンジンがかかった。見つかったようだ。ゆんの目の前をくるまが飛ぶように行ってしまった。みさこさんを跳ねた五十代くらいの男性が、青い顔をして警察官の取調べを受けている。最近リストラにあって、考え事をしながら運転していたようだ。信号無視でみさこさんを跳ねてしまったという。奥さんと子どもさんは実家に帰ったようで、この数日は、あまり食べ物も口にしないで、ただ、がむしゃらに運転をしていたようだ。ゆんは(私と同じホームレスじゃん)

みさこさんを跳ねた人だけど、なんだか可哀想になっていた。自分達猫は、ゴミ箱を漁っていても凄いことではないけれど、この男性には似合わないので、はやく仕事を見つけて家でご飯を食べて欲しいと思った。人間の仕事ってそんなに大変な事なんだ。みさこさんの仕事帰りの表情でも、それがよくわかる。



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