3ー参 気の合う2人

<小包>

「どこ行けばいい?俺、ペーパードライバーだし、右車線走るの初めてだし、バイク沢山いて轢きそうだし、翠ちゃんの車椅子は爆発するし、どーすりゃいいのー?」


小包は、パニックを恥ずかしがる事無く、過呼吸気味で口をパクパクしながら、できるだけ大げさに振る舞う。


「うるさい!いいから落ち着きなさい。順番に質問に応えてあげるから。まず、どこへ行けば、という質問だけど、このまま真っ直ぐ行けば9月23日公園に着く。あなた達が最初に着いたバックパッカー街の近くね。で、そこから観光用のバスが出てるから、それに乗り込む。これからダナンに行くの。ちょっとあてがあってね。空港は押さえられているだろうし、サイゴンにいたら、すぐ捕まってしまう可能性大。バイク沢山いて轢いちゃうだって?轢けばいいじゃない。そんな事心配する必要は無い。轢いてもたかが知れてるから。このスピードじゃぁね。それより自分が捕まること心配したら?車椅子が爆発した事?今更あなたと何の関係があるの?どーでもいいでしょそんな事。それを知って何になるの?もっと自分の身の安全を考えなさいよ。でも、まぁ教えてあげる。文字通り爆弾よ。手榴弾的な原始的な仕掛けで、線抜いて一定時間内に爆発するタイプ。あんたがもし私を抱きかかえずにオロオロしてたら私が木っ端微塵だったって事。最低限の仕事はしてくれたわね。助かったわ。まぁ、そんな事は今はどうでもいい。今に集中しなさい。」


タクシーは、何とか目的地である9月23日公園に辿り着いた。タクシーの待合所を翠は指刺す。


「葉っぱを隠すなら、森に隠せってやつよ。しれっとそこら辺に停めて。ここに止めておけば、普通は数時間はばれないと思うから多少の時間稼ぎにはなるわ」


確かに、無人のタクシーが30台ぐらい停められており、ひと気も無い。問題は出口にいる数人の管理人のオジサン達だ。さすがに日本人の若造2人が出てきては怪しまれる。1人は寝ているが、他に2人のオジサンが出口で談笑している。念には念をという事で、暫く隠れていてまた新たなタクシーが出入りした隙に出ることにした。


「気持ちは落ち着いた?あんたは平常時に頼りにならないのは知ってたけど、危機はもっと頼れないね。なんか自分に男としてポリシーとか人生観とか無いの?」翠はまださっきの小包の優柔不断さと人任せな所をほじくり返した。


「人生観?あるよ。俺ほど人生観に忠実に生きている奴も無いぞ。俺の人生は、いつもこんなんだなっていうね。でもお陰で頼れる仲間にいつも助けてもらえるんだって思ってるんだ。翠ちゃんも頼れる仲間だ。俺がいるお陰で皆が一生懸命になれれば俺も役に立っているよ」小包はさっきの狼狽ぶりが嘘のように、またいつものよくわからない自信でへらへら答えた。


「あんた、もっと自分を甘やかせずに、ちょっとは黑鉄とか紅音とか見習ったら?彼らも相当変だけど、自分に厳しいというか、あんたよりは随分頼れるよ」


「俺は俺で、人生考えているつもりなんだけどなぁ。でもまあ、伝わんないよね。人生観ってのは。大体さ、人生はこうあるべきだ!みたいなのって、関係無い人から見たらつまんないんだよね。昨日見た夢の話を聞かされるようなもんだよ。本人だけが妙にテンション高くて面白がってるだけでさ。人生観なんて、どんな立派な奴でも、冷静に聞くとむしろダサかったり、馬鹿としか思えなかったりな。普通の立派な人生観とかって、取ってつけたようなもんだから、すぐ消えたりする事もあると思うよ。俺は。そういう奴って、時と場合で今まで右翼だったくせに突然左翼になるし、牧師で庶民を説教してたくせに、未成年の女の子を監禁するし、聖人と思われていたのに人殺しになったりね。むしろ、理解不能なわけわからん人生観に縛られていたほうが、人間としては良く出来ていると言えるかもよ」


「珍しく、深い話をしたね。今」翠はちょっと感心してしまって、言葉が詰まった。

黑鉄や紅音が小包と結局仲がいいのも何となく分かる気がしてしまった。


出口にいたおじさん達が去って、気持ちよさそうに眠る1人だけになった。

そろっと翠を背負って、小包はタクシーを降りた。そのまま翠を背負い忍び足でタクシー乗り場を逃げ去る。


「よし、そこのバス、ダナン行きね。あれに乗りましょう。ちょうどVIPバスだし、シートの間隔が広くていいわ」翠に言われるままに小包は向かった。


「でも、これ全指定だぜ。ほとんど席も埋まってるし、どうすんのよ」


「また出たよー。いい加減にしなさいよ。いちいち私に確認しないで。あんた、在原さんから結構お金もらったんでしょ。それで買収しなさいよ。なにその顔、あんた分かってないわね。今もたもたしてると捕まるのよ。で、捕まったら拷問されて死ぬのよ。分かってるの?ちゃんとやりなさい」


翠が情けないと言わんばかりな表情で吐き捨てるように言った。


「なんで俺が金もらったこと知ってんだよ。大体翠ちゃん金持ちなんでしょ。翠ちゃんが買収してよ」小包は甘えるように言う。


「時間無いのよ。早くしなさい。私はここで待ってるから、ほらバス乗って、1日ぐらい出発をずらしても大丈夫そうな暇な人見つけてきて」翠は小包を追い立て、バスが並ぶ道路脇のベンチに腰を下ろした。


小太りの白人女性が、ワイルドだが随分年下に見えるヨレヨレのタンクトップとタトゥーが派手な兄さんと楽しそうに手を繋いで歩いている。顔から見ると、女性は東欧系で、男性はアルゼンチンとかそういう感じがする。世界を駆け巡った末で、ベトナムで恋に落ちて、日本の中学生のカップルと大差無い行動を楽しんでいるんだな。少なくとも昼間は。あっ、あっちは白昼堂々と道路に座り込みでの静脈注射か。悲しい連鎖だよなぁ。警察も見向きもしない。 翠は青い空に目を移し、小包に対するイライラも収まり優しい気持ちになった。


また道路に目を移すと、軍のトラックが何台も通過して行った。通りがかりでは無いようだ。風俗店の摘発は警察の仕事だし、もしかしたらヒゲの男達の部隊がもう嗅ぎつけたという事か。どう見ても、軍人達は何かを探しているような雰囲気だ。バスで逃げると読まれているかもしれない。軍人達の一部は、道路に連なるバスを虱潰しに立ち入り検査している。翠は他人事のように気配を消して眺めていると、小包が乗ったバスにも軍人が入って行った。そう簡単には、好きなようにさせてもらえないもんだな。やばい状況なのに、小包が焦っている姿が目に浮かび心が和む。まぁ、仕方ないなとため息をつきつつ、常世にアクセスすべく深い瞑想に入った。


翠は事故に遭って、覚醒した後から、常世との行き来の訓練を人知れず積んできたが、訓練では無く、目的を持って常世に入るのはこれが初めてとなる。在原は翠から見れば、よく普通の人間が手探りであそこまで常世に近づいたと感心するが、常世の広大な世界にはまだ遠い。1000回も生まれ変わってきた翠の過去生においては、常世への出入りを可能とするポンカロイドを獲得しており、実際、翠として生まれる前の生では常世の使い手として生きていたぐらいなのだ。まだ、前世ほどは常世に通じているとは言えないが、半分ぐらいの力が使いこなせるようにはなっていた。拘束されていると見られる小包のポンカロイドと、日本人と見られる2名の若者カップルのポンカロイドを入れ替える。拘束された可哀想な日本人は、軍人達の本質と共にバスの外に引っ張り出して、別々にできるだけ遠くに放つ。


バスの運転手には出発と翠のピックアップを促す。ここまでの作業、時間にして0.5秒。翠はゆっくりと目を開いて、事の運びを静かに待つ。軍人達は慌てて、日本人カップルを連行してバスから出てきた。そして、何を思ったのか、ショットガンを空に向かってぶっ放す。気が違ったと仲間に思われた軍人は、直ぐに仲間に抑えられ、ジープに乗せられて出発してしまい、日本人カップルもその隙に抜け目なく逃げ出した。バスの運転手は出発時間である、11時半ピッタリにエンジンをかけ、翠の前でバスを停めて、バスガイドの小僧に使いを出して、翠に乗りたいのか確認を入れた。翠が乗りたいと言うと、まだ中学生ぐらいの小柄な少年にしては、小包よりもずっと力強く、そして優しく翠をおぶって危なげなく呆然と座っている小包の隣に運んだ。


「あんた、本当にいつも災難に巻き込まれて、そこで1人だけ逃げ遅れるキャラよね」翠が苦笑して小包を見た。


まだ、何が起こったのか理解できていないのだろうが、小包は身の安全が確保されたかと思うと、ガラッと態度を変え、余裕の笑みを見せた。


「なんか、軍人が来て捕まりそうになったんだけど、俺は怯えずに睨み返して、一歩も引かなかったんだよ。そしたら奴ら、別の日本人を捕まえて出てった。マヌケな奴らでよかったよ。しかし翠ちゃんは、いつも誰かが手を貸してくれるよな。ちょっとかわいい顔してるからってさ。羨ましいね。」


バスは定刻通り発車し、ダナンへ向かう。

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