3ー弐 死ぬ確率 65%と100%

<黑鉄>

「それにしても何でダナンなんですか?」ウィスキーのようなものを時々チビチビ飲みながら一心不乱に手仕事をしている蒼磨に向かって黑鉄は言った。


「あ?何でダナンかって?お前の為だわな。それは。着いたら分かるが、まぁちょっとだけ教えておいてやるか。俺もダテに10年も1人でベトナム暮らしをしていた訳じゃねぇ。古来よりベトナムと日本はつながりを持っていた。遣唐使として唐へ渡った阿倍仲麻呂あべのなかまろが、皇帝から命を受けて、ベトナム統治の全権を持ったのがその始まりだと言われてる。そこから始まり、ベトナムから日本につながる地底路がある、とかいう文献を見つけてな。日本につながるというか、日本どころか彼世あのよにも常世とこよにもつながってるらしいんだ。それを調査してたんだよ。ライフワークとしてさ。まあ、俺は金ならば結構あるからよ。使っても不思議とまた入ってくる金がな。だから、色々と金払って研究してたんだよ。そういう事をな。んでよ、ダナンのリゾートホテルが並ぶ界隈に有名な山があるんだがな、しょうもない観光地みたいになってるその裏手でついに、念願のブツが出たってのを聞いたんだ。どうせ今オレたちはサイゴンにいたら、いつどう殺されるかも分からんし、在原も捕まえられた事だしよ、このタイミングでみんなでダナン行くべきだって、ひらめいたわけさ。さっきお前と呑気に話してる時な。ティさんは怒ってたけど、俺のそのアイデアが気に入ったのはすぐ分かったぜ。だからバスもほれ、こんな首尾よく手配したわけでな、あるいは欲しいものが手に入る力がアラハバキで強化されたからかもしれんが」


バスは、ここ1時間ほどジャングルというか、密林の山というか、道無き道のような舗装もいい加減な道を走っている。しかし、ティさんは一体何者なんだろうか?蒼磨が単純に雇っているようにも見えない。蒼磨と付き合っているのだろうか?あるいは、何か共同の目的の為に、手を組んでいるのだろうか?それに、何故在原を拉致する必要があったのだろう?在原と蒼磨の接点と言えば、翠と軍の施設に監禁された時に、わずかに接触したぐらいだ。あの時、在原とティさんは一瞬連携して戦ったとか言っていたな。そう言えば。


「来てるな。ティさん、どうなんだ」蒼磨は不意に真面目な顔に戻り運転席のティさんにたずねる。


「そうだね。来てる。やっぱりバレちゃってんのね。私達」


明るく陽気に答えるティさんを見ていると深刻そうには見えないが、何か二人の会話には焦りが残っているように黑鉄には感じた。


「黑鉄。この世をお前はどう捉えてる?俺はなぁ、究極的に言うと、目に見えるものってかよ、五感で感じた事とか、考えた事とか、全部後付の錯覚だと思ってるんだわ。例えて言えば、数学とかで使う数式があるだろ、あれなあ。グラフ化すると、ウネウネとした線になったりするんだ。線を見ると、スピードが上がってるだの、儲かってるだの、電圧が上がっただの、血圧が弱まってるだの、視覚的に表現している。それと同じよ。要はな、本当の肝である、数式、みたいなのが実は世界そのもので、俺たちが感じたり、見たりしてるのは、その結果をそれぞれが分かりやすく解釈しているにすぎない。真実はいつも一つでシンプルなはずだが、捉え方はマチマチ。でな、なんでこんな話をしてるのかっつーと、今実は非常に俺たちはヤバイことになっているわけよ。もしかしたらこのまま全員死ぬかも知れん」


しばらく沈黙が続いた。アクセルを踏みっぱなしで、カーブでもスピードは緩めない。


「異形のものがさっきからずっとついてきてる。攻撃してこないのは不思議。でも、様子見てるだけだと思う。いずれ来る」


ティさんが担々と話しながらもスピードは弱めず、容赦は無い。こんな夜道にこんなジャングルでこの運転ができる神経にはただ感心するが、確かに、このまま皆谷に落ちて死ぬかも知れないなと黑鉄は思った時、天井がバンッと音を立てた。


「飛び移ってきたね。上から来るから、皆は一撃目で死なないように、注意してね。力凄いから、当たったら死ぬから。その後は私がなんとかしてみる」ティさんがいつになく、無感情で言う。


黑鉄は事態が飲み込めた訳ではないが、今まで見てきた奇妙な事もあるし、ティさんに従い、何か来たら毛布で防御できる体制を作り、縛られた在原と共に隅に隠れた。天井がガンガンと鳴り響き出す。さっきから蒼磨がかけた勇ましいオーケストラの曲に呼応して、映画的な躍動感すら感じる不気味だが激しく、鬼気迫る音だ。聞き覚えがある。マーラーの6番だ。皮肉にも『悲劇的』という名称で日本では知られている。ただ、名前とは異なり、この曲のいいところは、かすかな光を追い求めているような、絶望感の中に希望のほのかな光が感じられる所だったなと、黑鉄は思い出す。天井は相変わらずガンガンと棍棒ででも殴っている感じだが、それにしても凄まじい圧力だ。突き破られるのは時間の問題だろう。


「蒼磨さん、運転できるよね。変わってください。これは、本気出さないといけないと思います」ティさんが言った。


「わ、分かった。その本気、という奴に期待するしかないな。バスの運転か、できるかなぁ」蒼磨は、以外とノホホンと運転席に向かっていき、体を滑らせながらティさんと入れ替わった所で、言いようのない悍ましい奇声と共に、そいつは開いた穴から降りてきた。この声を聞いただけで、やはり今までの俗世間の事とは切り離して考えなければならない事を黑鉄は悟った。


「バカで良かった。ゆっくり降りてきた。私がコイツだったら、最初で全部終わらせるのに」ティさんは狂気が見える笑みを漏らしたと思うと、イモムシの巨大化したような、体中が粘液に包まれて、粘り気のある液体が垂れている、見ただけで吐き気のする物体にツカツカと向かっていき、キュウリを切るようにスパっと剣のようなもので切り目を入れ、その中に体ごと潜り込んで行った。唖然と黑鉄は見る外無かったが、突然また、この世のものとは思えない音と共に、イモムシがはちけた。中にいたと思われるティさんがイモムシのドロドロを体に纏いながら、ちょっとつかれた様子で微笑んでいる。


「これは地虫。弱い奴だけど、普通人間は勝てない。こいつ食欲だけの存在。私だからできたけど」体についたドロドロの地虫の破片を手で払ってティさんは言った。


「ティさんさ。地虫が1匹でいるって事は無いだろよ。結構ヤバイよな、引き続き」蒼磨が言った。


「そう。これで終わらない。多分、今のは様子見。もう捕捉されているかもしれない。困った」ティさんは、精一杯のやせ我慢なのか、笑いながら頭を嗅いた。


黑鉄には、何がどうなのか、今でもさっぱり分からない。どうやら自分達の身の安全は、まだまだ保証されていないようだ。俺がこのバスで死ぬ不確実性はどれぐらいなんだろうな。と黑鉄の頭によぎった。死ぬ不確実性、という表現が何とも奇妙だなと思ったが、まぁ今までのように、不確実性を測ることはできるはずだ。死ぬかもしれないと言われているのだから、普段は絶対にやらない事にしていた、人の生き死にを測ることも止む得まい。・・・・65%!試しに調べてみたものの、俺はかなりの確率で死ぬらしい。これはやばいな。黑鉄は蒼磨に向けて問う。蒼磨がこのバスで死ぬ確率・・・100%・・・・、ティさんは?・・・100%・・・・在原さんは・・・100%。非常にマズイ状況ではあるが、黑鉄が100%と判断して、その通りにならなかった事は無いし、これはもう既に死んだものとして諦めたほうがいい、という風に人の生き死、特にこれだけ濃いやり取りをしてきたこの人達に対して、アッサリと諦めるという事は、どうしてもできないと感ずる。何とか打開したい。


「ティさん、この際、在原さんのロープを解きましょう」


黑鉄は冷静になって、やるべき事をまずはやる決意をした。


「分かった」


ティさんは、在原に向かって行って行くと、蒼磨が叫んだ。


「やめとけよ、今解いたら、何されるか分からんぞ!あいつも相当怒ってるだろうからよ」


運転席から響く大声を無視しながらティさんはロープを解きだした。


「在原さんは強力だから。もう暫く様子を見ないと、縄はほどけないと思っていたけど、このままじゃ皆死んじゃうから同じ。試してみる」


ティさんは、縄をほどこうとするが、考えを改めたようで、腰からサッと短剣のようなもので、ロープを切った。在原を牽制する意図なのだろうか。やはり、とぼけているようで只者ではない感じだなと黑鉄は感じ入る。


「在原さん、本当はゆっくり説明してからにしておきたかった。仕方ないから手伝ってください。今、皆とても深刻な状況にあります。あなたの力、必要です」


在原はすでに、感情的にティさんや蒼磨に対して、怒りは収まっており、バスにいる間、注意深く観察し、仮説を立ててきた。自分の力をティさんは少なくとも分かっている事、ティさんもかなりの腕前な事、ティさんだけでは倒せないような敵がやってきている事が察せられる。「いいでしょう。今争っている暇も、話をしている暇も無いようです。」在原は静かに呟いた。


(皆が死ぬ確率・・・100%、俺が死ぬ確率・・・・65%変更は無い、か。まぁそうだよな。さっき調べたのは、在原のロープを解く可能性は織り込まれていた中での測定だからな。この確率を変動させるには、ありえない事を起こさなければならないんだ。しかし、何で俺だけ65%なんだ。)


「蒼磨さん、僕は黑鉄家として、能力があると言ってましたよね。実は、何年か前から、未来が直感的に分かるようになったんですよ。数学的な意味ではなく、直感的に瞬時に。状況を限定していけば、0%か100%か、2つに一つ、という絞込もできる。蒼磨さん、黑鉄家の能力、ってのはそういう事なんですか?確かに普通じゃない能力だとは思うけど、外の一族の頂点に立つ、という意味では地味な気がするんだ。何か知っている事は無いですか。つまりなんでこんな事言ってるかってね。このままじゃ、みんな死ぬ確率が100%だと、俺の能力は言ってるんですよ。最大級にヤバイ状況ですよね。これは」


黑鉄が一言一言、落ち着いて話したが、意外に皆沈黙している。


「はじめに言葉ありき・・・まだ、俺たちは助かりそうだぜ。これは」蒼磨が言った。


「黑鉄よ、お前は数学の才能と自信があるんだってな。それで、不確実性が分かると来た。それも黑鉄家の奴がな。お前は何も聞かされていないんだな。本当に。いいか、まず、俺たちの言葉で言えば、確率なんてものは世の中には存在しないし、不確実性なんてのも、ものは言いよう、というレベルに過ぎない。うまく言い表したかもしれないが、その本質にはまるでたどり着いていない。お前が言う確率というのはな。強いて言えば、この聖書が言う、はじめに言葉ありき、の、言葉の世界の中での話。もっとリアルなところはな。確率なんてのはな」


蒼磨がいつものようにヒートアップしていく中で、聞き慣れない音が増えていく。


「無いのよ。確率なんて、存在しないの。分かるか?まあそんなことは今話していても仕方ながない。見えた。俺たちが立ち向かう方法がよ。」


蒼磨は満足そうに不気味な笑い声をたてたかと思うといきなり叫んだ。


「おっなんだこりゃ!」


ひたすら高速で飛ばしていた蒼磨がブレーキを踏んだ時には何もかもの景色が変わっていた。バスはひたすら高速で走るが、周りがおかしい。窓を見ると宇宙の中を銀河鉄道のように進んでいる。


「幻覚、って感じでもないな。いや、むしろこれが本物の世界・・あれか。常世に入り込んじまったって事かよ」蒼磨が言った。


窓から見る景色はよじれた宇宙というのか、暗いと思えば原色の色が散りばめられ、開いては閉じ、方向感覚は無くなった。ただ、バスはまだ走っているし、道のようなものもあり、そこをたどっている感じだ。


「いや、常世では無い。これは、言わば、擬似的な常世、現世よりは常世に近いレイヤーではあるが、中間的な場所だろう」


在原が縛り付けられて久しい体を解しながら、言った。


「そういう事か。レイヤーとはうまく言うな。俺たちの言葉では、峡と言う。概念としては、レイヤーと言ったほうが今風だし分かりやすい意味では勝るな。」


蒼磨は運転席から立ち、黑鉄達のほうに向かってきた。あれだけのスピードで運転していたように見えたバスは、特に蒼磨が運転を止めても変わりなく動いている。


「まぁ、要は速度とか、関係ないんだよ。いや、関係はあるが、関係ない世界にここは近い。曖昧な環境だ。まあそういう事よ。だから運転も必要無い。見えているのは俺たちの脳の限界がこの世界にはついていけないから、勝手に見たいように脳で解釈しているからだ。そういう事じゃないか?在原」蒼磨が在原の目を鋭く見つめた。


「自分も似たような理解だ。恐らくそれぞれが同じものを見ている訳ではなく、自分の想像力の範疇で見たいように見えているんだろう。このレイヤーは私が訓練を受けてきたレイヤーとかなり似ている世界だ。どうやら、今我々に攻撃を仕掛けてきた奴は、レイヤーに引きずり込むタイプ。普通の人間ではこの時点ですでに意識は保てないだろう。自分は慣れている。多分、戦力になる。が、我々が死ぬ確率が100%と見切られてしまった訳なんだったな。黑鉄君に」在原は苦笑した。


こんな時にもいつもと変わらず自分のスタイルを貫き苦笑さえする在原を黑鉄は信じられる気がした。


「まあ、お喋りしている暇は無いんだ、すでに攻撃を受けていると思っていい。大事な事を言う。一発で叩きこめよ、黑鉄。お前の本当の能力、それを厳密性は欠くが分かりやすく言う。お前の能力は時間から開放される事なんだ。速度とか関係ないと言ったが、そういう事だ」蒼磨は窓を眺めた。


「確かに、位置を時間で微分したものが速度なので、時間から開放されたならば、速度は無意味な指標ですね」黑鉄もできるだけ意識して落ち着いて喋った。


「ほう。お前のポンカロイドはまだ大丈夫なようだな。まだ、ちょっとだけ時間があるようだ。もう少ししゃべる。俺たちの結論はこうだ。 時間や空間という概念そのものが脳の解釈にすぎない。つまり、時間で言えば過去、未来、現在という考え事態がまやかし。だが、まやかしと分かった所で、そのまやかしから逃げられるわけでもないんだ。それは、温度なんてのが、粒子の振動であり、実際は温度なんて無いと分かったからと言って、熱いものを触ったらそんな理屈を知らないものと同様にやけどするの事と同じだ。人間というのは、幻想のほうが理解しやすくできていて、真実からはいつも遠い。また話がソレちまったな。とにかく、時間の幻想、そこから黑鉄家だけが自由になれる。と俺は伝わった。不確実性が見える・・というのは、お前が時間を支配しだしている証拠だ。なぜなら、不確実性なんてのは、時間の戯れ。お前だけがそこから自由になりだしているってことよ。」


喋っている蒼磨の声がだんだん聞き取りにくく鳴っている。隣を見るとティさんは半透明になり、胸には光の玉のようなものが輝き出している。在原も同じように、消えかかってしまっている。


「次のレイヤーに引きずり込まれる。そこで俺達はこのままだと、どうにかなっちまう公算だ。回りくどくてすまんが、答えをそろそろ出すぞ。黑鉄、お前の言葉で言えば、お前は不確実性を測るだけでは無く、変える事ができるんだ。時間を渡り歩いてな。俺たちがこのままいっちまう未来・・・それをお前が変えてみろ。見えた確率に念じるんだ。」言い終わるかどうかのタイミングで蒼磨の声が消えた。


周りを見ると、既に距離感も無く、実態も無い。あるのは、3人と思われる光のような玉と体験した事の無い静寂。光は段々消えかかっているようにも見える。

我に変えると、自分も身体なんてものが、いつの間にか消失してしまっている。手も無い。足も無い。恐怖は無い。むしろ頭は今まで感じてきたどの状態よりも冴えている。念じろ、か。そんな言葉がいかに雑な表現なのかと今なら細かく説明できる気分だ。分かってきた。蒼磨の例えどおりだ、確かに数式をいじればグラフは変わる。グラフを捻じ曲げようとしても数式自体には傷一つつける事などできないんだ。そして、こいつの本質を叩き潰せばいい。


静かに黑鉄は謎めいた宇宙に見えるこの空間を感じ取り、その核を見出した。あまりにも遠くにいるようだが、念ずれば楽にたどり着けるのがやる前から分かっている感覚。妙な万能感が満ち溢れてくる。邪悪な光の海にダイブする。気持ちいい。恍惚とした気分を冷静に見ている自分がいる。このまま飲まれてしまいたい気持ちと、それが一番馬鹿げた振る舞いである事を静かに見ている自分がいる。波のように揺れているし、潮のようにうねっている。潮の流れに身を委ねると、何もしなくても急速なスピードでその核にたどり着いた。想いのままにその本質を感じ取り、核の中心部に向かう。


核は自分に怯えているのか?遠くから感じた時はあれほど巨大、巨悪、あるいは雄大に感じた存在が、今や取るに足らないちっぽけなものとして黑鉄には感じ取れてきた。恐怖から悶える叫びのようなものすら聞こえてくる気がする。黑鉄は静かに、手慣れた作業を行うように自然と核を粉砕した。辺りはグニャっとまがり、気が付くとバスは木に衝突して、客席で皆はポカンと放心しているようだ。とにかく、皆生きていた。しかし、この世界に戻ってくる途中、確かに黑鉄は一つの光を感じ取った。あれは、間違いない。翠だったはずだ。


「これで終わりじゃないです。来ます。」ティさんが我に返り、ふらつきながら立ち上がって言った。


「また来るのかよー。今度は何だ?」蒼磨も面倒くさそうに起き上がる。


「もっと厄介な奴。でもここで会ったほうが良かった、とも言える」ティさんは先を真っ直ぐ見つめた。皆ティさんの目線を追う。ほとんど真っ暗な夜道ではあるが、人らしき姿が近づいてきた。


「見物させてもらったよ。大したもんだ。あいつらを倒すとはね。やっと出会えたね。黑鉄」


聞き覚えのある声、ヒゲの男だった。


「それに、君達は僕に怪我させた男と女だね。まとめて会えて嬉しいよ」


在原とティさんは、硬い表情で睨み返す。


「あ、女と一緒にいたウスノロのオッサンもいるのか。お前がアラハバキの持ち主だって?不思議なもんだ。お前のようなカスにどんな力があるんだ?だが、実にいい。全てが順調だ。昨日はこっちも油断して取りこぼしたけど、収まる所に収まるもんだよねぇ。」


「こっちとしても手間が省けた。昨日お前を殺さなかった後悔を我ながら未だに引きずっていたからね。」


在原はいつになく、残酷な目つきで応えた。


「おうおう、威勢のいい発言だ。怖くないのか?君は分かっているだろう。もはや昨日のように私はやられないよ。君の半端な能力じゃ、私にはもう勝てない。大体分かったから。この能力の使い方。しかしそれよりまずアラハバキだ。渡せとは言わないよ。渡しても僕は許さないから。ここにいるものはね、皆死刑だ。これは決定事項だよ。くつがえらない。あ、もう来たのか、チッ」空を見上げて、ヒゲの男が言った。


音が大きくなる。ヘリだ。軍用の物々しいヘリが上空から接近している。


「時間が無い。まずはアラハバキはいただく。その後、お前らへの死刑も実行する。判決は判決だ。」言い残し、ヒゲの男は消えた。


その瞬間、蒼磨が上空へ持ち上げられるように高く舞い上がり、落下した。


「イテー、イテーよ。あっ、アラハバキが無い。やばい、このままだとアイツは言ったとおりならば、俺達の処刑を始めるつもりだ」


蒼磨が言い終わらないうちに、在原とティさんがふわっと消えた。ヒゲの男を追いかけて行ったのか。蒼磨と黑鉄は静寂の中に取り残された。


「おい、黑鉄、助けに行け。お前、さっきの地虫との闘いで掴んだろ。ポンカロイドまで深入りできるのはお前だけだ。在原とティさんじゃ心もとない。アイツは強くなったらしいからな。いいか。もっと深く潜るんだ。そうしたら勝機がある」


「分かった。やってみる。」


黑鉄も今さっき得た感触を思い起こし、もう一度あの不思議な世界へ向かう。



随分と慣れてきた実感がある。すぐに、在原とティさんが戦っているレイヤーに辿り着いた。目で見ているわけではないし、普段の世界のレイヤーよりも一歩深いここでは、戦うと言っても、殴り合いをしているわけでもない。在原とティさんは2対1にも関わらず、防戦一方の様子だ。2人が弱いわけじゃない。海の中で虎と狼がシャチと戦っているような、階層が違うやりにくさに見える。ヒゲの男があまりにもぼんやりとしており、2人は掴みきれていない。恐らく奴はさらに深いレイヤーにいる。もう殺られるのは時間の問題だ。


黑鉄は直感的に、ここで闘いに加わらずさらに深いレイヤーに潜る。


ここは何処だろう。勢い余って、ヒゲの男どころか、もっとずっと深いところへ来てしまったようだ。ただ、ここからでも十分に、いや、もっとはっきりとヒゲの男の存在を掴める。ティさんや在原さん、それにさらに上層には蒼磨も見える。この存在がポンカロイドそのものなのか。


とにかくこのままでは、2人は殺られる。さっきはわからなかったが、今は良く分かる。存在そのものと、その存在がどういう運命を辿るか、これは一対いっついなんだろう。運動エネルギィを表す式には速度、即ちすなわ距離と時間の概念が入るだけにエネルギィには空間と時間が絡む。そして、人生、運命、こういったものにもそれはつながる。ポンカロイドには、俺達がこの世で体験するありとあらゆるエネルギィの核なのだ。だからこいつに作用する事で、運命さえも変えられる。俺はポンカロイドを見極める力とポンカロイドに作用する力を得た。つまり、この死にゆくように見えるティさんと在原さんのも何とかできるって事だ。



黑鉄は、元の世界に一気に戻った。ここではまだ蒼磨がアラハバキを取られて数秒の時間が過ぎた程度に見える。


「予定は変更だ。だが、お前たちの死刑に揺るぎはない。またすぐ会うだろう。」


ヘリコプターからハシゴが降ろされ、ヒゲの男に投げられる。ヒゲの男はそのままハシゴをよじ登って行った。


暫くすると、空から怒号がこだました。


「馬鹿め。俺をなめやがって。」蒼磨がニヤッとする。


去りゆくヘリコプターから、何かが奇妙な軌道でふらふらと飛んできた。


「あっ、アラハバキ」ティさんが声を出した。


「俺の能力は、お前たちみたいに戦闘向きじゃないが、願ったものを引き寄せるだけじゃなく、予め念を込めたものに、一定距離ならばワンタッチで強引に引き戻す事ができるんだ。今頃あいつ、ブチ切れて叫んでるだろうな。ざま見やがれ」





「ところで、黑鉄。お前、死ぬ確率を言っていたよな。死ぬ確率というのは黑鉄家とは言え、見極められないはずだぞ。これは俺たちの家では良く知られていてな。当然、黑鉄家はそうやって古来から、様々なものを見極めて、孤高の存在となってきた訳だが、いつ人が死ぬか、という事だけは分からないはずなんだ。なぜお前は分かったんだ?俺たちがこのままでは100%死ぬって事がよ。」


確かに黑鉄としても、人の死を測ったのは初めてではあったが、自分が論理的に限定できる問いかけをした時、今まで全ての不確実性が測れたのは事実だった。

ただ、100%と断言できたのに、事実皆死ななかった。これは黑鉄も腑に落ちない事だった。


「確かに人間いつかは必ず死ぬ。だから、君は死の確率を測る時に、限定さえしなければ、誰をいつ見ても、100%と出るはずで、それは当たり前だったと言えるかもしれないな」


在原も死線を一緒に超えたからか、いつの間にか仲間のように溶け込みながら言った。


「試しに、俺が1秒以内に死ぬのか判定してみろ」蒼磨が笑いながら言った。


黑鉄は、正直もう人の死の判定なんてまっぴらな思いではあったが、腑に落ちない事を放置できる性格では無く、試す。確かに、100%だ。その頃には1秒が経過していた。


「そうですね、蒼磨さんの言うとおりかも知れません。が、僕自身の死ぬ確率が60%というのはどういう事なんですか?」釈然としない苛立ちを隠しもせず、黑鉄は言った。


「おっ、珍しいな。お前がそんなにイライラした様子を浮かべるとは。まぁ、俺は大体想像は付くが、今日は疲れた。またそういう話をする時も来るだろう」蒼磨は意味深な笑いを浮かべた後、うつむいて黙った。


「何故、常世の住人達がやって来たか分からない。私達に攻撃をしてきたのも偶然か?・・分かりません」ティさんがつぶやいた。


「確かに、あのもの達が現世に来るというのは、基本的にはあり得ない。常世との出入りが出来る人間など、早々いないし、その者達が意図して常世の住人達をこちらによこす事は考えにくい」在原も応じた。


「こいつに何か関係あるかもな」蒼磨はアラハバキを見つめた。


「そう言えば、やけに最近、響いてきたんだ。あの小娘、翠と言ったっけ?あいつが見せろというから、久しぶりに俺もアラハバキを祭壇から出したのだが、実はあいつに言われなくても近々、アラハバキを調べなければならんと思っていたんだ。だから、ついでと思って翠に渡しちまって偉いことになった。アラハバキには、周期的に何かしらの力が貯まると言われている。120年に一度のうたげの目的の一つに、その力をガス抜きする、というのもあるんだと思うんだ。」神妙に蒼磨が誰に言うわけでも無く話した。


「つまり、アラハバキが呼び寄せているんじゃないかと?常世の住人を?」

黑鉄が蒼磨を見た。


「そういう事になると、どうなるんだろうな。常世の住人がこっちに来るというのは、災い意外の何者でもなくなる。まだ弱い奴だけが嗅ぎつけているだけならまだしも」蒼磨は憂鬱な目で空を見上げた。





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