第三章 宿命

3ー壱 ヒルコ

いかなる証言も、それをもって確定させんとしている事実よりもその証言が虚偽であることのほうが奇跡的である、という類のものでない限り、奇跡であることを確定させるに十分でない ディビッド・ヒューム


奈良時代 唐 長安


鬼ならば、何でも人智を超えた事ができるのかと言えば、そうでも無いらしい。

碁など打ったことの無い吉備真備でも、劣勢にある事は何となく感じ取った。基本的には、鬼が真備にしか聞こえない声で指示を出し、それに従い打っていた。どうやら勝負が終わったようだ。僅差につき、後は石を数えて結果を出す。零法の表情を見る限り、余裕すら見えている。


「悪い。ギリギリで負けたわ。俺が今から雷槌を庭に落とすから、その隙にお前、皆の目を盗んで、相手の石を一個飲め。そしたら勝つから」鬼が言った。


ズドーン。


鬼が言った矢先に、雷が落ちた。皆の目線が集まる。


吉備真備は、言われたとおり、石を一つ飲み込んだ。


しばらくして、観客一同の動揺は収まり、また計算に入る。零法が突然言った。


「私を見くびってはなりませんよ。石が一つ足りないじゃないですか。吉備真備どのほどの方が、もしや良からぬ事をしでかすとは信じがたいのですが」


「何を言いますか。私はこのとおり、勝負の結果を待っているだけでありまする」


「国と命を賭けた勝負につき、私も徹底的に向きあわせていただきたいのです。ご足労願いたい。」


吉備真備は、拘束され、あれよあれよのまま、服を全て脱がされてしまった。全身検査と言うわけである。髪の毛、口、耳だけでなく、肛門にまで手が及ぶ。とんだ辱めである。


「かりろぐ丸を取ってまいれ。」零法は大声で怒鳴った。


「これは、胃の中のものを全て瞬時に出してしまう秘薬でございます。大変恐れ入りまするが、真剣勝負につき、ぜひご協力いたしてくださいませ」


丁寧な物言いとは裏腹に、強引に迫ってきた。口を開けてなるものかと歯を食いしばったら、なんと、そのまま羽交い締めにされると、尻に軟膏がぬるっと塗られ、瞬時に技巧ものが肛門にかりろぐ丸を詰め込んだ。なんと座薬だったのだ。


「やばいな。この薬は秘薬中の秘薬。胃腸の中のものは本当に全部出てしまう。俺が胃の中に入り込み、なんとか抑えこむとしよう」鬼の声がわずかに聞こえたと思いきや、凄まじい便意。


想像も付かぬほどの勢いで、便が噴水のごとく飛び散った。何とも言えぬ快感を伴い、もうどうにでもしてくれという気分になる。


「ほらお前たち、出たものをくまなく調べろ」零法は、あまりの臭さに顔を歪め、退出しながら言った。


胃袋の中で必死に鬼は碁石を抑えこみ、ほっとした。「なんとかばれずに済んだわい。」




<紅音>


「在原さんは極めて優秀な実務家ですが、常世の使い手としては恐らくもう一歩、向いていない、と判断しました。そういう意味で、先生と私は少し落胆していたのですが、紅音さん。あなたという人に出会い、賭けてみようという気になった訳です。私が先生に推挙したんですよ。先生も腑に落ちるものがあったようで」


名古屋市昭和区にある老人介護施設の理事長室で王と紅音は落ち合っていた。昭和区というのは、名古屋市の中では高級住宅街のある辺りで、町並みも落ち着いた場所であるが、この老人介護施設はその中でも一等地である南北大学隣に大きな敷地を有していた。デザインとしても老人介護施設には見えない、クラシックな洋館といった意匠だが、保守的なこの界隈で突然巨大な建物ができた背景には、政治力あってこそとも言えて、資金力に物を言わせる強引な物部のやり方を面白く思わないものから、度々様々な形で嫌がらせが起こったりしていて、華やかな庭園に開設当時は近隣住民の憩いの場になりかけていたのが、今では少しピリピリした雰囲気がにじみ出て利用者の家族以外は立ち寄る人はいない。


この施設の理事長も物部なわけであるが、実質はここの理事長室は王の名古屋での執務室として使われていた。物部は1度だけ施設引き渡し直前に立ち寄っただけだ。介護施設のスタッフの大半は、物部の顔すら見たことは無いし、中には王の事は物部の息子か何かだと思っているものもいる。100床の介護施設として、 内部も施設というよりはシティホテルのような豪華な設計と家具が備わっており利用者についても、資産家が多い。


事務員の制服にもこだわりを感じ、雑誌やテレビにも取り上げられているようなこの施設の裏の理事長室がこのようになっているなど、誰が想像しようか。決まった時間のみ、VIP専用特殊清掃業者から派遣されているものが入ることを許されているが、その他、王以外には立入る事は固く禁じられており、在原も基本的には遠慮しているような所なので、その他職員の興味を引かないように、王は裏通路から紅音を入れた。


理事長室は、いざとなれば1週間はこの部屋から出ず、誰と会うことも無く生活ができるだろう。バスタブ付きのシャワールーム、簡単な料理もできそうな給湯室には、物部好みのカップラーメンやら、ツマミ、酒などが常備されている。物部の病院や介護施設の事務員の中には、必ず1名は理事長直轄の秘書がおり、ここ昭和区の施設では小野美智子であった。王がいる際は、全ての業務に優先して王の世話する事になっている。この施設では、看護師長であろうが、美智子に逆らう事は得策でなく、美智子は現場スタッフから好かれているタイプでは無かったが、施設内の絶対権力者である事は自他共認められている事実であった。


事務員、理学療養士、音楽療法士、栄養士、看護師、介護師、社会福祉士、ケアマネジャーなど様々な肩書と現場仕事がシフト管理で重なる職場であるが、大体は看護師が幅を効かせるのが普通な介護施設で美智子のような30歳そこそこの現場を知らない人間が権力を握るというのは異例であろう。最も権力、と言っても日常起こる問題や、人間関係の衝突、利用者の家族との揉め事などが起った時、最も尊重される立ち位置、というぐらいのものであるが。


理事長室は、シンプルであるが作りの良い応接ソファとテーブル、その奥に一応理事長が使う事を想定された机が置かれている。壁にはターナーを彷彿させる、抽象的な風景画と、シャガールの模造と思われる絵が額装してあった。外に目につくようなものはこれといっては無いが、扉がやけに多い感じはした。


理事長机の背にある不自然な扉で王は何やら作業を続ける。金庫のような鍵がついており、慣れた手つきだが、紅音には何をやっているのか理解不能なほどに、様々な作業が必要な解錠のようだ。何とか錠を開け、王が隣部屋に入る。暫くして、「紅音さん。こちらに来てください。お待たせしました」と声が聞こえた。紅音が扉から入って行くと、急にヒンヤリとした空気に変わっており、広い部屋には医療系の測定器のようなものから、舞台装置のような、大掛かりな奇怪な器具がいくつか置かれており、手品師の秘密の置物という趣を紅音は感じた。


「常世というのが、概念なのか、実態なのか、それとも錯覚なのかも我々はまだ分かっていないのですが、常世の存在に注目し、ある程度それをコントロールできるまでになってきています。常世、それは何もないのに、エネルギィに満ちた世界。空間も時間も原子もクォークもヒッグス粒子も何もない世界と仮定してください。その、真の意味で真空な世界の存在に気づき、私はそこを行き来する事ができるまでになりました。ただ、なぜ私が出入りできるのか、という肝心な問題にまだ完全には答えられていないので、他の人を常世にお連れする事はできていないのですが、それに近い環境を作ることには成功しました。ほら、在原さんがつけていた道具を使って」


王は、部屋の中をゆっくりと歩き回りながら、紅音に言っているというよりは、ひとりごとを言うように話しをする。暫く無言が続いたが、王は急に立ち止まり紅音の目を凝視した。紅音は悪寒のような寒気を覚えた。


「何ですか?突然睨んで」王は返答も無く、不気味な沈黙は続いた。


「紅音さん、あなたを呼び出したのは、訳あっての事なんです。翠さん達を助けに行った時に、在原さんが言うように、彼は常世に近い所で君を誘導していたわけなんですが。そこで観察された君の姿というのは、彼がこの私に見出したよりも大きなエネルギィの存在だったと言うんですからね。」王は無表情ながら雄弁な気配を体から放出しているかのような存在感で話した。


「在原さんは、モノの本質だけが見えるレイアーが違う世界と表現していましたが、私の本質、というものを見た。という事なんですか。」王はまた暫くだまったまま、話しだした。


「紅音さん、君の事はあれから徹底的に調べさせてもらったんです。特に、君のその本質的エネルギィの大きさを知る意味でも。驚くような事が分かったんですよ。そして、恐らく君ももう知っているんじゃないかな?アラハバキについて。やはりか。何で私がアラハバキを知っているかって?君のお母さんの家系を調べているうちにたどり着いたんですよ。紅猫家の正当な能力伝承者としてね。さあそろそろ我々、こうやって喋り合うよりも、もっと本当の会話をしましょうか」


王は、紅音に在原が使っていたものよりは、随分と奇妙な形態のヘッドセットを渡した。


「これをつければ、在原さんのようなマネができるわけなのですが、あれはプロトタイプのようなもの。こちらは言わばプロ仕様です。 異形のものに対抗できる唯一の人、それが紅猫家の継承者。君が正統継承者であるならば、この局面を乗り越える事ができるはず。」


紅音に渡すと、王は、トリイのような装置に向かって歩いて行く。するとトリイの空間部分が液晶モニターのように変わり、何とも寂しげな荒野が映る。トリイから肉状の形態がドロっと出てくるのとスレ違いざまに、王はトリイに吸い込まれていった。


「紅音さん。取り敢えずそいつを片付けてください。非常に危険でしぶといですから気をつけて」


肉状の形態は、形をどろどろと変えながら、紅音に近づき、突然飛んだかと思えば、壁に張り付いた。


「ヘッドセットをつけてください。そしてそいつの形や動きに囚われず、よく見定めてください。君はそいつを簡単に倒す能力があるはずなんだから」


紅音は、言われた通りにするのは癪でヘッドセットの着用は躊躇していたが、大体なんでこいつに言いつけられて、こんな化け物と戦わなければならないのか、という気が起こり、一泡吹かせてやろうと、全力疾走した。逃げ足の速さなら誰にも負けない。


「おい、待て!早く倒さないと、こいつは手に負えなくなるぞ」王が慌てて声を上げた。


あんな普段冷静な奴が動揺しているようだな。ざまあみろ。紅音は気分よく、介護施設のフロントロビーに滑り込んだ。


「おっ、どうやって来たんだ。こまめに通路は封鎖しながら逃げてきたってのに。正真正銘の化け物というわけか」


王の部屋で見た時はまだ、にょろにょろゆっくりとしていたが、段々動きに余裕を感じる。慣れてきやがった。


すると、突然物凄い速さで、ランダムとしか言いようなく、化け物は飛び回った。何がなんだか分からないが、ロビーにある大きなシャンデリアにぶつかり、シャンデリアが落下し、悲鳴が鳴り響く。


どうやら、ここにいる人には、化け物自体は見えていないようだ。ポルターガイスト現象のような事が起こっていると思っているのだろう。


だが、ポルターガイストは人を攻撃しないが、こいつはやばい。化け物は、受付の女の子の頭の上に飛び乗った。紅音は一瞬ぼーと顛末までじっくりと見てしまった。アメーバ状のヌルヌルしていた形状だった癖に、口のようなものが形成され、するっと頭を飲み込んでまた無茶空茶に部屋を飛び回る。


頭だけ喰われてしまったわけだから、当然女の子は、首から大量の血を噴水のように吹上げた。一瞬回りが鎮まり、阿鼻叫喚あびきょうかんな悲鳴が響く。女性が多かったが、紅音には男が悶えるような声に聞こえた。人間、本当に怖い時にはこういう声を上げるのか、と紅音は思った。


化け物は首を失った女の子のほうへまた戻って、血の上でアメーバ状に広がった。どうやら血を吸い込んでいるようだ。液体がスルスルと乾いていく。ヒルのように化け物は段々と大きくなっていった。


「そいつは人間を喰うたびに、貪欲になっていくんだ。そして強くなる。紅音君。君が余計な事をやらなければ、犠牲者は出なかったんだぞ。まぁいい。その子の為にもひと頑張りしてみるんだな。だが、このまま人間を食い続けられると、私の手にも負えなくなるかもしれん。頼むぜ。そろそろやっつけてみてくれよ」


王の声が響いた。


一回り大きくなって、たっぷり血を吸っただけに、動きも鈍くなると思いきや、むしろパワーもスピードも格段に増してしまったようだ。すると突如動きが止まりおとなしくなった。


すでに、美智子は手際よく施設利用者の家族達や職員を避難させていたが、フロントの真ん中には車いすの老婆と、回りにその家族、老婆の息子夫婦、孫達が集まって、抱き合っている。


「王さん。あのお祖母様、VIP室の宝生様です。ご一緒におられるのは、与四郎先生の後ろ支えをしてくださってる県会議員の宝生先生のご家族です。」


「ああ、もうダメだ。こうなっちゃ。君も早く、避難口へ行きなさい」


王は笑ったようにみえた。


その時、化け物は抱き合う家族達の真上に飛び立ち、まるで巨大なヒトデのような形状をとり、全てを包み込むようにベタッと粘着した。


「んー。罪深い事をしてしまったか。」王がため息をついて、もう一度化け物をみた時、巨大に薄く伸びた化け物に紅音は寄り添うように近づいていた。心臓の鼓動のように、生々しい塊がドクドクと脈打って感じる。紅音は冷静に、右手を肉状に突っ込み、核のようなものを掴んだ。


「粉砕しろ」


自然と言葉が出た。その言葉どおり、風船が割れたような音と共に、小さな粒子に粉砕され、化け物は消え去った。化け物に血を吸われていた家族達は、一応生きているようだが、皆明らかに死にかけていた。


王は、美智子に後片付けの指示を簡単なメッセージをスマートフォンで送りながら、満面の笑みで拍手した。


「おお、凄い。やりましたね。しかも、こんなに成長したヒルコに対して、ヘッドセットを付けることも無く。正直、私は君が成長前のヒルコにすら勝てる確信は無かった、というか、勝てたら儲けものぐらいの気持ちだったんですよ。にしても危なかった。対処がもう少し遅れていれば、私でもちょっと手出しができないぐらいになっていたかもしれない。今出てきた化け物は、ヒルコと言って単体ではザコレベルの強さですが、と言っても普通の人間では狙われたら終わりです。私の理解ではヒルコを倒せるのは、現代生きている人間としては、いなくはないが、ほぼ0というものでした。例えば宝くじで1位になる人はいるはずだが、その確率はゼロに等しいように。それがあなたというわけです。」王は嬉しそうに言った。


「つまり、あんたは俺を殺される確率が極めて高いゲームに突然俺を放り込んだってわけだな。」紅音は怒りというより呆れが強かった。


「確かに、君には失礼、というか酷い事をしたのは事実ですが、あいつに勝てないような奴と話していても、それは時間の無駄以外にはありませんからね。早く判断したかった。結果を出してもらいたかったのです。」


紅音は、一見礼儀正しく見える王の本性が読めて、逆にやりやすくなったとすら思えてきた。こいつは、正真正銘のマッドサイエンティストなんだろう。もう既に、巻き添え食って死んでいった人たちの事なんて忘れているみたいだ。悪い奴という感じはしない、それよりももっと危ない。こいつにとって常識や法律等凡人が作ったものなんか無意味なんだろう。人の命など何とも思っていないし、自分の興味や目的が全てに優先しているのだ。恐怖は不思議と無かった。アラハバキのお陰なんだろうか、心が安定している。息も切れない。


「君の能力を教えておきましょう。 それは今うまくやり過ごしたように、君はエネルギィの本質を見抜く目と、エネルギィを支配する呪文ことばを持っている。これは比喩的に言っているのではなくて、実際のものに宿るエネルギィの本質部分を見ることができ、支配するのです。君は今までも知らず知らずに、人の本質を見ぬいてきたんじゃないかな?私の本質にも恐らく無意識に触れていたんだと思います。本質を見極めないと、異形の者にいくら攻撃しても無駄。君は一発でヒルコの急所を掴めたのは、正統な紅猫家の証と言えるでしょう。しかし、おかしいですね。前サイゴンで会った時よりも、飛躍して力強く感じられる。呪文ことばを操る力も凄まじい。紅音さん。君はサイゴンで何かがあったね。」王は紅音を強く見つめた。


「そうか、君はアラハバキを見つけたんだな。道理で突然あんな状況に追い込まれたのに、訓練されていない君が冷静に呪文ことばを発したわけだ。こりゃ手間が省けた。そうか、君はアラハバキを取り戻したんだな。いや、別に心配しなくていい。それは君が持っていればいいんだ。持ち主の所に帰っていくものなのだな。さて、ここの後片付けは慣れているものに頼もう。君がここにいると、何かと目立つし厄介だ。」王はそう言いながら、元の部屋に紅音を促した。紅音も釈然としないが、他に良い選択肢も思いつかず従った。



「そろそろ、閉じておかないと、あいつらが嗅ぎつけてしまうからね。」王は、何やら作業を行い、例のヒルコが出てきた特殊装置を無効化した。


「見たとおり、常世には異形の者と言われる、この世の者では無いものが住む世界です。現世に通じる門ができると、異形の者の中には、積極的に出ていこうとするものがあるわけです。 ヒルコなんかはその代表的なもの。これらが何なのかは、よく分かっていないのですが、生命というよりは、エネルギーの塊と私は捉えています。動物的に見えるのは、我々の脳の解釈にすぎず、ヒルコには生命として必要なものは何もありません。ヒルコに関しては、ただ貪欲な食欲、それも人間に対する食欲だけが観察されます。私としても、常世に身を置く分には狙われませんが、現世で彼らと出会えば手を焼きます。ヒルコは人間界で所詮生きていける訳ではないので、周りの人間を食い尽くすだけ食い尽くし、消滅します。消滅と言っても、土になったり、水になったり、様々な形態を取るわけですが。まぁいい。疲れたでしょう。」王は紅音を促し、元の理事長室へ戻ってソファーに座った。


「タバコを吸ってもいいですか?」紅音は、承諾を受ける前に、タバコを取り出し火を付ける。


「あいにく私は吸わないので、灰皿はありませんが、仕方ない」王は、給湯室からソーサーを取り、紅音に渡した。確かに、王に言われたとおり、自分はもともと、人やものに対して、何かを感じ取ってきた。皆そうやっているものだと思っていたが、どうやら俺にしか分からない事があるんじゃないか。と気づきだしたのは最近の事だ。


そのぼんやりとした感覚が、今ヒルコに向かった時に、かなりクリアなものになったのだが、この感覚を説明するとなると、やはり手を焼くだろうな。なにせ、言葉という論理の世界とはまるで真逆な、感覚の世界の話だ。まぁこれを人に説明なんてする必要なんて無いから別にいいのだが。紅音はタバコを吸いながらぼんやりとこれまでの王との出来事を振り返ったが、考えるのをやめてぼーとした。何か違和感を覚えたが、それが何かを探求する体力が思ったよりも残っていない。


「あんた達に会ってからは、不思議なことが色々起こっていて、それを咀嚼するほど時間を使っていない。気を落ち着かせる時は、大抵の事はこれで静まる。」紅音はタバコをくゆらしながら、天井を仰いだ。


「それで、俺を使ってあんたは実験をした訳だが、面白半分、という訳でも無いだろう。あんたの為に殺されかけた訳だから。つまり、俺は全てを知る権利がある。と思うんですが?」紅音は努めて冷静にだが、全てを見通すような眼力で言った。


「確かに、紅音さん。君には悪いことをしたかもしれない。 ただ、だからと言って君が主張してる、全てを知る権利とやらを遂行する為に誰も助けてくれる人はいないし、私が嘘を言うかもしれない。君が知りたい事は、今の段階でも私の善意次第、という事なんだよ。それに知ってしまえば後戻りという選択肢は無い。そんなリスクを侵してまで、好奇心を優先させられるかな?私は君を気に入ったし、君の能力が必要だ。だから誠実にお付き合いがしたいと思っています。まずは、全てを知りたいなんて言わずに、私と仕事における業務提携をしませんか?」


「何ですか?」


「話が早くていい。本当にいいよ君は。会った時から、一目惚れしてたんだよ。実は。ははは。不気味がっているね。特に変な意味はないから安心してください。人として、惚れたんだよ。君の目にね。それで、依頼というのは、これからみっちりと修行して、常世を出入りし、異形のモノ達を使いこなせるようになってみないか?」


「何の為に?」


「世界を救うためさ。と言ったら驚くか?それとも引いちゃうかな?」


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