3ー玖 小包 風になる

<小包>

小包が木陰の切り株に翠を降ろし、山に登って行って、姿が見えなくなったと思ったら、また数秒もせず、するすると降りてきた。それでも翠には背中を見ただけで分かった。うまく行ったようだ。それにしても、黑鉄や紅音のような、運命を背負ったものならまだ良いとしても、小包のようなおっちょこちょいでズルいお調子者、というだけの人間の行く先を大きく変えてしまった事に対する罪悪感が翠にのしかかる。いや、そうじゃない。私がやっている事は、これしか無いと思える判断だし、小包の必然的運命だったと思うしか無い。


「やぁ。久しぶり。やり遂げたみたいね」翠は笑いかけた。


「おっ、久しぶり!翠ちゃん。一杯食わされたね。俺」小包も嬉しそうに微笑む。


翠は、小包のポンカロイドの途方も無い成長ぶりを瞬間的に感じ取った。


「たくましくなった。見なおしたよ」翠も微笑む。


「本当は再会の喜びを分かち合いたい所なんだが、実はそんなに余裕が無い。俺は100年ぐらいかかって、トワン爺さんを追い詰めていたんだけどさ。ある日どうやって入り込んだのか、あの山にヒゲの男とやって来て、爺さんが持つ、アラハバキを奪ったんだ。山には時間が流れていないというのに妙に焦って、俺には目も止めず、すぐに去っていった。あんなに強い爺さんが呆気無く動きを封じられて、俺も愕然としたよ。爺さんは死んではいないが、結界のようなものによって、封じられてしまった。だから俺もまだ、山で修行を続けたかったのだけど、降りてきたってわけさ」


「そうか。やはりトワンが1体は持っていたのか。それで、1体は紅音、1体は蒼磨、そして恐らく、ヒゲのボスのズンは元々1体を持っていたから、今は2体がズンの手中。何としても紅音と蒼磨から奪いにかかるだろうな」


「アラハバキが4体揃うと、何が起こるの?」


「私も本当のところは知らない。私の前の人生は、フランス統治下だった頃のベトナムで中国人の父とベトナム人の母の下に生まれた。名前は楊天晴ヤンテンチンと言ったっけ。楊天晴は常世の使い手として若い頃から名が知られていった。30歳前には、私を党首とする秘密結社『蓮への転換スイッチドオンロータス』が私の意図を超えて急速に力を持っていった。そこで私が覚えている最後の弟子がトワンだった。彼が『蓮への転換スイッチドオンロータス』に入門して来た頃には私はもう高齢で死にかけていたけど、その素質を見出した事を覚えている。彼が入門してから1年もせずに私は死んだんだが、私の技法をトワンは一通り覚えていったな。彼の兄弟子には秘密裏に、組織の抑えを作ろうと考えてのことだった。」


「ああ、その話ならトワン爺さんから聞いたよ。筆頭弟子のサンを中心に、上層部はアラハバキを集め、常世への門を開き、制御できるようになっていった。その結果、『蓮への転換スイッチドオンロータス』はベトナム戦争で最強の隠密集団としての頭角を表したが、その存在は謎につつまれていて、アメリカ軍はもとより、ベトナム軍にとっても謎めいた存在だったと。アラハバキの事は『蓮への転換スイッチドオンロータス』でもトップシークレットとして厳重に扱われていたが、そこに潜り込んだのがズンという訳さ。ズンは当時の『蓮への転換スイッチドオンロータス』では序列的にも実力的にも下っ端だったが、どういうわけか上層部に取り入り、いつしか常世への門が開く現場に常にいるようになった。そこで伝説的なサン達の活躍ぶりを間近で見ていたという事になる。」


「さすが、100年も生きただけ、おりこうさんになって帰ってきたわね。以前のあなたとは随分違う」翠は笑った。


「そうでもないよ。たった100年じゃ、以外と人間って変わらないもんだよね。」

小包は笑った。


突然、強風が巻き起こり、翠を軸として渦を巻くようなうねりとなった。

敵の襲撃かと、翠は一瞬顔を強張らせる。


「おっ、良かった。こっちでも普通に使えるみたいだな。100年かけて体得した技だからな。こっちの世界で使えなかったら翠ちゃんにあんた何やって来たのよとか言われるだろうなとビビッてたけど。よかったよかった」小包はにやける。


「ビックリするじゃないの!でも凄いわね。見たこと無いわ。こんなの」


「ああ、分子が持つ特性に働きかける事ができる。個体や生命体などに対しては難しいんだけどさ。理屈は良く分からんけど、こうやって気体なんかだとうまく操れる。風を起したりするぐらいだけどね。液体でも頑張れば何とかなる。結構疲れるけど。それにこれを使うとこんな事もできる」


小包の体がゆっくりと、浮いたと思うと、気流が小包の体を包み、そのままロケットのように、空高く登って行ってしまった。


「大したもんじゃない。あんなコでも変わる時は変われるのね」翠はニッコリと微笑んだ。



「おお、爺さんだ、大丈夫・・・そうじゃないな」空から山の頂上にある東屋あずまやを見下ろしながら小包は呟いた。


小包が迷い込んだ幻の山ではなく、実物の山は意外にも小さな小山で、そこには1人の老人が寝ており傍らには猿とリスが心配そうにそわそわしていた。


「やはり、爺さんのポンカロイドはここにはない。肉体だけが取り残されてるわけだ。この状態で何をやろうが、無意味だろうな」


小包は山に降り立ち、しばらく、リスと猿に話しかけたりたわむれていた。


「すぐ戻るから、またね。」にっこりと微笑みかけ、崖から飛び降りた。


現実の世界でどこまで飛べるかふと興味が出てきて、そのまま海へ向かう。

日本以外の海を小包は始めて見たわけだが、砂浜が白く、写真でよく見るような青い海が広がる。遠くには、テーブルマウンテンと言われる、台形の山が見える。ダナンの数少ない観光地だったはずだ。空を飛ぶ感触を忘れないように、ぐるぐると練習をしながら、ぼーと山を見ていると、山から天空へ向かって真っ直ぐに凄い光量の光の筋が立った。一瞬、あの幻の山ではよくありそうな摩訶不思議な事がこの現世で起きている事に混乱したが、目の錯覚では無いようだ。何かが始まりだした。直感的に小包は感じ取った。



<黑鉄>


黑鉄達は、テーブルマウンテンで、蒼磨の財団関係者達に誘導され、洞窟の中に入っていった。途中までは、観光ルートを通るのだが、チープながらお化け屋敷の地獄の拷問系蝋人形が所どころに置いてあって不気味極まりない。ただし、塗り方が結構雑なのが救いだ。東南アジア特有の、もう一歩完成度が足りないカルチャーが垣間見れ、気持ちが緩む。どことなく、4人の間はつかの間の休息的、観光気分すらかもしだされていた。


「なんか、この洞窟、ヒンヤリして気持ちいい。寝てないけど気分がスッキリしてきた。体も軽い」さっきから歌っていた、演歌調な昔風の歌を歌い終わると、ティさんが言った。


「頭がスッキリしていて体が軽い時には、新しい事を始めるチャンスだ。そのチャンスを生かさないと後で後悔する事になる。俺もそんな時があった。年をとると中々そういう訳にはいかなくなる」蒼磨は真顔で反応した。


「頭がどんよりしていても体は元気な時もありますよね」黑鉄が続く。


「そういう時は、頭を使わなくてもできる事をやってチャンスを待つのさ。部屋を掃除したり、コンディションがいい時に取り組むための環境づくりをすればいい。毎日同じように、一生懸命取り組むってのはあんまり感心しないな。」蒼磨は段々とエンジンがかかってきたように大きな声で言った。


「なるほど。カジノで負けにくく立ちまわる手法と似たところがありますね。分散を引き上げるわけだ」黑鉄はうなずいた。


「頭の調子が良いのに体が言うこと効かない時はどうですか?」在原も仕方なくではあるが、話に乗っていった。人間ができているなと黑鉄は思う。


「頭が冴えてて体がダメな時?そういう時は、ろくな事が無いからギャグ漫画でも読むか、普段見ないような馬鹿馬鹿しい動画でも見なよ。人には会わないほうがいいだろうな。在原君にはそういう時間も必要そうだね。」笑いながら蒼磨は言った。


「全部ダメならどうする?」ティさんが言った。


「両方ともダメな時?それこそ一番至福な時だよ。何も気にせず寝ればいい。どれだけ連続で寝られるか挑戦してみるのも悪く無い。まぁ人生気楽に生きろってことよ。」蒼磨は言い終わると、突然神妙な顔になり足を止めた。


「ここだ。この穴に入っていくらしいな」


ベトナム人でしか、こういう通路は作らないだろうと思える、異常に狭い穴であった。腰をかがめながら、慎重に四人は先がどうなっているか分からない不安を抱えながら進んでいくと、広い空間に出た。空間にはなぜか神社の鳥居トリイがある。


「これはな、細石サザレイシ神社って言う名前らしい。阿倍仲麻呂が建立したと言われている。この祠の中にブツがあるってわけだ」


蒼磨は長い年月忘れ去れ、腐り落ちそうな小さな祠を遠慮無く破壊した。


そこには土管があった。土管を隠すために祠が作られていたかのようだ。黑鉄は実際実物を目にすると、気が滅入った。目玉を抜き取られ、臭そうな目玉をねじ込まれた記憶が蘇る。


「確かに、これは俺が前、飛騨高山で見たのと同系統です。細石さざれいし神社?俺が飛騨高山で見たのは、コケムス神社と書いてあって、変な名前だなと思ってたんですが、つまりこれは君が代に関連があるという事か。となると、他に千代神社とか八千代神社があるかもしれない。ご丁寧にハシゴがかかってる所も同じです。ただ、危険だと思う。入るのはやめておいた方がいい」黑鉄は言った。


「何を今更言ってんだよ。お前さん。大体、俺達は狙われてんだよ。今更どこに行こうが危険なんだ。だが、その君が代と神社の関連性、面白いな。実はよ、蒼磨家党首は代々決まった名前をつけられる。俺の名前もそうだ。本名は蒼磨ヤチヨと言うんだが、人に呼ばれてはいけないという事で、偽名を使っている。ヤチヨなんて名前すっかり忘れとったが。他の家もそういうのがあると聞いた。」


「面白い話しですが、チヨやヤチヨならいいとしても、サザレイシさんとか、コケムスさんはちょっと無理がありますね」在原が苦笑しながら言う。


「まあ、いずれにせよ、君が代という歌は、どうも、何かを封印する為に作られた、という話を聞いたことがある。日本人は太古より、言葉には言霊コトダマが宿り、強い力を持つと信じてきた。そして、大勢の日本人が国を思う心で歌う国家というのは、その理屈で言えば強力な力を持つ。何かあるかもしれんな」蒼磨が神妙な顔をして言った。


そうこうしていると、土管から音がする。間違いない。何か土管から上がってくる。


「常世の住人かもしれない。一旦逃げたほうがいい。こんな狭い所に沢山いると戦えない。私は慣れているからここに残る。」ティさんが言った。


「そんな事言うなよ。ティさん。ほら一旦引き下がるぞ」


蒼磨は、言う前から一番に細い抜け穴に逃げ戻ろうとした時、ティさんが笑いながら言った。


「蒼磨さん。大丈夫。戻ってきて。」


ティさんがニヤニヤしている。


「やあ、みんな元気そうだね。実はハシゴをのぼりながら、話は聞こえてきたよ。僕もすっかり忘れていたけど、蒼磨さんと同じく、偽名なんだ。本当の名前はさ・・・・そのコケムスだよ。紅音コケムス。ひどい名前だろ」紅音が唐突に出てきて話しだした。


皆、しばらく状況が飲み込めず唖然あぜんとする。どうやら冗談では無いらしい。










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