3ー捌

王学斗は、ただ常世の中を漂うように、身を委ねていた。どれぐらいの時を経たのだろうか、考えもつかない。何しろ常世には時間が無い。それにしても自分が現世で生きていたよりは随分長く、漂っているはずだ。


現世は、無常の世界。つねに変わりゆくはかない世界。幸せというものは、王にとっては幼い頃の日常の事だった。両親、兄弟が殺される前の世界。そして、はかないこの世界を憎しみ、変わらない世界に憧れた。


皮肉なものだな。憧れにとどめておけばよかったものを、ついに常世の一部として俺はこのままここで永遠の日々を過ごす事になるのか。苦悩から開放されたこの世界、ここで永遠の存在になるのも、嫌いではないが。


荒野の中、サラサラと流れる川がある。と言っても、ここは常世、現世のように物が動いているわけでは無い。現世の言葉を使ってあえて説明するとそういう詩的な表現が好ましく思えるだけだ。


遠くには、常世の民の大群が奇怪に周回している。


ここにいれば、常世の民達は、決められた仕事をするように、荒ぶる事も無く、ただただあてもなく群集で彷徨さまようだけに見えるが、現世に現れる時は決まって、破滅的な戦闘力を持つ、得体のしれないものとなる。しかも始末が悪いのは、常人には見えない事。現世に迷い込んだとしても、レイヤーが完全に一致していないので、常人には何が起きたかわからないままに破壊は進行する。


「おい、俺もお前も、まだまだ現世に仕事を残して来ているようだぞ」


突然、足元から声がした。小人だ。


「よう。王学斗。元気か。よし、お前に協力してもらう為に、まずは2人でちょっくら現世の見物に行ってみよう」


小人が言うと、突然、地面に穴があいて2人は落ちていった。



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「ここは?」王が尋ねる。


「まぁ、見てみなよ」小人が指差す。


蒼、赤、紫、橙のかぶりものをした、どれも奇妙な出で立ちの4人が鳥居トリイを囲んで、ぐるぐると踊りながら回っている。鳥居トリイの前には、黒尽くめの男が座禅を組んでいる。瞑想しているようだ。


鳥居トリイから、小さなヒルコが一匹出てきた。ヒルコが真っ先に、黒尽くめの男に飛びかかる。黒尽くめの男は全く動じず、微動にしない。よく見ると防御壁のような黒いオーラに守られて、ヒルコは手がつけられないようだ。


そうこうしているうちに、鳥居トリイから常世の民達がノソノソと出てくる。4人は気が触れたように、踊りを加速し、奇妙な唄を唄い始める。


男のほうと言えば、どんどんと常世の民達に取り囲まれるが、手を下すまでも無いという威厳で黙っている。


一方的に男が座っていた辺りに常世の民達が集まり、粘土のようにどんどんとくっつき、男は見えなくなった。塊は際限なく巨大化していく。


「ここは日本だ。君がいた時よりはかなり昔だけどね。安土桃山時代と言えばいいのかな。戦国時代だよ。要は。

この国はかつて、大国主がいた。あの黒尽くめの男は大国主のポンカロイドを受け取る器を持っている」小人が言った。


「では、黒い男が黒鉄家、あの4人は、アラハバキを守る蒼磨家、赤猫家、紫雲家、橙花家、という事ですか」


4人を見ると、それぞれ蒼、赤、紫、橙の光に包まれ、その光は黒い常世の民と一体化した塊に一気に降り注いだ。


「これが祭事うたげだよ。あの4人は、かつての大国主の国を奪った天津神あまつかみ達の末裔まつえいだね。彼らは5分割された大国主のポンカロイドのうち、4つが封印されているアラハバキを代々守っているんだよ。」


「あとの1つはどこに行ったんですか?」


「まあそう焦るな。大国主の力は強大だ。アラハバキに封じられてはいるが、それを持つ事で、あの4つの家は力を得ている。だが4つの家はその恩恵を受け取る代わりに、危険な宿命を負うこととなった。浮かばれない大国主のポンカロイドをこうやって120年に一度、元に戻し、現世に集まる常世のエネルギィの一掃をする。それがこの祭事うたげの目的さ。元々大国主が統治していた時代、常世のエネルギィが現世の日本に貯まる事など無かった。大国主のポンカロイドだけが持つ浄化作用のようなものが常世の民を排除していたと言える。大国主が封じられた後、時折、常世のエネルギィが暴発して、この国は何度か壊滅しかけたんだ。誰もが大国主の祟りだと思っていた。」


爆発音が突然した。常世の民にまとわりつかれて塊と化していた男のほうだ。見ると、常世の民は全て消滅して、黒尽くめの男が1人で立ち上がった。


「なんだ?」


「あいつは、お前の言うとおり黒鉄家のものだ。黒鉄家では、何世代かに1度、5分割された大国主のポンカロイドの一つが宿ったものが生まれてくる。120年に一度、アラハバキにより封印された他のポンカロイドと融合して、黒鉄の中で大国主が再生されるんだよ」寂しそうに小人は言った。


鳥居トリイからとめどもなく溢れ出る得体のしれない常世の民達は、不思議と黒鉄家のものに吸い寄せられるように目指していき、それをまるで、舞を舞うがごとく、華麗に破壊していく。


「美しい。素晴らしい。」


「こうやって、120年分溜まった常世の民を潰す事によって、なんとか常世のもの達の暴走を防いできたと言うわけだ。そして終わればまた大国主は分断されてしまう。次の120年後までね。素戔鳴尊スサノオノミコトという名前聞いたことあるだろ。天照アマテラスの弟という事になっているが、あれは後付けさ。実態は、弟どころか大国主の封印を解いた、この120年に一度の無双状態な黒鉄の事を言い表している。さ、次に行こうか。なんだ、お前、こういう残虐な破壊を見るのがどうやら好きなんだな。いいよ、気の済むまで見ていくのもわるくない」


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「あれは、大仏のようだな」ポンカロイドの転送後特有の目眩めまいを感じながら王が言った。


「そうだよ。奈良の東大寺に来た。そこで指揮してるのは吉備真備きびのまきびだ。この時代、飢饉、略奪、疫病が重なったと言われているが、見ろよ。この荒れ方。それどころじゃない。この時代にあり得ないだろ。」小人が丘から集落を指して言った。


確かに、ひどい。ひどい死臭だ。死体を見ると、体が半分無くなっていたり、干からびていたり、死に方がひどい。汚い。どうやればああなるのか。


「これ見たら神のたたりとしか言えないよね。こんなのは、この時代ぐらいまでは、良くある事だったわけだよ。大国主が出雲に封印されてからこのあたりの時代まで、こんな風に常世の民によるエネルギィの暴走は続いたんだ。あそこで一生懸命陣頭指揮に立っている吉備真備。大仏建立の功労者だ。吉備真備はこの時々訪れる災害や疫病が常世からもたらされるものと分かっていたし、それを防ぐ事は大国主にしかできない事も知っていた。大仏建立の裏の目的は、大国主の解放だったんだ。結局うまくいかないんだけどさ。」


「吉備真備が大仏建立に貢献したという史実は知ってましたが、現実は微妙に違うと」


「大仏を作る事で、大国主の祟りを封じようと天津神アマツカミ由来の皇室は考えた。この災難が大国主の祟りではなく、大国主が封印された事による常世の民の暴走である事を知っている吉備真備は極秘裏に唐から得た秘儀により、大仏の中に天津神アマツカミの本尊とも言える、天照アマテラスを封じようと目論んだわけだ。」


「そんな事を知っていたという事は、吉備真備のポンカロイドは大国主のポンカロイドの1/5という事ですね」


「ああ、鋭いね。さすが。大国主をアラハバキに封印している力の源泉は天照アマテラスによるものだ。だが惜しくも失敗する事になる。うまく逃げられた。だが天照も常世の民の暴走を食い止めるには大国主の力が不可欠と見たのか、結局、この大仏事件がきっかけになり、出雲の結界に封じられた4つのアラハバキは蒼磨家、赤猫家、紫雲家、橙花家に渡ることとなった。


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「今度はどこだ?ここは?現世には見えないですね。かといって常世でも無いようだ。」


「ここは2017年の現世だよ。壊滅の8月と後に言われた現世の崩壊後の世界だね。常世の民が人間の大半を喰ってしまったし、現世の一部は常世との融合もみられ、元の秩序が狂ってしまったのだ。」


「常世の民がまだうろついているようですね。現世にいる常世の民は見慣れているとは言え、おぞましい。しかし、こうやって長いこと常世にいたせいか、特に哀愁の念は湧かない。そういうものか、と思えるぐらいになってしまったな。私は」


「そうかい。それもいいだろう。だが、私はこの崩壊の8月を食い止める為に、この小さい体と少ない知能を駆使して、果てしない旅を続けてきたんだ。君をこうやって誘ったのもその一環さ。悲しい事言わないでくれよな」


「あ、あれは見覚えのある男女ですが。随分と昔の事で、もはや記憶がぼやけている。私とは縁があった2人のようですが。死体を何体も埋葬しているようですね。」


「そうだよ。あの女の子は物部翠、男は小包香助と言う。王学斗さん。あなたに崩壊の8月を教えた事で、何かが変わるのか、俺も知らない。崩壊の8月は物部与四郎の試みが利用される形で、常世の暴走が始まる。これだけは定番の流れのようだ。さて、そろそろ戻るがいい。そうだね。戻る時は、丁度あのベトナムでの会食後にしておこうか。やれるだけやってみてくれよな」







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