3ー陸 またもターミナル

<黑鉄>

バスがジャングルのような山林で大破しても、ちょっと前、皆殺されかけたと言っても、この連中は何の躊躇もせずに、あっけらかんと次々と次善策を打っていく。黑鉄は、自分が知っている日本人像とは違う彼らに対し、敬意の念が少しずつ生まれていった。正直な所、未だに大人全般に対し見下す癖が抜け切れていなかったからだ。ティさんが電話で近隣の村人を呼び出した。最初は不信がっていた村人も、蒼磨がゴミ袋一杯の現金を手渡すと、突然態度を変え、動きがキビキビとしだした。ベトナムドンはインフレが進み、最高紙幣の50万ドンでもせいぜい2000円ちょっとなので、かさばるのだ。


程なくすると、ランドクルーザーがやって来た。蒼磨が何やら、こんな夜更けにサングラスしている怪しいオヤジと談笑を始めて、さり気なくまた袋一杯の現金を渡す。サングラスの男は3度断り、4度目で袋を手下に受け渡した。どうやら交渉成立したようだ。男たちはランドクルーザーを置いて、バイクで去っていった。


「ここらへんでは有力な政治家の車だ。フロントガラスにシールが貼ってあるだろ。これがあると、基本警察には捕まらないし、大体ノーチェックで通過できる。まぁ、そんな子供だましが効くのは、ザコ達に対してだけだが、面倒事は大体これで避けられる。さぁ、引き続き道を急ごう。」


ティさんが運転、助手席には黑鉄、後部には蒼磨と在原が乗った。


「さて、一旦危機も去った事ですし、話してもらいましょうか。」在原が隣の蒼磨に対し、目は合わせず前方を直視して言った。


「何のことだ?あ、お前を捕まえた経緯についてだな。すまんな、手荒なマネをして。本来ならば違う形で協力を仰ぐ事もできたのかも知れんが、我々もまだ未熟で、ついはずみでな。」


蒼磨は苦笑しながらも、在原の表情を観察していた。沈黙が続く。在原は何も言わない。10分程経過するが何も言わない沈黙が蒼磨を追い詰めた。


「まぁ、はずみというのはちょっと違うか。多少の計画性はあったしな。在原くん。キミをさらった当初の目的は、物部与四郎、王とベトナム軍部のズンが進めている共同開発について、君ならば随分と詳しいんじゃないかと思ってね。我々はズンの計画を阻止する為に長年奔走してきたんだからな」蒼磨はギョロッとした目で在原を見つめた。


「日本の民間人が危なっかしすぎる事をやってる代償としては、その側近がとっつかまって、ズタ袋に封じ込められるぐらいは、優しいもんだと思うがどうかね?」


また沈黙が続く。


蒼磨は、抜目のない所と、隙の多さとが霜降りのように、混ざらずに融合していて、憎めないが距離は適度に保たないとやはり危ない奴だなと思った。その点、在原のほうがずっと付き合いやすい。誠実を具現化したようなタイプ。ただ、それ故行動が読まれやすいし、蒼磨のような男には弱いのかもしれない。


「まぁ、お前さんもペラペラ知っている事を話すタイプじゃないのはよく分かる。東北出身って感じだな。不器用な野武士タイプだ。まあよ。こうなっちまったんだ。俺もあえて根掘り葉掘り聞かない。ここは一つ、休戦条約じゃないが、俺にしばらく付き合ってくれないか。お前は明らかに戦力になる。人情深そうなお前さん見込んで言う。悪かった。手を貸せとは言わんが、旅は道連れ世は情けでどうだ?」


こんどは蒼磨は、母のような包容力のある笑顔で在原を優しく見た。関係性を劣勢からフェアどころか自分に協力させる所までいつの間にか持って行こうとしている。大したもんだと黑鉄は思った。


「いいでしょう。ただし、私にも条件がある。あなた達の背景を教えて下さい。私の事は調べ尽くしているようですので、そこはフェアに行きたい」在原がうつむきながら言った。


「分かった。俺は黑鉄にも言ったが、アラハバキをサイゴンで見つけて以来、アラハバキが最後に揃ったベトナム戦争時、何が起こっていたのかを調査してきたんだ。俺にはこう言っちゃなんだが、使い切れんほど金もあるし、働かんでもいいというのもあるが、正直人生やる事が無かったからな。でもこの年になると、自分の使命というか、俺が生きている意味みたいなのを求めたくなるもんなのよ。蒼磨家の主としては恥ずかしいふらふらした人生を歩んできた。ここいらで汚名挽回ができれば儲けモンだと思ってよ。そんな事やってるうちに、ズンに会ったんだ。こいつは一言で言うと、やばい奴だった。」蒼磨は珍しく、思い出しながら髪を無意識に掻きむしりだし、暫く黙った。


「直感的にすぐ分かった。人間じゃぁ無かったのかも知れんと思っている。」蒼磨が言うと、「そう。ズンは人間では無くなった。」ずっと運転に集中していたように見えたティさんが言った。


「そうだったのか。やはり。ティさんは、ズンの下で働いていたんだよ。あまり喋りたがらないから、俺も詳しくは知らないけどな。」蒼磨はティさんが話に入ってくるかと思い、黙ったが、何も反応しない所を見て、話を戻す。


「ズンはアラハバキを集めようとしていた。俺は、こいつがアラハバキを揃えてしまえば、世界はズンのものになってしまうだろうと悟った。滅ぶのか、どうなるかは分からないが、とんでもない目茶目茶な事になると確信を持った。俺たちが120年に一度、アラハバキを4体揃える目的というのは、簡単に言えば世界の秩序を維持する為だと伝わっているが、そんな事より重要なのはむしろ、120年に一度以上合っちゃいけない事なんだ。揃っちまうと、何かと制御不能な厄介事が起きるからだろう。とにかく、俺達一族は、もしアラハバキを持つものが祭事以外で近づいてきたら、一に逃げる。二に威嚇する。三に殺さなければならないと伝えられてきた。とにかく危険なんだよ。一旦一緒になっちまうと制御は難しい。実際その現場は俺も見たことは無いがね。4体が引き合わされた時、過去も未来も現在も何もかもにつながると言われている。俺達は神事としてやっているから、つながってどうこうしようとかは無かったはずだし、そういう恣意的な目的を持つものとは最も遠いのが一族なんだ。だが、つながる事ができるというのは、それを書き換える事もできるという事。事実、ベトナム戦争時に、アラハバキが始めて我々の一族以外のものの手で揃い、何かが起きた。そして今の世の中になっていると思うと、空恐ろしいが、案外アラハバキを使った奴はまともな奴だったんだろう。今の世の中を見た所な。

だが、誰だか知らんがそいつの落ち度としてはアラハバキの能力が外に漏れた事。よりによって、ズンというやばい奴に知られてしまった事だ。そして、そいつと物部という日本人がやり取りしている事を俺は知った。これが、俺が俺の背景の説明とお前を捕まえた動機だ。どうだ。気持ちは収まったか。」


蒼磨は、いつの間にか葉巻を吸い出した。車の中で葉巻を吸う神経はどうかと思うが、気持ちを収めるためにの事であろう。


「大体わかりました。我々は、当面は一緒に行動できそうです。まだ、危機は去っていないと思いますしね。お付き合い致しましょう」始めて在原は蒼磨の目を見て言った。


「おお、そうか。良かった。よろしくな。」


蒼磨は手を差し出して、在原は握った。


「僕も一つ聞いていいですか?まだ、何故ダナンに向かっているのかよく分かっていないんですが。なんか、寺から念願のブツが出てきたとか言ってましたね。」黑鉄がタイミングを図って言った。


「おお、そうだ。念願のブツが出てきたんだよ。テーブルマウンテンと言われている奇妙な山があってな。形が台形だからそう呼ばれている。俺は、日系のベトナム考古学研究をしている財団の理事でな。表向きには学術的なものなんだが、ハジメからそんなのにはあんまり興味は無い。本当の目的はそのブツ、つまり常世への通路を見つける事だった。その為に、随分と日本、ベトナム双方の政治家どもに金払い続けたもんよ。今ではお陰で財団では一番偉いさんになっている。払った金が多いってだけでな。まぁ、そんな事もあって、ずっと調査続けていたんだよ。でよ、その通路って奴なんだが、お前たちも体験したように、常世というのはこの世界が影絵だとすれば、影の本体にあたるようなものだ。そこにアクセスするのは、自分の肉体ではなく、精神的なものに通常は限られる訳だ。お前たちが瞑想状態になって、レイヤーを超えたりするのも、その最深部は恐らく常世だろう。そんでよ。実はお前たちのように、自力で潜り込むだけではなく、物理的な入り口として、直接常世に通ずる道がいくつかあった事が古文書からは分かっていた。その通路がベトナムのダナンにあると書かれている文献があって長らく調べていたんだが、それらしい通路が見つかったって事なのよ」


神妙な顔をしながら蒼磨は言った。本人も、本当の所は確信が持てないようだ。


「入り口はどんな感じなんですか?」黑鉄は思わず聞いた。


「俺も直接見た訳じゃないから、又聞きになるんだが、なんか、井戸みたいな、土管みたいな感じで、ハシゴを降りて行くらしい」やはり、高山でみたのと同じだ。


そうか、あそこはやはり常世に通ずる入り口だったという事か。黑鉄はあの忌まわしい体験を思い出してゾッとした。


「なんだ、お前なんか心当たりあるのか?」蒼磨が黑鉄から何か感じ取ったのか、聞き返した。


「いや、昔それに似たものに出くわした事があって。日本でですがね。」どこまで喋るべきか考えながら黑鉄は言った。


「詳しく話せ」


「数年前ですが、観光に飛騨高山に行ったんです。そこでそんな土管みたいな井戸みたいなのがあって、降りて行ったら川が流れてて、なぜか相当深い地下なはずなのに、あたりは夕焼けみたいな空があって」黑鉄は慎重に言った。


「ああ、そこは常世の入り口だ。正確に言うと、常世とこよ現世このよ彼世あのよの交わる場所。本来常世には、時間も空間も無い。時間は、ものは変化する事が前提の現世における概念だが、常世は不変だ。だから生も死も無い。無常の世界に生きる我々には原理的に理解できない世界だ。不思議なもので、普通はこの現世に生きるものは常世には行けないが、中には行ける奴がいる。黑鉄、お前はその常世に行ける珍しい奴だ。行けない奴が土管を降りても、つっかえてしまうだけだろう。恐らくはそれか、アクシデントかなにか起こって、ハシゴから足滑らせて落ちて死んだりとか、そういう形で行けないのかもしれない。いずれにしても、かなり危険だ。だが、俺達はそこに今向かっている。まぁ、追手から逃げなきゃならん事情もあるが、いずれにせよ、向かい合わなければならない問題ではあった」

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