3ー伍 魔の山へ

<小包>

南北に長いベトナムは北部の中心ハノイ、南部の中心サイゴンが有名であるが、ダナンは中部地方の中心都市であり、リゾート地としても売出中である。中心都市と言っても、もしこれが南国でなければ、単なる半端な漁村止まりだったんじゃないかと思えるような、期待よりも小ぢんまりとした街だった。しかし、一応ベトナムを代表するリゾート地であり、 後ろには美女も乗せてるし、中々自分も様になるような事ができるようになったんだなぁと小包は自分を喜ばせた。


「このままずっと真っ直ぐ行くと海に出るわ。左に曲がって海沿いを走って。じきに観音像が見えてくるから山のほうを目指して」翠はテキパキと指示をする。


サイゴンに比べると、交通量が半分以下なのもあって、運転しているだけで贅沢な気分になれるし、何より風が気持ちいい。翠の言うとおりに進むと海が唐突に現れた。白い砂浜と青い海はなんとかリゾートビーチの風格を持っていると言えるが、漁業で使う網やらカゴやらが落ちていたり、まだまだ漁村の域を脱していない感じもする。それでも日本の海みたいに塩臭く無い南国の海風に小包は気分が高揚してきた。


「あ、観音様見えたよ。デカイね。なんか、有り難みが無い、レプリカ感満載な感じだなぁ。何、お祈りでもしに行くの?にしてもよ、翠ちゃん。相変わらず指示だけ俺に出して俺も大人しく聞いてあげてるけど、何があるの?いい加減教えてくれよ」小包が後ろを見て言った。


「いいから、ちゃんと前向いて走りなさいよ。観音像の脇に寺がある。そこに行くの」翠はそっけなく言った。


オンボロのレンタルスクータで観音像のある山をなんとか登ると、一応観光名所の為か、まばらにしか停まっていないバイク駐輪場があり、小包はそこにバイクを停めた。よく見ると、管理人らしき小さなおじいさんが、木陰で居眠りをしており、その脇には壺が置いてあった。お金がパラパラ入っており、駐車料金兼お布施というような感じだった。小包は、持っているお金で一番小さなお札である200ドンを壺に入れた。当時のレートで1円以下の価値である。翠をおぶって観音像の方に歩いて行くと、崖のような山の背に、階段というよりはハシゴに近い急な細い登り路があった。


「これを登っていく事になるのね」翠が言う。


「そりゃ、流石に無理でしょ。俺1人でも結構キツそうなのに、翠ちゃんおぶっては、危ないよ」大げさに小包は大声を上げた。


「確かにあなたじゃ私を背負ってここに登るのは無理ね。んー、どうするかな。まぁ、私の事は構わないからあんた1人でお寺まで行ってみて。下を見ないほうがいいよ。登っていくと結構怖いと思うし。私の事は構わないで」翠がそういうならと小包は、木陰の切り株に翠を一旦下ろすと、自分1人で登りだした。


こういう時は、面倒くさがりの小包も男を見せたい事と、好奇心もあり素直に言う事を従った。黙々と登っていくと、小さな小山だと思っていたが、意外とどこまで言っても、急な坂が続く。路は細いし、ここまで高くなると、落ちると結構やばいなと思うが、下は見ないほうがいいとか言っていた事もあり、気にせずどんどん登っていった。いい加減体感的には、着いてもいい頃だろうと思うが、一向に頂上の寺に着く気配は無い。遠くから見た感じでは、観音像の裏に、ちょこっとした小山があるだけに感じたが、記憶違いだったのか、段々と険しさが増しているように感じてきて、何かがおかしいと思って下を見ると、信じられない光景にそのまま目まいで落ちそうになったところ、ギリギリ踏みとどまった。


下方には信じられないような断崖絶壁が広がっていた。唖然となり、意識がぐらつくが、死の危険を感じるほどなので、ここで冷静さを失ってはやばいぞとなんとか自分を戒める。しかしやばいからと言って引き返すのは、とても恐ろしくて無理だ。足元をはずすと、即絶壁でとても足がすくんで動けない。下を見るなとはよく言ったもので、頭がふらついて、吸い込まれそうになるのだ。逆に、見なければそれほど難しい路では無いのだが。グランドキャニオンは行ったこと無いが、大体それぐらいの絶壁だろうなと思った。少なくとも清水の舞台よりは高いし、落ちたら確実に死ぬ高さという事は分かる。降りられないとなれば留まるか登るしか無い。


普段はノラリクラリしている小包も、悲壮な決意で登り続ける事を選んだ。冷静に考えれば別に危ない路では無い。幅が1mで、その下は絶壁なのは危険すぎるが、考えようによっては変な失敗をしないかぎり、踏み外すほど難解では無い。頭がおかしくならないようにだけ気をつけて、せっせせっせと登っていると、小さな人影が前方に見えて、角を曲がりまた見えなくなった。人がいる、と希望が持てて、小包は後に続き角を曲がると、背の低い老人だった。ついに自分は頭がおかしくなったのかと立ち止まる。あの老人は、駐輪場で寝ていた爺さんじゃないか。なぜ、自分の前方を歩いているんだ?


「おーい、爺さん」


小包は思わず叫ぶと、また驚愕した。


「なんじゃー」と日本語で陽気に答えてくるじゃないか。


それに対する突っ込みを入れたい所だが、この危機的な状況もあるし、小包は今どうすべきか、静かに頭をフル回転させる。


「固い話は抜きじゃ。どうじゃ、この先に峠の茶屋があるでの。まぁ、疲れたじゃろ、ちょっと茶でも飲みながら休みんしゃい。そこでワシの話ききんしゃい」


ニコニコしながら甲高い大声で叫ぶと、駆け足でまた坂路を登っていった。唖然とするも小包は前進するしか無い事もあり、不気味な爺についていきたいとは思わなかったが、とりあえず同じ方向に向かった。すると、言ったとおり、茶屋と達筆な漢字で書かれたひなびた家があった。ベトナムでも古い家には漢字が使われる事もあり、まぁそんなもんかとノレンをくぐると、そこにさっきの老人と、小包のタイプのど真ん中と言える、アニメに出てきそうな顔立ちの整い方をした女の子がいた。しかし、気になるのは老人の顔がちょっと変な感じがする事だ。何というか、野性味を帯びており、老人ながらも逞しい感じがして、さっき会った時と随分印象が違う。女の子は服装が忍者のクノイチのコスプレのような出で立ちで、これは小包の大好きなテイストだ。


「お主の好きそうなオナゴを用意したぞい。どうじゃ?」余裕の表情で爺が微笑みながら言う。


爺はなぜかヨダレを垂らしている。不気味な感じがする。


「どうじゃって、俺も用事があるしなぁ。翠ちゃんを下で待たせているし、上の寺に行かなきゃならないし。君なんて名前?」小包がオサゲの女の子に語りかけると、これまた不思議と日本語で「サヨでーす。よろしくね」と愛らしい声で返してきた。


「サヨって言うの〜。いい名前だねえ。君、日本人?」


小包は、色々と不思議で、謎な状況であったが、そんな事よりも、目の前のサヨとどうしたら仲良くなれるかに取り敢えず気持ちを集中する事にした。


「お主はサヨからしばらく訓練を受ける事となったのじゃ。ここにお主が辿り着いたという事だけでも、お主に見込があることはわしには分かった。お主が常世からどんな能力を手に入れられるかは、わしにも分からん。それはサヨが導いてくれるはずじゃ。手に入れるまで、5年でも50年でもいていいんじゃからな。じゃあ後はお前たちに任せるとするよ。じゃな」


爺は、立ち上がり、老人とは思えない速度で山を登っていったが、小包は、老人の尻から尻尾が出ている事を見逃さなかった。さらに、やけに毛深くなっている事も。恐らく、俺はたぬきか狐に化かされるという状態になっているんだろうか。と静かに思った。


「これ、まずよく読んで」サヨが巻物のようなものを小包に渡す。


小道具も妙に凝っていて、何がなんだか分からないが読んでみると、どうやら翠からの手紙のようだ。


「小包殿、これを読んでいる時は、色々と頭が混乱している事でしょうね。あなたをこの山に導き入れたのは私。ちょっと騙しちゃった感じだけど、仕方なかったのよ。怒らないでね。これから話す内容は、君にはちょっと信じられないようなものかもしれない。でも、いずれきっと分かってくれると信じている。 どうやら、君は素質があるようなので、そこで修行を積んで欲しいんです。だって、あの小路が見えたんだからね。ちょっとは期待してたんだけど、あなたに素質があるのは意外だったわ。自分が納得できる力が手に入るまで、粘り強く頑張るのよ。時間は膨大にある。というか、時間は無い。時間はあなたがいる山には存在していないの。と言われても分からないだろうけど、段々わかってくると思う。自分で体験する事によってね。あなたはそこで何年いようが、何十年いようが、山から降りれば、私とバイクで登ってきたあの瞬間に戻ってくる。そこはそういう不思議な場所なの。あなたのポンカロイドだけが、ちょっと別世界に行っちゃってるって考えるとわかりやすいわ。そこは肉体が無い、不滅の世界。何も変わらないし何も壊れないから、当然時間も無いの。まぁ、冗談に聞こえるでしょうが、戻ってきた時を楽しみにしてるよ。頑張れ、小包。頼りにしてるぞ」


読み終わるもサッパリ意味が分からない。小包は、ポケットからタバコを取ろうとしたが、見つからない。さっきまではあったはずなのに、どうした事だろうと思ってパンツをよく見ると、ポケットどころか、いつのまにかサヨと同系統の、忍びの里にいる時の、修行している忍者が着ているような服を着ている。足を見ると草鞋になっている。


「なんだこれ?いつの間に?」


小包は、自分に落ち着けと言い聞かせ、自分の服装を点検すると、やはりコスプレにしては出来過ぎた衣装だ。キョトンとしていると、サヨがニコニコ笑っている。


「気に入った?私の服もキミの服も、キミのポンカロイドが作ったものなんだよ。さあ、早速これから修行を始めるよ。トワン様という、私のお師匠様が頂上にいるの。トワン様を倒す事がキミのゴール。ちょっと難しすぎると思うけど、仕方ないね。トワン様を倒せば、ここから出られるよ。まぁ、トワン様よりは全然弱いけど、キミよりはすっごい強いサヨを倒すことがまずは先だよね。頑張れ!小包!」


「いや、頑張れって言われてもさぁ。大体、キミを倒すって言ってもなぁ、格闘ゲームでもあるまいし、こんなコスプレの女の子と戦うとか、無いでしょ。」


「この世界は、キミのココロ次第で何でも可能になるんだよ。大事なのはポンカロイドの強さ。ほら、見て」サヨは突然ジャンプすると、あれよあれよと、山の頂上までそのまま飛んでいってしまった。


ポカンと見ていると、空からはやぶさのように、急降下し、こんどは谷底に落ちていくかと思うと、急に重力を無視して、ふわっと浮いたように落下速度が遅くなり、小包の前に着地した。


「まぁ、こういう事もキミでもできるようになるんだから。ポンカロイドが強ければね。」


そう行って、サヨは茶屋に不自然に立てかけてあった、大鎌を手にし、小包に近寄ると、突然振りかざした。小包の両足が見事な切れ味で切断された。


「ちょっ、何すんだ!」と精一杯小包は言葉を出すも、ありえない展開に、思考が完全に停止してしまった。


「説明してもわかんないだろうから。この世界はポンカロイドの世界。あなたの世界とは違うの。だから、足を切ってもまた生える事も簡単なの。ほら、そんなオドオドしてないで、なんともないんだから」


小包は恐る恐る、切断された足を見ると、やはりスパっと切れているが、何故か血が出ていない。痛くもない。


「簡単に言うと、私が鎌で切り落としたら、こうなるだろうなとあなたが想像した形になってるの。でもあなたは足を本当に切り落とされた事は無いから、それ以上の想像ができないって事。さ、足生えろ、とでも念じてみたら?」サヨは笑いながら言う。


少しは冷静さを取り戻した小包は、言われたとおり、足よ生えよと念じると、切断された所から、無数の触手が生えてきた。にょろにょろとタコの足のようなものが、何百も生えてくる。


「うわっ。やばいよ、なにこれ?」


泣きながら小包が声を絞り出した。


「いや、それはキミの想像の産物なんだから、そんな嫌がること無いよ。キミがそういうのが生えてほしいと願ったって事だよ。でも趣味悪いね」サヨは苦笑しながら言った。


確かに、ここは異常な世界という事は良く分かった。もしかしたら、山から自分は落ちて、気を失っていて、臨死体験をしている最中かもしれないとは思ったが、サヨがいる事もあってか、そんなに悲壮な気持ちにはならないし、むしろこれは相当楽しいんじゃないか?とすら根っから楽天的な小包は思えてきた。


「そのトワンってのは何者なの?」


「トワン様は常世の使い手として、ベトナム戦争やその後の動乱に大きな功績を残した方。今年88歳を迎えるけど、まだ私じゃとてもかなわないぐらい、強い人なの」


「なんで、その爺さんと戦わなきゃならないんだよ。」


「トワン様の師匠の生まれ変わりが、あなたと一緒に来た翠という女の子なんだって。師匠からお願いされたから、トワン様としてはあなたを一流に育てる義務があるって事よ。さ、修行を始めようか」

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