2ー漆 昔話は気取ったバーで

「確かに僕は、将棋みたいな類の論理ゲームで負けたことは子供の頃から無かった。将棋教室でルールを教えてもらったその時から、相手の大人を負かしたりしてさ。将棋道場みたいな所行っては、最初はチヤホヤされたけど、すぐに煙たがられるんだよ。そうこうしながら、最後は当時名古屋でヤクザがやってる「ポンタ」っていう雀荘があってそこに拾われてね。その奥の個室で賭け将棋をやってたんだ。僕。麻雀と将棋のいずれも腕自慢なオヤジって偶にいるんだけどさ。そういう奴をヤクザ達が探してくるんだよ。それで、上手いことここまでおびき寄せて、まず麻雀で狙い撃ちにイカサマしかける。散々オヤジから金巻き上げた後、僕と賭け将棋して買ったら、全部チャラにしてやる。という感じで勝負をせきかける。それで、ヒートアップしたオヤジに対し、僕はこんな見かけだから、相手は油断して、大きな勝負に打って出るんだ。そこをかっさらうっていう事をやってたんだよ。それで10%上がりをもらっていた。毎回、賭ける額ったらデカイからさ、まぁ、大体100万円以上だよ。1回の将棋で10万入るから、何もかも馬鹿らしくって、僕も随分深入りしちゃってたわえさ。


あまりにも稼ぎすぎて、ヤクザの雀荘ってのに、皆僕のことを敬ってくれていて、調子こいてた絶頂期、あいつらがやってきたんだよ。黑鉄は、入るなりすぐに、店長室に入っていって、 札束を置いて、こう言った。


「お前らのようなクズ野郎と、一々話したりしたくないんだよ。簡単に言う。ここに500万円ある。天才高校生棋士がいるんだろ。そいつと勝負させろ。オレが勝ったら500万円よこせ。お前らが買ったらこの500万円やる。」


言い放つと、ずっと沈黙した。店長は、笑いながら僕を呼んだ。金庫から500万円が取り出され、合計1千万円になった札束が飾られた。


「おい、お前か。天才は。俺が勝ったら金だけじゃなく、ご祝儀として、俺の言うこと3回聞け。」「お前、度胸は買うけど、無謀だよ。大体その金どっから持ってきたの」俺はその時、以外と冷静で、黑鉄達の心配をしていたのを覚えている。


「店長さん。そっちはやーさんだし、ここはヤクザの事務所みたいなもんだ。万が一俺が勝った場合、この金を素直に渡してくれる保証も無い。どうですか?ここは、場所を公に移させてほしい。この1千万円はゴミ袋にでも入れて、隣のカラオケボックスでやりませんか?付き人は各自1人だけに限定したい。刃物とか拳銃とかダメですよ。俺は一緒に来たコイツを連れて行く。そっちも1人誰かつけていい。」


「お前さん、度胸あるな。よく俺達に向かって、次から次へとよぉ。まぁいい。その度胸に免じて言うこと聞いてやる。その代わり、負けた時泣きつくなよ。俺は金はガキからもキッチリ取る達だからな。よし、俺がついていく。今日は閉店だ」店長は以外とすんなり答えたよ。


その後は、今話しても腹が立つんだけどね。当時話題になっていた、日本一強い棋士の羽乳さんに勝った将棋ロボットってのがいてさ。期間限定で誰でも対戦できるように、WEB上で公開されていたんだよ。小包は、カラオケボックスの隅っこで、スマフォで遊んでいるフリして、実際はスマフォでその最強ロボットと俺を戦わせたってわけだ。わかる?つまりは、俺が打った手を、小包が同じように、スマフォでロボットに対して打つ。小包はロボットが打ち返してきた手を、コソッと小型マイクにつぶやく。ほら、将棋って、3,9飛車、とか、2,5角とか、将棋盤を数字で表してシンプルに打った手が口頭で伝えられるんだよ。黑鉄の片耳には、小型のワイヤレスフォンがあり、それを聞き取り、ロボットと同じように、俺に打ち返してきた訳だ。


さすがに、羽乳さんに勝ったロボット、つまりは世界最強だよ。そんな奴に勝てる訳はない。でもその時の僕はそんなイカサマだとは気づけず、ひたすら焦りながら打ってた。今考えれば黑鉄の肝っ玉も大したもので、僕がしぶしぶと投了した瞬間だった。煙が部屋に充満する。後から聞いた話では、小包が煙玉を大量に連結させた仕掛けを持ち込んでいてそれに火を着けたんだ。誰もが火事かと思ったよ。小包が火事だーと叫び、店員も皆パニックになって逃げる奴、消火器を持ってくる奴、目茶目茶だ。煙が充満する部屋で、アイツは僕の手を引っ張って、


「来いよ。お前、3回言うこと聞くんだろ。1回めは、これから俺についてこい。以上だ。簡単だろ?約束守れよ」とか言ったんだ。


雀荘の店長とは言え、ヤクザはヤクザだ。僕も身の危険を感じたし、取り敢えず黑鉄と一緒に逃げた。僕は全然記憶に無かったが、どうやら、黑鉄が部長を務める数学研究会の唯一の部員のオヤジが、僕と将棋をやって、500万円巻き上げられたらしい。それを取り返す目的で、周到に計画を練っての行動だと知った。だから僕に別に恨みも興味も無かったらしいけど、羽乳竜王が150手で投了したと聞いていたから一瞬で終わると思っていたら、僕も結構善戦してたらしく、そこで興味を覚えたんだとさ。アイツらしいよね。それで、こんなヤクザな事をさせるのはもったいないと思ったらしい。「2つ目は、これからあのヤクザ組織には関わるな。だ。それとも、吹上の100m道路を赤信号の時にフルチンで側転でクルクル回り続けて横断するでもいいが、どっちにする?」これがあいつの2つ目の命令。性格悪いだろ?


それで3つ目が、小包が話したとおり、という訳ね。癪に触ったけど、僕もこんな所にいつまでもいちゃいけないとは思っていたから。お陰で踏ん切りがついたよ。その代わり、ヤクザと手を切るのはかなり苦労したけどね。」紅音は罪を牧師に告白した罪人みたいに晴れやかな顔で、残りのドライマティー二を飲み干して、もう一杯の合図を送った。


「それで、今では仲良しってわけ。君たちは子猫がじゃれあうようにして仲良くなったのね。カワイイわね」翠がクスッと笑った。


「お前は、本当に一々気に障るコメントするなぁ。実際それからしばらくはつるんでいたけど、期間としては半年ぐらいのもんだよ。その後、黑鉄は付き合い悪くなった。受験勉強とかは全然していないようだったけど、なんかいつも忙しそうで。だからこうやって3人が揃ったのは、結構久しぶりなんだよ。」


「旧交を温める旅行を私が邪魔しちゃった、かな?」翠はぼんやりした瞳を遠くに飛ばして言った。


「それで、分かっていると思うけど」翠が切り出した。


「は?何のこと?」紅音が答えると翠があからさまに不快な顔をしたが、すぐに冷静さを取り戻して話した。


「アラハバキの事よ。あなた、あれが何なのかとか知らないでしょ。あれはあなたが考えているよりも、ずっとずっと大切なものなのよ。お願い、私に譲ってよ。あと、黑鉄にも私に渡すように言っておいてよ」紅音は翠がただならぬ感じでしつこく言ってくるのを見て、そろそろ引き際かと感じていた。


「分かった。いいよ、対価はいらない。あげますよ。その代わり、なんでお前がそこまでアラハバキってヤツを欲しいのか、教えろ」紅音は渋々タバコをふかしながら言った。


「やっと賢明な判断をしたわね。分かった。教えてあげるからまずは私に渡して」翠はニコニコしながら言った。


「いやだね。教えてから渡せよ。お前は信用ならん」紅音はあえて翠には目を合わさず言った。


「分かった。あなたを信じての事で、普通は絶対こんなに不利な交渉には応じないんだからね」翠はブランデーをクッと飲み干し、すぐグラスをバーテンダーに傾けて2杯目のオーダーの合図なのか、目でコンタクトした。


「あれはね、常世への鍵になってるのよ」遠い目線で翠がボソッと言う。


「常世?なにそれ?」


「常世というのは、この世でもあの世でも無い第三の世界。あなた在原さんの例のやつ見たでしょ。あれは理論的には常世への転送技術なのよ。ただ、まだまだ常世そのものに行くところまでは行ってないんだけどね」


「なに、いわゆる超自然系な話?スピリチュアルとかそういうのじゃなくて」


「少なくとも、今の科学では理解不能な原理原則の話。将来的に人間は常世を発見し、制御しようとするんだけど、確かに今はまだオカルトとして処理されるような話よね。アラハバキを4体揃える事で、常世の門が開く。そして、アラハバキを集めたものは、その門を通じて常世から来るもの達を呼び出したり、戻したり、意のままに支配できると言われているの」


「わかんないなあ。話が見えない。その常世のモノってのは何なの?で、呼び出して何するつもりだ?」


「それは私にも、完全には分からない。ただ、とてつもなく強大な力をコントロールできるという事ぐらいね。分かってるのは。あなた、真空エネルギーって知ってる?」


「いや、知らない」


「アインシュタインの時代から理論的には仮定されていたもの。宇宙は、何もない所から生まれたワケでしょ。何も無いところから、0.00000・・・・1秒ぐらいの時間で突然宇宙ができた、と昔から言われてたのね。それっておかしくない?何も無い所から、そんな短い時間で、宇宙が生まれるって、よくよく考えておかしすぎるよね。神様が7日間で世界を作った、とかのほうがまだ現実味がある。でも、一応科学者達の意見では、何もない世界には、それぐらいの巨大なエネルギーを生み出す力があるって事で、正当化されてたのよ。人間の理解では何もない真空世界、これを常世と言うようになるのね。あと30年後ぐらいに」


「ところでお前は、ぬけぬけとさっきから分かったような事言ってるけど、なんでそんな事を知っているの?大体将来的には、とか何でわかる訳?」


「一度に色々言っても分かってもらえないと思うから、今日はここまで。また会う機会があったら、話してあげるわ。さあ、アラハバキを渡して」紅音は暫く黙って言った。


「もしお前の話が真実としたら、お前がそれを利用して悪事を働こうとしていたならば、僕の立場はどうなる?また、もしお前の話が嘘ならば、こんな荒唐無稽な話をしてまで、僕を騙そうというスタンスが益々怪しいね」翠は、ため息をつきながら、冷静に言った。


「確かにおっしゃることも最もね。あんたが悪とか善とかに敏感だったとは、驚きだけど」翠が悔し紛れに言った。


「分かった。もう少し話そうか。私はある事情があって、アラハバキの力を得たものが、人類に深刻な影響を与える事件を起す事を知っているの。未来の出来事を。まぁ、占いか超能力か何かで未来を予見したとでも思ってて。私個人の力でどこまでできるか分からないけど、それを止めたいのよ。だから、そいつがアラハバキを揃える前に私が手に入れようと決めたのよ。しっかし、お父さんも常世の研究をしていたとは、驚きだったけどね。アラハバキの事はまだ知らないみたいだけど、いずれたどり着いてしまうと思う。お父さんをそこに巻き込まない事も理由と言えば理由なんだけどさ」


「お前、僕だから話を聞いてあげてるんだけど、普通の人の前でそういう怪しい話はしないほうがいいよ。確かに在原さんの件、驚いたよ。未だに理解できない。ただし、だからと言って、お前の話を鵜呑みに出来るほど僕はアホじゃない。 」紅音は疑り深い目つきで翠を見た。


翠はまた怒って言い返してくるかと思ったが、以外にも紅音の目を見つづける。翠は紅音とは初めて目があったな。と感じながら暫く見つめていたくなった。ちょっと潤んでいる翠の瞳を紅音も不思議そうに見つめていた。


「分かった。もういいわ。暫くあなたに預けておく。外のアラハバキを手に入れたら、あなたの所に取りに行くから。それまでしっかり保管しててよね。どんな奴が大金持って来ても、絶対売っちゃダメよ。」翠は以外にもあっさり言った。


「ねえ、あなた、ところで黑鉄と信頼し合っているようね」


「信頼か、まぁあいつは信用に足る男だとは思うよ。時々何考えているか分からないけどね」


「いつか黑鉄と対立する時が来るかもしれない。来た時に手を抜いてはダメだよ。全力で勝負すべき。あなたと黑鉄だけの問題では終わらないから」


「また予言というヤツですか」


「まぁ、そんなところね。黑鉄はあなたが手を抜いてどうにかなるような人では無い。油断も情も無く、やる時は徹底的にやるべき」


「おいおい、あいつに何か恨みでもあるの?怖いこと言うね」


「まだ先の話。今は忘れていいわ」翠は無力感に浸りながら、ブランデーを飲み干した。


「行くわ。ありがとう」紅音がチェックしようとバーテンダーに合図した。


「何?あなたがお会計しようとしてくれたの?律儀なのね。ちょっと高いの飲ませてもらったから、私がチェックしておいた。気持ちは嬉しい。ありがと。先行くわ。あなたは自分のお酒、ちゃんと残さず飲んでから帰んなさい」翠は車椅子を器用に操作して、先にバーを出た。

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