第二章 稼働
2ー壱 鬼、再び現る
花を手に人よ来てあの声に身を投げよう
風の日に船を出す年老いた水夫のように 平沢進
奈良時代/唐/長安
「これはこれは吉備真備どの。よく来られました。昨晩は入唐して早々、貴殿のご高名にあやかり、宮中に住み着く鬼退治をしてもらったそうで、大儀でありました」
鮮やかな唐服を奇抜に着こなした、見た目はまだ若いこの
「どうです、真備どの。私は囲碁が三度の飯より好きなのですが、貴殿は大和を代表する頭脳を持つ方、明日丁度、宮中で囲碁大会が開かれます。皇帝陛下の前で一つ、大和を代表しまして私めと一局遊びになりませんか?」
吉備真備が囲碁をやらない事は当然調べての事であろうし、零法が唐で随一の打ち手である事ぐらいは、囲碁に興味の無い吉備真備でも知っている。
「おお。受けて下さいますか。誇り高き大和の国の代表である貴殿の事。ただの
吉備真備が圧倒されて、何も言えない中で、勝手に既成事実として、大げさな勝負になってしまった。全員が敵である分何もできない事を見据えての事だろう。手段を選ばない狡猾な奴だ。大体、勝っても零法の命なんていらんぞ。
「まぁ、何とかなるさ。気にするなって。お前たちはそうやって、いつでも会う時は戦わなきゃ気が済まんのさ。ところでなんかこんな状況、遠い昔にあったよな?」鬼が胸に直接語りかけた。
「零法どの。ご拝謁できて光栄でございます。零法どののお誘いとあらば、当然喜んでお受けいたす所存。つきましては、1人になり、黙想し明日に供えるべく今日はここで辞させて頂きます」心にはないが、しかたなく阿倍仲麻呂は形式どおりな返答をした。
「まぁ硬いこと言われるな。すでに貴殿を迎えるべく、酒と長安の選りすぐりの美女達による宴席の準備ができております。さぁ、真備殿をお連れせい」
「明日、同時刻にまたここへ参ります。本日はこれにてご無礼」
吉備真備はそのまま、座禅の姿で山へ飛んでいってしまった。
「お前とこんなに息が合うとは期待以上だったね。なんとかしてくれると思ってはいたが」吉備真備は空高くで鬼に語りかける。
「しっかし相変わらず、抜け抜けと大胆な事をやる奴だなお前は。俺が動かなかったらどうするつもりだったんだ」鬼は苦笑しながら言った。
「お前がなんかしなければ、どうせやられるだけだ。それはお前も分かって見ていたんだろう。俺がやられるのを望んでいるようにも見えなかったからね」他人事のように吉備真備はアッサリと応えた。
<黑鉄>
カレー屋は確かにそのまま開け放たれており誰もいないようだった。薄暗い路地に突然現れる奇妙に真っ赤な外装は、さっき来た時には気付かなかったが、改めて妙なデザインだと思った。中に入るとあっけないほどにアラハバキが収まった金庫があった。
ブツは手に入れたものの、黑鉄はこのまま、これを翠に渡すべきなのか?という疑問を感じ、立ち止まっていた。確かに怪しいオッサンの蒼磨と車椅子の美女翠では、考えるまでもなく翠の味方をしがちだが、そもそも、これは蒼磨のもので、これを勝手に翠に渡す手伝いをする俺は、単なるマヌケだよなと冷静になる。となると、俺は7時に待ち合わせの場所に行かないほうがいいだろう。紅音ならば、俺が来ない事に対し、俺の考えを読み取ってくれるだろう。いや、心配かけてもいけないからメッセージを簡単に打っておけば大丈夫だろう。翠としても、与四郎や在原にアラハバキの事を知らせたいとは到底思えないので、不本意ではあるが、紅音に話を合わせるはずだ。
そんな事を考えながら、店の前の祠の前を通りかかると、不気味な声が響いている。周りの空気も明らかにドヨンとしており、不吉な気配が充満している。辺りに人の気配は無かったはずだが、立ち去ろうとした矢先、祠を見るとヤマトタケルとか、そういう感じの古代日本っぽい髪型と出で立ちをした男が何やら奇妙な呪文を熱心に唱えている事に気づいた。
しかし、冷静に見ると、人間とは到底思えない背の低さだ。50cmぐらいの背丈しかないんじゃないか。人形のようだが、顔色を見る限り、人間のようだ。呪文は段々と大きな声になっていき、
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ふとみると、さっき呪文を唱えていた小男というか
元はといえば、発明家の大国主と手先が器用な技術者の少彦名は、諸国を漫遊して集落に入り込み、生産性を上げる事を生きがいとする変わり者だったのだ。2人は次々と集落で名を馳せ、いつの間にかその名はこの島全土に広まった。今回の旅は、自分達が指導した政治運営の手法や、治水、農業、医療などが実際に根付いているのかを確認する事が目的であったが、実は単純に気ままな放浪が好きなだけの2人だった。
「うんこ我慢して歩くのと、重い粘土背負って歩くのはどっちがキツイと思う?
「何を突然言い出すんだ?
少彦名はそれから2日間、不眠不休で重い粘土をひょこひょこと担いで歩いて行く。仕方ないから、大国主も便を我慢して付いて行く。
「あかん。もうダメじゃ・・・」大国主は放便しながら倒れ果てた。
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ん、また、あの頭痛だ。ここは何処だ?うっ・・そうだ。俺は常世から無尽蔵な力を得るまでになった。そして、神と言われるようになって、その結果と言えば、出雲に軟禁されてしまったんだ。少彦名さえ生きていれば、こんなにアッサリと丸め込まれてしまう事も無かったんだろう。少彦名の奴があんな婆さんに騙されて、アッサリ溺れ死ぬとは今になっても悔やまれる・・・。
ある日、川辺を2人で歩いている時だった。いつの間にか婆さんが川の真ん中で洗濯をしていた。「この川は流れは急じゃが、浅いんで洗濯にはうってつけじゃよ」とか抜かして無邪気な少彦名を誘い出した。暑さに参っていた2人は、水遊びをしようと婆さんに近づいていって、そのまま深みにはまる。高笑いする婆の声がする中、大国主は川岸に流れ着いた。その後なんとか少彦名を川から引きずり出したが、
「お前とこの国を作ってきたが、それが良かったとも言えるし、悪かったとも言える・・・おいらはこれから常世に行ってくる。じゃな」と言い残し、呆気無く死んでしまった。
外からみたら豪華な神殿も、中に入れば何もなく、ただ暗闇のみ。大国主は、無念な思いが無いと言ったら嘘になるが、静かな気持ちで瞑想でもしようと思った時、封印されているはずの神殿の門がガラッと開いた。
「大国主殿、状況が変わった。お主の助けが必要じゃ。我が
見ると、血だらけの
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「おお、お前ら自分でのこのこ来たんだね。偉いねぇ。偉いよ。お陰で手間が省けた」
大国主はまた頭痛と共に、我に返った。隣には
甲高い声の主は、どこかで見覚えがある。妙なヒゲを生やし、見たことも無いような紫の衣装を身をまとっている。
「俺が誰だか分かるか?クックック。分かるわけねーよな。この時代によばれてねーもんよ。ズケズケ入ってきたんだ。お前らのポンカロイドをとっ捕まえる為によ」
「落ちよ。
叫びながら振り下ろした剣に雷が落ちる。
物凄い爆音と共に、雷が落ちた。やったように見えたが、落ちた先には誰もいない。
「お
言ったが矢先、ヒゲの男は腰に着けている鉄の棒のようなものを持って、
「ほー。まだこの段階では、お前にはそんな力は無かったはずなんだがなあ。大国主。無意識とは言え、能力が開花し始めているのかも知れんね。危険な奴だ」
ヒゲの男はヒゲをつまみながら、興味深そうに目を細めた。
「今の段階でお前のポンカロイドを握りつぶしておけば、世界がどう変わるのか、試したくなってきたねぇ」
ヒゲの男は大国主に向かって悠然と歩いてきた。
「今お前が使った技・・・お前はなんだか分からんだろうが、俺は理解しているぞ。それに気づく前に、永遠にお前を閉じ込めてしまおう」
ヒゲの男との距離がまだ十分にあると思っていた矢先、突然大国主の目の前が暗くなった。暗くなったと思ったら、鼻と鼻が触れるほど近くにいた。ヒゲが顔に触れて身震いする。
「終わりだ。お前が生きてきた過去、未来、全てを消してし・・・」
ヒゲの男が喋り終わらない前に、空から何者かが急下降し、大国主を拾い上げ、そのまま飛び立った。
「危ないところだった。まだ君にはこれからやらなきゃならない事が沢山ありすぎるからね」
大国主は羽ばたく巨大な化け物の上に乗っていた。その化け物を操縦するがごとく、どこかで見たことのあるような少女が微笑みながら言った。
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目を覚ますと、辺りは暗く、目の前には同じように祠がある。時計を見ると、8時。既に食事会は始まっているだろう。確かに食事会は無事行われているはずだが、俺抜きで、という所までは予測はできなかったようだな。そういうものか。
しかし、色々な夢を見ていた。大半は忘れたが、こんな長すぎる眠りの感覚はちょっと脳に障害を疑うレベルだ。どれも荒唐無稽だが、恐ろしいほどリアルだった。ただ、記憶の大半は失ってしまった。目覚めて2秒ぐらいは全てクリアに覚えていたはずだった、という記憶が残っている。
そう言えば、金庫が・・ない。翠に合わせる顔が無いな。ヤバイな。いや、これは元々蒼磨のもの。どうしたらいいもんか。しかし参ったものだ。結局あの死亡予告リストは全てが実現してしまった。そして、8月15日、翠と会った。これを持って、あいつか紅音を殺せと言われてもな。
ふらつきながら起き上がり、祠を見ると、今度はなんと、飛騨高山の土管の下で出会った不気味な老人が熱心に呪文を唱えていた。頭が混乱する。幻覚を見たのか?それとも今が幻覚か? 同じように呪文を唱えているが、可細い声で、特に不吉さは無い。 老人は、黑鉄を見ると、突然日しゃべりだした。
「無事だったようだな。」
そういいながら、手には金庫にはいっていたはずのアラハバキを持っている。
「あっ、なんであなたが持っているんですか?」
「お逃げなさい。全力でここから走ってお逃げなさい。これか、いいだろう。お前が持っているのも悪くない。お前は常世に生きる資格があるのだからな」
老人は黑鉄にアラハバキをそっと渡した。
「常世?なんですそれは。大体、爺さん、俺の目玉を舟で喰いましたね。それで俺にあんたの目玉を埋め込んだ。一体あれは何だったんですか?そもそもなんで逃げなきゃならないのですか?誰から逃げるんですか?」
黑鉄の問いには答えず、老人は胸から吹き矢のようなものを出して、間髪入れずに黑鉄に向かって吹いた。耳元に風を感じるギリギリを通り、壁に刺さる。見ると本物だ。喉に当たれば死んだかもしれない。
「お逃げなさい。早く!」
老人はまた吹き矢を構えた。何考えてるんだ、これじゃあ森の熊さんから逃げるお嬢さんみたいじゃないか。と頭によぎって、そんな事考えている余裕があるのだな、と自分に感心しながらも身の危険をひしひしと感じ、仕方なく全力で路地を走った。
表通りまであと3メートル、という所で突然後ろにすさまじい気配を感じたと思うと、老人が物凄いスピードで黑鉄を追い越し走り抜けていき、ジャンプした。信じられない事に、ジャンプでビルの壁にへばりつき、またジャンプを繰り返し、屋根伝いに消えていった。
呆気にとられて見ていると、後ろで怒号が広がる。振り返ると、軍がカレー屋を包囲していた。ヒゲの男らしき、紫色の人影も見える。数人はこっちに走ってきて追っかけてくる。
老人は、俺を軍から逃したのかもしれないな。という考えが頭をよぎる中、急いで表通りに出て、ヘルメットをかぶってスタンバイしている準備の良いバイクタクシーが目に入り、すぐ飛び乗ると、バイクは爆音を上げて走りだした。ヘルメットから、生乾きな綺麗な髪の毛がなびいている。いい香りがする。オッサンかと思い込んでいたバイクタクシーの運転手は、ティさんだった。
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