1ー捌 助け舟に乗る

外に小包を釣れ出し、少し歩いた所で立ち止まった。


「いいか、僕が拾った人形の事、ここでは黙っておけよ。おそらく何か関連がありそうだね。ここでお前がその話をすると、あの蒼磨という男に捕まり、奪われるかもしれない。あいつ、腕力強そうだし、ちょっとおっかない所あるし。力づくでも取ろうとするぐらい欲しがっている大事なものみたいだった。考古学的に価値があったりとか、そういうものかも知れないね」紅音は億劫おっくうそうに言った。


「なんだ、そういう事か。オレはすっかり忘れていたよ。あ、オレが思い出して喋り出す事を恐れたわけか。相変わらず、中々周到な事で」自分がヘマする事を想定している紅音に多少腹が立ったが、確かに自分ならしかねないなと思い、小包は素直に感心した。


近くの売店で紅音は555というタバコを買い、小包は一番安いベトナムオリジナルのタバコを買う。


「555、懐かしいな。日本には普通売ってないけど、僕は子供の頃から555は知っていた。F1のスポンサーなんだよね。タバコなんて吸うとは思っていなかったけど、中国に行った知り合いにお土産で555をもらってから、吸うようになった。」

意味ありげに紅音が言った。


「なんだ、まんまとマーケッティングに乗せられているわけか。オレは吸えればとりあえず何でもいい。ていうか、よく味は分からん。タールがキツ目の奴なら何でもいいわ。正直」淡々と小包は答える。


店の入口の前でタバコを吹かしながら、二人は様子を伺う。


「あの翠って奴もなんか、謎が多いね。オヤジさんは見たところ大金持ちで、あの在原って奴が側近という感じ。先生とか呼んでたね。病院持ってるとか言ってたし、医者という事だろうね」タバコをうまそうに深々と吸いながら紅音が言った。


「翠ちゃんの事、お前どう思う?オレ、まじタイプなんだけど。」小包が恥ずかしそうに言う。


「やめておけよ。お前じゃ釣り合わないし、かなり厄介な奴だと思うよ。多めに見ても普通じゃない。あるのはねぇ、玉砕ぎょくさいだけだよ。もし万が一間違って付き合いだしたらもっと悲惨な事になるだろうね。大体愛しのエリーはどうしたんだよ。やっぱあれ、デマ?」紅音はニヤついた。


「ばか、俺はエリーとは関係良好だよ。ていうかお前、まさか翠ちゃんに気があるんじゃないだろうな」


小包が突っかかった時、3人の男がカレー屋にいそいそと入っていった。紅音達は幸運にも気づかれなかったようだ。紅音はカレー屋に入る3人目を見て、素早く後ろへ後退した。あの、ダリ風のいかれたヒゲの男だった。


ダリ風のヒゲの男が、何か色々と英語で演説しているが、外からはあまり聞き取れない。外からそっと紅音は隠れながら中の様子を見ると、黑鉄が目を巧みに動かしアイコンタクトらしきものを送ってきた。


紅音はバレないように音を立てずドアをそっと開けると、黑鉄は携帯電話をそっと床を滑らせるように、こちらに走らせた。紅音は受け取ると、こそっとドアを閉めて、小包をうながし、バイクで走りだす。


「なになに?どうした?」小包が強引な紅音に不服そうに言う。


「黑鉄がスマフォを地面に滑らして投げ渡した。あいつは、意味ない行動しないし、何より不確実性が見える男だからね。これが示す事は、あいつらは全員拘束されるという事。という事で、僕達がまごついていたら、一緒に捕まっちゃうから、考えられる最善の方法として、スマフォを渡してきたんだ。これ持って取り敢えず逃げろってことだよ」


喋りながら、紅音は音を立てずすごい速さで逃げ出した。小包も必死に付いて行く。

どうもあのヒゲの男は苦手だ。背筋が凍りつく何かがある。


もう安全だと思える場所まで逃げてから、紅音が渡されたプリペイト式の簡易的な携帯電話をざーっと見る。メモを開くと、


I have a smartphone Hitotsui


と記されている。最後に急いで打ったのだろう。つまりは、黑鉄は俺たちには言っていなかったけど、スマートフォンを持っていて、GPSで追える事を示唆している。

こう打ったからには、あいつならなんとかスマフォの所在は隠し通すはずだろう。


やはり、打つべき手は、これで在原に電話をする事しか無いようだ。紅音は在原に電話をする。


「何がありましたか?」在原はもしもしも言わずに、落ち着いた口調で言った。


「翠さんが、ちょっとヤバいベトナムの軍人のような連中に連行されました。僕たちも、黑鉄が捕まって。今は、オペラハウスの辺りにいるんですが。」紅音も勤めて冷静に伝える。


「分かりました。15分でそちらに向かいます」在原が答えて電話は切れた。


「在原という奴も、ただの使いのものでは無いみたいだね」紅音がつぶやく。


「どーしたの?」


「全く動揺していなかった。こんな素っ頓狂すっとんきょうな報告を疑う事も無かった。あいつも、何かあるね。」


オペラハウス前にバイクを停めて、入口に通じる階段に腰掛ける。この100年以上前にフランス人が狂気と情熱で作り上げたコロ二アル式の大した娯楽施設は、時を経て現在はまた娯楽施設の体を取り戻し、辺りではこれ以上ないつまらないオモチャやライターを売る売り子に開放されているが、南国の生暖かい風が、売り子のやる気もいい感じに失くしているので、さほどうっとうしい売り方はしてこない。


「在原に何て説明する?あいつも結構ガタイいいし、責任取れとか言われるとコワイなぁ。」小包が石を蹴りながらつぶやく。


「それは無いね。多分、感情でどうこうするタイプじゃないし、無駄な事もしないだろうな。恐らく在原としては、直ぐにご主人様に知らせるべき事態かどうかを判断したいはず。なるべく知らせずに問題解決できればそれに越したことは無いという感じだな。」


オペラハウスの入口に続く階段は、階段そのものが舞台となり、南米の民族音楽の野外演奏会が開かれていた。10人以上の民族衣装をまとった男たちが、メランコリックながら時には激しい音楽を奏でる。


「問題は、あのヒゲの男だよ。あいつは気狂いじみているが、バカじゃ無さそうだ。というか、もしかしたらかなりの切れ者かも。どっちにしろいきなり手荒なマネをするような事は無いだろうな。なぜならあいつは常に現場にいる。多分、中間管理職のような地位だろう。堂々と越権行為をしているとは思うけど、職位はそれほどでもないんだと思う。上司がいるという事だろう。ならば何かの目的を果たす為に動いているはずだ。目的が果たせたら、最悪の事態としては、殺して隠蔽する、とか、そういう事はありえない話じゃないけど。急にそこまで動く事も無いだろうね。」紅音は小包と会話をするというよりは、自分の頭を整理するために話し始めた。


「これは、よく駅とかにいる、笛とかCDとか売ってくる南米バンドじゃないか!ベトナムでもおんなじようなことやってんだな。奴らのネットワーク力半端ねーな。しかし編成はかなり大規模だなぁ。日本でこのレベルはできんよね。ついつい、笛とか買っちまうんだよ。この哀愁ただようハーモニーはココロ摑まれるよな。でも家で聴いてみると、なんかつまんない曲しか入ってないんだよ。これが」小包は紅音の推理には特に興味を持たないのか、嬉しそうに前列に向かって行く。紅音も在原が来るまで、考えても仕方ないかと思い、ついて行った。


危ない目に合っているのに、二人はしばらく演奏に聴き惚れながら、今度はしっとりした哀愁系のメロディーをぶち壊すごとく登場したフレディー・マーキュリーのようなファンキーなオヤジが伴奏とは全く毛色の違う独唱を始める。


二人は意図的に思考停止し見入ってしまった。オヤジの熱唱に熱くなった不良白人達が叫びながら踊りだす。それにつられて、オバサン、子供、お爺さん、お姉さんも踊りだし、不思議な平和的恍惚がこの場に醸しだされてきた。この国は、オヤジであろうが、爺さんであろうが、妙に子供っぽい瞬間を持つ。子供の頃に子供っぽい事をさせてもらえる時代じゃなかった反動なのだろうか。


小包も、紅音を促して仲間に入ろうとしていた時、地味なシビックが横付けされた。在原が乗っていた。窓から手招きしているようだ。乗れという事か。選択肢は無さそうだ。二人は現実に引き戻されるのを拒み、逃げ出したくなる気持ちを抑え車に乗り込んだ。


「お嬢さんは、どんな感じでしたか?」在原が二人を触るように見ながら言った。


「いきなり、キャラが変わって、馴れ馴れしくて気が強い感じでビックリでしたよ」小包は思わず、そのまま思った事を言った。


紅音はシマッタと直感的に思ったが、まぁ小包がいてはどうせ嘘はすぐバレるだろうから、策をろうしても無駄だと思い、開き直る。


「そうですか・・・。まぁ、厄介な事になったのは事実ですが」在原はさほど厄介そうな表情はせず、淡々と言う。


小包は、ひと通り、今まで起きた事の概略を在原に説明した。


「そうですね。とりあえず、黑鉄君の携帯電話を頼りに追ってみるところから始めましょうか」在原は、自分のスマートフォンから黑鉄の場所を特定する。


「厄介と言えば厄介な事になったが、幸いと言えば幸いかもしれませんがね」在原がつぶやき、運転手の男に何か伝える。


「こんな形になってしまったのは、強いて言えば私の判断ミスです。利発そうな君たちに、中途半端な情報を与えて、このまま私のほうで処理したとしても、一層ややこしくなりそうだと思いましてね。事実を話して一緒に解決していくつもりです。だから少し協力していただければ有り難い」


小包は、紅音を見る。紅音も神妙な顔をしつつも、在原が意外にいいやつなんじゃ無いかと思ったのか、彼が嫌いなやつに対する時に出る眉間のしわは出ていない。


「分かりました。私も翠さんと黑鉄が無事であれば、それ以上望むことも無いですし、できる事は全て協力させて頂きます」紅音は丁寧に答えた。


「私は普段、物部与四郎が理事長を務める医療法人物部会で、事務局長をしている。病院や介護施設の展開や経営等を行っている」在原は担々と話し始めた。


「えー、あの物部会ですか。最近、ニュースでやってましたよね。あ、あれはマズイ話だったか。すいません」小包がバツの悪そうな顔で言った。


「ああ、介護報酬不正請求かいごほうしゅうふせいせいきゅうの件だね。まぁ、あれは結構痛い目に遭わされたのは事実だ。我々は、外に比べたらかなりキチンとやっている自覚もあったので、まさかああいう目に遭わされるとはね。我々よりも何十、何百と先に調査する対象があるだろうと言いたいのが本音だが、政治的な部分が多くてね。まぁ、あれしきの事でゆらぐ法人では無いし、もう大方解決済なんだ。」在原が答える。


「しかし、理事長という事は一番偉いんですよね。あんな巨大組織のトップとしては随分若い風に見えましたよ。整形手術でもしてるんですか?理事長さんは」紅音が言った。


「与四郎先生か。先生が整形手術をしているかどうか、というのはプライベートな話なのでノーコメントとして、年齢の割に大きな力を持っているのは事実。まだ51歳だ。しかし理事長になったのは36歳。当時はこれほど大きな法人では無かったがね。先生は36歳で理事長となり、15年で物部会を飛躍させた。そういう意味では、業界では天才的異端児と言われていた時代も長かったが、藤子保険衛生大学の実質上のオーナーとなった事もあり、ようやく最近は業界でも大物扱いしてもらっている。」在原はサイゴン川を渡る橋から船を見つめながら、古傷を懐かしむように言ってしばらく黙った。


「まぁ、世間で大物扱いされるのも、単なる目眩ましにすぎないのかも知れないがね」また、沈黙を在原は続けた。小包はこの在原のペースがどうにもテンポを崩されて苦手なようだ。


「先生は、子供の頃から夢、というか仮説を持っていた。アニメにしても戦隊物にしても、銃も爆弾も毒薬も効かないような敵がいるでしょう。それで、自分の攻撃にしても、凄い武器を持っている。レーザー光線とかね。ああいうのを作れないのかと。ああいうのが1個でも作れて、それを従える事ができたら、どんな事になるだろうと。あるいは量産できた時にどうなるのかと。」在原がポツリと言った。


「そりゃ無茶な」小包が即答する。


「誰もがそう言うが、先生は無茶な事をずーと通し続けて来た人だ。それで大体は実現してしまっている。私も理解不能だったが、まあ本気なんだろうなと思って、この10年、そのプランに付き合い続けてきたわけだ。もちろんまだそんな戦隊は持っていないが、当初からするとかなり現実味を帯びてきてはいる」


「現実味?どういう事ですか?」紅音が興味深くたずねる。


「先生は世界中の研究施設に投資していて、その主だった国は、開発途上国だ。つまりはお金があれば、法律をかいくぐりやすい国であったり、そもそもそんな高度な研究を自国でする想定の無い国であったりね。そういう施設で、ここにきて色々と成果が上がってきている。」


「それで、ベトナム軍とも何かつながりとかある、という事なんですか?」紅音がおそるおそるたずねる。


「察しがいいですね。今回こちらへ来たのも目的はそういう所が多い。それだけでも無いんだけどね。という事で、お嬢さんが連行された所は、私が顔が利く所のようで、先生に話すほどの事では無く私の中で解決したいと考えている。無事二人を救出できれば、何も無かった事にできそうで、よかったと思っている。問題はそのヒゲの男が黑鉄君と紅音君の名前を事前に知っており調査していた事、また君の話を聞く限り、かなり残忍で凶暴なタイプであるという事だね。私が知る所では、恐らく彼は先生とはかなり近い、実質的にはベトナム陸軍で、最大派閥の領袖のチョン大佐の子飼いじゃないかと思う。チョン大佐は噂では個人目的でその権力に物を言わせ、軍律にはなじまないような、個性的な部下を揃えていると聞いた。紫の奇抜な格好をした男が公の場で、軍人に命令をする事は考えにくいが、そのヒゲの男がチョン大佐の取り巻きであれば、説明はつく」

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