1ー陸 偶然か必然か、その両方か、または別の何かか

運命というものがあるなら、普通の人間にとっては、常に偶然という風貌にしか見えないのだろう。


何の計画性も無く高校時代に仲良かった3人組が、2016年8月に大学生になってベトナム、サイゴンに来た。そして、ファングーラオで白人の老人の話を聞きながらテキサス風味のリブステーキをたらふく食べて、小包が取り調べを受けているうちに紅音と黑鉄は逃げられた。バイクを借り、黑鉄がバイクでコケて、大雨に振られ、戦争博物館に着いた。


どこに関連性があるというのか。無味乾燥な科学が支配するように見える現代に何かの意思が存在するがごとく奇妙な連鎖が起き始める頃には、この3人が共通してそれぞれの頭で世界の新たな一面を感じ取る事になるのだった。


「はああ、あいつ、怖い目にあったのに、ちゃんと何食わぬ顔で待ってる。今1時50分、そろそろドキドキしてる頃だね。」紅音が嬉しそうに言う。


「ずぶ濡れなのは、アイツの怒りを沈めるのにはちょっとは役立ちそうだ。アイツは、タクシーで来てるだろうし、大して濡れてないしな。それにしても、言い方は気をつけないと、面倒な事になる。うまくやってくれよ。」黑鉄も小包が心配そうな顔しているのを見て、苦笑しながら言った。


紅音は、大事な革靴を守るため、裸足になってバイクを運転し、靴はパンツに挟み込んで死守した。優先順位をつけるのが上手い紅音だが、確かに正しい行動をしているかもしれないが、普通の人がやらない事を簡単にやってしまう。ずぶ濡れで裸足のまま、小包のほうに走っていった。


「命拾いしたよ!お前のお陰!」紅音は大げさな満面の笑顔と、ずぶ濡れの不格好さで、周りが振り向くぐらい大声で嬉しそうに叫んだ。


小包は、しばらく紅音を見つめた。何があったかは分からないが、はめられた臭いな。カワイイ女の子は来ないんだな、と悟った悲しみが表情に出た。その後、俺が尋問されたのも含め、紅音の手のひらの中で全てが計算通りに行われた事なのかと思い、怒りがこみ上げているのが、分かりやすく分かった。


「まぁまぁ、小包。俺達も大変だったんだ。」そこで黑鉄が割って事の顛末を説明した。


小包は、紅音の機転に感心するココロ半分、自分が利用された悔しさ半分、どういう態度に出ればいいか、混乱していた。


「ところで紅音。君何持ってるの?何!それ!!なんか気持ち悪いなぁ。」小包が大げさなジェスチャーを交えて言った。


「いや、入り口付近の排水溝っぽい所に引っかかってたんだよ。この雨でここまで流れ着いたようだね。何だろと思って見てたんだけど、誰も気にしないから拾ってみたら、かなり凝った作りだし、面白いなと思って。この博物館のものでは無いよね。カラーが全然違う。なんか、むしろ日本の土偶がモチーフみたいだよ。」


「素材は何だんだろ。これ。見たことないな。何を表現しているんだろう。目を瞑って、神妙な感じだな。手を合わせてるのか。これ。祈っているという事か。」黑鉄も興味深く見つめる。


「記念にもらっておこうかな。よくできてるから、もしかしたら高いものかも。僕はこういうのは、交番に届けるようなモラルは持ち合わせていないから。どうせベトナムの交番に届けても、持ち主の元には戻らないだろうし、こっちは面倒な思いさせられるだけだろうし。持ち主には悪いけど、失敬させてもらおう。」紅音は湿っているものの綺麗なハンカチを出して、土偶を丁寧に包み、カバンにしまう。


「紅音って、着てる服とか、カバンとか、靴とか、そのハンカチとか、どれひとつとっても、どこで売ってるのか見当もつかないもの持ってるよな。ギリギリの感じで、変態ではなくオシャレの側にいる感じ。」小包はねだるように言った。


「それは俺もいつも感心していた。高校の時から、色々と小さなブティックのお姉さんの知り合いとか多かったよな。 小包は今でも高校生の紅音より垢抜けない出で立ちだよね」黑鉄は笑った。


「自分の事棚に上げてよく言えるな」小包は黑鉄に呆れて返した。


「まぁ、チャラチャラしてたのが災いして、勉強しなくなっちゃったけどね。今の大学は気に入ってるから別にいいんだけどさ。」紅音はまんざらでもない感じで答える。


「よく言うぜ、不良しかいない工業高校出の癖に勉強もろくにせず、仲本大学なんか入りやがってよ。羨ましいぜ全く。品のいいお嬢さん達に囲まれてんだろ?大体よー。中学生ぐらいまでは、オマエラより確実に俺のほうが成績良かったのによー。親なんか、今は俺に会う度に恨み節だぜ。中1の最初の三者面談の話を親に会う度に言われる俺の身になってみろよ。担任の先生に

「小包君なら、味鮮大学医学部には入れます」と言われたのが、私の人生の最高の瞬間で、そこからは衰退しかありませんでした。とか母親からは今でも言われるぜー。それが、こっちは2浪して真福菜大学だよ。真福菜大学って、結構普通は受かったら嬉しいもんらしいぜ。入学式も卒業式も皆晴れ晴れした顔でさー。それがよ。俺は親戚一同から犯罪者扱いよ。オヤジもおふくろも、1回だって大学来やしねー。」小包はまた威勢よくまくし立てる。


「まぁ、俺は俺で弱者の戦略だよ。黑鉄みたいに無欲なわけでも無いからな。一応、学歴なんていう浅ましいものに乗っからせてもらっただけだ」紅音は面倒な話題になったなぁという表情。


「黑鉄は欲が無いし頑固だからな。家が近くて学費が安い、の一点張りだもんな。好楊軒工業大なら、センター試験悪くても、2次試験で数学と物理が満点なら、手違いを装って入れてくれる、とか言い出して、ホントに行くからな。」小包が話題を引っ張る。


「よく覚えてるな。俺そんな事言ったっけ?ただし、確かに近いというのは、君が思っているよりは重要な事だよ。人生は一度きり。無駄な時間と支出は減らすべきだ。それに一応全国区だけど、味鮮大学よりも、工学部に関しては好楊軒工大のほうが色々と研究室が充実しているんだよ。その割に評価が低いことも気に入っていた」黑鉄は断固とした口調で言った。


3人は怖い思いをした事をかき消すように、高校を卒業して以来の再開旅行モードに無理に戻ろうとしているのか、わざわざ戦争博物館に来て、ファミレスで話せばいいような昔話を楽しんでいたが、だんだん、こんなところでワイワイしているのも子供っぽいなという感じがしてきて、また黙って屋外の戦車を見忘れたから、見に行こうとなった。時間は丁度2時手前。





「お前にはやっぱり、関心持ってもらえないようだね」物部与四郎ものべよしろうは寂しげな苦笑で翠を見た。


「いや、そんな事ないのよ」ぼそっと翠は答える。


全然興味無い所に連れだされた不満は表には漏らさないものの、確かに傍目から見てもよくわかる態度で、物部翠はつまらなそうに、戦争博物館を流し見していたのだが、本棟の建物から出た瞬間、目を見張った。


驚きとはまた別の熱い感情がポンカロイドを締め付ける。あの男、黑鉄。間違いない。黑鉄だ。探さなくても向こうからやってきたか。しかし、ベトナムで会う事になるとはね。いや、違う、ここで今会うのがむしろ自然という事なんだろう。


車椅子を父親である物部与四郎に押されながら、全神経を集中して、この出会いの意味を考え、自分が何をするべきかについて思考を巡らす。


「お父さん、あの子達日本人の学生さんだよ。ちょっと話しかけてみてもいいかな?」勇気を振り絞ったような声で翠は小さな声を出した。


「ん?なんだ、お前がそんな事いうなんて珍しいじゃないか。どうしたんだ。」

与四郎はどこか違和感を感じなくもない、満面の笑顔で受け答える。


「いや、こういう所で日本人の同じ年齢の人達見ると、ちょっと嬉しくって。いいかな?」照れながら翠は言った。


「なんだ、調子悪そうだなって心配したが、随分機嫌良くなったな。お前は僕に似て、機嫌取るのが難しいから。在原ありはら君、あの子達を呼んできなさい。」

与四郎は機嫌よく言った。


在原と呼ばれた男は、さり気なくも最大級の使命を追ったようにすばやく3人に接近する。がっしりした体格に、サイゴンにはおおよそ不釣り合いな体のラインを際立たせたネイビーのフルオーダーメードスーツ。地味ではあるが、隙の無い出で立ちの男だ。


「こんにちは。皆さん日本の学生さんかな。ちょっとお願いがあるんだけどいいかな。」在原は若者に話しかけるのは苦手なのか、ややぎこちない笑顔で話しかける。


「なんですか?いきなり?お願い?」小包がぶっきらぼうに答える。


「実は、ちょっと手を貸してほしいんだ。大した事じゃない。あっちに、車椅子の女の子がいるでしょ。君たちと同じぐらいの年の子なんだけど、ほら、ああいう風だから」在原は一旦間を置く。3人は翠と与四郎を確認した。


「お父様が付きっきりでね。ちょっと退屈してるんだ。本当に申し訳無いんだけど、簡単に世間話するだけでいいんだ。ちょっと時間つぶしに付き合うぐらいの感じで、手を貸してくれないかな」


在原は、多分ものすごく慣れているんだな。と思わせる手つきで、小包にそっと3万円を握らせる。


小包は、それとなく視線を向けると、ドキッとするような女の子と、ラフな格好の無愛想な50代前半の男。

場違いにきちんとしたスーツを着ている在原に警戒しつつつも、黑鉄と紅音には見えないように、そっと金を受け取り、すばやくポケットにねじ込む。


「はい。話すだけでいいんですよね。」小包は爽やかに答えた。


「どうしたの?小包?何かあった?」紅音は不信感を隠そうともせず、在原を睨みながら言った。


「おい、どうしよう。本当に2時にカワイイ日本人の子が来たよ。なにこれ?お前ら手の込んだ事やろうとしてない?」小包は2人をいやらしく見た。


「いや、無い無い。知らないよ。あの子は。まぁいい。そんな怪しい感じじゃないしついて行ってみよう」紅音は応えた。


3人は在原につられて、物部与四郎の元へたどり着くと、与四郎は今までの無機質な不機嫌そうな表情をがらっと変え、満面の笑みで話しかけてきた


「君たち、大学生?済まないね。わざわざ来て頂いて。今は夏休みで旅行に来たのかな?感心だね。最近の学生は、海外に興味が無くて、閉じこもっていると聞いていたのでね。将来の日本の行く末を心配していたんだよ。君たちのような若者を見ると元気が出るね。ベトナム戦争には興味があるのかな?私が小学生の頃にベトナム戦争が終わったんでね、多少馴染みがあるものなんだよ。私は物部と言います。ほら、翠も」にこやかに与四郎はうながした。


「こんにちは。物部翠と言います。いや、みんなすごく楽しそうだったから、何でそんな楽しそうなのかなっ?て思って声かけてもらったんです」


翠は遠慮がちに答えた。黑鉄は飲んでいたコーラを鼻から吹き出して咳込んだ。


「おい、黑鉄。何やってんだよ。女の子の前で緊張してんのか?」小包は笑いながら言った。


「あ、うちの娘です。娘は足が不自由で、中々人付き合いする事も少なくてね。特に君たちみたいな同世代の男の子とは、日本で話したりする事がほとんど無くて。今日は外国だし開放的な気分になったのか、自分から話しかけたくなったみたいなんですよ。君たちは、どちらから来たのかな?私は名古屋に住んでいるんだけどね。」物部与四郎はじっくりと3人の顔を見ながら尋ねた。


「あの、もう一度お名前聞いていいですか?」黑鉄が厳しい表情で尋ねる。


「物部・・翠、ですけど・・・」


「そうですか」


今度は黑鉄は黙って空を見た。そのまま黙り通した。


「いや、こいつ悪いヤツじゃないんですよ。ちょっと変わってるけど。そうそう、僕ら皆名古屋出身なんですよ。」


小包は、固まった空気を感じ取り、何とかごまかしに回った。


「おお、そうなのかい。それは奇遇だったね。翠、君から何か言いたいんじゃなかったのかい?折角呼んでおいて、私にだけ喋らせても仕方ないだろう。」与四郎はちょっと困ったような顔して言う。


「いや、別に・・。」翠は目をそむけた。


「済まないね。娘はちょっと奥手でね。どうですか、今日の夕食ご一緒しませんか?出身も同郷だし、ご馳走しますよ。最近特に若者とは触れ合う機会も中々無くてね。ぜひ、色々と意見を貰いたいと私も思っていたんだ。それでは、娘もちょっと疲れているみたいだし・・・」与四郎は安倍に目をやる。


博物館の前には、ホテルが出しているのであろう、クラシックなロールスロイスが待っている。

確かに、ただものじゃない感じは感じていたが、やはりこういうただものじゃない親子はベトナムで観光に来ても、ロールスロイスを足代わりに使うんだなぁと紅音はボーと感心しながら顛末を傍観している。しかし昔のロールスロイスというのは、バスのような最近のモデルと違って、風格があるなと感じ入った。


「お父さん。私全然疲れて無いよ。お願いがあるんですが、この人達と夕食の前まで一緒にベトナムを散策してみたいの。お父さんは先にホテルに戻ってもらっててもいいかな?」翠が今までにないハッキリとした口調で突然言った。


一瞬、場に不穏な空気が漂ったように見えたが、暫くして与四郎はまた満面の笑みを浮かべて黑鉄に話しかける。


「君たち、本当に申し訳無いんだが、娘と夕食まで散歩に付き合っていただけないかな。彼女ももう成人だし、私に何もかも許可を得る必要なんて無いんだからね。翠、行ってきなさい。君たち、何かあったら、彼に何でも言ってください。」与四郎は在原を示して言った。


「いや、在原さんはお父さんについて行ってください。お父さん、大丈夫。私もいざとなったら、自分だけでなんだってできるんだから。」翠がしっかりした口調で言う。


与四郎は一瞬無表情戻るも、またにこやかな笑みで黑鉄に話しかける。


「君たち、本当に悪いんだが、よろしく頼んでいいかな?お礼も兼ねて夕食は弾むからね。」


「もちろんです!私達、全身全霊でお嬢さんをお守りします!お任せください!」小包は身を乗り出すように言った。


「先生。何時にお待ち合わせしますか?」在原が緊張した調子でたずねる。


「7時30分」とだけ与四郎はぼそっと言った。


「君たちのホテルの住所と、電話番号を教えてもらえるかな?」在原がたずねる。


「ホテルまだ決まってなくて・・。それに海外に俺達携帯とか持ってきてないです。」紅音が答える


「ああそうかい。日本の携帯電話の番号でいいよ。」


在原のテキパキとした問合せに、乗せられる形で3人分の必要な情報のメモがされた。


「ありがとう。君たちのような気持ちのいい若者がいると思うと、気分がいいよ。じゃあまた、夕食の時に。」与四郎はニコニコと車に向かった。


在原は、今度は黑鉄に、100ドル札を3枚と、プリペイド式携帯電話を握らせる。


「7時にオペラハウスの前に迎えが来るようにしますから、お越しください。遠慮無く何かあればこのお金使ってください。車椅子の操作はお嬢さん慣れていますので、あまり神経質にならなくて大丈夫。ではよろしくお願いします。何かあればすぐに電話してください。」黑鉄の目をしっかりと見て在原は答え、小走りで与四郎を追いかける。


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