1ー弐 目玉の味わい
2014年/冬/中国/四川省都江園
2008年に発生した四川省大地震と、その後続くなりふり構わぬ政府の景気刺激対策を巻き込み、省都
実際、世にも醜い豪勢な市役所等が次々と建てられ世界の嘲笑を買っていた訳だが、資金をうまく誘導し、このドサクサに紛れて生まれたとも言える組織「
当然政府に知られれば、幹部以上は裁判も無く全員即刻処分されるであろうこの組織は、参加しているメンバーすら実態を時に信じられなくなるような、いわゆる秘密結社だった。結社の中核メンバーですら、同時に集合する事は禁じられている。
5年に渡る研究調査結果に主席戦略員の
しかし、核ではダメだという結論は変わらなかった。もっと軽く、扱いやすく、しかし強力なものでなければ。何しろ世界を取らなければならないんだから。
時計を見ると、14時。王は再度結社内だけに限られた情報網にアクセスするが、誰からも連絡は無い。という事は、全員捕まったという事か。
最後のログが12時13分。2時間足らず。拷問を受けてから、秘密公安がここに来るまでそろそろか。まぁ、いつかこうなるのは分かっていたし、私にとっては都合がいい。王は、必要なデータ類のみを確保し、自分の足がつかないようにダミーの情報を散りばめ終わった所、予想内の爆発音が遠くで聞こえた。
優秀なのを回してきたようだ。この短期間で着いた、という事はトラップやダミーに惑わされず、ノーミスでここまで来たのか。公安にも、そんな骨のある奴がいたとは意外だな。王は一瞬静かに黙想し、また何事も無いように歩き出した。
「突撃!」
ドアが突き破られ、秘密公安達が入ってくる。
王は歩みを止めず悠々と研究室には不釣り合いな祭壇のようなものに向かう。日本の神社の
何やら大きな塊が奇妙な低音を発しながら鳥居の入り口から這い出ている。その塊とすれ違うように王は鳥居に吸い込まれた。塊は、ゆっくりと貪欲に周りのものを見境なく貪り始め、研究室の銃撃音が悲鳴から静寂に変わり、塊共はどこかへ散らばっていった。
2010年/夏/日本/|岐阜県飛騨高山市
冬は雪深いし、避暑地としても少しは名が知れている飛騨高山だが真夏となると、暑さは変わらない。神社の裏にあるひっそりとした階段を登って行くと、いつの間にか登山道に変わり、ずんずんと1時間かけて登っていった先は、「城山」と古ぼけた立て札が立った広場だった。
ごくごく普通の公園の遊具よりは充実していて、親子連れで賑わっている。どうやらこんな意味深な山道を通らずとも、自動車で登っていける道があるようだ。軽く拍子抜けしつつ、公園の中を調べてみると、もう営業を辞めてしまって10年以上は経っていると思われる、峠の茶屋のような店が確かにあった。
名古屋の小さなアパートで父の存在を知らず、興味すら持たず育った黑鉄だった。母親からは、お父さんは、外国に行って帰ってこなくなった。と幼いころは聞いていた。中学に入る頃には、離婚したんだな。と察し、特に何も聞くことも無く、母親からも何の説明も無いままだった。
夏休みに入って暫くの時、何の前触れもなく、母親が消えていた。母親の変わりに、
ジェラルミンケースが置いてあり、まさかと思ったが、中には現金と、母親の手書きで「学費や生活と問題解決に当ててください」という簡単なメモが残されていた。1億円ぐらい入ってそうだと思ったが、とりあえず百万円の札束1つを取り出してあとは、押入れに入れた。
母親は質素を絵に描いたような人で、持ち物と言えばクローゼットに少ない服が掛けてある程度、それに古い小さな化粧机。
黑鉄は何か手がかりを探すべく、今まで一度として開けた事の無かったクローゼットを開けると、男ものの擦れた革鞄があった。
中にはヨレヨレになった葉巻やら、碁石のような石、モミジの押し花のようなものや、変なハンカチなど、手品師か興行師のように脈絡の無いものが詰まっていた。少なくとも母親では無いとしたら、順当な推測としては、親戚付き合いも無い黑鉄家にとっては、いなくなった父という事になる。
黑鉄が知る限り、他の男の気配は母親には一切無かった。細々とした雑用品以外には、年代物のカレンダー付き手帳があった。手帳には封筒が挟んであり、開封してみると、
「信三 2012年に出会う事になる紅音暁、又は2016年に出会う事になる物部翠のいずれかを2016年8月15日までに殺す事があなたの今世での目的です。できなかった場合、人類は滅びます。信じる事は難しいでしょうから、ここに、これから2016年8月までで死亡する著名人の死亡年月日リストを掲載しておきます。お金はあなたのものですから、自由に使って下さい。母より」
と書かれた紙と、人物リストが上がっていた。リストには、芸能界や政治に疎い黑鉄でも知っている名前がずらずらと上がっていた。今日、どうやら有名な政治家が死ぬようだ。普段テレビを見ない黑鉄だが、一応テレビをつけてみる。タイミング良すぎるように、速報で、政治家が死んだニュースが流れている。黑鉄はテレビを消した。
悪い冗談だとしても、母が思いつくようなものでないどころか、最も縁遠い存在だ。
しかし、筆跡は確かに母のものであった。
手帳には端的なスケジュールがメモしてあるだけのようだが。化粧机の引き出しには、写真が3枚。
写真と言っても、写っているのが、映画のセットなのか、中国の昔の王朝のような所に、百人一首に出てくるような男が囲碁を打っている写真、ヤマトタケルのような変な髪型と衣装の男の写真と、SF映画のシーンのような未来の街の写真。
どれも、何とも言えないリアリティがあるのだが、こんなシチュエーションでなんで撮影なんかするのだろうか、というような、間の悪い瞬間を撮っている。大体、なんでこんな写真を母親が大事に持っているのだろうかも、黑鉄には合点いかない。
つまらない、というか、何の特徴もない事が特徴というような母親だった。美人でもブスでも無い。着ている服も、派手でも地味でも無く、母親が何を着ていたか、全く思い出せない。優しい人ではあったと思うが、積極性はまるで無かった。
自分が学校に行っている時には何をやっているのか、聞いたことも無いが全く分からない。スーパーでレジ打ちしている、と勝手に思い込んでいたが、冷静に考えると、うちの母親のような人をスーパーのレジ打ちで見たことが無い。いつも心ここにあらずという感じなのだ。あんな態度ではレジ打ち一つ務まらないだろう。
黑鉄は、もう一度、今度は丹念に手帳を調べてみた。色々とスケジュールが書かれており、短い期間で動き回っている形跡が見られる。何の目的なのか見当もつかない地名が色々と並ぶ。海外では、ベトナム、中国なども行き来しているようだ。取り敢えず黑鉄は、地名に頻繁に出ているし、名古屋から特急に乗れば2時間弱で行ける飛騨高山に行ってみる事にした。
それで走り書きのように、城山、茶屋、と書かれたメモだけを手がかりにたどり着いたわけだ。高山は昔から外国人観光客の多い所で、小京都という自負があるらしい。
「小京都と言えば金沢と思っていましたよ。」
とつい街の人と話していた時に答えると、嫌な顔をされた。黑鉄も、口に出た後に、そりゃ、そんな事言われたらいい気しないなと少し反省した。
何度か失敗をしながら、街の人に城山とは何か?と訪ね歩いた結果、それは、昔城が立っとった山の事じゃわ。神社の奥に階段があってじゃな。と謎めいた事を言う老人の言葉を頼りに、この公園にたどり着いたという訳だ。
確かに、高山には城山があり、城山には茶屋があった。 探偵ごっこのようなワクワク感が、生まれた時から何考えているか分からないと言われ続けた黑鉄にも少し芽生える。そして茶屋の中を進むと、ごくごく普通な客席があり、奥に個室らしきものがあった。引き戸を開けるとそこは個室では無く、中庭のような場所だった。中央には
相当年期を感じる中庭だ。むしろ、この茶屋よりもずっと古い。鳥居には、「虚仮夢住神社」という木札が貼られていた。コケムス神社?進んでいくとその先に、唐突に土管がある。
スーパーマリオに出てくるような地下に続く土管だ。土管にはご丁寧にハシゴがかかっている。入ってくださいと言わんばかりだ。ここまで来たのだから、行ける所までは行ってやろうと土管を降りていく。
思ったよりも深い、というか深すぎる。三〇分以上ハシゴを降りてしまった。黑鉄のような、少し感覚のネジが破綻してしまっているタイプじゃなければ、とうに怖くなって、戻っているだろう。
地下に着くが不思議と真っ暗では無い。薄ぼんやりとした明かりで最低限の視界が確保されている。どこから光が来ているのかはまるで見当つかない。洞窟を歩いて行くと、川のせせらぎが聞こえる。向かって行くと、外に出た。いや、外に出るなどという事はありえないのだが、荒涼たる風景にピンク色の川がせせらぐ。
なぜか紫色をした空のようなものがある。ああ、三途の川に来たんだな。と黑鉄は悟った。となると、俺はどうやら本当は死んでしまったのか。そのほうが、こんな滅茶苦茶な設定よりは、説得力がある。なんで茶屋の中にコケムス神社があって、そこにスーパーマリオの土管があって、30分も降りて行ったら大自然が広がってるんだ。多分、土管にガスが溜まっていて、そこに落ちて死んだのかもしれないな。
「黑鉄、まあ乗りなさい」よく見ると、小舟の脇に老人が待っている。
「三文銭はありませんが、乗せてくれるのですか?」黑鉄は苦笑しながらこの際ワルノリして言った。三文銭とは、三途の川を渡る為に船頭から要求されるという、お金だというのを幼稚園児の頃、地獄を題材にした絵本で見て知っていたのだ。
幼稚園児に地獄へ行くための舟の乗り方を教える絵本もどうかと思うし、それを幼稚園に置く運営側の感性もどうかと思ったが、この期に及んでそんな事を考えているぐらい普通な自分にも呆れた。老人は何も応えず、黑鉄が船に乗り込むと、ヒョイっと身軽に乗り込み、舟を漕ぎだした。
「本当に来おったわい。向こう見ずなのはちっとも変わっとらんのう。まあ当たり前じゃがな。どれ、授けてやるか」
器用に舵を取りながら、老人は振り向きざまに黑鉄の右目に手を突っ込んでねじ切った。黑鉄は突然の攻撃をかわす事などできず、やられるがままに目玉をえぐり取られたが、不思議と痛みはないし血も流れない。間を置かず、 黑鉄の目玉を老人は口に入れて食ってしまった。
「おいっ、ちょっと待てよ。何するんだ!」
黑鉄は叫んだが、老人は担々と今度は自分の目玉をえぐり取った。どす黒い、ひなびた目玉は、臭いを嗅げば間違いなくクサヤ系な発酵臭臭がするだろうと思われるグロテスクな異彩が漂う。 黑鉄はこの後の
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