黒い龍と白い龍-グリーグラム物語 Ⅱ-

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黒い龍と白い龍--グリーグラム物語Ⅱ

  黒い龍と白い龍  

    ---グリーグラム物語Ⅱ--- 

  第一章 黒い龍の出現


 その夜遅く、大魔法使いエバーレストは、不吉な気配を感じて目覚めました。

「・・・なにかが来る。しかも邪悪な存在だ・・・」

 ここは、グリーグラム。エバーレストが治める世界。彼は、もともと木の精で、グリーグラム全体を見渡せる丘の上に立つ巨木に住んでいます。

 エバーレストは、ベッドの上でしばらく目を閉じ、気配に集中していましたが、目を開くとすばやくベッドを降り、壁に飾られていたコスマイヤの剣を手に取り、ドアを開けて廊下に出ました。そして、二人の弟子の寝室のドアを鋭くノックして、「起きろ!」と声を掛け、外へ向かいました。

 木の外は、真っ暗な闇。エバーレストは杖をひと振りし、丘全体を囲むように設置された、たいまつに火を灯しました。丘は真昼のように明るくなりましたが、エバーレストは北の方を向いて、真っ暗な夜空を凝視しています。

「来る・・・。すさまじいエネルギーだ」

 その時、大木から弟子が二人飛び出してきました。兄弟子の名はポポロ、年は十二才ぐらいです。そして、弟弟子の名はミクル、まだ十才ぐらいです。

「お師匠様。なにかあったのですか」

 ポポロは眠い目をこすりながら、たずねます。

「まだ、わからぬ。巨大で邪悪な存在がこちらに向かっている。とにかく、おまえたちは木の後ろに隠れていよ。なにがあっても出てきてはならぬ。わかったな」

 その時、突然稲妻が走り、雷鳴がとどろきました。一瞬光った空に、なにか巨大なものが見えました。

「龍だ・・・。しかも黒龍だ」

 エバーレストはそう呟くと、コスマイヤの剣を鞘から抜き払いました。

 黒龍は、稲妻とともに突風を生じさせ、エバーレストは激しい風に、吹き飛ばされそうになるのをこらえながら、コスマイヤの剣をひと振りしました。

「バリアよ。我を守れ」

 すると、エバーレストの体は、真っ白で大きな丸い光に包まれ、突風もその光にはね返されました。

 黒龍は、もうすぐそばまで接近していました。大木が突風で大きく揺れています。弟子の二人は、木の影から、エバーレストを見つめていました。

 黒龍は、エバーレストを見下ろすまでに近づくと、

「ギャオー!」

 と耳をつんざくような叫び声をあげ、大きく口を開くと、エバーレストに向かって、火炎を吐きました。

 エバーレストのバリアは、炎に包まれ、まるで火の玉のようになり、弟子たちは思わず目を閉じました。しかし、黒龍が火炎を吐き終えると、エバーレストは真っ白なバリアに包まれ、きぜんと立っていました。

 黒龍は、たいまつの光でその全貌を明らかにしました。全身真っ黒で、背中はうろこでおおわれ、前足と後ろ足に、鋭い爪が伸び、耳まで裂けた口からは牙が生えています。弟子たちは、その姿に思わず身震いをしました。

 敵が、自分を火炎で焼きころそうとしたので、エバーレストも戦いを決意しました。彼は、コスマイヤの剣を立て、呪文を唱えました。

 すると、エバーレストの体は白く輝きだし、みるみる大きくなり、数十メートルもある、黒龍と同じ大きさの全身真っ白な龍の姿になったのです。そして、右の前足には、コスマイヤの剣を持っています。

「お師匠様・・・」

 弟子の二人は、恐ろしいながらも美しい白龍の姿に思わず呟きました。

 黒龍と白龍は、空中で向かい合いその目をらんらんと光らせました。黒龍が先に仕掛けました。口から火炎を吐き出したのです。しかし、白龍はすかさずそれに応え、火炎を吐きました。火炎が空中でぶつかり合い、炸裂しました。

「ギャオー!」

 黒龍は、怒りの声をあげましたが、白龍は落ち着いています。 

 黒龍は、尾を使い白龍に叩きつけました。白龍は数十メートル飛ばされましたが、すぐに体勢を立て直し、黒龍に向かって突進すると、その尾を黒龍に叩きつけました。こんどは、黒龍が飛ばされました。両方とも一歩も引く気配がありません。

 黒龍は、白龍の喉を狙いました。喉元に噛みついたのです。しかし、白龍も自在に首を曲げ、黒龍の喉に噛み付き返しました。そして、そのまま二匹の龍は、黒雲の立ち込める空へと絡み合いながら、昇って行きました。

黒雲の中では、すさまじい稲妻が光っています。

「兄さん。お師匠様は大丈夫だろうか?」

 ミクルは空を見上げながら、兄弟子の手をしっかり握っています。

「ミクル。心配するな。お師匠様が負けるわけがないよ」

 そう言いながらも、ポポロも心配そうに空を見上げました。

 突然、二匹の龍は、雲間から姿を現しました。そして、絡み合いながら、地上へと落下してきました。

 ズシーン!

 とすさまじい音とともに、龍は地上に落下しました。二匹はすぐに起き上がろうとしましたが、白龍の素早さに比べ、黒龍の動きはどこか苦しげでした。それでも、黒龍はまた口から火炎を吐きました。白龍はそれをなんなくよけると、コスマイヤの剣を黒龍に向かって振り降ろしました。

「ギャー!」

 勝負はこれで決着しました。コスマイヤの剣が黒龍の喉元をかき切っていました。そして、黒龍の姿は黒いすすとなって、風に飛ばされて、消えていきました。

「フーッ」

 白龍に変身したエバーレストがため息をついた時です。

「お師匠様!後ろ!」

 二人の弟子の叫び声が聞こえ、白龍が首を後ろに向けた瞬間です。白龍いえ、エバーレストは背中に激痛が走るのを感じました。

 なんと、黒龍はもう一匹いたのです。二匹の戦っている間、黒雲の中に身をひそめていたのでしょう。そして、白龍を襲うすきが出来るのを待っていたのです。

 白龍は、黒龍の爪によって深々とした傷を追い、のたうちまわりました。

 黒龍は、ここぞとばかりに口から火炎を吹き出しました。白龍は、火炎をやっとの思いでコスマイヤの剣ではね返しましたが、力尽きたのかぐったりと大地に身を伏せてしまいました。

「お師匠様!」

 二人の弟子は木の裏から飛び出そうとしました。しかし、なにか強い力がその足を止めました。

----来てはならぬ。

 弟子たちの頭の中で強い声がしました。ほかならぬエバーレストの声でした。

「ギャオー!」

 黒龍は勝ちを確信したのでしょう。ゆっくりと白龍に近づくと、首を曲げてその喉元を噛み、とどめを刺そうとしました。その時、黒龍に一瞬のすきが生じました。

 瞬間、白龍は裏返ると右手に持ったコスマイヤの剣で、黒龍の腹を縦に深々と切り裂きました。

「ギャオー!」

 黒龍は、叫びました。すさまじい声でした。しかし、黒龍は倒れませんでした。急所を外れていたのでしょう。傷を負いながらもゆっくりと空へと舞い上がりました。

----とどめを刺さねば。

 白龍のエバーレストは、そう思いましたが、体が言うことを聞きません。黒龍の爪から出た猛毒が全身に廻り出しているのです。気を失いそうになりながらも、エバーレストは黒龍が飛んで行く先を見つめました。

----北の「魔の山」だな。

 そして、白龍はどんどん小さくなり、エバーレストの姿に還りました。

「お師匠様!大丈夫ですか!お師匠様」

 弟子のポポロとミクルが駆け寄ってきました。

「ああ、おまえたち。しくじった。黒龍がもう一匹いたとは思わなかった。しかも取り逃がしてしまった・・・」

「お師匠様!いまはしゃべらないで!」

 そう言うと、ポポロはエバーレストのの服を裂きました。

「ああ・・・。これはひどい」

 背中に三本の傷跡があり、それもひどく膨れ上がり、皮膚の色は紫色になっています。

「お師匠様。少し辛抱してください」

 ポポロとミクルは、慎重にエバーレストの体を抱き上げ、大木の中へと連れて行きました。そして、エバーレストをベッドにうつ伏せに寝かせました。

「すまぬ。ポポロにミクル・・・」

 そう言うと、大魔法使いは、気を失ってしまいました。




  第二章 放課後


 ここは、大阪の小学校。五年生の岬良太、あだ名はリョウ。そして、同じく大野三郎、あだ名はサブ。女子の羽田咲子、あだ名はサキ。そして、吉川由美、あだ名はユミ。この四人が通う学校です。

 一見普通の小学生に見える四人でしたが、彼らは半年ほど前に、エバーレストによってグリーグラムへ行き、様々な冒険と戦いの末、グリーグラムに平和をもたらした経験の持ち主です。

「なあ、リョウ。なんか面白い事でもあらへんか。俺、なんか調子悪いねん」

 四時限前の休み時間にサブがリョウに話しかけました。

「なんや。サブ。ほんまにうっとうしそうな顔してるな。なんかあったんか」

 リョウは、いつものように笑って答えます。サブは、他の友だちに聞こえないように小声で続けました。

「それがや。いつも目を閉じて、グリーグラムのことを考えると、あの美しい空や森が目に浮かんできて、ストレス解消になっていたんやけど、昨日からなんか赤いもやみたいなもんが、渦を巻いてるのが見えて、なんか気分悪うなるんや。これ、なんでやろう」

 サブは頭を抱えています。

 リョウは、グリーグラムと聞いて、真剣な顔をして、小声で答えました。

「おまえもおかしいんか。じつは俺も昨夜、変な夢を見たんや。黒と白の二匹の蛇が、戦う夢や。白い蛇が勝ったけど、ひどい傷でぐったりしてる夢なんや。夜中に起きたら、寝汗をぐっしょりかいていたわ」

 サブは、真剣になって聞いていましたが、ここで授業のチャイムが鳴り、話はここで途切れました。

 昼休みになりました。給食を食べ終わったサブとリョウが教室を出ると、廊下にサキとユミが立っていました。リョウとサブを待っていたようです。サブが声を掛けました。

「サキ、ユミ、なんやおふたりさん揃って、なんか用か?」

 サキが小声で答えます。

「グリーグラムのことで、ユミが話があるんよ。他のみんなに聞こえたらあかんから、放課後にまた会ってくれへん?」

「ああ、ええよ。それより、ユミ。顔色が悪いで。保健室いかんでええんか」

 リョウは、ユミを心配しています。

「うううん。体はなんともないの。理由は放課後に話すから」

 そう言い残すと、サキとユミは、自分たちの教室へと帰って行きました。

「なんや。不吉なこと言うて。あんなこと言われたら、気になってバレーをする気にもならんなあ」

 サブはぐちります。リョウは、黙ってしばらく考え込んでいましたが、

「まあ、ええわ。放課後になったら、わかるんやから余計なこと考えんとこう。サブ、バレーしに行こうや」

 二人は、心配しながらも運動場へ向かいました。


 放課後になりました。リョウとサブは、校門に向かいました。サキとユミは、先に来て待っていました。

「どうする藤棚の下で、座って話そうか」

 リョウがそう言うと、サキが首をふりました。

「他の人に聞かれたらまずいから、緑地公園へ行きましょう。あそこなら広いから、人に聞かれる心配もないし、芝生に腰かけられるし」

 サキの提案にみんなは了解し、四人は学校からの帰り道にいつも通る緑地公園に向かいました。

 この緑地公園は、広々としていて、たくさんの木々が植えられ、芝生の広場や池もあります。その上、図書館や博物館。そして、日本庭園に茶室までもあり、市民の憩いの場所になっています。

 四人は、池の前の芝生まで来ると、それぞれ腰を降ろしました。

「ああ。ここはいつ来ても気持ちええなあ。アヒルがのんびりと泳いでいるし、芝生の感触がまた心地ええんや」

 サブは、両手を後ろに回して体を支えていいましたが、リョウは話をせかしました。

「ところで、ユミ。話ってなんだよ」

 ユミはそう聞かれても、どこから話そうか迷っていました。

「・・・最初は、昨夜遅くのこと、いつものように眠りについて、なんでもない夢を見ていたの。それが、急に胸が息苦しいようになって・・・で、起きているか寝ているかわからない変な感じになって・・・金縛りになって体も動かないので、起きようと必死になっていると、夢が真っ赤な血の色になって、そこで、黒い龍と白い龍が戦いだしたの・・・すごい戦いの末、白い龍が勝ったんだけど、ひどい傷を負っていて・・・それから、急にエバーレストの姿が出てきたんだけど、顔色がひどく悪くて、まるで助けを求めるように、こっちに手を伸ばすの。夢はそこで終ったんだけど、金縛りがきつくて、やっと目覚めたら、全身ぐっしょりと汗をかいていて、胸騒ぎが止まらないの。その胸騒ぎは、それからずっと今も続いているの。で、朝一番にサキにそのことをいったら、サキもおかしかったんだって言うから、これはきっとグリーグラムでエバーレストになにかがあったんだと思って、リョウとサブに知らせないとと思ったの」

 ユミは、やっとそこまで言いました。

 サキがその後を続けます。

「わたしは、ユミほど霊感が強くないけど、同じように昨夜金縛りにあったんよ。それから、苦しそうな顔をしたエバーレストが何度も夢に出てきて、胸騒ぎも今朝からつづいているねん」

 リョウとサブは、顔を見合わせました。休み時間に自分たちが話していたことを、もっと詳しくしたような話だったからです。リョウは、そのことをサキとユミに話しました。二人はうなずきながら黙って話を聞きました。

 サブが口を開きました。

「グリーグラムでエバーレストの身になにかがおこったんや。間違いないで」

「なにかって、なにかしら?」

 ユミは弱々しい声でたずねます。

「それは、今の時点ではわからへん。夢と胸騒ぎだけやから」

 リョウも考え込んでいます。

「どうしたらええんかな。連絡が取れるわけやないし。それに、なにも起こってない可能性もあるし」

 サキの言葉にみんな黙ってしまいました。

「ちょっと、みんな、深呼吸でもして落ち着きましょう・・・。前の時は、どうやったかな?」

 そんなことは思い返さなくても、みんな鮮明に覚えているのですが、いまは頭が混乱しています。

 リョウが答えます。

「前にグリーグラムに行った時は・・・確か子犬だったポスと出会って、どこで飼おうかと話し合って、廃屋に行って・・・そうだ!本だ。図書館でグリーグラムの本を見つけたんや!そして、本の中に吸い込まれてグリーグラムへ行ったんや」

 みんなもうなずきました。

「そうや、あの図書館に行って、本があれば、俺たちは、エバーレストに呼ばれていることになる。もし、なければ、エバーレストは俺たちを必要としていない。つまり、大丈夫だってことやな。そうやろ」

 リョウは、みんなに相づちを求めました。

「リョウの言っている通りよ。本がなければいいんだけど・・・」

 サキは、立ち上がりながら言いました。

「それと、すぐにポスを連れて来なければ。わたしとユミはポスを連れてくるわ。リョウとサブは、図書館に行ってね」

 みんなはうなずき、立ち上がりました。

 ポスは、前にグリーグラムに四人と一緒に行ったのです。その頃は、まだほんの小さい子犬でした。そして、その後、近くに住む犬好きのユミの叔父と叔母の家で飼われていたのです。ポスがかわいくて仕方がないサキとユミは毎日学校帰りに、かかさず遊びに行っていました。もちろんリョウとサブも二、三日に一度はポスに会いに行っていました。

 サキとユミの姿をもう遠くから見つけていたポスは、尻尾をちぎれるほどに振って、喜んで吠えています。

「まあ、ポスちゃん。今日も元気なこと。おりこうさんやねえ」

 サキは、そう言うと、もうずいぶんと大きくなったポスを抱き上げました。ポスは喜んで、サキのほっぺたをなめ回しています。

「サキ。ちょっと、おばちゃんにポスを散歩に連れていくって言うて来るわ」

「ああ。お願いね」

 ユミは家の裏に廻って行き、すぐに帰って来ました。

「OKよ。ゆっくり遊んでおいでだって」

 サキとユミは、ポスの首輪から鎖をはずすと、代りにリードを付けました。

「さあ。お散歩よ、ポス。もしかしたら、また冒険の旅になるかもよ」

 サキは、ポスに会うともうごきげんになっています。

「まあ。気の早いサキねえちゃんねえ。まだなにも決まってないのよ、ポス」

 ユミもそう言って、ポスの頭を撫でました。

 こうして、ポスを連れた、サキとユミは、リョウとサブが待つ、緑地公園内の図書館へと向かいました。

 リョウとサブは、図書館前の柱にもたれて腕を組んでいました。

 サキがたずねました。

「どうだった?本はあったの?」

 リョウとサブは暗い声で答えました。

「それが、今日は休館日やねん。どうしようもないわ」

 サキとユミも顔を見合わせ、ユミが呟きました。

「予想外のことね。どうしよう」

「まあ、ここで突っ立っててもしょうがない。いつもの池のところでじっくり考えようや」

 リョウはそう言って、ポスの頭を撫でると歩きだし、みんなもそれに従いました。

 みんなはまた芝生の上に座りました。誰も口を開こうとしません。ポスだけが、一人一人を周り、頭を撫でられ、おとなしくしています。サブはポスを撫でながら、呟きました。

「ポス。おまえは、ほんまにかしこいなあ。おまえやったら、どうしたらええんか、わかるかもなあ」

 リョウも呟きます。

「あの本は、この世界とグリーグラムとを結ぶ接点やったから、あの本がないことにはどうしようもないなあ」

 サキがユミに問いかけます。

「ユミは、どう感じてるの。本を見つけるのに明日までかかってたら、間に合わないぐらいエバーレストは危機的なの」

 ユミは首をひねって答えます。

「さあ。そこまでは、わからないわ。命に別状があるとかは、ないと思うけど。ただ、出来るだけ早い方がいいということは、言えると思う・・・」

 また、みんなは沈黙しました。どう考えても本の力を借りないと、グリーグラムへは行けません。

 サブが口を開きました。

「もう。しょうがないやん。明日まで待つことにしようや」

 しかし、三人は返事をしません。しばらくして、リョウが言いました。

「サブの言う通りや。いくら考えても、頭が真っ白になるだけで、いい考えが浮かんでこんわ。明日、また出直そうや」

 サキは心配そうな声でいいました。

「ほんまに、それでええんやろか、ユミ」

 そう聞かれても、ユミも自信なげです。

「わたしもいい考えが浮かばへんもん。とにかく明日やね」

 サブは立ち上がりながら言いました。

「大丈夫やて。あの大魔法使いエバーレストが、簡単にくたばったりするかいな。俺はそう信じてるで」

 リョウも立ち上がりました。

「ああ、それから前にグリーグラムを救ったお礼に貰った首から下げるメダルがあるやろう。あれは明日はみんな持ってきといた方が、ええと思うから忘れんように」

 サキとユミも立ち上がり、芝をはらいました。

「さあ、帰ろう」

 四人が住むマンションまで、歩きましたが、みんな黙って考え込んだまま、その日は別れました。




  第三章 図書館のトラブル


 次の日の登校時、校門の前でサキとユミは、リョウとサブを待っていました。サキとユミはいつも、充分余裕を持って登校しますが、リョウとサブはいつもぎりぎりに走って飛び込む方です。

 しかし、今朝に限っては、リョウとサブもわりと早くに登校して来ました。

「やあ、サキとユミ。待っててくれたんか。悪かったなあ、で、なんか夢見たんか?」

 サブはあくびをかみ殺してたずねます。ユミが答えました。

「うううん。心配なのと、あれこれ考えてるうちに神経が立ってしまって、一睡もできなかったの。だから、リョウとサブがどんな夢を見たか知りたくて・・・」

 リョウが答え、サブが続けます。

「それが、俺も一睡もできんかった」 

「なんや。みんなもか、俺も寝てへんねん。今頃になって、ねむうて、ねむうてかなわんわ」

 サキとユミはがっかりしています。四人とも目が真っ赤です。

「じゃあ。新しい事はなにもわからずね。それじゃあ放課後にここで会いましょう」

 サキはこう言うと、ユミと自分たちの教室に向かい、リョウとサブも教室へ向かいました。

 昼休みのことです。

「ちょっとリョウ。校舎の裏へ行こうや」

 サブが鞄の中からなにかの箱を取り出してそう言うと、リョウは不審そうに答えます。

「なんで、校舎の裏やねん。なんか悪いことするんやないやろな」

「ええから、はよ行こう」とサブ。

 二人は校舎の裏に行きました。

 すると、サブが制服の中に隠しもった箱を出しました。

「なんやと思う。リョウ、当ててみいや」

 リョウは、めんどくさそうに答えます。

「わかった。降参や。そやから、はよ見せてみいや」

「じゃーん!」

 と言いながら、サブは箱の蓋を開けました。

 リョウは驚き、大きな声を出しました。

「これ。トランシーバーやんか、サブ。おまえ、どないしてん」

 サブは、誇らしげに言いました。

「前にグリーグラムへ行った後、親戚で登山好きのおっちゃんが、新しいのを買うって言うたから、小遣いはたいて、安うでわけてもろたんや。またグリーグラムにいつでも行けるようにや」

 リョウはトランシーバーを持って、見つめています。サブは得意気に続けます。

「これ、中古やけどめちゃ性能ええで。プロが使うもんやから、それとグリーグラムには他に電波がないわけやから、めちゃ遠くまで聞こえると思うねん」

 リョウは感心しています。

「ほんま、サブの言う通りや。これは上等なもんや。もしかしたら、グリーグラムの端から端まで電波がとどくかも」

「他の連中に見つかったら、おもちゃにされて潰されたら困るから、リョウだけに見せてん」

 サブはそう言って、大事そうにトランシーバーを箱に入れました。


 放課後になりました。リョウとサブが校門に向かうと、もうサキとユミは待っていました。

「さあ。図書館に行きましょう」

 サキはつっけんどんに言うと、ユミとさっさと歩きだしました。サブは、トランシーバーをサキとユミにも見せるつもりでしたが、とてもそんな雰囲気ではありません。

 緑地公園に着くと、サキは早口で言いました。

「昨日と同じように、わたしとユミがポスを連れ出してくるから、リョウとサブは、図書館であの本を探して来てね」

 そう言うと、サキとユミは、ユミの叔父の家へと歩いていってしまいました。

「なんや、あの態度。機嫌悪いなあ。なんか俺ら悪いこと言ったか?」

 サブは、ふくれっつらで言いました。

 リョウは、なぐさめます。

「いや、あの二人の顔見たか。目の下真っ黒やったで。一睡もしてへんで。心配ばっかりして疲れ切ってるんやろ。機嫌悪いのもしょうないわ」

 そう言いながら、二人は図書館を目指しました。


「リョウとサブ。本はあったの」

 しばらくして、ポスを連れて戻ったサキが昨日のように図書館の前の柱にもたれて腕を組んでいるリョウとサブにたずねました。

 二人は黙って、図書館の入口を指差しました。

「本日、臨時休業」

 ガラスに貼られた看板にはそう書いてありました。

「うそ。休館日は昨日だったじゃない。これどういうことよ」

 サキとユミは、口を揃えて言いました。

 リョウが不服そうに答えました。

「裏口に管理人のおっさんがいたんで、聞いたんやけど、今朝になって、職員の人らがみんな風邪や腹痛やと電話してきて、人手が足らんようになったから、休みにしたんやて」

 サブがため息まじりに言いました。

「もう、しょうないわ。どうもならん」

 サキは、納得が行きません。

「ちょっと待って、一刻も争うことかもしれないのよ。あきらめてどうするの」

 ユミも言います。

「なにか方法を考えましょうよ。とりあえ ずいつもの所で話しましょう」

 その時、ポスが、「ワン」とひと声鳴きました。それが、あんまりいいタイミングだったので、四人はつい笑ってしまいました。そして、ムードも穏やかになったのです。

 いつもの池の前に腰を下ろすと、四人は話し始めました。

「管理人さんに頼んで十分だけ入らせてもらわへんかな」とサキ。

「それはさっき言って断わられた」とリョウ。

「それじゃあ。大切な忘れものをしたからといったらどうかしら」とユミ。

「それは、ええかもしれんで」とサブ。

「ただ、四人では大げさやなあ」とリョウ。

「友だちで付き添いやと言えばええ」とサブ。

「ほんなら、こうしよか・・・」

 とリョウが作戦を考えつきました。そして、みんなに伝えました。

「そら、ええな。確かに女の子やとおっさんも油断するやろうし、あの本は重すぎて、サキやユミでは持てんやろうし」

 とサブは喜んでいます。サキとユミもうなずいています。

「もともとあの本は、グリーグラムのものや。そやから、これは盗みやないし、堂々とやろうや」

 リョウの言葉にみんな立ち上がりました。

 図書館の管理人室は、裏口にあります。サキとユミは、真っ直ぐ管理人室に向かい、サブとリョウは、壁づたいに管理人に見つからないように進みます。

 サキが、管理人室のガラス戸をノックしました。きさくそうなおじさんがガラス戸を開けました。

「どうしたんだい。なにか用かね」

「こんにちわ。あのーわたし、おとといこの図書館で勉強してた者なんですけど、大事なノートを忘れちゃったみたいなんです。昨日も来たんですが、休館日で・・・。どうしてもあのノートが必要なんです」

 管理人は、困った顔をして、頭をかきかきたずねました。

「明日じゃいかんのかね。そのノート」

 サキは悲しそうな顔をして答えました。

「明日の朝にその科目のテストがあるんです。しっかりまとめたんで、今日中に暗記しないと困るんです」

 管理人は、また頭をかきながら、サキとユミの様子をまじまじと見つめて言いました。

「まあいいか。十分だけだぞ。早くそのノートを取っておいで。おそらく、二階の貸し出しカウンターの忘れもの入れの箱の中にあるから」

 管理人は、裏口の扉を開けました。

「ありがとうございます」

 サキとユミが先に中に入り、ていねいにお辞儀すると、管理人は部屋に戻りました。

 そのすきに壁にはうようにしていたリョウとサブが、腰をかがめたままドアをすり抜けたのです。二人は足音をたてないように気づかいながらも、一目散に二階の事典のコーナーに向かいました。

 目指す本は、事典が並んでいる中で、不思議なムードを漂わせ、わずかに光っていました。

「あった!やっぱりあったぞ」

 リョウがあの本を見つけ、後ろから来たみんなに本を見せました。

「やっぱりあったのね」とサキ。

「やっぱり、エバーレストはわたしたちを呼んでいたんだわ」とユミ。

「さあ、急ごう。管理人さんが気づかないうちに」

 裏口は開いたままでした。体の大きなサブが、本を上着の中に隠し、リョウと一緒に腰をかがめて管理人室を抜けて外に出ます。

 サキとユミが管理人に声を掛けます。

「ありました。ノートがありました。ありがとうございました」

 管理人は、裏口のドアを閉めながら、言いました。

「明日の試験がんばれよ」

 サキとユミは、もう一度管理人室の方を向いてお辞儀をしてから、走り出しました。

 リョウとサブは、先に行って待っていました。

「うまくいったわね」とサキ。

「管理人さんにうそをついて悪かったわね」

 とユミは後ろめたいようです。

「緊急のことだし、悪いことをしたんじゃないから、気にするなよ、ユミ」

 リョウがユミをなぐさめます。

「ワンワン!」

 四人の姿を見たポスが吠えます。サキが、手すりにくくり付けていたリードをはずし、ポスを連れてきました。

「これから、どうする?」

 サブがたずねます。

「人に見られたらまずいから、やっぱりあの廃屋に行くしかないわね」

 と、サキは言いました。

 前に、グリーグラムに行ったのは、つぶれた鉄工所の廃屋の中からだったのです。

 みんなはうなずき、すぐ近くの廃屋に向かいました。歩きながら、リョウがサキとユミに話しかけます。

「俺らは、男やからええけど。サキとユミは、きのう一睡もしてへんで、大丈夫か」

 サキは、気丈に答えます。

「大丈夫。こんな疲れ、グリーグラムの空気を吸ったらすぐになおるわ」

 ユミもうなずいています。

 そうしているうちに廃屋に着きました。中を覗くと以前と変わりないようです。

 みんなは引き戸を開けて中に入り、しっかり引き戸を閉めました。

 サブが持っていたあの本を床に置きました。

 事典ほどの大きな本で、分厚い革表紙に紋様と知らない文字が書かれた立派な本です。

 リョウがページをめくりました。地図が描かれていました。

「やっぱり前の時と一緒だ。地図を見ただけで風景が頭の中に浮かんでくる」

 みんなもうなずいています。ページをめくるたびに、挿絵の光景が頭に浮かびます。

 そして、本の後ろから数ページのところを開けると、現代の服を着た少年少女たちが、まるで記念写真のようにペンで描かれていました。みんな首から丸いメダルをぶらさげています。そして、五組目になりました。そこには、リョウたち四人とまだ子犬のポスが描かれています。

「わあ、ポス、めちゃかわいい」

 サキが大声を出します。

「今のポスもかわいいよなあ」

 サブはそう言って、ポスの頭を撫でます。

「そういう意味やないの」

 サキは怒ったように言いました。

「問題は、最後のページや」

 リョウはそう言って、ページをめくりました。そこには正方形の四隅に男女四人が描かれていました。そして、正方形の中心には、開かれた本と、その上にもう大きくなった犬が描かれていたのです。

「うーん。これで決まりやなあ」

 リョウは腕を組んで言います。

「ほんまや。もう行くしかないな」とサブ。

「エバーレストが呼んでいるんだわ」とユミ。

「さあ。みんなしたくしましょう」

 サキが言うと、みんな立ち上がりました。そして、それぞれ鞄の中から、メダルを取り出し、首から吊るしました。ポスのメダルはサキが持っていて、ポスの首に掛けました。

 サブは、鞄の中から大事そうに箱を出すと、みんなに気づかれないように、トランシーバー二台を両方のポケットに入れました。そして、リョウに向かって親指を立てました。リョウは小さく、うなずいています。

 サキとユミは髪を後ろで束ね、髪止めで止めました。

「さあ。みんな。用意はいいか。本を中心に男子、女子、男子、女子と正方形の四隅に立つんやで、もうええか」

 みんなは、うなづくと、深呼吸をしました。そして、その通りに角に立ちました。

 すると、ポスが待ちかねていたように走ってきて、中心に置かれた本の上に座りました。

「うわあー!」「きゃあー!」

 突然、本から強烈な白い光が放射され、四人は手で目をおおいました。

 そして、そっと目を開けました。すると、本から出た光が、金粉になって渦を巻きながら、本に吸い込まれています。そして、自分たちも、金粉に巻かれて光っていました。

「あっ」

 みんな同時に声を上げました。体が宙に浮いたのです。意識があったのはそこまででした。四人と一匹は、あっと言う間にその渦に巻き込まれ、本の中へ吸い込まれて行ったのです。




  第四章 傷を負った大魔法使い


 気を失っていた四人は、ポスに顔をなめられ、気がつきました。ここは高原。丘の上にあざやかな緑の草原が広がり、後ろには高い山が連なっています。

 そして、丘の上から見下ろすと広い世界が広がっています。はるか遠くにも山々が連なり、途中には大きな河も見えます。

 四人は起き上がり、思わず声をあげました。

「うわあ。なつかしいなあ」とリョウ。

「ほんまや。うれしいなあ」とサブ。

「きれいだわ。あいかわらずやね」

 サキとユミは、ほっとした表情です。

 ポスは、みんなの周りを廻りながら、うれすそうに吠えています。

「ああ、そうだわ。あのエバーレストの木に行かないと」

 サキは、ポスのリードをつかみながら、そう言いました。

 その木は、高原の中心に立つ、樹齢数百年の巨大な広葉樹で、魔法使いエバーレストは、本来この木の精でいつもはこの木の中にいるのです。

 みんなは、その木の前に立ちました。

「ちょっと元気がないようやな」とリョウ。

「前みたいに光ってないなあ」とサブ。

「それに、ほら上の方の葉っぱが枯れかかっているわ」とサキ。

「エバーレストは大丈夫かしら」とユミ。

 みんなが口々に心配していると、木の幹の中心あたりが、白く光りだしました。そして、光はどんどん大きくなり、楕円形になりました。そして、光の中から、何かが浮かび上がってきました。

「エバーレストのお出ましや」

 サブが言うと、「シーッ」とリョウに、たしなめられました。そして、光ははっきり人の形になりました。

 袖が長く、裾は足元まである緑色の服を着た老人で、白いひげがお腹まで伸び、頭には三角錐の帽子を被っています。そして、古木の杖を握っています。しかし、人は一人ではありませんでした。横に、十歳ぐらいの男の子が居て、老人を支えるようにしています。

二人は、足先が地上ニメートルほどに浮いていています。

 リョウたち四人は、ひざまずいて頭を下げました。エバーレストの登場です。

「わしは、エバーレスト。このグリーグラムを治める者。リョウ、サブ、サキ、ユミ。久しぶりじゃのう。よく来てくれた」

 老人は、低いトーンで、心に響く重厚な声で言いました。

「そして、この子は、わしの二人おる弟子のうちの下の子でミクルという。仲良くしてやってくれ。よろしく頼む」

 老人は、そう言って傍らの弟子の頭を撫でました。

 みんなは立ち上がり、リョウが口を開きました。

「エバーレスト様。お体の具合はどうなんですか。みんな、暗い夢を見たり、胸騒ぎが止まらなかったりして、ずいぶん心配したのです。そして、一刻も早くと駆けつけてきたんです」

 エバーレストは黙ってうなずきました。

「実は、そなたたちが不吉な夢を見る前の日の夜更けのことじゃ。黒い龍が襲ってきたのじゃ。わしは、一匹の龍はしとめたんじゃが、二匹目がおってのう。その爪で深い傷を負ってしまった。いまから、それをそなたたちの頭に映し出すので、みんな目を閉じなさい」

 四人は、それに従い、目を閉じました。すると閉じた眼の前に映像が映りだしました。

 初めは黒い龍の接近。そして、コスマイヤの剣をもったエバーレストが白い龍となって、黒い龍とのすさまじい戦い。そして、ついに白い龍が勝ちをおさめたところに、もう一匹の黒い龍の爪で背中に深い傷を追わされたこと。そして、その黒い龍の腹をコスマイヤの剣で縦に切り裂いたが、致命傷に至らず、黒い龍は、はるか北の山に逃げてしまったこと。

 ここで、映像は終りました。四人は、あまりの迫力に青ざめています。

「みんな、見てくれたかな。こう言ったわけでわしは背中に深い傷を負った。黒龍の爪の毒が全身に廻り、いまそなたたちが、見ているわしの映像とは違って、本体は木の中のベッドから起き上がれずにいる。弟子のミクルがいなければ、水も飲めん状態じゃ」

 リョウが言い出しました。

「本体とお会いできませんか」

 エバーレストは答えます。

「それはかまわぬが、見ぬ方がよいと思うがのう」

 リョウは、他の三人の顔を見ました。みなうなずいています。

「では、木の中は魔法で作った空間じゃ。狭いが入りなさい」

 エバーレストがそう言うと、木の幹に扉が現れました。中から、弟子のミクルが扉を開けてくれました。

「ミクル。ぼくはリョウ。よろしくね」

 リョウを先頭に、みんなはミクルにあいさつをしながら、中にはいりました。せまい廊下をぬけると、すぐにエバーレストの部屋に着きました。

「あっ。これは・・・」

 リョウは絶句しました。

「ひどすぎる・・・」

 サブも思わず口をふさぎ、振り向くと、サキとユミを廊下に押し返しました。

「おまえらは、見ん方がええ」

 エバーレストの背中の三本の傷は、腫れて盛り上がり、毒のせいでしょうか、全身は紫色をしています。

「リョウ、サブ。もうよいじゃろう。表にでなさい。そして、話をつづけよう」

 リョウもサブも頭を下げ、その言葉に従い外に出ました。

 リョウが再び、映像になったエバーレストにたずねます。

「あんな、ひどい傷で命に別状はないのですか」

「わしは、魔法使いであり、木の精じゃ。そういう存在は、そなたたちが思っているより、数倍強いものなのじゃよ。心配はいらぬ」

 エバーレストは続けます。

「傷が腫れ上がっているのも体が紫色なのも黒龍の持つ毒のせいじゃ。この毒を解毒するには、相当の時間がかかる。問題なのは、その間、グリーグラムの調和を保っているわしの光が滞ることじゃ。それと同時に、北の山「魔の山」と呼ばれているんだが、そこの中腹の火口湖に、黒龍がいて、傷つきながらも邪気を吐き続けていることなんじゃ」

 そう言って、エバーレストははるか北の山を指差しました。みんなは、後ろを向きました。

 その山は、頂きには万年雪を被っているほど高く、その中腹にこちら側から見れば水平なところがあり、そこから黒い煙が出ていました。

「あの中腹の水平になった所が、火口湖じゃよ」

 サキがたずねます。

「黒龍はどこから来たのですか。そして、その邪気とはなんですか」

 エバーレストは答えます。

「黒龍は、この世界とは、別の次元からやってきたのじゃ。邪気とは、本来、人間が出す悪想念のことで、それが増えて凝り固まると黒龍のような化物になり、邪気を放出し、全てを汚れさせようとするんじゃ。だから、あの黒龍も、魂のない邪気の固まりじゃ」

 四人は、初めて聞く話しに、真剣に耳を傾けています。エバーレストは続けます。

「だから、前回そなたたちが戦った魔女のように山に封じる必要もない。黒龍を殺すとは、その邪気を清めたことになるので、遠慮はいらんのじゃ。しかし、黒龍には心がないぶん凶暴で、情け容赦もないのじゃよ」

 リョウがたずねます。

「では、今回のぼくたちの使命は、魔の山の火口湖に行って、黒龍を退治すればいいのですか」

 エバーレストは答えます。

「いや、それは危険すぎる。わしの傷が治れば、黒龍はわしが仕留める。そなたたちには、黒龍のうろこを一枚取ってきてほしいのじゃ。龍の毒は、その龍のうろこを煎じて飲めば、たちどころに治るからじゃ」

 エバーレストは、みんなの顔を見ながら話を続けます。

「実は、さっき、わしの弟子は二人おるといったが、その兄弟子は、みなも知っているポポロじゃ」

 四人はざわつきました。ポポロと聞いて、懐かしさが込み上げたようです。

「ポポロって、前の冒険の時に、いっしょに旅したあのポポロですか。でもポポロはミクルよりもずっと小さかったですが」

 サブがたずね、エバーレストは答えます。

「そうじゃ、グリーグラムとそなたたちの世界では時間が異なるのじゃ。グリーグラムの時間は一定ではない。そなたたちの世界から見れば、早くなったり遅くなったりしている。前にそなたたちが来てから、ここでは、数年の月日が経っておる」

 みんなは、驚いたようです。半年と思っていたのが数年とは、みんな考えてもいませんでした。エバーレストはみんなが落ち着くのを待って話を続けます。

「そのポポロが、昨日、黒龍のうろこを取りに行くといって、わしが止めるのも聞かずに旅立ってしもうたのじゃ。わしの魔法を学んでるとはいえ、まだまだ未熟で、一人ではとても無理な仕事じゃ。そなたたちには、まずポポロに追いついてもらいたい。そして、一緒に黒龍のうろこを取ってきてほしいのじゃ」

 みんなはうなずきました。しかし、黒龍を倒さなくてもよいといっても、そうやすやすとうろこだけを取れるとは想いません。サブがリョウに言いました

「うろこって、簡単にはずれるものかなあ」

 リョウに代わって、エバーレストが答えます。

「それは、無理じゃよ。ナイフで切り取らんとな。うろこ一枚でなくともよい。煎じて飲むんじゃから、手の平ぐらいの大きさでよいのじゃよ」

 みんなは黙って考え込んでいます。

「他に質問が、ないのなら、武器と道具について説明しよう」

 エバーレストは杖をひと振りしました。

 すると、コスマイヤの剣がリョウの足元に現れました。コスマイヤの剣は、エバーレストの師で、いまは亡き大魔法使いコスマイヤの魔法の剣で、強力な魔力を発揮します。前回の四人の旅は、この剣を北の古城まで取りに行く旅でした。エバーレストが言いました。

「このコスマイヤの剣をリョウに預ける。そして、三つだけ、呪文を教える。強力なバリアで身を守る術。そして、剣から強力な光のエネルギーを放出する術。それに十秒間だけ、敵を静止させる魔法じゃ」

 そして、エバーレストはまた杖を振りました。すると、みんなの首に掛けていたメダルが勾玉に変わりました。そして、四人は、革でできた衣服とブーツ。そして、マントをはおり、革袋を肩に掛け、杖を持った旅人の姿になりました。

「わあ、このかっこう。懐かしいわ」

 とサキが言うと、みんなうなずきます。

 エバーレストは、また杖をふるいました。すると、ロバが二頭現れました。背中に荷物をしょっています。

「今回の旅は、後半は山になる。このロバは力が強く登山にむいている。そして、荷物は食料と弓矢、剣、盾などの武器じゃ。みんなそれぞれにチェックしなさい」

 みんなは、ロバの方に向かいましたが、リョウはエバーレストに呼び止められました。

「リョウはこちらに来なさい。いまから呪文を教える」

 リョウは、コスマイヤの剣を持ち、エバーレストのもとで、教えを受けています。

 サブは、ひとり、弟子のミクルに手招きしました。そして、やってきたミクルにポケットから出した物を見せました。

「これ、トランシーバーっていうんや。これがあれば遠く離れていても話が出来るんや」

 そう言って、サブはトランシーバーの使い方をていねいに教えました。ミクルは利発な子で、すぐにそれを理解しました。

「これを一つ置いて行く、そして連絡したいことがあったら、いつでも使ってや」

 サブは、ミクルの頭を撫でてそう言いました。

 リョウは、呪文を教わったようです。待っていたサブが、ミクルの手を引いて、エバーレストの所に行きました。

「エバーレスト様。お願いがあります」

 と言って、サブは自分の手とミクルの手を差し出しました。するとエバーレストが答えました。

「サブ。これはトランシーバーではないか」

 サブはエバーレストが知っていたのに驚きましたが、先を続けました。

「これで、ミクルと連絡を取りたいと思っています。それで、このトランシーバーに強力な力を入れていただけませんか。ここと「魔の山」でも電波が届くように」

 エバーレストは、首をひねりました。

「トランシーバーを持って来たサブ。そなたの機転はたいしたものじゃ。じゃが、『魔の山』まで、電波が届くかはやってみないとわからん。すでに、あの山は邪気だらけじゃからな。しかし、できるだけのことはしてみよう」

 エバーレストは、そう言うとしばらく目を閉じて、呪文を唱えた後、杖を振りました。

すると、二台のトランシーバーは、白く輝きました。そして、その光が消えると、エバーレストは言いました。

「ああ、今の光を見て思い出したわ。これを渡すのを忘れてはいかんのう」

 といって赤子の頭くらいの麻袋をサブにわたしました。袋は紐で口を閉じられています。

「ああ、これは光の粉ですか」

 サブが言うと、エバーレストは答えました。

「そうじゃ。前に来た時にみなで使った光を結晶化させた金粉じゃ。どんなものでも浄化できる。使い方はわかっておろう」

 サブはうなずきました。

「ええ、まいたらその分だけ、また増えるので、無くなる心配がなかったですよね」

「今回は、この光の粉をずいぶん使うことになるじゃろう」

 エバーレストは、荷物の点検などを終えたサキとユミに声を掛けました。

「どうじゃ。なにか足らないものがあったかのう。サキにユミ」

「いいえ。なにもありません。これだけ準備していただければ、後は旅先で、補充できると思います」

 サキがそう言って、二人は頭を下げました。

「今回もまた、そなたたちの力が必要になった。申し訳ないことじゃ。よろしくお願いする」

 エバーレストはそう言って、弟子のミクルとともに深々と頭を下げました。

 リョウがあわてて言いました。

「とんでもないことです。前回、またきっとお呼び下さいとお願いしたのは、ぼくたちの方ですから。みんな、内心ワクワクしているのです」

 エバーレストはほっとした表情になりました。

「では、リョウ。地図をわたそう。前は、グリーグラムの西寄りに北へ向かった。こんどは、東よりにグリーグラムを抜け『魔の山』へと向かうのじゃ。この山では、わしの光も弱いので、人も寄りつかず『魔の山』と呼ばれておる。わしも勾玉を通じてそなたたちを守るが、山ではよほど気をつけて行くのじゃよ」

 みんなは、力強くうなずきました。その一人一人の顔を見たエバーレストは言いました。

「わしは、そなたたちのこれからの旅の成功と働きを確信している。さあ、行きなさい人間の子らよ。自らを信じて進むのじゃ」

 その言葉を合図に、四人と一匹は大魔法使いとその弟子に別れを告げ、丘を下りだし、旅が始まったのです。




  第五章 スマセリ族


 丘を下りながら、ポスはあちこちと臭いをかぎまわっています。ポスはあいかわらずご機嫌です。

「ポス。真っ直ぐ歩きなさい」とサキ。

「前の旅の時と同じね。ご機嫌で。前のときは一度死んだってゆうのに。なにがうれしいのかしら。今度の旅の方が危険なのに」

 霊感の強いユミがそう言うと、サブが口をはさみます。

「ユミ。今度の旅の方が危険やて?それ、霊感で感じるんか」

 ユミは答えます。

「霊感じゃないけど。相手は龍よ。しかも、グリーグラムを越えて山に登らないといけないし。誰だってそう思うわよ」

 サブは元気なく、うなだれましたが、リョウは強気です。

「大丈夫や。コスマイヤの剣もあるし、武器だって持ってる。エバーレストが前の時より、いろいろ準備してくれたんやから、俺は強気やで」

「まあ、そう言えばそうね。前のときなんか、なんにも持たずに行って、途中で武器とかもらって魔女をやっつけたんやからね」

 サキも案外気楽そうです。

 そうこうしてるうちに、四人は丘を下りきりました。

 リョウが地図を広げて言います。

「これからは、森を行く。森から出たら、スマセリ族という部族の領地を抜けんとあかんみたいや」

 ポスがしきりに臭いをかいでいます。そして、リードを持ったサキを引っ張りだしました。

「ポスが何か見つけたみたいよ。みんなついておいでと言ってるみたい」

 みんなは、ポスの後を行きます。リョウとサブは、一頭ずつロバを引いています。

 思った通りでした。ポスは、森への道を見つけました。道は細いので、みんな一列になって進みます。

「やっぱり、グリーグラムの森やなあ。ほんまの原生林や。なつかしいなあ」

 サブとリョウはあちこち見回して感激しています。

「ほんまに森林浴やねえ」

 サキとユミは深呼吸しています。

 二時間ほども歩いたでしょうか。四人は、森を抜けました。これからは、スマセリ族の領地です。かすかに太鼓を鳴らす音と笛の音が聞こえてきました。

「お祭りでも、しているのかしら?ポスは行こうとしているわ」

 サキはポスに引っ張られながら、音のする方に進みます。

 周りに畑が散在しだすと、遠くに木造の家が見え始めました。スマセリ族の村のようです。畑には、いろんな作物が植えられていましたが、見覚えのないものばかりです。グリーグラム独特の野菜のようです。

 村に近づくと、スマセリ族の人たちが見えました。小人族です。身長が五才の子供ぐらいで、男たちは革のズボンをはき、上半身は裸です。そして、鳥の羽を美しく飾って、帽子のように被り、みんな違った木彫りの面を被っています。

 村の入口の広場の前で、五、六人の男たちが座って笛を吹き、太鼓を叩き、十数人の男たちが、輪を描き踊り続けています。

「おまえたちは、誰だ。ここは、スマセリ族の土地だ」

 突然、四人の前に槍を持った男が二人、現れました。

 リョウが一歩前に出ました。

「ぼくたちは、エバーレストに頼まれて、魔の山を目指しています。どうかスマセリ族の土地を通らせてくれませんか」

「なに、エバーレスト様の?」

 男たちは、顔を見合せました。

「ここで、待っておれ。長老様のご意見をうかがって来る」

 四人がしばらく待っていると、槍を持った二人が帰って来ました。

「長老様が会いたいとおっしゃっている。ついてきなさい」

 四人は、その言葉に従って、二人について行きました。太鼓の音がだんだんと近づいて来ます。スマセリ族の男たちの奇妙な踊りも迫って来ました。

「なんや。あの踊りは、どうも鳥の動きを真似をしたもんみたいやな。スマセリ族の神様はどうも鳥みたいやで」

 サブは、踊りに興味津々で、リョウに小声で話しかけました。

「ああそうか、あのかっこうは、鳥の仕草を真似たものか。気がつけへんかったわ」

 四人は、踊りの端で、籐のような植物を編んだ立派な椅子に、あぐらを組んで座っている老人の所へ連れて行かれました。老人は、他の誰よりも立派な羽を飾り、頭から腰まで垂らしていました。誰が見ても、インデアンで言えば酋長です。

 さっきの見張りの男が長老に耳打ちしました。長老は、大きくうなずいて、四人の方を向きました。

「おまえたちは、かの大魔法使いエバーレストとどういう関係だ?」

 リョウが答えます。

「ぼくたちは、エバーレストに呼ばれて、別の世界からこのグリーグラムに来ました。そして、黒い龍との戦いで深い傷を負ったエバーレストを救うため、魔の山の火口にいる黒い龍のうろこを取りに行くところです」

 老人は、目を閉じて聞いていましたが、ゆっくりと話し出しました。

「わしたち、スマセリ族は農耕を営んで生活をしている。いまは、野菜の季節なので、多くの野菜を育てている。だが、この二日ほど前から、見たことのない黒い虫が大量に発生し、野菜をむしばんでおる。そして、目に見えないほどの小さな黒い灰のようなものが降ってくる。それで、村をあげて、神に祈りを捧げている。この踊りは祈りの踊りじゃ。こんなことは、わしのような年寄りにも初めてのことじゃ。このことと、おまえたちが言う黒い龍とは、関係があるのか」

 リョウが答えました。

「見てください、魔の山の中腹の火口を」

 長老の老いた目にも、火口から断続的に黒い煙が、出ているのが見て取れました。

「あれは、火山の煙では無く、黒い龍が吐く邪気なんです。あれが、風に乗って飛んできて、物質化したものが黒い虫の正体です」

 長老は驚きました。

「おまえに、わしたちがどうすればいいか、わかるかな」

 リョウが答えます。

「取りあえず。祈りの踊りは止めてもらえますか」

 長老は、手を挙げて合図し、踊りを止めさせました。

 サブは、ロバの荷物の中から、麻袋を取り出しました。あの金粉が詰まった袋です。そして、それをリョウに渡しました。

「これから、みなさんにひとつかみずつ、金粉を渡します。これは撒くと、真っ白な光になってあらゆるものを浄化します。これを自分たちの畑に撒いてください」

 リョウは、近くの畑を見ました。確かに黒い虫がうようよしています。

「いいですか。見ていてください。試しにこの畑に金粉を撒きます」

 リョウがひとつかみの金粉を畑に撒きました。すると、それは、白い光となって、畑全体に広がりました。そして、黒い虫はすべて消えていました。

 スマセリ族の人々から歓声が沸きました。

「信じられん。奇跡だ!」

 リョウは続けます。

「みんな一列に並んでください。ひとりひとつかみずつ皆に渡しますから。あわてなくてもいいですよ。これは魔法の粉で、袋の底まで減ると、また袋いっぱいになりますから」

 話を聞いたスマセリ族の人々は、男も女も村から出てきました。そして、みんな一列に並びました。リョウとサブは袋からひとつかみずつ金粉をみんなに手渡しました。

 あちこちの畑で白い光が畑を満たしています。こうして、スマセリ族の畑の浄化は終わり、取りあえずは黒い龍の被害からこの村を救うことが出来ました。

 長老がリョウにたずねます。

「これで、何日位畑を虫から守れるかね」

 リョウは返答に困りました。そして、サブに相談しました。

「サブ。ミクルをトランシーバーで呼び出して、エバーレストに聞いてもらえないか」

 サブは、やっとトランシーバーの出番だと張り切って、ミクルを呼び出しました。

「リョウ。せいぜい四、五日だってよ」

 リョウもがっかりしました。しかし、サブはなぐさめます。

「そやけど、リョウ。黒い龍の所まで四、五日もかからへんで」

「そう言えば、そうだな。それだけあれば、黒龍を退治できるな」

 そう考え直したリョウは長老に答えました。

「四、五日はもつそうです。それだけあれば、ぼくたちが黒龍をなんとかできると考えています」

 長老は、目をつぶって何かを考えているようでした。やがて、目を開けると若い者に何かを命じました。その若者は、籠にいれた鳥を持ってきました。眼光はタカのように鋭いですが、色は虹色の不思議な鳥でした。

「この鳥は、わしらスマセリ族の宝じゃ。名は『スハリ』この鳥は人間の言葉を完璧に理解し、命じられたことを完璧にこなす奇跡のような鳥じゃ。この鳥を連れて行ってくだされ。きっとなにかの役に立つはずじゃ」

 リョウとサブは顔を見合わせました。

「そんな貴重な鳥を預るわけには・・・」

「なに、差し上げるわけではない。仕事が終ったら勝手にここへ戻ってくるんじゃから。それに、黒い龍のことはグリーグラム全体の危機じゃ。わしらもせめて、このぐらいの協力はせんと、罰が当たるでのう」

 長老はそう言って、籠から「スハリ」を出し、言い聞かせました。

「今から、おまえはこの方々と共に旅し、この方々の力となるんじゃ。わかったのう」

 スハリの目が鋭く光り、そして羽ばたくと、ロバの荷物の上に止まりました。

 リョウとサブは、あっけに取られました。

「ほんとうに、言葉がわかっているのですね。では、大切に預らせていただきます」

 サキの呼ぶ声がしました。

「リョウにサブ。もう出発しないと。日も傾いてきたし・・・」

「ああ、いま行く」

 リョウは大きな声で、サキにそう言って、長老に質問しました。

「あの、ぼくらが来る前に一人旅の少年を見ませんでしたか、エバーレストの弟子なんですけど」

 長老は村のみんなに声を掛けました。

「誰か、一人旅の少年を見たか」

 しかし、みんな首を振りました。

「誰も見てないようじゃの」

「わかりました。では行ってきます。またお会いしましょう」

「くれぐれも気をつけなされよ」  

 こうして、四人は、スマセリ族を後にしました。




  第六章 イスボル族


 リョウが、地図を広げながら進みます。

「これからは、また森になる。そして、それを抜けるとイスボル族の領地になるんや」

 サブは空を見上げて答えます。

「もう夕暮れに近い。今夜は森の中で野宿することになるやろな」

「ワンワン」

 ポスがまた、吠えています。

「ポスが森に入る道を見つけたみたいよ」

 そうサキが言った通り、森への道が見つかりました。四人はまた、森を行きます。

「この森もええ森やけど、スマセリ族の前の森の方がよかったなあ。やっぱり北に近づくほど、黒い龍の邪気の影響が出るんかなあ」

 サブは、森を見回しながら、不安げに言いました。

「そうやなあ。理屈からいって、それは避けられんやろうなあ」

 リョウもうっとうしそうに返事します。

「なに、暗い声出してんの。ポスを見て。元気いっぱいで張り切ってるわよ」

 と、リョウとサブは、サキにたしなめられました。

「森に入ったら、薄暗くなったけど、今日はどこで野宿するの」

 ユミも疲れた声でたずねます。

「ほんまやったら、この辺で野宿したいけどポポロに追いつかんといかんからなあ。真っ暗になるぎりぎりまで、もうちょっと頑張ってみようや」

 とリョウが励まします。

 それから、一時間ほど歩くと、日がとっぷり暮れました。

「さあ、野宿する所を探そう。俺とサブが行ってくるから、サキとユミはたいまつをつけて、ロバと待っといてくれ」

 リョウはそう言って、サブとポスを連れて行きました。

 しばらくして、リョウの声が聞こえました。

「おおーい。良い場所が見つかったで、こっちや、こっち」

 サキとユミはロバをひいて、声のする方に歩いて行きました。

「まあ。また大きな木の下ねえ」とサキ。

「ああ、前の旅の時もこんな木の下で野宿したなあ。懐かしいやろ」とサブ。

 みんなは、さっそくマントを脱いで、木の枝に掛けました。それから、ロバの荷物をおろしてやり、ロバが休めるようにしました。

「おまえたちも、しんどかったやろう。さあ、草を食べておいで」

 サブは、そう言いながら、荷物の中から、食料と鍋を取り出しました。

「今日は、パンとシチューにしようか?」

 みんな、黙ってうなずいています。

「俺は、枯れ木を集めてくる」

 リョウはそう言って、木々の中へと入っていきました。サブは口笛を吹きながら、野菜の皮をむいたり、切ったりと下ごしらえをしています。

「サブは、ほんまに料理がじょうずやね。ええお嫁さんになれるわ」

 と、サキがちゃかします。

「あほ言え。なんで、俺が嫁やねん。俺は、俺より料理上手な嫁さんを貰うねん」

「そんな人探すん、むずかしいわ。お嫁さんが働いて、サブが家事をしたら」とユミ。

 冗談を言い合っているうちに、リョウが枯れ木をどっさり持って来ました。

 たきぎに火を付け、木を組んで、水と材料を入れた鍋をかけます。

「さあ、こうして、じっくり煮込んで味付けしたら出来上がりや」

 サブは、ひじをついて、寝そべりました。リョウも横になって話しかけます。

「ポポロがエバーレストの弟子になってたなんて、意外やったな、サブ。あんな小さかったのに、今では俺らより年上やて、グリーグラムの時間てどうなってんのやろう」

「ああ、ほんまやなあ。時間は不思議や。そやけど、ポポロには早く会いたいなあ。かわいかったもんなあ」

「わたしも会いたい」

 木にもたれて、うとうとしてたサキが口をはさみます。

「ポポロ。かわいかったわ。わたしも早く会いたいわ」

 毛布にくるまっていたユミも起き出してきました。

「そやけど、俺らより一日早く出発したんや。追いつけるやろうか」

 リョウは心配そうです。

「微妙なとこやな。さりとて、俺らも馬に乗ってるわけやなし、これ以上早くは進めんからなあ」

 サブが、答えているうちにシチューは煮えてきたようです。サブは、あわてて起き上がると、シチューをかき混ぜ、塩コショーと粉ミルクで味をつけました。

「さあ、ホワイトシチューが出来たで。パンと一緒に召し上がれ」

 器がわたると、みんないっせいに、

「いただきます」

 と言って、シチューをすすります。

「あいかわらず。めちゃうまいな」とリョウ。

「サブの特技ね。最高よ」とサキ。

「ああ、体が温まるわ。ありがとう」とユミ。

 サブが切ったパンをみんなに回します。パンは、フランスパンに似て、固いものですが、口の中に入れると、柔らかくなる不思議な食感です。

「これもうまいな。そう言えば、前にグリーグラムに来た時、朝食に食べたなあ」

 リョウがそう言うと、みんなうなずきます。

「ワンワン」

 ポスが、サキのひざに前足を掛けて、おねだりします。

「ごめん。ポスのこと忘れてた。それとスハリもや」

 サブが食料の中から干し肉を出してきて言いました。

「さあ、ポスとスハリは、これをお食べ」

 ポスとスハリも干し肉に飛びつきました。

 四人もよほどお腹が空いていたのか、みんなあっという間に、食べ尽くしました。

「ああ、満腹。満腹」

 サブとリョウはそう言って寝そべりました。すると、ロバたちが二頭帰って来ました。そして、寝そべっている二人の鼻をペロペロなめました。

「うわあ。くすぐったい」

 二人は、飛び起き、ロバの頭を撫でました。

「そう言えば、この子たちに、まだ名前を付けていなかったわね」

 ユミがそう言い出すと、みんなはうなずきました。

「俺、いち抜けた」とサブ。

「こら、サブ。ずるいぞ」とリョウ。

「じゃあ。リョウが、なにかいい名前つけてあげたら」とサキ。

 リョウは、腕を組んで空を見上げ、うなっています。なかなかいい名が浮かびそうもありません。

 しびれを切らしたユミが言い出しました。

「エバーレストが、貸してくれたロバだから、『エバ』と『レスト』にしたら」

「それって、いいんやない。呼びやすそうやし」とサキ。

「俺、いいと思う」とサブ。

「俺もいいと思うわ」とリョウ。

「アハハハ。自分たちが何も浮かばないもんだから、あわてて賛成してる」

 サキに見破られ、リョウとサブは頭をかいています。

「じゃあ、決定ね。少しだけ小さいこの子が、『エバ』。そして、大きい子が『レスト』よ。これでいいわね」

 サキがそう言うと、みんなうなずきました。 みんなは、ロバの頭を撫でながら、名前を呼びます。

「今日から、おまえは、エバやで」とサブ。

「おまえは、レストやで。わかった?」

 リョウがそう言うと、ロバは首を垂れ、うなずいたように見えました。

「よし、かわいいおともの名前も決まったし、明日は、早く出発せなあかんから、もう寝よか」

 サブがあくびをかきながら、そう言うと、みんなは、それぞれ毛布にくるまりました。ポスがサキの毛布にもぐり込みます。そして、うとうととしているうちにやがて、みんな寝入ってしまいました。


 四人は夜明けとともに、ポスになめられて起きました。

「イスボル族の人たちが、いい人たちなら、ええんやけどなあ」

 リョウは、そう言いながら毛布をたたみます。

「まあ、会ってみんことには、わからんわ」

 サブはあくびをしながら、のんきに答え、サキとユミに声を掛けます。

「サキにユミ。どや、よう眠れたんか」

「ありがとう。バッチし、眠れたわ」とサキ。

「わたしも、よう寝れたわ」とユミ。

「ほな、乾パンでもかじって出発しよか」

 四人は、そう言って、森を北へと向かいました。

 二、三時間歩いたでしょうか、突然視界が開け、四人はゆるやかな丘のある大きな草原に出ました。草原には、牛に似た動物や、羊のような動物が、あちこちで草を食べていました。

「わー。きれいな草原やなあ。のんびりした気分になるわ」

 サブは大きく背伸びをしました。

「イスボル族は、どこにいるんやろう」

 リョウは、辺りを見廻しながら進みます。

小さな丘を越えると、整然と並んで建つ、建物が見えてきました。イスボル族の村のようです。

 四人が、村の方に進んで行くと、草原の向こうから、二頭の馬が駆けてきました。馬には、上半身裸で筋骨たくましく、髪を後ろで束ねた男が二人乗っていました。

「早くもご登場や。イスボル族の男たちや」

 サブが緊張した声で言いました。

 馬が近づくと、その馬も男たちもサブの二倍はあるかと思う大きさでした。イスボル族は巨人族のようです。

 男たちは、四人の前で馬を止めると、より大きな方の男が頭の上から雷鳴のとどろくような声で言いました。

「おまえたちは、何者だ。何処から来た。ここはイスボル族の領地だ。理由も無く通すわけにはいかんぞ」

 リョウが一歩前に出て言いました。

「ぼくたちは、エバーレストに依頼され、あの『魔の山』の火口にいる黒龍のうろこを取りにいく所です。エバーレストは、黒龍との戦いで、深い傷を負っています。その傷を治すのには黒龍のうろこが必要なんです」

「エバーレストの依頼?」

 男たちの厳しい表情が和らぎました。そして、二人は馬から降りました。

「それでは、おまえたちは、エバーレストの使いと言うことだな。これは、失礼をした。わたしは、イスボル族の長、コスガルだ。そして、この男はイダイヤだ。よろしくお見知りおきを」

 そう言って、男たちはリョウとサブに握手を求めました。男たちの手は大きく、小さな子供と大人の握手のようで、見ていたサキは、思わず「クスッ」と笑ってしまいました。

 長のコスガルが言いました。

「黒龍が『魔の山』の火口にいるとは、初耳だが、火口から黒い煙のようなものが出ているのには、気づいていた。もしかしたら、あの黒い煙は黒龍と関係しているのか?」

 リョウは落ち着いて答えました。

「あの煙は、黒龍が吐く邪気です。邪気は汚れたエネルギーで、スマセリ族では、物質化して黒い虫になり、畑を荒らしていました。こちらでもなにか変わったことはありませんか」

 リョウがそう言うと、コスガルは大きくうなずきました。

「変わったことどころではない。われらイスボル族は、牛や羊の放牧で生活しているのだが、つい二日程前から、動物たちの子が急に元気をなくし、立ち上がれないものもいる。どこを調べても病気ではないし、頭を抱えていたところだ」

 リョウが質問します。

「その牛や羊はどこにいます?」

「あちらの牧舎に集めている。ついて来てくれ」

 コスガルに案内され、四人は奥行きの深い大きな牧舎に入りました。中は、牛や羊のような動物の子供でいっぱいです。そして、みんな横向きに寝そべり、息も荒いようです。

「コスガルさん。少し待ってください。原因と治し方を調べますから」

 リョウは、そう言って、サブに耳打ちしました。サブは、うなずいて、牧舎の外にでました。そして、トランシーバーを取り出すと、ミクルに連絡しました。そして、エバーレストの助言を得ました。

 サブは、牧舎に戻ると、リョウに耳打ちしました。リョウは、コスガルに向かって言いました。

「この牛や羊の子たちは、黒龍の吐く邪気を吸って、気が枯れているのです。特に弱い子供たちの元気を枯らしているのです。邪気にはそういう作用もあります」

 コスガルが問います。

「で、なんとかできるのか?」  

「なんとか、やってみます」

 リョウは、そう言って、背中にしょっていたコスマイヤの剣を手にし、さやを抜きました。

「おお!なんと美しい剣だ」

 コスガルが驚くのも無理はありません。コスマイヤの剣は、いつものように光り輝いています。

 リョウは、その剣の腹で、横に寝そべっていた子牛に軽く触れました。すると、その子牛は、みなの見ている前で、すぐに立ち上がったのです。

「なんということだ!」

 コスガルとイダイヤは目を丸くしています。 こうして、リョウは、サブに手伝ってもらいながら、一匹ずつ全ての牛や羊たちにコスマイヤの剣で触れたのです。そして、牧舎内の動物の子供たちは、全て元気を回復し、草原に出て行きました。

「リョウ殿。サブ殿。まさにあなたたちは、エバーレストの使者だ。このご恩は、このコスガル、一生忘れません」

 コスガルとイダイヤは、膝をつき、頭を下げました。

「頭を上げてください。お礼なら、エバーレストにしてください。ぼくたちは、当然のことをしただけですから」

 リョウは、続けます。

「それに、黒龍が邪気を吐き続けるかぎり、動物たちは、また気が枯れてしまうでしょう。その前に黒龍を退治しなければなりません」

 コスガルが問いかけます。

「あなた方に勝算はあるのですか?」

 リョウは答えます。

「やってみなければ、わかりません。少なくとも黒龍のうろこだけは、手に入れなければなりません。そうすれば、エバーレストが復活できるからです」

 コスガルは、目をつぶって真剣に聞いていましたが、ゆっくりと話し出しました。

「これは、グリーグラム全体の危機です。本来なら、このコスガルもご一緒せねばなりませんが、わたしには、この村の族長としての役割があります」

 四人は黙ってうなずきました。コスガルは、それを見て、続けます。

「わたしたち、イスボル族は巨人族のなかでもとりわけ怪力で知られています。わたしたちは、体も大きく、確かに力も強い。ただ、他の部族よりも圧倒的に力が強いのは、この腕輪のせいなのです。これは、先祖からイスボル族に伝わる宝。魔法の腕輪です。これをお持ちください。黒龍と戦う時にきっとお役に立つはずです」

 そう言って、コスガルは、自らその真鍮でできた腕輪をはめました。

「さあ、見ててください」

 といったコスガルは、自分が乗っていた大きな馬の腹の下にしゃがみ込むと、その馬を肩に乗せて軽々と立ち上がり、ぐるぐる廻ってみせました。

「どうです。わたしがいかに力が強くても、この腕輪なしでは、こんなことはできません」

 やがてコスガルは、馬を軽々と地面に下ろし、腕輪をはずすと、サブにそれを差し出しました。

「いえ、そんな大切なお宝をいただくわけにはまいりません」

 サブは、後ずさりして、こばみましたが、コスガルは、サブの手首をつかんで、腕輪を握らせました。

「アッハッハ。誰も差し上げるとは言っていません。お貸しするのです。あなたが体が一番大きいからこれを使ってください」

 コスガルは、四人を見渡し、言いました。

「イスボル族の境までお見送りしましょう」

 そう言って、コスガルとイダイヤは馬に乗って、先導し始めました。みんなは小走りになって、後を追います。

 リョウが駆けながら、コスガルに問いました。

「ぼくたちが、来る前に、イスボル族の領地を通っていった一人旅の少年を見かけませんでしたか」

 コスガルは、首をかしげ、イダイヤの方を見ました。彼も首を振っています。

「いや、気づきませんでした。その少年がなにか?」

「いえ。彼はエバーレストの弟子でぼくたちの親友です。ぼくたちよりも早く出発した彼を追っているのです」

 リョウは、そう答えて、列の後ろに戻りました。

 イスボル族の草原が終わり、また森に差しかかりました。コスガルとイダイヤは馬を降りて言いました。

「四人の勇者よ。このグリーグラムを是非とも守ってください。よろしくお願いします」

 コスガルとイダイヤは、深々と頭を下げ、四人も頭を下げました。

「ありがとうございました。また、お会いしましょう」

 そして、四人は、イスボル族の地と別れを告げ、森の中へと入って行きました。




  第七章 キリリク族


 四人は、ポスを先頭に、ロバたちとともに森の中を進みます。リョウが、地図を広げながら、ぼやきます。

「この森はそんなに深くない。だから、今夜は森で野宿ってことにはならないな。森を抜けるとキリリク族の領地に入る。あーあ。キリリ族ってどんな部族なのかなあ。地図に部族ごとの解説でも、書いてくれていたらなあ」

 サブは、さっきのコスガルから、預った腕輪が気になって仕方がありません。

「こんな大切な宝を俺に預けるやなんて、無くさないか心配で、生きた心地せんなあ」

 と、ポケットから手を出しません。

「ポケットなんかに入れてんと、さっさと腕にはめたらええやんか」

 と、サキはいらだった声で言いました。

「そうよ。はよはめて怪力を見せてよ」

 と、ユキもちゃかします。

「あほ言え。怪力になんかなりとうないわ。あーあ。もっと、とことん断わっとけば、よかったんやけどなあ」

「相変わらず気のお小さいこと」とサキ。

「ふつう、喜ぶべきとこやけど」とユミ。

 サブは、むっとした顔で、答えます。

「あほ。俺が心配してるのは、自分の力をコントロールでけへんかったら、どうしようってことや。俺がなにげなく、リョウの肩を叩いただけで、リョウの肩の骨が砕けたらどうすんねん」

「ああ、そんなこと心配してたん。えらいデリケートなことやねえ。気づきませんで、すいません」

 サキは、けろっとしています。

 そんなことを言っているうちに、森の出口に差しかかりました。

 森を抜けると、そこは一面の花畑です。いろんな花が咲き誇っています。グリーグラム独特のものなのでしょう。四人が見たことがない花が多くありました。

「うわあ。きれいやわあ。それにこの香りのいいこと」

 サキは腕を大きく広げ、深呼吸です。

「ほんとに。色とりどりとは、こんなことをいうんやねえ」

 ユミは、胸の前で腕を組んで、うっとりしています。

 リョウはほっとしたようです。

「こんな花畑を作るんやったら、キリリク族はおとなしい部族やろうな」

 サブも、深呼吸です。

「ほんま。ええ香りやなあ。そやけど、こんんだけ手入れするのも大変やろな」

 サブのいう通り、花畑は種類によって整然と植えられ、よく手入れされています。

 四人は、花の種類が変わるごとに、顔を近づけ香りを楽しみながら、花畑の中を進みます。

「あなた方は、どなたかな?旅の人かな?」

 突然、四人は声を掛けられ、驚きました。声を掛けられた方を向くと、花畑の中でした。声の主はしゃがんで、花の世話していたようです。

 リョウが答えました。

「ぼくたちは、大けがをした大魔法使いエバーレストを助けるため『魔の山』の噴火口にいる黒龍のうろこを取りに行こうとしている者です」

 男は立ち上がりました。巨人族でも小人族でもなく、普通の大人の背丈です。ただ、立派なひげをたくわえていました。

「エバーレストが、大けがを?そんな話は、どこからもまだ伝わらないが、ほんとうのことかね」

 こんどは、サブが答えます。

「つい四日程前のことですから、まだご存知じゃないでしょうが、ほんとうです。二匹の邪悪な黒龍と戦い。背中に龍の爪を受け、いまは、その猛毒と戦っています」

 その男は、花畑から道へ出ると、言いました。

「これは、もっと詳しい話をお聞かせ願わないとならんな。わたしは、キリリク族のセミストです。わたしどもの村へお越しください。お聞きしたいこともあるし、見ていただきたいものもあります」

 そう言って、男は前に立って歩きだしました。

 空がもう赤く染まり出しています。もうすぐ夕焼けになりそうな時刻でした。

 しばらく歩くと、建物が見えてきました。石造りの壁にわらのようなもので屋根をふいている建物が、何十軒も並んでいます。

 村の入口に着くと、セミストは、四人に向かって言いました。

「ここで待っていてくだされ」

 と、一人で村の中に入って行きました。そして、大声で言いました。

「さあ、みんな夕刻だぞ。竹棒を持って、畑に集まれ」

 すると、各家から、竹棒を持った男たちが飛び出してきました。

「さあ、行こう」

 セミストの声で十数人の男たちが、竹棒を担いで花畑に向かいます。セミストは、四人に向かって言いました。

「よーく。見ていてくだされ。われらの村に起こっていることを」

 そう言われた四人は、村の入口に立って、男たちの様子を見ていました。

 男たちは、花畑のあちこちに散り、竹棒を持って身構え、それぞれに遠くまで響くような口笛を鳴らしました。すると、

「ブーン。ブーン」

 と音がして、なにか虫のようなものが集って、花畑のあちこちから飛んできました。そして、花畑の端にある、木箱を積んだような物の中に入っていきました。

「蜜蜂や。この花畑は、蜜を取るためだったんや」

 サブがそう言った時です。

 畑の向こうから、すごい羽音をさせて、数百匹のなにかが、花畑に向かって来ました。

 コウモリです。それも真っ黒です。男たちは、竹の棒を振り、コウモリを追い払おうと懸命です。

「コウモリが、蜜蜂を狙ってるんや」

 リョウが言いました。

 しばらくすると、日も暮れ、蜜蜂がいないとあきらめたコウモリたちは、自分たちの巣に帰って行きました。

 男たちも、引き返し、四人の前に並び、セミストが言いました。

「わたしたちキリリク族は、養蜂を営んでいます。グリーグラムの中でもこのキリリクの地は温暖で、一年を通して、様々な花が咲きます。そして、蜜蜂も一年を通して、また一日中よく働き、わたしたちの言うこともよく理解しています。しかし、さっきごらんになったように、見たことのない真っ黒なコウモリが、夕刻に現れ、蜜蜂を襲います。このことが起こったのが、二日前です。先程、エバーレストが傷ついたのが四日前とおっしゃった。これはなにか関係があるのですか?」

 リョウが答えます。

「関係があると思います。ここに来るまでに、スマセリ族とイスボル族を通りました。スマセリ族では黒い虫が大量発生し、イスボル族では、牛や羊の子が、邪気によって立ち上がれなくなっていました。いずれも時期は同じ頃です」

 リョウは、薄暗くなったが、輪郭だけは見える北の山を指差しました。

「暗くて、見えにくいですが、あれが『魔の山』です。あの中腹に噴火口があります。この三日程前から、あそこから黒い煙が出ているのに気がつかれた方はいますか」

 すると、キリリク族の男たちは口々に言いました。

「うんうん。出てた。確かに黒い煙だ」

「俺も見た。火山の爆発前かなあとみんなで言ってたんだ」

 リョウは続けます。

「あれは、火山とは関係なく、黒龍が火口にひそんで、邪気を放出しているのです。そして、その邪気を吸うと、気が枯れ、元気がなくなります。また、邪気は集って物質化し、虫などにもなります。あのコウモリもその邪気の物質化ではないかと思っています」

 みんな、静まりかえりました。セミストは腕を組んで、目を閉じて聞いていましたが、口を開きました。

「わたしらの知らないうちに、たいへんなことが起こっていたのですね。もう、日も暮れました。お客人も今夜は、この村で泊まりなさい。もっと、詳しい話もお聞きしたいですし」

 リョウが言いました。

「お心遣いは大変ありがたいのですが、ぼくたちは、先に出立したエバーレストの弟子にどうしても追いつかねばなりません。先を急ぎますので」

 しかし、セミストは言いました。

「この先は、森です。どうせ、今頃森に入ったら、そこで野宿でしょう。今晩、早く寝られて、明日、日の出とともに出立なされば、時間はそう変わらないでしょう。また、森の近道をご案内しますし、そうすれば、かえって、その方が早いかもしれませんよ」

 リョウは四人の顔を見ました。みんな小さくうなずいています。

「では、お言葉に甘えて、そうさせていただきます」

 リョウがそう答えるとキリリク族の男たちは、荷物を持ってくれたり、ロバを引いてくれたりと、とても親切です。そうして、四人は、村の中に入りました。どの家の窓からもたいまつの光がこぼれ、四人はほっとしました。実は、みんな疲れ切っていたのです。

 そして、四人はある一軒の家に通されました。

「ここは、空家になっています。自由に使ってください。食事までの間、くつろいでいてください」

 荷物が運ばれ、ロバとポスは、土間につながれました。

 四人は、マントを脱ぎ、座布団に座ると、ベルトをゆるめ、大の字に寝ころびました。

「あーあ。疲れた。ありがたいなあ」とサブ。

「わたしも、今日は特別、疲れたわ」とサキ。

「ほんとう。さっきからだるくて、また森を行くのかと思って実はうんざりしてたの」とユキ。

 リョウは、黙っていましたが、とても疲れていました。そして、はっとしました。

「この疲れ。なんか変やないか?」

「変て、疲れに変も何もないやろう」

 サブは、横になって、たてひじをついています。リョウが答えます。

「ひょっとして、邪気を吸うているから、こんなに疲れるんやないか?」

 サブもはっとしたようです。

「そうや。それを忘れてたわ。邪気はいまや、どこにでもあるんやから、当然、みんな吸っているはずや」

 リョウは、頭を抱えます。

「マスクや、マスクをせなあかんのや」

「そや。コンビニに買いに行こや」とサブ。

 リョウはあきれています。

「あほか。よう、こんな時に、あほな冗談言う気になるな」

 サキが荷物を調べます。

「マスクは、ないけど、タオルやハンカチみたいなもんはたくさんあるわよ」

「自分たちで、作ってもある程度、邪気は防げると思うわ」

 ユミもハンカチを広げ考えています。

「わたしとユミがハンカチを切って、紐を通して作ってみるわ」

 サキは、そう言って、紐とはさみを取り出しました。

「ああ。助かるわ。俺は、そんな細かいこと苦手やから。休ましてもらうわ」

 サブは、またゴロンと横になりました。

「ああ、気づくのが、遅かったなあ。スマセリ族やイスボル族の人たちにも教えてあげればよかった」

 リョウは、頭を抱えて悔しがります。

「大丈夫や、邪気で大きな影響が出る前に、俺らが、黒龍の所に着くわ。ほんで、邪気を止めたらええんや」

 サブは、もっともな意見を言って、平気です。

「そううまくいけばええけどなあ」

 リョウは、ちょっと自信なげです。

「出来たよ。意外に簡単やわ。ハンカチを切って、端に紐を渡し、縫うたら、はい出来上がり。ちょっとはめてみて」

 と、サキがリョウとサブにマスクを投げました。

「ああ。サンキュー。ああ、これええ具合や。耳にもちゃんとかかるし」とリョウ。

「ほんまやなあ。持つべきもんは女友だちやなあ」とサブ。

「また、あほなこと言うてる。ユミ、ロバのとポス用のも作っとこ」

「わたしは、キリリク族の人たちに見本を一つ作っとくわ」

 マスクを作り終えた頃、玄関から、セミストの声がしました。

「食事の用意が出来ました。みなさん、出て来ていただけますか」

 その声に、四人は立ち上がると、玄関を出ました。

 セミストに案内され、村のまん中に建つ、最も大きな建物の入口まで来ました。

「立派な建物やなあ」

 石造りに、焼き物でゆるやかな屋根をふいた建物を見て、サブが声をあげました。

 四人は案内され、建物の中に入って行きました。玄関は広く大勢の人が出入りできるように作られていました。廊下も広く、すぐに大きな扉が開け放たれていて、中に入ると、板の間の大広間となっていました。天井も高く、広々とした開放感があります。

「ここは、キリリク族のみんなの集会場です。わたしたちは、ここで話し合いをしたり、お祝いの宴会をしたりするのです」

 広間には、すでに、長方形に低いテーブルと座布団が敷かれていました。

「さあ、お客様はここに座ってください。わたしは、この横に座りますから」

 四人は言われるままに、上座へ座り、セミストは、リョウの横に座りました。

「さあ、みんな入ってきなさい。そして、料理を並べてください」

 セミストの声に、玄関からのぞいていたキリリク族の男たちや女たちも、次々と広間に入り、思い思いの席につきました。

 そして、料理が運ばれてきました。

「うわあ。きれいやわあ。これ、お花じゃありません?」

 サキとユミは、大皿に美しく飾られた花に驚きました。

「ええ、それは全て、食べられるお花です。わたしたちは、食用の花もたくさん育てていますから、サラダがわりにどうぞ」

 料理は次々と出されました。見たことのない美しい魚の姿煮や、チーズをたっぷりかけて焼いたピザ風のもの、そして、羊のスペアリブなどもテーブルを飾ります。そして、ふっくら焼き上がったパンがよい香りをただよわせています。そして、全ての料理が花によって、美しく飾られています。

 リョウが、セミストにたずねます。

「チーズや羊肉などは、イスボル族。パンなどの小麦や野菜は、スマセリ族のものですか」

「そうです。わたしたちは、蜜や花を提供します。イスボル、スマセリ族とは、そうやって仲良く暮らしています」

 リョウは、感心して聞いています。

 一人一人の前に、蜜の小瓶が置かれ、飲み物が置かれました。

「わたしたち大人は、果実酒。あなたたちは、レモンに蜂蜜をいれたレモネードですが、よろしいですか」

「ええ、もちろんです」

 サブはもう一口飲んでいます。

「これ、おいしいで」

 セミストが、杯を持って、声を張ります。

「今夜は、かのエバーレストの使者の方々を招いての食事だ。みんな、失礼のないようにな。では、いただこう」

「いただきます!」

 キリリクの人たちは、グラスを合わせ、声を張り上げました。

「さあ、みなさんも遠慮なくしっかり食べてください。一度食べてみて、それから蜂蜜をかけてみてください。また、違った味を楽しめますよ」

 サブは、その言葉を待っていたように、骨つき肉にかぶりつきました。

「うん。うまい。蜂蜜かけたらもっとうまいで」

「ちょっと、もっと上品に食べれないの?ご招待していただいてるんだから」

 と、サキはたしなめ、ユミと花のサラダを皿に取り、蜂蜜をかけました。

「これ、美しいだけじゃないわね。とってもいい香りでおいしいわ」とサキ。

「ほんと、香りを食べてるみたい。なんか不思議な気分ね」

 リョウは、セミストにすすめられるまま、ひととおりの料理を食べました。

「どれも、とてもおいしいです。いままで、食べたことがない味です」

「ハハハ、料理に蜂蜜をかけるなんて、珍しいですからな」

 セミストは、リョウがある程度空腹を満たしたのを見計らって言いました。

「ところで、エバーレストの傷の具合はどうなんですか。まさか命に関わるとかじゃないでしょうな」

 リョウは、少し黙ってから言いました。

「もし、彼がわたしたちのような普通の人間ならば、もうすでに命はないでしょう。しかし、彼は大魔法使いであり、木の精です。命に別状はないでしょう。ただ、あのままでは、いつ治るやもしれません。その間に、黒龍は邪気を出し続けます。エバーレストにすぐに治ってもらう必要があります」

「そのために、黒龍のうろこが必要なんですか」

 セミストがたずねます。

「ええ、龍から受けた傷。その毒は、その龍のうろこを煎じて飲めば、たちどころに治るとか・・・」

 セミストは、目を閉じ、大きくうなずいています。そして、おもむろに言いました。

「あなたがたは、とてつもなく大きな使命を負っておられる。まだ、少年だというのに。心から、尊敬します。なにか、わたしたちにもお手伝いができないものか・・・」

 リョウは、言います。

「こんな、ごちそうをいただき、泊めていただくのですから、それで充分です」

 そして、リョウは、はっとしてポケットをさぐりました。

「これは、マスクというものです。ハンカチのような布と紐があればすぐ作れます。明日から、部族の方すべて、これをしてください。邪気を吸わないためのものです」

 そう言って、リョウはマスクをはめて見せました。

「これは、ありがとうございます。早速、女性たちに作らせます」

 セミストは、女の人を呼ぶと、マスクを渡して、作るように命じました。

 リョウはセミストにたずねます。

「先程も少しお話ししましたが、エバーレストの弟子が、ぼくたちよりも一日早く出立し、黒龍の所へ行こうとしています。ただ、これはエバーレストの反対を押し切っての行動です。一人で黒龍を相手に勝てるわけがありません。この弟子は、ぼくらと変わらない少年です。見かけませんでしたか」

 セミストは、すぐに立ち上がり、大きな声でキリリク族のみんなにたずねました。

「誰か、この方々と同じ年ぐらいで旅姿をしている少年を見かけなかったか?」

 座は、しーんと静まりかえりました。誰も見かけていないようです。

「わかった。もういい。食事を続けてくれ」

 セミストは、また座り直しました。

「誰も見なかったようですね。スマセリ族やイスボル族ではどうでした?」

 リョウは、首を振りました。

「もしかしたら、夜に旅しているのかもしれませんね。見つかるといいですね」

 セミストは、リョウをなぐさめます。

「ところで、黒龍のいる火口にたどり着いたとして、あなた方に黒龍のうろこを奪う手だてがあるのですか。つまり、黒龍との戦いに勝算があるのですか」

 リョウは、うつむいて答えます。

「みなさん。同じことを聞かれますが、ぼくたちは、黒龍を直接見たこともありませんし、その力がどれほどのものかもわかりません。ただ、エバーレストが勝ち目のない戦いに、ぼくたちを向かわせることは決してないと信じていますから」

 セミストは、目を閉じてうなずきます。

「それはそうです。きっと、勝ち目はあるはずです。その時になれば・・・。わたしは心からあなた方の使命が果たされることを祈ります」

 セミストは、そう言って立ち上がりました。

「夜も更けてきた。お客人は明朝、日の出とともに出立なされる。もうお休みになられた方がよい。みなもこれで、解散しなさい」

 四人はセミストに連れられ、自分たちに与えられた家に帰りました。ポスとスハリの前には、空のお皿があり、ロバたちは干し草をたっぷり与えられ、みんな寝ていました。

「この子たちにも、餌を与えてくださったのですね。ありがとうございます」

 サキは、ポスの頭を撫でながらお礼を言いました。

「いえ、当然のことです。リョウ殿、いろんなお話をありがとう。みなさんゆっくりとお休みください。明朝は日の出前に起こしに来ますから」

 そう言って、セミストは出て行きました。

 サブが、リョウにたずねます。

「なんやらセミストさんと長く話してたなあ。なんの話をしてたんや」

「いや、エバーレストの具合や黒龍のことやらなにもかもや。みんなも聞いてた通り、ポポロを誰も見かけてないのが不思議や。やっぱりセミストさんの言う通り、夜に旅しているんやろなあ」

 みんなも黙ってうなずきます。

「はよ、追いつけたら、ええのになあ」

 サキもユミも心配そうです。

「まあ、なんとかなるやろ。とにかく明日は早い、みんなもう寝ようや」

 サブの言葉で、灯を消すとみんな、昼間の疲れから、すぐに眠ってしまいました。


 翌朝です。まだ暗いうちにセミストが玄関の扉を開けました。

 四人はもう起きて、毛布を丸めているところでした。

「みなさん。おはようございます」

「セミストさん、おはようございます。昨夜は、大変なごちそうをありがとうございました」

「いいえ、おそまつさまです。昨夜は、よく眠れましたか」

「ええ、ぐっすりと」

「では、朝食を運ばせますので」

 セミストがそう言って、出て行くと村の女たちが、お盆にのせた朝食を運んできました。

「いただきます」

 四人は、早速食べ始めました。

「パンが焼きたてで蜂蜜を塗ると絶品ね」

 とサキが喜びます。

「わたしは、この花のサラダ、やみつきになりそうだわ」とユキ。

 リョウとサブは、まだあくびばかりして、黙々と食べています。

 窓の外が明るみ始めました。夜明けです。

「さあ、みなさん。朝食は終りましたか。では予定通り出発の時です」

 セミストは部族の男二人を引き連れて、山用の服に着替えていました。もちろん、マスクをしています。

「ああ、ぼくらもマスク、マスク」

 四人は、あわててマスクをすると、マントをはおり、出発です。朝早いのが大好きなポスは、張り切ってサキを引っ張ります。

「ポス。そんなに引っ張らないで、腕が痛くなるから」

 しばらく美しい花畑を見ながら歩くと、森になりました。

「こっちが、本来の道です。幅も大きく、わかりやすい。でも、この道では森を抜けるのに二時間はかかります。これから行く近道は狭いですが、その半分の時間で森を抜けれます」

 セミストは、そう言って横道の狭い所に入りました。みんな、一列になって進みます。道は、上がったり下がったりして、歩きづらいものですが、みんな、すぐに慣れて、快調に進みます。

「木々の葉っぱが、しわしわになっている。いつもの元気がありませんね。これも、邪気のせいでしょうか」

 セミストがリョウとサブにたずねます。

「そうですね。一昨日までは、ここまではありませんでした。確かに邪気は強くなっていますね」

 森好きのサブが答えます。

「ただ、幸い枝や幹までは、影響していないようですね。でも、急がなくてはいけませんね」

 みんなが、早足で黙々と歩いたせいか、もう森を抜け始めました。

「もう少しで森を抜けます。後は、平地ですから、みんな頑張ってください」

 セミストの言う通り、森を抜け、視界が開けました。平地の向こうに大きな河が見えます。リョウは、地図を広げました。

「ああ、前に渡ったあの河やなあ。サビア族がおった河や」

 セミストが答えます。

「サビア族は、もっと上流です。みなさん右を見てください。そう東のほうです。山が二つ向き合うようにあるでしょう。その間を河が抜け、遠くに海が見えるでしょう。あれが、グリーグラムの海です」  

「へえ、グリーグラムに海があるんや。思いもせんかったわ」

 サブは、しきりに感心しています。

「ほんまや。この地図の端にちょっとだけ描いてるわ。見逃してたなあ」

 とリョウも意外といった感じです。

 そう言っているうちに、みんなは、河のそばまで、やってきました。

「さあ、これからどうするかや」

 サブがそう言うと、セミストが答えます。

「ご心配には及びません。わたしたちは、この河で漁もしています。舟は何隻も持っています。その中の一隻をお貸ししますので、それで河を渡ってください」

 セミストが指を差す方に、確かに数隻の舟がありました。

 舟のある方に歩きながら、リョウがセミストに言いました。

「あの黒いコウモリ対策なのですが、ここにエバーレストから貰った金粉があります。これは、まくと白い光になって、全てを浄化する作用があります。コウモリが集まった所で、これを投げつけてください。すると、コウモリは黒い邪気に戻りますから」

 そう言って、リョウは、麻袋の中の金粉をセミストに見せ、それを半分ほど新しい麻袋に移して渡しました。

「ありがとうございます。大切に使わせていただきます」

 セミストは、そう言って麻袋をポケットに入れました。

「実は、わたしたちも、なにかのお役に立ちたいと思い、一晩考えた末に、やはり蜜蜂しかないなと思いました」

 セミストは、背中に背負っていた袋から、立派な箱を取り出しました。網になったところから、無数の大きな蜜蜂が見えます。

「この蜜蜂たちは、特別に訓練したもので、人間の言葉をよく理解し、命令に従います。これを黒龍との対決で、使ってください。使い方までは考えておりませんが、龍の気をそらすためとか」

 リョウが、言いました。

「助かります。御馳走になり、泊めていただいただけでも大助かりでしたのに」

 みんなは、おかに引き上げてある舟のところに着きました。

 セミストが小さな舟を指差して言いました。

「この位の舟が、扱いやすくてちょうどいいのではありませんか。大きいのはこぎ手がたくさん必要ですから」

 みんな、黙ってうなずきました。

 セミストと付き添いの男たちに手伝って、リョウとサブも舟を押します。そして、舟が河に浮かびました。舟から陸に板を渡し、ロバ達を乗せてから、四人は舟に乗り込みました。この舟はオールが両側二ヶ所にあります。

リョウとサブが、舟をこぎます。

「セミストさん。キリリク族のみなさん。ありがとうございました。きっと黒龍をやっつけて来ます!」

 リョウが、手を振るとみんな手を振ります。

「ありがとうございました」

 セミストと付き添いの人たちも大きく手を振っています。

「とにかく、気をつけて、使命が無事に果たされんことを村中で祈っています」

 だんだん、セミストたちの姿が小さくなり、やがて見えなくなりました。

「ほんまに、ええ人らやったなあ。料理もおいしかったし」

 サブがそう言うと、みんなうなづいています。

「きれいな花ばかりで、楽園みたいやったわ」

 ユミやサキは、きれいな花が印象的だったようです。

「黒龍退治が終ったら、また、もう一度行きたいなあ」

 リョウの言葉に、みんなは、うなづきました。




  第八章 河を渡る


 河の流れは、比較的穏やかで、舟は順調に進んで行きました。

 河のまん中を過ぎて、最初に異変に気づいたのはサブです。時々オールを引き上げ、その先を見つめています。

「おい、リョウ。これ、なんかおかしいことないか?だんだんオールが重たくなるで」

 リョウが答えます。

「そう言うたら、だんだん重たなってるわ」

 サブは、なぜかわかったようです。

「これ、真っ黒の藻やで。この藻が水面近くまで来てるんや。おい、サキとユミ。へさきに行って水の中を見てくれへんか」

 サキとユミはすぐにへさきに行きました。「ほんまやわ。黒い藻が、深いところからびっちりよ」

「あかん。オールが藻にからまって、こがれへんようになったわ」

 リョウは青ざめています。

「こりゃ、えらいこっちゃ。どうすんねん、対岸まではまだ、だいぶあるで」

 サブも動揺しています。

「ちょっと、オールを上げて、落ち着いてみんなで考えましょう」

 サキがそう言った時、へさきにいたユミがあわてて来ました。

「あれ、なんやろう。岸から真っ黒なものが何匹も河に入ってくる。こっちに向かってるみたいやけど」

 みんな立ち上がり、対岸を見ました。

「あれ、もしかして、黒いワニとちゃうか。しかもかなり、でかいで」

 サブの声で、サキとユミは抱きつきました。

「ワニなんて、見るのもいやや。リョウとサブ。なんとかして」

 サキは、金切り声をあげました。

 その時、舟がぐらりと揺れました。そして、ワニの尻尾が激しく水をはね上げました。

「キャー!」

 サブとリョウは、あわててロバを座らせました。サキは、ポスを抱き寄せます。そして、みんな舟の中に座り込みました。舟は揺れ続けています。

「おい、サブ。なんかええ方法ないか」

「ちょっ、ちょっと待ってや」

 その時です。ユミの目にははっきりとリョウが背負っているコスマイヤの剣が、光っているのが見えました。

「リョウ。コスマイヤの剣を抜いて、そして、剣先でワニに触れればいいのよ」

 ユミに言われて、リョウとサブは、はっとしました。

「そうや。この剣があったんや」

 リョウは、剣を抜くと、ワニ退治をお願いしますと祈り、舟にかじりつこうとしているワニに剣先で触れました。すると、ワニは黒いすすになって消えました。

「このワニたちは、邪気の物質化や怖がることはないで」

 しかし、ワニは次々と舟を襲ってきます。リョウは、舟の前後左右に移動しながら、コスマイヤの剣でワニをすすにしていきます。

「おい、リョウ。ワニはええけど、この黒い藻はどうするねん。舟が前に進めへんがな」

 サブは、舟を抑えて揺れを止めながら叫びます。

「そうや。藻も黒いから、どうせ邪気の物質化やわ。そしたら、あの光の金粉を河にまいたらどうかしら」

 こんどは、サキがそう言ってあの麻袋を取り出し、ユミと一緒に金粉を舟の周りにまきました。すると、金粉は瞬間的に白い光となり、黒い藻は、消え去りました。そして、舟もゆっくりと動きだしたのです。

「サキ。偉い。お手柄や」

 サブは、そう言って、オールをこぎだしました。舟は斜めですが、前進します。

「ユミは、へさきで金粉をまいて。リョウはワニ退治をして。わたしとサブとでオールをこぐわ」

 サキはそう言って、オールをこぎます。

「サキ。女の力でこぐんは無理や」

 とサブが言うと、サキは歯を食いしばって言い返します。

「なに言ってるの。やるしかないやん。人手不足なんやから」

 舟は、四人の力で、なんとか真っ直ぐに進み出しました。そのうち、もう全て消してしまったようで、ワニがいなくなりました。

「もう、ワニはいてへんみたいや。サキご苦労さん。オールこぐの替わるから」

 そう言って、リョウはサキと交替しました。

 サキは、舟の上で、大の字になって息を切らしています。ポスがサキの顔をなめまわしています。

「ポス。ありがとう。大丈夫だから」

 サキは、ポスを撫でて言います。

 こうして、舟はようやく対岸に着きました。

「フーッ。危なかったな。まさか、邪気の物質化でワニが現れるとは思わんかったもんなあ」

 サブは、言いながら舟を陸に引き上げようとしています。ところが、これが結構大変なことで、四人がかりでも、なかなか引き上げきれません。

 リョウが言いました。

「そうや、サブ。イスボル族で貸してもらったあの腕輪。いま使ってみたらどうや」

「ああ、怪力になるあの腕輪か。気が進まんなあ」

 と、言いながら、サブは腕輪をしてみました。そして、舟のへさきに行って、引っ張ってみました。すると、どうでしょう。舟はやすやすと引き上げられたのです。

「すごいやんか、サブ。えらい怪力や。これは、イスボル族に感謝、感謝や。その腕輪、これからも役に立つで」

 リョウは大喜びです。

 こうして、四人は河を渡り終えたのでした。




  第九章 魔法使いの弟子


 河を渡り切った四人は、道を急ぎます。

「ちょっと、河原で休憩したいところやけど、ワニがおったら大変やからな」

 リョウがそう言うと、みんなうなずきます。

 坂道を上りながら、リョウは、地図を広げました。これからしばらくは、ゆるい草原の坂道を上り、そこから山に入って行くようです。

「これ、なんやろう。山の中に『嘆きの滝』と『恐れの谷』って書いてあるんやけど」

 リョウは、そう言って歩きながら、地図をみんなに見せました。

「ほんまや。なんか恐そうやな。どうする」

 サブが、青い顔をしています。

「まあええわ。とにかく坂道を上がって、適当な所で休憩しよう」

 みんな黙々と坂を上り、広い草原に出ました。河がずいぶん下に見えます。

「さあ、ここらで、休憩するか」

 リョウはそう言って、コスマイヤの剣を背中から下ろしました。みんな、肩から荷物を下ろして腰かけました。

 早速、ポスはあちらこちらを嗅ぎまわっています。

「ポス。遠くに行ったらだめよ。こっちにいらっしゃい」

 サキは、ポスをたしなめます。ロバたちは、荷物を下ろしてもらい草を食べています。

 リョウは、鷹のスハリに干し肉をやりながら、サブに言いました。

「トランシーバーやけどな。山に入ったら、届かんようになるかもしれんのやろ。今、使っとこうや」

 サブは答えます。

「そうや。忘れとったわ。ほんで、なにを訊くんや?」

 リョウが言いました。

「『嘆きの滝』と『恐れの谷』ってなにか聞いてくれ」

 サブは、トランシーバーを耳に当てて言いました。

「ああ、ミクル。今、山のふもとやけど。エバーレストの具合はどうや。どうぞ」

 サブはしばらく話を聞いています。

「ところで、質問なんやけど『嘆きの滝』と『恐れの谷』ってなんや。どうぞ」

 サブは、険しい顔をして、聞いています。みんなに緊張がよぎります。

「ちょっと待ってな。みんなに説明するから、いったん切るわ」

 サブはそう言ってトランシーバーを耳からはずし、みんなに言いました。

「ええと、なにから言おう。そや、トランシーバーは良く聞こえてる。まだ、当分使えるやろ。エバーレストは、いろんな薬草を煎じて飲ましているけど、少しましになった程度らしいわ。ほんで『嘆きの滝』なんやけど渡る時に、心の中から、うつが、うつ病のうつやな。それが強烈に出るらしくて、発作的に自殺しそうになる程、きついらしいわ。そんで、耳栓をしなさいと、勾玉を強く握り、祈りなさいということや」

 ここで、サブはマスクをはずして深呼吸し、またマスクをして話し出しました。

「どうも『恐れの谷』のまん中に『嘆きの滝』があるらしい。『恐れの谷』は、その名の通り、心の中で、恐れが出て進むんが怖くなって、立ち止まってしまうそうや。これも耳栓と勾玉を使えばいい。その強さやけど、圧倒的に『嘆きの滝』が強いらしいけど。渡る距離は十メートルぐらい。恐れの谷は、その五倍ぐらいがまんせんとあかんのやて」

 聞いていたサキが言いました。

「そんなん、心の中で起こることやんか。ユミが危ないわ。霊感強いもの」

 ユミはもう青ざめていますが、気丈に言いました。

「その分、勾玉の使い方も得意やから大丈夫よ」

 サブは言います。

「他に聞きたいことないか?」

 サキが、言いました。

「ポポロの消息がまったくわからんのやけど、エバーレストなら、なにかわかるかしら」

 サブは、またトランシーバーを耳に当てました。

「ああ、ミクル。ポポロのことなんやけど、まったく消息がわかれへんねんけど、そちらでなにかわかりますか。どうぞ」

 サブは、黙って聞いています。

「わかりました。また、連絡します。では」

 サブは、トランシーバーを下ろしてみんなに言いました。

「予言になるんかな。エバーレストは、今日中に追いつけると言ってるで。なんでか言うと『嘆きの滝』を俺らが渡っている姿が、エバーレストの頭に浮かぶんやけど、その時ポポロも一緒にいるそうや」

 リョウが言います。

「それはええ話やなあ。今日中にポポロに会えるんや。ああよかった」

「わたしも早く会いたいわ」

 サキの言葉にユミもうなずきます。

 リョウは、立ち上がりました。

「さあ、そうと知ったら、先を急がんとあかん。みんな、出発や」

 四人は、ポスを先頭に草原を登ります。目の前に、中腹に火口のある「魔の山」がそそり立っています。木はほとんど生えていない岩山です。山頂には万年雪が白く輝いています。

「ここから、見ていたら、山肌が青く見えて、美しい山やけどなあ。なんで『魔の山』なんやろう」

 サブは、山を見上げて呟きます。

「それは、『嘆きの滝』と『恐れの谷』なんかがあるから、みんな恐れて、そう呼ぶんやろう」

 坂がゆるやかな草原は、二時間近くも続きました。もうそろそろ、休憩を取ろうとした時です。

「ウー。ワンワン!」

 先頭を歩いていた、ポスが、吠えたと思うと急に走り出しました。リードを持っていたサキも急なことで思わず手を放してしまいました。ポスは、下が崖になっている所から、下に向かって吠えています。

 みんなは、あわててポスの所へ駆けつけました。崖っぷちの上から下をのぞくと、十メートル程下です。マントを来た少年が、がけを背にして十数頭ほどの動物に囲まれ、杖のようなもので、けんせいしています。

「あれ、真っ黒やけど狼と違うか」

 サブが言います。

「そうやとしたら、邪気の物質化やなあ。あんな真っ黒な狼、見たことないで」

 リョウはそう言うと、崖の下に向かって、声を掛けます。

「すぐに助けに行くから、もう少し辛抱してください!」

 そして、ポスに言いました。

「この崖は、どこから降りるかわかるか」

 ポスは、耳をピクッと動かすと、リードを持ったリョウを引っ張りだしました。そして、斜面に沿った細い道のような所から、下へ降りて行きました。サブも槍を手に、後について行きます。その時です。

「ギャー!」

 という悲鳴とともに、二頭の狼が、倒れました。そして、一瞬で黒いすすになり消えました。リョウとサブが、崖の上を見ると弓矢を持ったサキとユミが、ガッツポーズです。

「さあ、こんどは、俺が相手だ」

 リョウは、コスマイヤの剣を抜くと、狼に近寄って行きました。

「ワンワン!」

 と、ポスが狼の前に出て、狼がポスに気を取られた時、コスマイヤの剣の切っ先が狼に触れました。すると、狼は一瞬で黒いすすになり、消えました。

「えらいぞ。ポス。その調子だ」

 そう言って、リョウは、ポスに気を取られた狼のすきを狙って、剣で切りつけますが、狼もすばしっこく剣を避けるので、リョウは息を切らしています。

 一方、サブは、リョウの反対側で槍で狼と戦っていますが、槍をかわされたりして、こちらも苦戦しています。

 しかし、二人の力でなんとか狼を全て、すすに変えることが出来ました。

「ハアー。邪気の物質化も狼にまでなると、ほんま強敵になってきたな」

 サブが呟き、少年に近づきました。

「危ないところを救っていただき、ありがとうございました」

 そう言って、頭を下げる少年の顔をサブは、まじまじと見つめました。

「あんた、ひょっとしてポポロやないか?」

 リョウは驚いて飛んで来ました。ポスも少年の足にすがりついています。

「はい、ぼくは、エバーレストの弟子、ポポロですが」

 少年も、リョウとサブをまじまじと見つめました。

「ひょっとして、リョウにいさんとサブにいさんですか?どうしてここへ」

 サブは、ポポロを抱きしめました。その後、リョウもポポロを抱きしめました。

「ポポロ。ずっと、おまえを追って来たんやで。サキもユミもいてるから、ともかく崖の上に行こう」

 三人が、崖の上に上がると、サキがポポロの顔をまじまじと見て抱きつきました。

「ポポロ。あんな小さかったのに。もうわたしより大きくなって。ただ、あんたやつれてない?目の下も真っ黒やし」

 ユミもポポロに抱きつきます。

「ほんまや。立派になったわ。そやけど、頬もこけてるわ。食べてないんじゃないの?」

 ポポロは、満面笑みで興奮気味です。

「ええ、食料を持って来なかったので。木の実などを食べていました。でも、サキねえさんやユミねえさんにまで、会えるなんて。そして、この子がポスですか。あんなに小さかったのに」

 ポポロがしゃがむと、ポスが顔をなめ回します。

「それにしても、ポポロ。たった一人で、黒龍からウロコを取るなんて、どう考えても無茶や。そやから、ポポロに追いつこうと、みんな必死やったんやで。なんでそんな無茶したんや」

 サブがポポロをたしなめます。

「あの時は、師匠のエバーレストの傷があまりにひどいので、なにも考えずに、一刻も早くと飛び出してしまったんです。だから、食料も武器もなにも持ってません」

 リョウが言いました。

「ほんま無茶やな。どうやって、黒龍と戦うつもりやってん?まあ、俺らもそれはこれから考えるんやけど。ハッハッハ」

 サキが突っ込みます。

「笑ってる場合か?」

 ポポロは、思わず「クスッ」と笑いました。

「どうしたのポポロ?」とユミ。

「いや、いまのやりとりが、愉快であんまり懐かしかったんで。つい」

 みんなは、そんなことを言いながら、出立しました。もう夕暮れです。どこか、野宿にふさわしい場所を探さないといけません。

 ポスが、相変わらずみんなを先導します。

「ワンワン!」

 ポスが大きな岩に三方を囲まれた野宿に適した場所を見つけました。山は、風が強いので、それをさえぎるのにうってつけの場所です。リョウが言いました。

「さあ、今夜は、ここで野宿や。もう、ポポロと会えたんやから、一分一秒をあせることない。ポポロもなんにも食べてないのやから。サブ、おいしいもん作ったってや」

 サブは、腕を組んで考えています。

「確か。ポポロは、木の精やから、肉や魚は食べられへんかったな。果物は大好物で、野菜はどうや?」

「野菜やパンは食べれます」

 ポポロが答えます。

「ほんなら、決まりや。ナッツ入りの野菜のポトフと、果物のサラダに、パンやな」

 サブは、マントを脱いで、ロバのエバとレストの荷物を下ろしてやりながら呟きます。

 リョウは、たきぎを拾いにいって、火を起こします。そして、鍋が吊るせるように木を組みます。

 サブは、また口笛を吹きながら、野菜を切っています。

 その間、ポポロは、サキとユミとお話しです。

「ポポロ。いつから、そして、なぜ、エバーレストの弟子になったの」とサキ。

「三年程前からです。師匠はかっこよくて、あこがれてたんです」とポポロ。

「魔法使いの弟子って、どんな修行をするの。やっぱり魔法の杖かなんかと、呪文を覚えるの?」とユミ。

「はい。それは、最近になって少し教えていただきました。その前は、ずっと掃除や洗濯それに料理とかばかりでした」とポポロ。

「掃除と洗濯と料理?なにそれ、それじゃあお手伝いさんじゃないの。そんなの魔法で一発じゃないの」とサキ。

「師匠が言うのには、魔法は自分が楽するためのものじゃなく、みなを幸せにするためのものだから、普通の人の苦労が身にしみてわからないといけないって教わりました」

 と、ポポロが言うと、ふいにユミが泣きだしました。

「エバーレストは立派ね。本当の大魔法使いだわ。でも、ポポロも立派よ。苦労してるのねえ」

 サキも目をうるませながら言いました。

「本当に偉いわ。ポポロはきっと、エバーレストのような立派な魔法使いになれるわ」

 サブがみんなに声を掛けます。

「おいおい。なんやなんや。泣いたりして、晩飯が出来たで、さあ、みんな、元気出して食おうや」

 五人は、火を囲むと、いっせいに鍋に手を出しました。

「あつー。熱いけどうまいで、サブ」

 リョウは、満足そうです。サブはポポロに気を配っています。

「ポポロは、あついの苦手やろ。皿に取って冷ましておいて、さきにフルーツのサラダとパンを食べてたらええから」

 と、言ってフルーツとパンを回します。ポポロは、よほど空腹だったのでしょう。フルーツとパンをたっぷりと食べました。

「もう、ポトフも冷めたで、食べてみいや」

 みんな自分が食べるのを忘れてポポロが食べるのを見つめています。

 急に、ポポロの目から涙があふれました。

「どうしたんや。ポポロ。なんで泣くねん」

 サブが心配そうにたずねます。

「にいさんたちや、ねえさんたちが、以前と変わらず、あんまり優しくて、暖かいから・・・それにぼく一人で、本当は恐かったから・・・」

 サキとユミは、ポポロの肩に手を添えました。

「ポポロ。もう大丈夫だから、みんな一緒やから。なんにも心配せんでええから」とサキ。

「これからは、ずっと一緒だからね」とユミ。

 干し肉を食べていたポスが、そっとポポロの膝に乗ってきました。

 リョウもサブもうなずいています。

「そら、一人では恐かったやろな」とリョウ。

「俺なんか四人おってもまだ恐いもんなあ」

 とサブが言うとみんな吹き出しました。

「ああ、ポポロが笑ったで。さあ、涙を拭いて、しっかり食べよう」

 こうして、楽しい食事が終ると、みんなはお茶を飲みながら話します。話は、おもにスマセリ族・イスボル族・キリリク族で貰った「スハリ」「腕輪」、言葉を理解して従う「蜜蜂」やエバーレストから借りたコスマイヤの剣や武器などの説明です。ポポロにも全てを知って貰わないといけません。

「すごいですね。ぼくなんか、この杖と、つたない魔法で戦おうとしてたんだから。ばかみたいだなあ」

 ポポロは、一通り聞くと、しきりに感心しています。

 サブが言います。

「ところがや。これらをどう使ってええかが、さっぱりわからんときてるから困ってんねん。なんせ、黒龍なんて、実際に見たこともないからな。なんかええ知恵ないか?」

 ポポロは、あごを手で支え、考えています。

「ぼくなりに、今晩考えてみます」

「俺たちも考えるから、寝不足にならんようにな」とリョウとサブ。

 それからは「嘆きの滝」と「恐れの谷」のことも伝えましたが、これはグリーグラムの住人であるポポロの方が詳しく知っていました。

 サブがあくびをしながら言います。

「サキとユミは、もうぐっすり寝てるわ。俺らもそろそろ寝よか。ほらポポロ、毛布や」

 ポポロはうれしそうに言いました。

「毛布なんて、ありがたいです。何日かぶりにぐっすり眠れそうです」

 こうして、みなは、眠りについたのでした。




  第十章 嘆きの滝と恐れの谷


 朝になりました。ポスが元気に走り廻っている中、みんなは、あくびをかみ殺しながら毛布をたたんでいます。

「ああ、みんな、おはようさん。ポポロはぐっすり眠れたか。ずーと、まともに寝てなかったんやろう」

 サブが声をかけると、ポポロは元気そうな声で答えます。

「ええ、ぐっすりと眠れました。疲れていたようで。死んだように眠ってしまいました」

 リョウが言います。

「そら、よかったなあ。毛布があるだけで、快適なベッドやないからなあ。元気そうな声で、安心したわ」

 五人は、パンをかじりながら出発の準備です。リョウは、地図を広げています。

「この道を行けば、どうしても。『嘆きの滝』と『恐れの谷』を通るなあ。他にええ道ないかなあ」

 しかし、地図には一本道しか書いてありません。ポポロが答えます。

「この道しかありません。『嘆きの滝』と『恐れの谷』は避けて通れないんです。この山が『魔の山』と呼ばれているのも、あの滝と谷があるからです」

 サブは不機嫌な声で言いました。

「俺、自身ないなあ。不安や恐れが沸いてくるんやろ。そんなん、かなわんな。なんせ、俺なんか、なんもせん時から不安と恐ればっかりやもんな」

 サキとユミも話に加わります。

「わたしも自信ないわ。わたし、怖がりやもん」とユミ。

「わたしは強気が取り柄やから大丈夫ちゃうかな」とサキ。

 ポポロが、困った顔で答えました。

「みんな、冗談じゃないんですよ。滝壺に飛び込んだ人もいるんだから。『わたしは、なにも恐れない。わたしには不安がない』とか、自分に言い聞かせて、渡らないと。ほんとうは、勾玉の力がないと、渡れないんだから、しっかり勾玉を握って祈ってください」

 リョウだけは、平気な顔をして、ポポロの話を聞いています。サブが話しかけます。

「おい、リョウ。おまえには、不安や恐れがないのか」

「ああ、なにが恐いんや。前の旅の時の、魔女との戦いを思い出してみい。あれ以上に恐いもんあるか。俺らあれに勝ったんやで」

 サブもこれには、一言もありません。

「確かに・・・。そう言われれば、そうや。みんな自信持って行こうか」

 そうして、一行は出発しました。

 道は、火山灰の積もった上に、石がごろごろとした悪路です。みんなは、一列になって、普通では、道とは言えないような道を進みます。しかも、風が吹いてきました。マントを頭まで被り、火山灰の混じった風をよけながら進むのは容易ではありません。

「ポポロ。その『恐れの谷』ってのは、まだまだか」

 サブがしびれを切らしてポポロにたずねます。

「いいえ。もうすぐだと思います。この調子だと、昼には着くと思います」

 それから、一時間ほど歩いたでしょうか。一行は、恐れの谷の入り口に着きました。

 谷を見下ろすと、谷底から生えた大きな木々におおわれて、上から谷底は見えません。右手の方の遠くで、水の音がします。嘆きの滝の音のようです。谷の幅は五、六十メートル程あります。

 サブが谷を見下ろして言います。

「この斜面を右に向かって道が付いてるってことは、谷の底では、『嘆きの滝』の近くを通るってことやな」

 ポポロが答えます。

「はい、その通りです。では、みなさん、耳栓をして、勾玉をしっかり握ることを忘れないでください」

 リョウが言います。

「動物たちは、どうするんや。耳栓をするんか」

 ポポロが答えます。

「動物も感情がありますから、耳栓をしなくちゃいけませんね」

 ロバのエバとレストと犬のポスには、なんとか耳栓をしました。

 サブが言います。

「鷹のスハリは無理やで、どこが耳かわからんし、さわるといやがるわ」

 リョウが言いました。

「スハリは、先に飛んで谷を越えさせよう。スハリ、谷を超えた向こうに大きな木があるやろう。あそこで俺らが着くのを待っててくれ」

 リョウが、そう言ってスハリを放すと、スハリは、あっと言う間に谷を越え、言われた木の枝に止まってこちらを見ています。

 みんなは感心しています。

「あいつ、天才やな」

 とサブが呟きました。

 ポポロが言いました。

「頭の中で、いろんな悪口や誘いが聞こえても勾玉を握って、全て無視してください。そうすれば、こんな谷、距離はしれてますから、すぐに抜けられます。さあ、行きましょう」

 一行は、深呼吸をして、勾玉を握って、谷を降り始めました。

 斜面に沿って、人一人がやっと通れる道が、斜めについていました。みんな、慎重に道を下って行きます。道は斜めに付いているので長い距離ですが、谷の垂直の深さは二十メートル程でしょうか、しばらく下るとみんなは谷の底に着きました

 谷は、ひんやりしています。木々の間から、滝と滝壺が見えます。みんなは、滝を右手に見ながら、歩き出しました。

「キャー!」

 見ると、ユミが両手で、耳をふさぎ、しゃがみ込んでいます。

「どうしたの、ユミ」

 とサキはユミに声を掛け、勾玉を握らせました。そして、肩を抱いて立ち上がらせました。

「恐い!何か知らんけど、めちゃくちゃ恐い」

 ユミは、震えています。

 ポポロが、ユミの後ろに廻って、背中に手を当てます。そして、呪文を唱えました。

「『恐れの谷』の恐れのエネルギーが来てるんです。ラムエストバリ。ラムエストバリ。なにも怖くない。怖くない・・・さあ、勾玉を握って、『エバーレスト助けて』と言い続けて」

 すると、ユミの震えが止まりだしました。

「クゥーン。クゥーン」

 足元で、ポスがしゃがんでしまいました。

 不安げな目で、ポポロを見つめています。ポポロは、ポスを抱き上げて、同じ呪文を唱えました。ポスの震えが止まりました。

「わたしも恐なってきたわ。恐い・・・」

 サキが震え出しました。ポポロが、背中に廻って力づけます。

 サブが言いました。

「なんやサキ、強気やったんちゃうんか?もう恐れが出たんか」

 しかし、そう言ってるサブの顔色がさっと変わりました。

「恐い。俺も恐なってきた。なんやこの恐さは」

 こんどは、サブが震えだしました。ポポロがサブの肩を抱きました。

「ラムエストバリ。ラムエストバリ。なにも怖くない。『エバーレスト助けて』と言い続けて!」

 リョウは、心の中から生じる恐れと必死で戦っています。勾玉をしっかり握って、必死で唱えます。

----エバーレスト助けてください。

 そうして、なんとか谷のまん中まで来ました。右手に見える滝壺から、あふれた水が川となって流れています。川幅は五メートル位。深さは膝の辺りまでしかありません。それに、古い木造の橋が掛けられています。

 しかし、嘆きの滝の影響が一番強い所です。まず、ロバたちが座り込んでしまいました。悲しそうな目をして、宙を見つめています。

 みんなも、しゃがみ込んでしまいました。

 「嘆きの滝」からの、うつのエネルギーが頭の中で、言葉として繰り返されます。

----おまえなど何の役にたつ?

----何の力もない役立たずめ。

----生きているだけ、人の迷惑だ。

----おまえなんぞは、いっそ、滝壺に飛び込んでしまえ!

 頭の中でこんな声が、響いています。なんども、なんども繰り返して。それに加えて「恐れの谷」の恐れのエネルギーも心の中から沸き上がっています。みんな、じっとしているだけで、やっとです。

「うるさい!負けるもんか!」

 突然、リョウが叫び、ロバを起こそうとしました。しかし、ロバは全く動こうとしません。

「ようし、ぼくだって。負けないぞ」

 ポポロも立ち上がりました。

「エバとレストは置いて、先にユミとサキたちを連れて川を渡ろう」

 リョウはそう言って、ユミの所に行きました。霊感の強いユミは、あまりにきついエネルギーに、気を失いかけていました。リョウは、ユミを背負い、橋を渡り、そっとユミを岩を背に座らせました。ポポロもサキを背負い、橋を渡ってきました。

「ポポロ。ユミの横に座らせてくれ」

 リョウに言われ、ポポロはサキを座らせました。そして、ふたりは橋を渡って、もとの所へ帰って来ました。サブが座って両膝を抱え、お腹にポスを乗せて震えています。

「ラムエストバリ。ラムエストバリ。何も怖くない。あなたは立派な人間だ」

 ポポロがサブの肩を抱いて、耳栓を取って何度かささやき、サブの手に勾玉をしっかり握らせました。すると、サブの目がかっと開きました。

「よし。俺も負けへん。絶対に負けへん!」

 サブの勇気が戻ってきました。サブはすくっと立ち上がると、ポスをリョウに渡して言いました。

「俺にはイスボル族から借りた腕輪がある。これで、エバとレストを担いで行く」

 そう言って、サブは腕輪をはめました。そして、座り込んでいる二頭のロバの所に行きました。そして、まずエバの腹の下に手を突っ込み、持ち上げました。そして、そのまま肩まで担ぎ上げました。

「どんなもんや。俺は負けへんで」

 サブは、エバを担いだまま、橋を渡りました。

「サブ。えらいぞ。こんどは、俺がやる」

 リョウは、そう言ってポスをサキに渡して、サブから腕輪を受け取りました。そして、腕輪をはめながらレストに近づくと、サブがやった通りレストを肩に担ぎ、橋を渡りました。

「よーし。みんな、もう半分は過ぎたんや。勾玉を強く握って祈り、励まし合いながら進もう」

 リョウとポポロは、サキとユミを立たせました。二人は、目が覚めたようです。しかし、歩くことはできません。仕方なく、リョウがサキを、ポポロがユミを背負って歩きだしました。ポスはなんとかついて行きます。そして、サブは、エバとレストの間に入って「エバ、頑張れ。レスト、頑張れ」と耳栓を通すほどの大声を張り上げながら進みました。

 どれほど歩いたでしょう。実際の距離は知れていますが、みんなには、はるかな道に感じました。そして、なんとか反対側のがけの下に着きました。

 ここまで来ると、恐れもうつもずいぶん薄れてきました。サキとユミも、もう自分で歩けます。一行はがけに沿った斜めの道をゆっくりと登り切りました。なんとか「嘆きの滝」と「恐れの谷」を無事通過したのです。

 みんなは、がけを登り切り、その場で大の字になって寝ころびました。

 サキやユミは、まだ震えが止まりません。ポスは、サキに抱きついて震えています。エバとレストは、膝をつき、荒い息をしています。サブも疲れ切ったように寝ています。

 バサバサと羽音がしました。スハリが飛んで来て、エバの背に乗りました。

「ああ、スハリ。おまえはあの恐さを味あわんでよかったな。ああ、恐かった」

 リョウはしゃべる元気があるようです。

「みんな。よく頑張りましたね。ぼくは、魔法の呪文とかを少しは使えますから、まだましですが、みんなは大変でしたね」

 リョウが答えます。

「これで、ようわかったわ。恐れでも何でも、外から来るのより内側から沸いてくる方がよっぽど強いんやな」

 ようやく、サブが起き上がり、サキとユミも体を起こしました。

「もう、俺は二度とこの滝と谷には近寄らん。こんな恐ろしいことは、一回味わったら、充分や」

 サキとユミも目を赤くして言いました。

「ああ、しんどかった。ほんまに死のうかと思たわ」とサキ。

「あまりのうつのエネルギーに、気が遠くなってしまって・・・みんな、ごめんね」とユミ。

 ポポロが言います。

「もう少し休んで、行きましょうか。パンでもかじって、お湯を沸かしましょう」

 と、ポポロは、てきぱきと動き、みんなにパンと暖かいココアを配りました。

「暖かいのが体にしみるー!」とサブ。

「ほんとに、心が冷えて、体も冷えきっていたんやねえ。ポポロ、ありがとう。助かるわあ」とサキ。

 リョウは地図を広げながらココアを飲んでいます。

「ありがとうポポロ。ところで、これから先やけど、地図には火口までは北の砦しか書いてないけど、北の砦ってなんや」

 ポポロは、答えます。

「昔、戦争があった時に、使われたってことぐらいしか知りません。今は、使われてないかもしれませんね。とにかく行ってみましょう」




  第十一章 北の砦


 五人は、充分に休憩を取ると、北の砦に向かって歩き出しました。これからは、道はなく、砂利や岩ばかりの裸山です。その上、勾配は徐々にきつくなっています。

「ちょっと、トランシーバーがまだ届くかどうか、試してみようか」

 そう言って、サブはトランシーバーをポケットから取り出しました。

「それはなんですか?」

 ポポロが、のぞき込みます。

「昨夜、ポポロに聞かせてやるのをすっかり忘れてたんや。山に入ったから、もう聞こえへんかもしれんけど。これはトランシーバーと言うもので、グリーグラムにはないもんや。俺が自分の世界から持ち込んでん。二個一組で使うもんで、一個はこれ。もう一個は、ミクルに預けてんねん。ちょっと待ってや・・・」

 とサブは言って、トランシーバーに耳を当てています。

「ああ、雑音が多くて聞こえにくいなあ。ちょっと待ってや」

 サブは、周波数をしきりにいじっています。

「おっ。通じた、ミクル、ミクル。こちら、サブ。どうぞ」

 サブは、ポポロにトランシーバーを渡しました。

「違う。逆さまや。アンテナ、いやこの長い棒が上で、ここに耳を当てるんや。そうそう。なんか聞こえるか」

「なにかザーザーとした音の中で小さく、こちら、ミクル、ミクル。どうぞ。っていってます。ミクルってあの弟分のミクルですか」

 ポポロは驚いて目を丸くしています。

「よし、ほんなら、このボタンを押して、しゃべるんや」

 サブは、ていねいに教えます。

「ミクル、ミクル。聞こえるか。ぼくだよ。ポポロだよ。元気か。お師匠様の様子はどうだ・・・」

 サブが、取りあげて、スウィッチを放し、ポポロに渡しました。

「ああ、そうか。だいぶましか。よかった。明日には・・・」

 またサブが取りあげスウィッチを入れながら、ポポロに言いました。

「これ、一方通行やから、向こうが話してる時は聞くだけ。こっちが話してる時は、向こうの声は聞こえへんねん。わかるかなあ。まあええや、話してみ」

「ええ、ミクル、ミクル。明日には、必ず黒龍のウロコを取るつもりやから、心配するな。お師匠様のこと、よろしく頼むな・・・」

 サブが代わります。

「ほな、ミクル、ここらがトランシーバーの限界やから、後は全部が終ってからしか連絡でけへんから、エバーレストによろしく」

 そう言って、サブはトランシーバーをポケットに直しました。

「エバーレストはどうやて?」

 ポポロは言いました。

「大丈夫なようです。少しずつ回復してるって言っていました。サブさん、ありがとうございました。こんな所でミクルの声が聞こえるなんて。なんという魔法ですか」

 サブは笑って答えます。

「魔法やない。科学や。まあ、ええ。全部終ったら、ゆっくり教えてやるから」

 リョウが先頭に立って言います。

「北の砦ももうあんなに大きく見えてる。もう少しの辛抱だ。みんながんばろう」

 みんなは、「おー」と声を掛け合いました。 やはりポスが先頭に立って、北の砦に着きました。

 建物は、石造りで、全て閉められた窓から想像して、二層建てのようです。建物は、北に向かって張り出すように建てられ、今は、長さ二、三十メートルで崩れていますが、建てられた頃は石垣の塀が山並みに沿って永遠と続いていたようです。北から来る敵を防ぐために築かれたのでしょう。遠くに同じような砦やその跡が、点々と見えます。しかし、この砦が最も完全に近い形で残ったようで、他の砦はほとんど崩れていました。

 南側に付いた砦の扉は、分厚い木に鉄で補強されたもので、扉には錠がかかっています。

「カア、カア」

 どこからともなく、数羽のカラスが飛んできて屋上の上に立ち上げられた外壁の上に止まります。

「なんか。あのカラス気になるわ」

 ユミが、険しい顔をしています。

「あいつら、邪気の物質化か?」

 リョウはそう言って、荷物の中から、麻袋を取り出しました。光が結晶化した金粉です。リョウは、それをひとつかみし、カラスに向かって投げつけました。金粉は空中で真っ白な光になって広がり、飛び立ったカラスたちは、黒いすすになって消えました。

「やっぱり。そうや」とリョウ。

「気持ち悪いわね。黒い虫、黒いコウモリ、黒い藻に黒いワニ、そして黒い狼に黒いカラス・・・」

 サキは、うんざりしたように呟きました。

「わたし、もとの世界に帰っても、絶対に黒い服なんか着ないから」

 ポポロが、言いました。

「さあ、扉を開けましょう。中になにがいても」

 錠は、古くさび付いていたので、サブが槍を出してきて、すきまに差し込み、こじ開けると、案外あっさりと壊れました。

「さあ、リョウさん、サブさん。手伝ってください。扉を開けますから」

 扉のすきまに指を入れ、三人がかりで扉を引っ張りました。すると、ギーギーと鈍い音をたてて、少しずつ扉は開きました。

 扉をすっかり開けると、建物の中に光が差し込みましたが、奥は真っ暗です。

「たいまつをつけましょうか」

 ポポロは、そう言ってたいまつを取り出し火をつけました。

「ぼくが先に入ります」

 そう言って、ポポロが中に入った時です。

「うわあ」

 なにか黒い影が、ポポロを突き飛ばしました。ポポロは、後ろへ倒れ、黒い影は、表にいたリョウに飛び掛かりました。リョウは、横に飛んでそいつをかわし、コスマイヤの剣を抜きました。

「こいつ、人間のできそこないや。みんな武器を!」

 それは、人間の姿はしていましたが、真っ黒で、顔もなく、手足の指もありませんでした。まるで真っ黒なマネキン人形です。

「えーい」

 リョウは、かけ声とともに、黒い人形に切りつけました。コスマイヤの剣が触れるやいなや。人形は黒いすすになって崩れ落ちました。

「ポポロ。大丈夫か」

 ポポロは、頭を打ったらしく、頭を押さえて起き上がりました。

「ええ、このぐらい平気です。ふいを食らって・・・」

 リョウがみんなに言いました。

「中にこんな奴が、何体いるか知れない。たいまつを奥に放り込むから、飛び出してきた奴をやっつけよう」

 サブは槍を、サキとユミは弓を構えました。

「リョウ。いつでもいいわよ」とサキ。

 その声を合図に、リョウは砦の奥にたいまつを投げ入れました。

 すると、黒い影が数体、闇から飛び出してきました。

「えーい!」「やあー!」

 サキとユミの放った矢は、二体の黒人形の頭を見事に射抜いていました。サブとポポロは、他の二体の心臓を突き通しています。そして、人形は全て一瞬で黒いすすになって、崩れ落ちました。

「みんな、いい腕してるやんか」

 リョウがそう言うと、ユミが答えます。

「この勾玉の力よ」

 リョウとポポロとサブが、建物の中に入ります。奥もたいまつで照らされています。

「もう、なにもおらんようや。ポポロ一緒に、二階に行こう」

 リョウは、そう言って、たいまつを持つと、朽ちかけた木の階段を慎重に登って行きます。

「サキにユミ。建物を浄化しとこう」

 サブは、そう言って麻袋を取り出しました。そして、金粉を床にまきます。すると、黒いすすが積もっていた床がまっ白な光で、きれいに清められます。

「おおーい。二階も屋上も何もいないで。上がってきてもええで」

 上からリョウの声が聞こえます。

「ほな。二階に行こか」

 サブがそう言って、サキもユミも階段を登ります。

 二階に上がると、もう窓が開けられています。三人は、光の粉で床を清め、屋上へ登りました。屋上を閉める蓋が開いています。

「ああ、その蓋が最初から開いてたわ。そこから邪気が入っていたらしい」

 リョウは、そう言うと、山を指差しました。

「なあ。ここからやったら、火口もよう見えるやろ。ついに明日は決戦や。なんか、恐いような、はよ終ってほしいような。へんな感じやなあ」

「旅行で来てたら、最高の景色なんやけどなあ」

 サブが、ため息まじりに言いました。

「みんな、火口の様子を目に焼き付けといてや。今夜、作戦会議やからな」

 リョウは、火口を見つめながら、そう言いました。

 念のため、屋上も光の粉で清めると、みんなは一階に降りました。一階は光の粉で清められ、見違えるようにきれいになっていました。

 サブが言います。

「結構、上等のねぐらやんか。奥は床が張ってあるし」

 ロバのエバとレストの荷物を下ろしてやり、みんなもマントを脱ぎました。そして、木造の床に上がり込むと、大の字になって寝ころびました。夕飯までには、少し時間があります。みんな明日の戦いのことをそれぞれ、思い描いています。

「サキ。わたしたち、弓矢やけど、黒龍に矢が刺さるかしら」とユミ。

「ふつう、龍の絵なんか見ると、背中はうろこで固そうだけど腹側はうろこがないから刺さるかもよ」とサキ。

 リョウがポポロに話しかけます。

「それにしても、邪気が物質化して、とうとう人間を作り出しかけていたのには驚いたな。あれが、完璧に黒い人間になって、グリーグラムの各部族に攻め入ったと思うと、背筋が寒くなる。時間的に、もうぎりぎりのとこやな。早うエバーレストに治ってもらわんと」

 ポポロが答えます。

「ほんとに、人間までは、考えていませんでした。恐ろしいことです。明日、なんとしても、うろこを手に入れないと」

 サブも口をはさみます。

「俺もそのこと考えてたんや。あーあ。うろこなんか無くても、エバーレストが治ってくれたらええんやけど・・・。もう遅いか」

 サブは、立ち上がりました。この部屋には、暖炉が作られていて、薪がたっぷりありました。

「暖炉も薪もあるで。気分転換にでも、夕食を作ろか」 

 サブは、荷物の中の食料を取りに行きました。ポポロも立ち上がって、言いました。

「ぼくも手伝います。薪に火をつければいいんですね」

 リョウは、まだ明日のことを考えていました。

----問題は、いつ龍のうろこを取るかや。

 そのタイミングは、その時にならんとわからんな。ということは考えてもしょうないか。

 リョウも立ち上がりました。

「サブ、俺もなんか手伝うわ」

 サキとユミは、よほど疲れていたのでしょう。ぐっすり眠っていましたが、そのうちサキの方が起き出し、ユミをゆすって起こそうとしました。

「あれ、ユミが震えてるわ。それに熱もあるみたい」

 不安げなサキの声に、みんなはユミの所に駆けよりました。ポポロが言います。

「『恐れの谷』のエネルギーが冷えとして、まだ残っているみたいですね」

「どうしよう」とサキ。

 ポポロが言います。

「冷えですから、風邪と同じことです」

 ポポロは、ふところから薬を取り出しました。

「ありました、ありました。これを煎じて飲めばすぐによくなります」

 ポポロは、すぐに薬を煎じて、ユミに飲ませました。そして、毛布を二枚重ねます。

 サブは、ユミのためにお粥を作り、サキがユミに食べさせました。

 サブが作ったトマトシチューとパンをみんなは黙って食べました。みんなが食事を終え紅茶を飲んでいると、ユミが起き出して来ました。

「ユミ。起きて大丈夫?」とサキ。

「もう、平気。だいぶ楽になったわ。ありがとう、みんな」

 ユミは、顔色がすっかり良くなっています。

「無理せんでええで。しんどかったら、横になっとき」

 男の子たちも気を使います。

 夜も更け、明日の作戦会議を始めなければなりません。

 リョウが言います。

「俺らの武器は、コスマイヤの剣、弓と槍、光の粉。それに、訓練された蜜蜂と、怪力を出す腕輪。それとスハリや。他にあるかな・・・」

 みんなは黙っています。リョウはポポロに聞きます。

「ポポロ。なにか使えそうな魔法はあるかい?」

 ポポロは頭をかきます。

「武器となる魔法は、ありませんが、身を守る魔法ならあります」

「エバーレストの話やと、黒龍は、口から火炎を吐くそうや。その火炎から身を守れるか。ポポロ」

「たぶん守れると思います」とポポロ。

 リョウは続けます。

「ほんなら、ポポロは、俺たちから離れてもええわけやな。ふーん」

「リョウ。それは、どういう意味や」とサブ。

「いや、コスマイヤの剣と呪文で、バリアが張れるねん。龍の火炎にもびくともしない強力なもんや。みんなはこのバリアから出られへんけど、ポポロは単独行動が出来るんや」

 リョウは、床に炭で武器を書き並べます。

「まあ、ええわ。とにかく、これだけの武器をどう使うかや。それはだいたいイメージ出来てるんやけど、問題は、うろこを取るタイミングやねん。そこだけがわからん」

 サキが言います。

「そんなん、動いて攻撃してくる龍のうろこなんか、取れる訳ないやん。当然、龍をやっつけてからとちゃうのん」

 リョウはニヤリと笑って言いました。

「ところが、どっこい。エバーレストは、俺らに龍をやっつけろとは言わへんかった。そのかわり、コスマイヤの剣と呪文で、敵を十秒間静止させる術を教えてくれた。忘れてたやろう。三つの術を床に書くで」

 と言ってリョウは、炭で床に書きました。

「1.強力なバリアを張る。2.剣から強力な光のエネルギーを発射する。3.十秒間、敵を静止させる術や。これを使って、うろこを取る。それをエバーレストに届ける。そこまでで、俺らの使命は終わりや」

 サブが言います。

「なんで、十秒間だけやねん。十分にしてもろたら、よかったんや」

 リョウが答えます。

「俺も言うてみたけど、あかん。十秒が限界なんやて」

「十秒じゃ難しいですね」とポポロ。

 リョウが言います。

「俺の勝手な想像やけど、こんなふうに考えてんねん。聞いてくれるか」

 リョウは黒龍との戦いのイメージをみんなに語って聞かせました。

 みんなは、黙って聞いています。

 話し終えるとリョウはみんなに意見を求めました。

「まあ、思い通りにならんのが戦いやけど、武器の使い方はええんとちゃうか」とサブ。

「その通りに行けばの話ですけど、ぼくも武器の使い方は賛成です」とポポロ。

「前の時、魔女との戦いも思った通りにならへんかったもんね」とサキ。

「でも、考えとけへんかったら、みんなとっさにバラバラになるわよ」とユミ。

 サブが言います。

「まあ、どうなるかは、別として、今のリョウの作戦でみんなそれぞれの役割はわかったはな。それと武器をどう使うかや。これも俺は、それでええと思うんや。後は、実際その時にならんとわからん。その覚悟でええんとちゃうか」

 リョウが言います。

「とにかく、龍の吐く火炎だけは気をつけて、バリアから出んようにしてくれや。黒こげになるで」

 作戦会議は終ったようです。みんな、黙り込んでいます。誰も、どうなるかはわからないからです。その時、一瞬の自分の判断を信じるしかないことも充分わかっていました。

 サキは、勾玉を握って、一心に祈っています。ポポロは、呪文を唱えています。

 みんなは毛布を出してきました。そして、暖炉の周りに丸くなって寝ころびました。

 みんな、それぞれ、神経が立ってなかなか眠れません。明日の戦いのことをどうしても考えてしまうのです。

 しかし、夜も更けてゆくにつれ、昼間の疲れのせいか、順々に、深い眠りについたのでした。




  第十二章 黒い龍との死闘


 朝になりました。みんな、ポスになめられ、次々と起き出してきます。

「ユミはどうや、熱と震えは?」

 サブが心配そうに言いました。

「ありがとう。もう完全に治ったわ。ところでわたし、夢を見たの白いネズミと黒いネズミが戦ってる夢なの。そして、白いネズミが勝ったのよ。これって、縁起良くない?」

 ユミは、わざと明るい声で言いました。

「ユミの霊感は当たるからなあ。今日の戦いは、勝ったようなもんやな」

 リョウもうれしそうです。

 みんなは、朝食をパンですませると、武器の点検をしだしました。

 弓矢や、槍。コスマイヤの剣などを布で拭きます。

「ロバのエバとレストは、ここに置いていこう。守ってやれんからな」

 リョウが、そう言うと、みんなうなずきます。そして、サブがエバとレストの頭を撫でて言います。

「きっと勝って帰ってくるからな。安心して休んどき」

 リョウは、コスマイヤの剣を持ち、心の中で、なんども呪文の復習をすると、言いました。

「みんな、準備はええか?ほな、行こか」

 サキとユミがズッコケます。

「そこだけ、大阪弁止めてくれへん。なんか気合が抜けてしまうわ」

「ほな、やりなおすわ」とリョウ。

「みんな。準備はいいか。さあ、行くぞ!」

「オー!」

 ポポロが蜜蜂の箱を持ち、リョウはスハリを肩に乗せ、みんなそれぞれ自分の武器を持ち、火口に向けて出発です。ここから、火口までは、ほんの数百メートルですが急な登りです。足場も砂利と灰で悪く、みんな声を掛けながら進みます。

「どうや。ユミは、大丈夫か?」とサブ。

「ううん。これぐらい大丈夫よ」とユミ。

 先頭のリョウがとうとう火口のへりまで登りました。そして、火口をのぞいています。

すり鉢状になった火口の中は、下に緑色の水が溜まっています。

「思った通り、下は火口湖になってるな。黒龍はあの湖の中におるんや」

 次々と、登ってくるみんなにリョウが説明しています。

「ああ、わかった。ちょっと休もう。息が切れてたら、戦いになれへんからな」とサブ。

 みんなは、火口のへりで座って休みます。

「ああ、だんだん緊張して来たわ。震えてきたわ。武者震いかなあ」とサブ。

 ポポロは、周りを見渡します。火口のへりの手前十メートル程の所に、人が二、三人隠れることができる大きな岩が左右にあります。

「リョウさん。あの火口に向かって、左の岩にぼくが隠れて戦います。みなさんは、右の岩に隠れながら戦ってください」

 ポポロが言うと、みんなうなずきました。

 そして、武器をその岩の影に置きました。

 一方、火口のへりの上の方に、大人の背丈ほどの大きな岩が並んでいます。リョウは、その岩々を指差して言いました。

「さあ、サブ。始めようぜ」

 サブとリョウとポポロは、へりを登り、並んでいる岩の後ろに廻りました。サブは、怪力を出す、腕輪をはめました。

「さあ、いくで。戦いの始まりや」

 三人は、岩を火口に向けて押しました。サブの怪力のせいで、岩は傾き、火口に転がりながらに落ちていきました。

 ドブーン!

 激しい水音とともに、火口湖に岩が落ちました。

「よし、次々いくで」

 三人は、次の岩を押し、火口湖へと落としました。

 ドブーン!ドブーン!

 五、六個の岩を落としたでしょうか。

「さあ、もうええやろう。みんな急ごう」

 リョウがそう言って、三人はさっき武器を置いた大岩へ走り、影に隠れました。

「ギャオー!」

 雷鳴がとどろくような、鳴き声がしました。黒龍が怒り、目覚めたのです。

 リョウは走り、伏せて火口をのぞきました。黒龍が火口湖から半身を出し、火口を登ろうとしていました。

「登って来るで」

 リョウはそう言って、岩影に帰って来ました。

「思ったより大きいぞ。全長やと数十メートルあるかもしれんで。武器の準備はええか。奴の腹側を狙うんやで」

 黒龍は火口のへりまで登ってくると、前足でへりをつかみ、立ち上がりました。

「ギャオー!」

 黒龍は、その大きな頭を持ち上げ、辺りを見渡しました。

「キャア。なんて大きいの。想像してたのと全然違う」とサキ。

「わ・・・わたし、恐いわ。ものすごい迫力だわ」

 と二人はへなへなとしゃがみ込んでしまいました。

「さあ、バリアを張るで」

 リョウは、コスマイヤの剣を抜くと、呪文を唱えました。すると、隠れている岩ごと、四人をすっぽりとおおう、白い光の膜が張られました。

「ポポロは大丈夫か」

 サブがそう言って、ポポロの方を見ると、ポポロも魔法で白い膜を張っていました。

「よし、攻撃や。サキ、ユミ頼むで」

「ええ、やってみるわ」

 とサキは、気丈に立ち上がり、ユミも頑張って弓を構え、矢を放ちましたが、二本とも黒龍の背側に当たり、うろこにはね返されてしまいました。

 次の瞬間、黒龍は口を大きく開け、火炎を吐きました。すさまじいエネルギーです。火炎は、リョウのバリアではね返されましたが、衝撃は思っていた以上にすさまじいものでした。ポポロの岩にも火炎は吐かれましたが、これもなんとか防げたようです。

「さあ、次だ。サブ、頼むで」とリョウ。

 サブは、岩影から横に出て、怪力の腕輪をしたまま、思いっきり槍をなげました。

「ガオー!」

 槍は、龍の胸の辺りを突き通しました。

 そして、ポポロも槍を投げました。これは龍の腹の辺りに刺さりましたが、サブの怪力のように突き通すことはできません。

「ガアー!」

 龍は、またも火炎を吐きました。敵が岩影にいるのに気づいたのでしょう。二つの岩を狙っています。衝撃はすさまじいものです。

「この火炎、衝撃がたまらんなあ。頭、痛うなってくるわ」とサブ。

「ほんと頭痛い。ポポロは大丈夫かしら?」

とサキ。ユミもこめかみを押さえています。

 リョウが声を掛けます。

「おーい、ポポロ。バリア大丈夫か?」

 ポポロは答えます。

「あんがい大丈夫です。ご心配無く」

「ギャアー。グルルルー」

 龍は、前足で槍を引き抜きました。緑色の血が流れます。

 そして、また火炎を吐き続けました。みんなは必死でこらえています。

 リョウが言います。

「これじゃ。火炎を防いでいるだけや。次の作戦に移ろうぜ」

「おおーい。ポポロ。蜜蜂作戦行こか」

 ポポロは、持ってきた蜜蜂の箱に向かって言いました。

「蜜蜂よ。黒龍の目をふさげ。いいか、目をふさげ」

 そう言って、ポポロは蓋を開けました。すると、蜜蜂の群れが、いっせいに飛び立ちました。そして、蜜蜂は龍の目に向かって行き、龍の目に群がりました。

「ギャオ。グルルル」

 龍は前足で目をこすりますが、蜂は離れてはまた目に飛びつき、龍は蜂を払うことが出来ません。そして、龍は首を激しく振りました。しかし、蜂たちは、離れません。

「よし、うまくいった」

 とリョウが岩影から出ようとした時です。その気配を察してか、龍はまたも火炎を吐きました。めくらめっぽう火が飛んできます。バリアの外に出れる状態では、ありません。仕方なく岩影から、槍と弓を放ちますが、龍が激しく首を振るので、うまくあたりません。

「これじゃあ。どうしようもないな。少し様子を見よう」

 目が見えなくなった龍は、火炎を吐きながら体を乗り出し、ポポロやリョウたちが、隠れている岩をつかもうと、手を伸ばし始めました。

 左側のポポロの岩は、龍の手さぐりでつかまれ、横倒しにされました。

「ポポロ。こっちへ来い!」

 リョウの声で、ポポロは必死で走り、リョウのバリアの中に入りました。マントのすそが焦げています。

「フウー。危なかった」とポポロ。

 龍は、こんどは右側の岩へと前足を伸ばし

始めました。相変わらず火炎を吐き続けています。

「これは、チャンスやで」とサブ。

「ピンチの間違いじゃないの?」とサキ。

「いや、奴が岩をつかんだ瞬間に、十秒間静止の魔法をかけるんや。リョウわかったな」

 リョウは、はっとしたようですが、サブの言ったことを理解しました。

「わかった。サブと俺でやる」

 龍の手さぐりが、続いています。もうすぐこの岩に届きそうです。

 みんな、自分の心臓の音が聞こえてきます。

「ゴクリ」

 とサブが息を飲む音が大きく聞こえます。

 リョウは、体の前にコスマイヤの剣を立て、集中しています。

 その時、龍の前足が岩に触れ、それをがっしりとつかみました。

「今や!」

 サブの叫びとともに、リョウは呪文を唱えました。龍の動きがピタリと止まりました。

「ええぞ。サブ」

 サブは、岩から飛び出すと、龍の前足のうろこの一枚を腕輪の怪力で、めくり上げました。そして、リョウがすぐさまコスマイヤの剣先で、その下のうろこの根をザクザクと切り込みました。

「取れた!」

 リョウがウロコをつかんだ瞬間です。十秒が切れて、龍は前足を横に振りました。リョウとサブは、その勢いで吹き飛ばされました。

「リョウ。サブ!」

 残りの三人は、とっさに岩影から飛び出て、リョウとサブに走り寄りました。

「ギャオー!」

 龍は、岩をめがけて火炎を吐きました。一瞬遅れていたら、三人とも黒こげの所です。

 リョウとサブは、倒れていましたが、すぐに立ち上がりました。

「リョウ。すぐにバリアや」

 リョウは、コスマイヤの剣を持ち、呪文を唱えました。白い光のドームが出来ました。

「みんな、早く、バリアに入れ」

 とサブが叫びます。みんなが、バリアに入った瞬間、音に反応した龍は、火炎を吐きました。バリアは、それを止めましたが、慌てて張ったせいか、ここで思わぬアクシデントが起きました。

「やばい!バリアが割れた。みんな、岩の後ろや、くぼみに逃げろ!」

 リョウの言葉にみんなは、散り散りになって逃げました。

「キャア!」

 火炎があっちこっちに飛んでいます。

 リョウは、岩の後ろのくぼみに逃げ込むと、大きく深呼吸をしました。

「落ち着け。落ち着け」

 そう自分に言い聞かすと、目を閉じ、コスマイヤの剣に祈りました。

「コスマイヤの剣、バリアをお願いします」

 そして、精神を集中すると、慌てて舌をかみそうになるのに気をつけて、呪文をゆっくりと唱えました。すると、いままでよりも大きく、そして強く輝く白いバリアのドームが出来ました。

「みんな!いいぞ。こっちへ来い!」

 リョウは、岩のくぼみから出て叫びました。火炎がバリアに当たりましたが、こんどはびくともしません。みんなは、龍の首が他を向いているのを見計らって、バリアへと走りました。

「みんな、来たか」

「いや、ユミがまだだ」

 サブが答えます。ユミは、くぼみに入り、出るタイミングがわからないようです。

「俺が行く!」

 サブは、火炎の行方を見ながら、ユミに向かって走りました。そして、なんとかユミがいるくぼみにたどり着きました。

「サブ、ごめん。わたし恐くて・・・」

「大丈夫や。手を引いてやるから、よしと言うたら、走り出すんや」

 サブは、チャンスを見計らっています。

「よし!」

 合図とともに二人は走り出しました。火炎があちこちに飛んでいます。しかし、運よく二人には当たらず、二人はマントを焦がしながらもバリアの白いドームにたどり着きました。

 リョウが言いました。

「ありがとうサブ。悪いがすぐにスハリにうろこを付けてくれ」

 サブは、うなずき、リョウから渡されたうろこに、槍の先で穴を開けました。そして、その穴に紐を通すと、スハリの足にしっかりと結びました。そして、スハリの頭を撫でて言いました。

「この黒龍のウロコをエバーレストの所へ届けるんや。頼んだぞ」

 そして、スハリを高く投げ上げました。スハリは、素早く羽ばたくと、高く上りながら、南の空へと一直線に飛んで行きました。

「やったあ。スハリは南に飛んで行ったで。あの調子やと大丈夫や。すぐにエバーレストの所に着くやろう」

「よーし。これで、俺らの使命も終わりや。後は、この龍をどうするかや」

 リョウは、コスマイヤの剣を立て、龍に向かいながら言いました。 

「ガオー!グルルル」

 龍は、目をふさがれたまま、気配であちこちに火炎を吐いています。

 龍の様子が変わりました。火炎を吐く荒々しい状態から、一転して静かになりました。そして、前足を蹴ると体が少し宙に浮きました。

 リョウが言います。

「やばい。奴さん。空を飛ぶ気や。空を飛ばれてどこかに隠れられたら、また一からやり直しになるぞ」

 サブが言います。

「リョウ。コスマイヤの剣から光のエネルギーを出すって言ってたやつ。あれを使え!」

 リョウは、はっとして、コスマイヤの剣を龍の眉間に向けて精神を集中して呪文を唱えました。

「えい!」

 すると、コスマイヤの剣から、真っ白な光がレーザー光線のように飛び、龍の眉間に当たりました。

「ギャオー。ギャオー!」

 龍は、首を大きくそった後、前に倒れました。

 ズシーン!

 地面が大きく揺れました。

「死んだんか?」とサブ。

「いや、この光線では、黒龍を殺すことはできないとエバーレストは言ってた。気絶しただけやろう」

 とリョウが答えます。そして、その通り、龍は前足を動かしだしました。立ち上がろうとしているのです。

「リョウ。今の光線を何度も当てて、一気にやっつけてしもたらどうや」

 サブが言います。

「いや、この魔法は、修行を積んでない俺では一回しか使えんとエバーレストが言ってたんや。自分のエネルギーを使うからやて」

 リョウが答えます。

 龍は、立ち上がりました。そして、また火炎を吐きます。

「スハリは、もう着いたやろう。そろそろ、エバーレストが来るぞ」

 サブの声に、みんなは振り返って、南の空を見上げました。




  第十三章 大魔法使いの復活


「あれ、あれじゃない。遠くで光ってるの。こっちに向かっているわ」

 ユミが突然、南の空を指差しました。みんなは、ユミの指差す方を見つめます。

「ああ、そうや。人間が馬に乗って飛んでいる。きっとエバーレストや」

 みんなは、歓声を上げました。すると、その声に反応した龍が、火炎を吐きました。バリアが揺れるほどの衝撃がありました。

「うわあー。喜ぶのはまだ早いで、こんな力まだ残ってるんや。ほんま、化け物やなあ」とサブ。

 白い光は、猛烈なスピードで飛来し、五人の頭上、十メートルほどの高さで、止まりました。やはり、馬に乗ったエバーレストです。

「フウ。間に合ったかな。五人とも無事のようだな。そなたたちが、手に入れてくれた龍のうろこのおかげで、わたしは復活した。ありがとう。勇士たちよ。これからは、わたしの仕事だ」

 その声を耳にした、黒龍が、エバーレストめがけて、火炎を吐きました。しかし、エバーレストは軽々と身をかわしました。そして、リョウに言いました。

「リョウ。コスマイヤの剣を。バリアは、この杖で同じ呪文で張りなさい」

 リョウは、落ちてきたその杖を受け取ると、呪文を唱え、バリアを維持しました。そして、さやに納めたコスマイヤの剣を高く投げ上げました。

 エバーレストは、コスマイヤの剣を受け取ると、さやを抜き放ち、呪文を唱えました。

「黒龍よ。さあ、これからは、わたしが相手だ!」

 そう言うと、エバーレストの体は白く輝きだし、みるみる大きくなり、黒龍と同じ大きさの全身真っ白な龍の姿になりました。

「すごい!かっこいい」とサキとユミ。

「ガオー!」

 白龍は、ひと声吠えると、黒龍に体当たりしました。目が見えない黒龍は、当たりをまともに受けて、吹っ飛びました。

----ポポロ。蜜蜂たちを箱に戻せ。

 ポポロの頭で、声がしました。エバーレストのテレパシーです。

「蜜蜂たちよ。箱に帰れ!」

 ポポロは、箱を取り出して、あらん限りの声で叫びました。すると、それまで、黒龍の目に群がっていた蜜蜂が、ポポロの箱へと帰って来ました。

 目が見えるようになった黒龍は、白龍を目にし、吠えて火炎を放ちました。

 しかし、白龍の全身をおおうバリアは、火炎をはね返しました。そして、白龍は、黒龍に再び体当たりし、喉元に噛み付きました。そして、二匹の龍は、からみ合いながら、火口を落ちて行きました。

 ドブーン!

 二匹は火口湖に落ちたようです。

 リョウたち、五人は火口のへりへと走りました。湖は激しく波うっています。

「エバーレストは、大丈夫やろうか」

 サブが心配して言いました。

「大丈夫や。黒龍もだいぶ弱ってるし」

 とリョウが言います。

 しばらく湖は静かになりました。そして、こんどは、激しく波うち、時折、黒龍のしっぽや白龍の胴体が見えます。激しく戦っているようです。

 そして、黒龍が先に頭を出しました。火口を登ってきます。白龍は、顔を水面に出すと、真っ直ぐに飛び立ち、空中で黒龍の様子をうかがっています。

 黒龍は、最後の力を振り絞って、尾で地面を叩き、飛び上がりました。そして、白龍に向かって行きましたが、白龍はうまくそれをよけ、前足に持った、コスマイヤの剣で、黒龍の胴を差しつらぬきました。

 黒龍の抵抗もここまででした。黒龍は頭から地面に落ち、すさまじい地響きをたてました。

 白龍は、ゆっくりと地面に降り、黒龍を裏返し、コスマイヤの剣を振り降ろしました。

 コスマイヤの剣は黒龍の喉元をかき切っていました。そして、黒龍の姿は、黒いすすとなり、山を吹く強い風に飛ばされ、消えて行きました。

 白龍は再び輝き始め、こんどはだんだん小さくなって、エバーレストの姿に帰りました。

「お師匠様。お見事です。そして、ご無事でなによりです」

 ポポロが、走ってきてエバーレストに飛びつきました。

「おお。ポポロよ。無茶をしおって。心配したぞ」

 みんなも走って来ました。

「エバーレスト様。傷が治って安心しました。そして、すぐに助けに来ていただいてありがとうございます」とリョウ。

「エバーレスト様。元気な姿を見れて、うれしいです」とサブ。

「エバーレスト様。ほんとにお元気そうで、わたし、感激です」とサキ。

「エバーレスト様。わたしもうれしいです」 とユミ。

 エバーレストが言います。

「なにを言う。全て、そなたたちのおかげではないか。わしこそが、礼を言う。ありがとう。四人と一匹の勇者たちよ。わたしとこのグリーグラムを救ってくれて」

 サキとユミは、抱き合って大きな声で泣きました。やはり、恐かったのです。

 エバーレストは、二人に言いました。

「今回の、そなたたちの使命は、勾玉を通じてのわたしの助力が弱いため、さぞかし苦しいものであったじゃろう。しかし、よくこの短期間で使命を果たしてくれた。わしも、あの傷の痛みは、口では言い表せんものでのう。おおいに助かった。サキにユミありがとう」

 それから、エバーレストは、杖を振りました。

 すると、白い馬が二頭立ての緑色で立派な馬車が、現れました。

「うわあ。懐かしいわ。前の時に、これで空を飛んだわね」とサキが言います。

「ほんま、懐かしいなあ」

 サブは、そう言いながら二頭の馬の頭を撫でてやっています。

「さあ、みんな、帰ろうではないか」

 エバーレストが、そう言うと、リョウが答えます。

「北の砦という所に、お借りしたロバ二頭と、荷物を置いてきました。どういたしましょう?」

「では、ロバと荷物は魔法で返すとし、われらはゆっくりと帰ろうではないか」

 エバーレストがそう言うと、みんなは馬車に乗り込みました。エバーレストは御者台に座ると後ろを振り向きました。

「さあ、みんな乗ったかな」

 ポスが、「ワン!」と答えました。

「いざ、出発じゃ。ホーイ」

 エバーレストが鞭を当てると、馬車は走り出し、すぐにふわりと宙に浮き、どんどん高く昇りました。「嘆きの滝」と「恐れの谷」が、はるか下に見えます。

「ああ、『嘆きの滝』と『恐れの谷』は、ひどかったなあ」

 リョウが言うと、サブが怒ります。

「その話は、やめてくれ。あそこのことは思い出しとうないんや」

 馬車は、河の上を渡ります。

「ほら、東を見てみ。やっぱり海が見えるわ。大海原や」

 リョウがそう言うと、みんな東を向きます。山と山にはさまれた、わずかな河口から、海が見えます。美しく青く輝いています。

「こんど、来た時は、海に行ってみたいもんやな。さぞかし、きれいなもんやろな」

 エバーレストが、答えます。

「こちら側からは、山にはさまれ、見えにくいので、前来たときは話さなかったが、グリーグラムの海は美しいもんじゃよ。わしの自慢のひとつじゃ」

「ああ、キリリク族の領地やわ。上から見ても花がきれいよ。ユミ」とサキ。

「ほんとう。テーマパークみたいね」とユミ。

「だけど、この蜜蜂たちには驚いたな。言った通りに、龍の目をふせいでくれたもんな」

 リョウは、ポポロが持っている蜜蜂の箱を優しく叩きながら、言いました。

「ああ、こんどは、イスボル族の領地や。上から見ると広大な牧草地やなあ。牛や羊がぎょうさんおるわ。馬に乗った人が二人駆けてるけど、コスガルさんとイダイヤさんかなあ。この怪力の腕輪がよう活躍してくれたお礼を言いたいなあ」

 サブは、そう言って手を振ってみましたが、下からは、見えないようです。

「スマセリ族の領地に入ったで。上から見てると野菜畑がきれいやなあ。よう手入れしてはるんや、えらいなあ」とリョウ。

「ほんと、野菜とは思われへんわ。ここから見てると、一枚の芸術画みたいにきれい。ああ、そう言えばスハリはどうしてるかなあ」

 とユミが心配すると、エバーレストが答えます。

「スハリとは、ウロコを届けてくれたタカのような虹色の鳥のことじゃな。心配せずともミクルが干し肉を与えて世話をしておった」

 森を越えると、エバーレストの木があるあの草原の丘が見えて来ました。こちらに向かって、大きく手を振っているのは、ミクルのようです。

 馬車は高度を下げ、丘の草地にふわりと着地しました。一番先に馬車を飛び出したのは、ポポロです。ミクルが飛んできました。

「ポポロにいさん。突然行ってしまうから心配したよ。でも無事でよかった」

「ミクル。心配かけてすまなかった。あの時は、お師匠様が死んでしまうと思って、いても立ってもいられなかったんだ。でも、留守の間、お師匠様の世話をよくしてくれた。ありがとう、ミクル」

 みんなは、二人の様子をうれしそうに見守っていました。

「さあ、みんな、馬車から降りなさい。そして、休みなさい」

 エバーレストの言葉に、みんな馬車から降りました。

「あれ。エバとレストがいるぞ。それに荷物も」

 サブが、うれしそうな声を上げ、エバとレストの頭を何度も撫でました。

「エバにレスト。俺ら、黒龍に勝ったんやで。おまえたちも、よう頑張ってくれたなあ」

 リョウは、木の枝に止まっているスハリに声を掛けました。

「スハリ偉かったなあ。すぐにウロコを届けてくれて。おまえは天才やなあ」

 すると、スハリは飛び立ち、リョウが前に出した腕に止まりました。リョウは、スハリの背中を優しく撫でました。

「ポポロ。俺たちが帰った後、スハリは、スマセリ族。サブの腕輪はイスボル族。そして、その蜜蜂はキリリク族にお礼とともに返してほしいんや。頼まれてくれるかなあ」

 リョウが、そう言うと、ポポロは胸を張って答えました。

「もちろんです。丁重にお礼を言って、お返しします。きっとみなさん役に立ったことを喜ばれるでしょう」

「さあ、みんな着替えて楽になりなさい」

 エバーレストがそう言って、杖を振ると、みんなは、マントと革の旅の服から、もとの世界の普段着に変わりました。

「フーッ。やっぱりこの方が楽やな」とサブ。

「ほんとね。あの旅用の服も柔らかくて、着心地はよかったけどね」とサキも応じます。

 エバーレストが言います。

「このわしの木の二階に広間がある。みんな、そこで横になって、眠りなさい。さあ、ミクル、みんなを案内してあげなさい」

 みんなは、ミクルに付いて、木の中に入って行きました。狭い階段を登ると、思った以上に広々とした広間がありました。

「この木の中は、どうなってるんや。外から見るより中の方が明らかに広いで」

 とサブが言うと、ミクルが答えました。

「なにしろ。魔法使いの家ですから。まだ、三階も地下もありますよ。では、みなさんゆっくりとお休みください。夕食までには、まだ時間がありますから」

「ミクル。ありがとうな」とサブ。

「あーあ。ホッとすると、急に疲れが出てきたわ」とサキ。

「ほんとね。なんか体中が痛いわ」とユミ。

「なんか、長かったような、あっと言う間だったような。無我夢中やったもんな」とリョウ。

「うわあ。あくび出てきた。もう終ったんやから、なんでもええやん。寝よか」とサブ。

 みんな、思い思いの所で、寝そべりました。ポスは、相変わらずサキとユミの間です。みんな、よほど疲れていたんでしょう。すぐに眠りに落ちていきました。




  第十四章 舟の上の晩餐


 サキは、ポスになめられ目覚めました。窓を見ると、ユミが外を見ています。もう夕暮れになっていました。相変わらずグリーグラムの夕日は美しいものです。

「ユミ。起きてたの?」

「うううん。今、起きたばかり。夕日を見ていたの。サキも見てごらん」

 サキは起き出して、窓に近寄りました。

「ほんと。何度見ても美しいわね」

 二人がうっとりしていると、ポスになめられたリョウとサブが、起き出して来ました。

「きれいな夕日やな。外に出てみよか」

 四人は、外に出ました。

「グリーグラム全体が赤く輝いて、見事なもんやなあ、自然の美しさって」とサブ。

「なんか、スケールが違うな」とリョウ。

 サキとユミは、黙って夕日を見つめています。目には涙が光っていました。

 その様子を黙って見ていた、エバーレストが、しばらくして声を掛けました。

「さあ、みんな晩餐を始めようぞ」

 みんなが振り向くと、ポポロもミクルも、にこにこと笑って立っています。

 エバーレストは、杖を大きく振りました。みんな一瞬、光を浴び、目を閉じました。そして、おそるおそる目を開けると、大きな湖のまん中に浮かぶ、これも大きな舟の甲板に立っていました。湖のさざ波に夕日が反射して、赤い光がちらちらと輝きます。

「ここは、どこです?エバーレスト様」

 とリョウがたずねます。

「ハッハッハ。魔法で作った湖じゃ。どことは言えんのう」

 エバーレストは、また杖を振りました。すると、湖の上に舟を取り囲むように、たいまつの火が輪になって現れました。舟は、火に照らされ明るくなりました。あちらこちらにこった彫り物のあるしっかりした木造の帆船です。レトロな雰囲気をかもしだしています。

「前の晩餐と同じでは、つまらんからのう。趣向を凝らして、舟の上の晩餐会にしてみたのじゃ。お気に召したかな」

「とっても素敵です。おしゃれだわ」とサキ。

「ほんと、とてもロマンチックだわ」とユミ。

 エバーレストは、うれしそうです。そして、杖を振りました。すると、大きな木のテーブルと椅子が現れました。これも要所に凝った彫り物があるこったものです。

「これは、見覚えがある。前の時の椅子とテーブルや」

 サブは椅子を引き出しながら言いました。

「ハッハッハ。サブ。よく覚えておるの」

 エバーレストは、そう言って杖をたて続けに振りました。すると、テーブルにはキャンドル。そして、皿にフォークにナイフにコップとナプキンが並べられました。

「さあ。いよいよ。御馳走の登場や」

 とサブは、舌なめずりをして、リョウにたしなめられました。

 テーブルには、次々と御馳走が現れます。温かいスープ。焼きたてのパン。新鮮な野菜とカラフルな果物のサラダ。骨つき肉の香草焼き。焼きたての大きなパイ包みの魚。かごにふんだんに盛られた果物です。

「うわあ。すごい。前の時と違う料理や」

 みんなは歓声をあげます。

 エバーレストが言いました。

「前と同じでは、おもしろくないじゃろう。また違った料理を用意した。これも、グリーグラム各地から取り寄せた食材を魔法で調理したものじゃ。さあ、みんな座りなさい」

 そう言われて、みんなは、椅子に腰かけました。エバーレストの左右には、ポポロとミクル。対面側にリョウたち四人が座りました。ポスも椅子に登って、しっぽを振って臭いを嗅いでいます。

 エバーレストが言いました。

「そなたたちの使命が無事果たされた祝いじゃ。さあ、遠慮なく食べなさい」

「いただきまーす!」

 みんなは、いっせいに手を合わせ、料理に手をつけました。

 コップには、果実のジュースが注がれています。飲んでも減らない魔法のジュースです。

「このスープ。野菜がたくさん入っていておいしいわ。こくがあるし」とサキ。

「ほんと、このこくってなにかしら」とユミ。

「貝じゃよ。グリーグラムでよく採れるんじゃ。よいだしが出るんじゃ」

 エバーレストは、果実酒を飲んでいます。

木の精で、肉や魚を食べないエバーレストやポポロとミクルは、果物を食べています。

「この骨つき肉のうまいこと。リョウ食ってみ」

 とサブは両手に骨を持って、かぶりついています。

「おまえは、料理はうまいんやけど、テーブルマナーは最低やな」とリョウ。

 サキとユミは、ポスに香草をこそげ取った骨つき肉をあげています。ポスは骨ごとかぶりついて、しっぽを振っています。

 BGMには、ゆったりと品のよい音楽が流れています。ユミは、時々目を閉じ、その音色に聞き入ってます。

「この音楽も素敵ですね」とユミ。

「気に入ってくれたら、うれしいのう。わしが作曲したんじゃ」とエバーレスト。

「作曲もなさるんですか?」とユミ。

「いや。単なる趣味じゃ。驚くことはない」

 珍しくエバーレストは、果実酒のせいか頬を赤らめて照れています。

「みんな、おかわりはどうじゃ?」

 リョウが言います。

「もう、充分です。全ておいしくいただきました」

 みんなもうなずいています。

「では、デザートとお茶の出番じゃ」

 そう言って、エバーレストは杖を振りました。すると、テーブルにあった皿などの食器は全て消え、かわりにデザートとお茶が現れました。

 果実をふんだんに使ったゼリーに濃厚なミルクで作ったアイスクリーム。深いオレンジ色の紅茶には定番のコケモモのジャムがそえられていました。

「さあ、ゆっくりしよう」とエバーレスト。

 いつのまにか空には、星が出ていました。満天の星空と言っていいでしょう。そして、たいまつの火が湖の水面にゆらゆらと映り、BGMもゆったりとして、なんともロマンチックです。みんなゆっくりとデザートを楽しみました。

 エバーレストが、言いました。

「そなたたちに、大変な苦労をかけたのじゃが、苦労の中には学びもある。今回、なにか学んだことはあるかな・・・」

 みんな、考え込んでいます。

 リョウが、言いました。

「チームワークの大切さとかは、前回と同じですが、『嘆きの滝』と『恐れの谷』で、自分の中から沸いてくる恐れや不安の恐ろしさを学びました。そして、それに負けない自分がいることも学びました」

 みんなもうなずいています。

 エバーレストは言いました。

「人間には、潜在意識という自分ではふだん認識してない心がある。そこにある恐れや不安をあの滝と谷で、引き出されたのじゃ。この潜在意識をコントロールすることが大切なのじゃが、それは、そう簡単にはできぬ。今はただ、潜在意識と言うものがあるということと、ほんとうはそれをコントロールする強い自分がいることを知って、忘れないようにすればよい」

 エバーレストは、続けます。

「あの『嘆きの滝』と『恐れの谷』では、磁場が狂っている影響からか、あんなことが起こっている。いずれ、わしが詳しく調べて、正常な滝と谷に返しておくことにしよう」

 みんなは、ホッとしたようです。

 サブが言います。

「今回、初めてグリーグラムに海があることを知りました。あの海について、お話し願えませんか」

 エバーレストは、言いました。

「あの海には、多くの島があって、それぞれに人が住んで部族を作っておる。わしは、まだコスマイヤ様の弟子をしておった頃に、舟であの海を旅したことがある・・・」

 そう言って、エバーレストは、若き日の冒険を語り出しました。

 エバーレストの話しぶりには、真に迫った魅力があります。みんなは、しだいに話に引き込まれ、聞き入っています。

 こうして、グリーグラムの最後の夜は更けていきました。




  第十五章 別れの時


 次の朝になりました。リョウたちは、エバーレストの木の二階で目覚めました。

 もう、日がかなり登っています。四人は、外へ出ました。

 エバーレストもポポロとミクルも見当たりません。四人は、体操を始めました。

「今、何時ごろやろ?」とサブ。

「十時頃と違うか?グリーグラムへ来ると、腕時計がおかしくなるからわからん」

 リョウは、腰を伸ばしながら答えます。

 大木の横には、テーブルと椅子が置かれています。

「わあ。うまそうやな。朝食が用意されているで」サブは喜んでいます。

 テーブルの上には、焼きたてのパン、大盛りのサラダ、焼いたベーコンとソーセージにスクランブルエッグなどが、果実ジュースとともに並んでいます。

 みんなは、席につき「いただきまーす」と言って、食べ始めました。

「うまいわ。このソーセージ。サラダと一緒にパンにはさんでみよ」

 とサブは食欲旺盛です。

「昨日、あんだけ食べといて、また、かぶりつくんかい」リョウが言います。

「昨日は昨日。今日は今日や」とサブ。

「この景色、なんだかいっそうきれいになってない?」とユミ。

「ほんとね。なにかしら、輝きが増したって言うのかしら」とサキ。

「ほんまや。透明度が増してるんかなあ」

 みんなは、景色を楽しみながら、お腹を満たしました。

「アッ。あれ。あれなんや」

 とリョウが指差します。遠くの方から空を飛んで、こちらに向かっているものがあります。

「馬車だわ。エバーレストよ」とユミ。

 ユミが言った通り、馬車はどんどん近づいて、目の前の草原に着地しました。エバーレストとポポロとミクルです。

「やあ、朝食はすんだかな。みんなおはよう」

 エバーレストは、笑顔で言いました。

「そなたらが寝ている間に一仕事すませてきたんじゃ。例の金粉をまいて、グリーグラムを清めてきたんじゃよ」

 ポポロが付け加えました。

「一度じゃ無理だけど、あと二、三回まけば、完璧に浄化できますよ」

 リョウが言います。

「朝早くから、ご苦労様です。さっきから、景色が、やけにきれいと言っていたところです」

 エバーレストとポポロとミクルが馬車を降りると、杖のひと振りで、馬車は消えました。

「もう食事は終ったのかね」

 エバーレストの言葉に、みんながうなずいて立ち上がると、テーブルと椅子も消えました。

「そなたたちに、二度助けられた。またお礼をせねばならん」

 エバーレストは、そう言って、杖を振りました。四人とポスの首から下げた勾玉が金のメダルに変わりました。

「さあ、リョウ。前に出なさい」

 リョウは、一歩前に出ました。

「そなたたちの勇気ある行動によって、わしとグリーグラムは危機を脱した。特に、心の中での葛藤にも負けなかった、その強い善なる意志と、完璧な働きに感謝し、新たにこのメダルを贈る」

 エバーレストは、そう言って、リョウの首にもうひとつの金のメダルを掛けました。そして、サブ、サキ、ユミ、ポスにも同じように新しいメダルを掛けました。

 新しいメダルは、デザインも日付も違っていて、すぐにそれとわかります。

 エバーレストは、空中から、あの大きなグリーグラムの歴史が書かれた本を取り出し、最後のページを開きました。

 そこには、四人と、もう大きくなったポスの絵が克明に描かれていました。そして、みんなの首には、二つのメダルが描かれています。

 エバーレストが言いました。

「これで、そなたたちの働きは、また、永遠にグリーグラムの歴史に刻み込まれた」

 リョウが、言いました。

「いよいよ、お別れですね。ポポロとミクルにあいさつしてもいいですか?」

 エバーレストは、黙ってうなずきました。

 リョウは、ポポロに近づき抱きしめました。

「また、来るから。元気で修行するんだぞ」

 サブは、ミクルを抱き寄せました。

「ミクル。ありがとうな。トランシーバーでいろいろ教えてくれて助かったで。また、来るからな、元気でな」

 サキやユミも、それぞれ、ポポロとミクルを抱いて、別れを言いました。

 ポポロとミクルは、鼻を真っ赤にして泣いています。

「にいさんたち。ねえさんたち。きっと、また来てください」

 そして、リョウが代表して、エバーレストに別れを述べました。

「エバーレスト様。また、ぼくたちが必要になった時には、必ず呼んでください」

 エバーレストは、大きくうなずき言いました。

「みんな。用意はいいかね?」

 リョウが言いました。

「はい。さようなら、エバーレスト様。ポポロにミクル」

「さらばじゃ。勇士たち、また会う日まで!」

 その言葉を合図に本から、強烈な光が出ました。そして、金粉の渦とともに、四人と一匹は、本の中へと吸い込まれていったのです。




  第十六章 もとの世界へ


 四人は、ポスになめられて目覚めました。

 ここは、緑地公園の池の周りの芝生の上です。リョウは腕時計を見ました。

「やっぱり、こっちへ帰ってくると時計が正常になるな。グリーグラムへ行ってから、一時間半経っている」

 みんな起き出して、足を抱えて座っています。すぐには、こっちの世界になじめないような、妙な気分です。

「前の時も大変やったけど、こんども大変やったね」とユキ。

「ほんと。特にあの滝と谷。恐かったわ」

 とサキは、ブルッと背中を震わせました。

「おいおい。なにもそんな一番恐かった時を先に思い出さんでもええやろ。料理もうまかったし、黒龍との戦いも結構うまくいったやんか」とサブ。

 ポスは、みんなの所を行ったり来たりしています。

「ポスちゃんは、今回は、あんまり活躍しませんでしたけど。前みたいに一回死んだりしなくてよかったですねー」

 とサキは、またポスを猫可愛がりしています。

 サブとリョウは、また大の字になって、青い空を見上げています。

 すると、突然、ユミが言いました。

「そう言えば、今日、塾の日やったわ。それに、あさって塾のテストやなかった?」

「ああ、そうやわ。塾のテスト前やったんやわ。すっかり忘れてたわ」とサキ。

「今、何時?わあ、塾に遅刻するわ。リョウにサブ。ポスのこと頼める?ちゃんと連れて帰ってよ」

 サキとユミは、立ち上がり、手でスカートの芝生を払うとかばんを持って、小走りに駆けて行きました。

「塾か。なんや次元の違う話やな。女連中は、すぐに現実に帰れるけど。あれ、なんでやろう」

 サブは、寝ころんでポスの頭を撫でながら呟きます。

「まあ。それが、男と女の違いやな」

 リョウは、答えにもなっていないことを呟きます。

 しばらく、空を見上げていた二人でしたが、空が、夕日に染まってきました。すると、サブが言いました。 

「今回の旅。リョウ。ご苦労さんやったな」

 リョウが答えます。

「サブこそ、ご苦労さん」

 二人は、黙って握手をしました。

「さあ、ポスをユミのおじさんの所に返しに行こか。ポス、おまえもご苦労さんやったな。もう帰ろうか」

「ワン!」とポスが答えます。 

 リョウとサブは、立ち上がると、ポスに引かれて、歩き出しました。

 二人はどちらからともなく、肩を組んでいました。夕日がその後ろ姿を暖かく照らしていました。



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黒い龍と白い龍-グリーグラム物語 Ⅱ- @torios

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