第6話刑事

 転校初日、夏樹は早速全日制高校との違いを実感した。

 すでに在籍している生徒が、転校生の周りを囲んだり、遠巻きにしたりしないのだ。

 通信制高校の登校日は毎日ではない。その上多くの生徒が仕事を持っているので、クラスメイトの顔を覚える余裕がないのだろう。

 この状況ではいきなり聞き込みすれば、変に疑われる。

 夏樹は他にすることがなく仕方がないので、配布された生徒手帳を開いた。

 しかしそこには驚くべき校則が記されていた。

 「教師が社会的弱者にあたる生徒をいじめても良い」

 「その規則に反することは許されない」

 それは、夏樹が母親の朱夏から一切聞かされていないことだった。

 二十年前も、この校則は存在していたのだろうか。

 もしそうであれば、母親はどのような思いで息子に隠し通していたのだろうか。

 夏樹には父親がいない。朱夏が「社会的弱者」に当てはまるのであれば、きっと当時教師から嫌がらせを受けていたのかもしれない。

 夏樹は複雑な気持ちで、開かれたままの生徒手帳を見つめていた。

 そこへ、ようやく一人の男子生徒が夏樹のもとに歩み寄った。

 「それに書かれているの、マジだからな。とにかく先生に目をつけられないように気を付けることだな」

 彼は暗い表情だった。ぼそりと呟いて去ろうとしたので、夏樹は彼の長袖の端を摘まんだ。

 「なあ、なんでこういう校則があるんだ? ここって学校だろ?」

 男子生徒は周囲を気にしている様子だった。夏樹はお構いなしに彼の袖の裾を引っ張った。

 「知らないよ。とにかく、僕が言えることは、何事も穏便に過ごすこと。それだけだよ」

 そして彼は夏樹の手を振り切り、自分の席に戻った。

 「意味分かんね」

 夏樹は決して彼に聞こえないように吐き捨てた。

 その言葉には複数の意味が込められていた。

 彼がわざわざ忠告する理由。この校則の存在自体。春野菜々がそのような学校に在籍すること。そして、曲がったことが大嫌いな母親の朱夏が耐えていたこと。

 夏樹はそのすべてを解き明かしたいと思った。

 刑事としてではなく、一人の人間、牧村夏樹として。

 やるべきことは、たくさんありそうだ。

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