第2話

---完全犯行計画---

その後、僕と路美男は大学の授業を受けずに、僕の部屋でひたすら犯行計画を練った。


まず着手したのは、PSシステムへのハッキング方法だ。アヤノが入手した機密情報によると、街中のセンサーは、インターネット回線を通じてPSシステムのAPIにイベントログを送信する。APIで受け取ったパラメータ情報は、ビッグデータ解析サーバに転送される。さらに、解析サーバは、SIEM(シーム)と呼ばれるイベントログ相関分析システムを利用して、不審な行動に点数をつけ、アノマリー(異常値)を見つけた場合にアラートを上げる仕組みになっている。


路美男は、少し興奮気味に「よくできたシステムだが、インターネット経由でAPIに送信するところにセキュリティ上の弱点、つまり脆弱性が存在しているようだ」と、いつもより1オクターブ高い声で話した。


僕は、「その弱点があったとして、どうやって攻撃するんだよ?」と尋ねたところ、「独自OSが誤作動するようなパラメータ、つまり『 ”(ダブルクオテーション)』を含んだ特殊な文字列をAPI投げれば、システムがダウンするかもしれない」と路美男は答えた。

「かもしれないって、失敗したら僕らは逮捕されるんだぞ!」

「20世紀後半に開発されたインターネットのプロトコル『TCP/IP』や『HTTP』について、もう少し調べないといけない。インターネットの根幹技術は政府がブラックボックス化していて簡単には調べられない。さらに誰も検索しないようなキーワードは怪しまれるかもしれないからネットを使うわけにはいかない。この後、旧市街の古本屋に行って技術雑誌を調べてみる」と路美男は言い、古本屋巡りに奔走した。


数日後、路美男は「APIへの通信を横取りする中継機器を用意すれば、HTTPヘッダインジェクションと呼ばれる攻撃手法によって、システムを誤作動させることができることがわかった。そうすれば、警察はかなり混乱するだろう」と言った。そして、「まずは、中継機器を手配しなければならないが、確実に成功させるためには高性能の機器が必要だ」と続けた。高性能の中継機器の値段は20万円する。僕らはアルバイトを始め、1か月後に20万円の軍資金を用意した。僕は、完全犯行のためにアルバイトをするなんて、少し皮肉だと感じていた。


アヤノを大学で見かけることはほとんどなかった。アヤノがどこで何をしているのか詳細不明だったのだが、週一くらいのペースで僕の部屋に来て犯行計画の話に加わった。

「ハッキングの方は順調にいっているようね。でも、少年院に侵入できたとして、どうやって逃げるつもりなの?」と聞いてきた。僕らは、しばらく考えた後、「システムが混乱している中では、自動運転カーは使えない。監視センサーで検知できない、自分で運転する旧式の車を用意するしかない」という結論に至った。

「旧式の車って、いくらくらいで買えるのかな?」

その後、僕らは旧式の車を手配するため、さらにアルバイトで100万円の軍資金を集めた。また、旧市街の教習所で運転を学んだ。


「そもそも、アヤノの妹が脱走したくないと言い出したらどうする?」と僕が聞いたところ、路美男は「僕らが短時間で説得ができるようにアヤノをサポートしてやろう」と答えた。

「サポートって言っても、そんなにトーク上手じゃねーし・・・」

それから、僕らは交渉術や心理学の勉強を開始した。


僕は「それでも妹を説得できない時は、力づくでも連行させるしかないな」と考えた。路美男に相談したところ、「アヤノの妹が暴れ出したら、二人がかりでも連行は難しい」と言った。

「こんなことになるんだったら、柔道とかスポーツやっておけばよかったよ・・・」

僕らはジムに通い、身体を鍛えることにした。高度なトレーニング技術によって、一ヶ月後には体脂肪率が10%以下にまで落ちた。なんだか、僕らは以前に比べ、心も身体も充実した気がしてきた。


僕が「逃走先は、どこにするか決まったか?」と尋ねると、「日本ではいつか捕まるだろうから、海外にしよう」と路美男は言った。

「車でA国にでも行くか?大陸横断トンネルも来月開通することだし・・・」


この頃でも、日本の建設技術は世界最高水準を誇っていた。陸上で1キロメートル長のトンネルを建設しておき、それを船から海底に1つずつ沈めていく。この海底トンネルは、約10年の建設期間の後、ようやく開通を迎えるところだった。


さらに問題はあった。無事にA国に逃げたとしても、通信が発生する自動翻訳機を使うわけにはいかない。僕は「外国語って、勉強しておいたほうがよかったな」とつぶやいた。僕らは語学を基礎から勉強することにした。勉強をまじめにやってこなかった僕らが熱心に勉強するなんてありえないと最初は思っていたが、いつの間にか勉強のコツをつかみ、効率よく知識を吸収できるようになっていた。


アヤノは、僕らの犯行計画に漏れがないかを確認してくれた。まず、A国に入国するときのパスポートを気にした。路美男は偽造パスポートのICデータを不正アクセスで入手済みだったが、それだけでは十分ではなかった。指紋、虹彩、静脈などの生体認証をクリアしなければならない。僕らは、生体認証がどのようなロジックで認証判定するか調べ、その判定基準をクリアするための偽造ツールを3Dプリンタで用意した。


また、アヤノは、旧式の車でA国にたどり着くには数日かかるため、その間の食料を手配しておかないといけないことを指摘した。

「3Dプリンタ以外の料理なんて、中学のサマーキャンプ以来かも」

僕らは、保存がきく食材を調べ、自分たちで調理ができるよう料理を学んだ。自分で料理をしてみると、意外と楽しいものだとわかった。


アヤノは、緊張状態だから交代で運転するなら、確実に休んだほうがいいと言い、僕らは睡眠薬が必要だと考えた。

「睡眠薬をネットで購入したら、警察に確実にマークされる」

僕らは、自分たちで睡眠薬の成分を分析し、その成分を大学の教授から入手することに成功した。僕らは、どんどん知識が増え成長することで、自信がみなぎる心地よい感覚を覚えた。


さらに、アヤノは「妹が車の中で退屈するよね・・・」と呟いた。僕らは、旧式の車で利用できるCDと呼ばれる音楽データが保存されているディスクを作成した。さらに、音楽が飽きた時の会話のために漫才や落語を学び、少なくとも10個のオリジナルの持ちネタを揃えた。試しに素人漫才大会に出場したところ、敢闘賞を獲得するまでのレベルに達していた。

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