第14話:リューター大洞窟②

10分後、休憩を終えて出発したのはいいのだが、どういうわけか殆ど魔物と会う事がなかった。


「何か異常か....それとも前のパーティーがやったのか...」


「後者はあり得んな。仮にユートと十二将が数人いれば可能かもしれんが、気づかれずに迷宮での魔物発生頻度を上回るのは無理だ」


「だよな....」


通常、迷宮においての魔物は"自然発生"する。

隠れていたものが現れたり、外から入ってきて住み着いた、などの類ではなく、ある日突然その迷宮に魔物が発生するのだ。

発生のメカニズムとしては未だ全くもって謎であり、一説には濃密な魔力などが集まって発生する、とも言われているが誰も見たことがないのでよくわからないのが現状だ。無論、俺の『理解』でもいつのまにか、というものなので全く理解することができない。


まあ、今はそんなことはどうでもいいのだが、この魔物発生頻度というのは完全にはわかっていないものの、目安としてアリアが言った俺と十二将が数人いれば"一時的"になら魔物を消すことができる。

だがそれはあくまで一時的であり、しかも結構力を出さなければいけないため、確実にバレる。

ちなみにこれは経験からであり、初心者にすらモロバレした。しばらく出禁くらった。


「まだ索敵に引っかかってないが....選択の余地はないか、戻るz...フィア!アリア!迎撃!」


その叫びに反応してフィアが蛇腹剣、アリアが杖を構え、ヒュン!と音を立てて飛んできた岩を砕く。

狙いは完全にハピア達であり、2人が守っていなかったらおそらく顔が吹き飛んでいた。


「索敵外から投げてきやがった、逃げるぞ!アリアとフィアは3人の先頭に、俺は殿を務める。シスルス!」


シスルスを刀とし、次いつ飛んできてもいいように反応速度を高めつつ居合の型で構える。


「ユート!先に行くぞ!」


「あぁ、後で追いつく...っと、疾っ!」


どうやら喋らせてくれないらしい。

今度はより尖り凶器的な形をした岩が複数、生意気にも俺らの人数分飛ばしてきたため、即座に破壊しお返しとばかりに【変幻自在の剣製】の剣を数本飛ばす。


「ガァァァァァァ!!!」


その反応は雄叫びであった。

けたたましく、まるで落雷かと思うほどの轟音。

その後、その魔物は正体を現した。


「タイラントベア.....の変異種か?どちらにしてもおかしい....」


タイラントベア

巨石や大木を思わせる巨大で頑強な体躯、振るうだけで生命を簡単に散らす豪腕に鋭爪とその様は文字通り暴君タイラントの名に相応しいものだ。

それでいて厄介なことに知力が高く、獲物を選んだり待ち伏せしていたり、更には中級魔法まで使いこなす。

初心者どころか戦闘に慣れた者のパーティーでも撃退すら難しい強敵である。

だが、タイラントベアの生息地は基本的に別大陸にある『帰らずの森』と呼ばれる場所とその近くにある迷宮にしか生息していないはずなのだ。

それが何故、よりにもよって王都に近いこんな初心者迷宮の上層にいるのか、不思議でならなかった。


しかも厄介なことにタイラントベアの額には仄かに光るツノが加わり、毛色がどす黒く変色までしていた。

つまるところ俺が言った通りの変異種である。

一般的に変異種は元の種より強くめんどくさくなる。


ただでさえタイラントベアはめんどくさいと言うのに....


「ふぅ....炎よ、纏え」


ボウと炎が虚空より出で、俺の周囲に展開した結界が纏うように吸収する。

それにより、防護の為の結界は魔力が続く限り触れたものを容赦なく燃やす結界へと変化した。

それと同時に炎を刀と化しているシスルスにも纏わせ、再び居合の型に構える。


「ガゥ....ガァッ!」


タイラントベアが叫んだ瞬間、驚くべきことに俺のちょうど前の炎結界にだけ穴が開き、前回よりも高速で回転運動まで加わっている石の弾丸が俺めがけて飛んできた。


「!?...らぁ!」


刀を抜き、石を弾く。

手には痺れるように鈍い痛みが響いた。


「しかえし...だぁ!」


刀を抜き終えた直後に、本来居合などではあり得ない踏み込むという動作を入れ、タイラントベアへと急接近、上がった刀を振り下げる。

本来ならこれで終わるはずだったが、案の定というかタイラントベアはその斬撃に対し右腕を半ば生贄のように扱い、その結果本体は無傷で右腕のみが皮一枚残すまで切れた。


「硬っ...が、まだまだ!」


振り下ろした刀を今度はその勢いのまま水平へと向きを変え、横に薙ぐ。

そこからは俺の一方的な試合となっていった。

いくら強敵といえども、俺はこれまでちょっとおかしな連中や魔物と何度も戦ってきたのだ、今更タイラントベア程度敵ではないのだが...どこか違和感がある。


「だぁ!もう疲れた!」


ズバン!とタイラントベアの肩口から左腕を斬りとばす。

既に先ほど斬撃の雨により、右腕は千切れかかり片目も失っているという満身創痍なのだが、どういうわけか額のツノは先ほどよりも光が増しており、タイラントベア自身の戦意も全く衰えていない。

腕が無くなれば足や牙で一心不乱に、まるで殺す為だけに動く機械のように腕を斬り飛ばされた今でも俺に噛み付くようにして突っ込んでくる。


「まるでバーサーカーだな....だが、これで最後だ!」


「ガァァァァァァァァァァァァ!!!」


ここで、俺はもっと気にするべきだった。

光るツノのこと、この戦いで使用した魔法が初級の『ストーンバレット』のみであったことを。

だが後悔先に立たず、俺は特に何も考えることなくその額のツノ目掛けて割と全力で刀を振り下ろした。


「....は?」


ガン!と刀がツノへと当たった瞬間、ツノの輝きが急激に、爆発的に増した。

そして、それと同時に全身の毛が逆立つほど濃密で莫大な魔力をその光から感じた。


「つっ!?...アリア!!全力で結界を張れぇぇ!!!」


おそらくまだそう遠くない位置で移動しているアリア達に向けて魔力までも使用して大声を出し指示をした。

すぐに感じるアリアの魔力にホッとしつつ、すぐさま俺も自身の結界をさらに厚く頑強に強化する。

そしてタイラントベアに対しても分厚い結界を張る。


俺が予想したのは自爆攻撃。

俗に魔力暴走と呼ばれる現象を使用して行われる魔法を扱う者の最終手段でもあるものだ。

魔力はそのほとんどが安定しており、魔法はそこからエネルギーを抽出することで行使するものである。

だが、どんな集団の中にも綻びがあるように、どの魔力にも僅かに暴走する魔力がやはり存在しており、それが魔力暴走を引き起こす要因となるものだ。

そして厄介なことにその暴走している魔力は安定している魔力よりも桁違いにエネルギーが多く抽出することができるという性質がある。


今回俺が予想した魔力暴走による自爆攻撃はこの性質を利用して全魔力を人為的に暴走させ、エネルギーの爆発を起こすことで周囲を巻き込んで自爆するものだ。

しかも感じた魔力量から考えるにタイラントベアの周囲のみ、なんて可愛いものではなく、下手をしたら迷宮ごと吹き飛ばされかねない。

そんなことになったら大惨事なんて騒ぎではないため、わざわざタイラントベアにまで結界を張ったのだ。


しばらく、いや、ほんの刹那だったかもしれないが、ツノから溢れ出た濃密な魔力が辺りを包み込む。

俺は次に来るであろう衝撃に備え、刀を抱きつつ身体を丸め、スキルを使用して防御力等を上げる。


そして。


タイラントベアのツノから眩いばかりの光があふれた。





ふと、ドスンという感覚と腹の上にのしかかる重みに気がついた。


「ん...ど...は?」


強烈な光を浴びた後のため。ゆっくりと目を慣らすように開けると顔いっぱいに広がっていたのは、顔だった。

短く切り揃えた黒みがかった髪に対照的な白い肌がよく映えた端正な顔立ちの少女、リグリットの顔が割とドアップでそこにあった。

もれなく意識もついて。


「つっ!?.............」


「.....リグリット?どいてくれないと顔当たるぞ?」


さすがの暗殺者でもどうやらこの時ばかりは頭が追いつかなかったらしい。

時間にして数秒だがリグリットは目を見開き、しばらくそのまま固まる。


そして。


「な...」


「な?」


「何してんだよ....」


だがまあそこは暗殺者の矜持と言うものなのだろう。

叫びはせず、ゆっくりと上半身を起こした。

幸いなのはその下に埋もれるようにしてあったシスルスがどうやら目を回していたため、目撃されなかった事だ。

側から見たらキスしてるようにしか見えなかったため、俺は別にどうでもいいのだが見つかった場合が非常に、いやかなりやばい。

たぶんリグリットが精神的に死ぬ。


「ま、まさか....わた、私とキス...しようと....」


訂正、暗殺者の矜持なんてなかったらしい。

一瞬での赤面に噛み噛みの言葉、どうやらこいつ暗殺者のくせにそういう男女関係的な経験がないらしい。


「アホ。そんな事したら俺だけじゃなくてお前までアリア達に殺されるぞ。それより....降りてくれない?現状を把握したい」


あいつらならやりかねないと思ったのか真っ赤だった顔がサーッと青くなっていき上から降りてくれた。

それから俺もシスルスを横に置いてから上体を起こし周囲を見渡す。


周囲は先ほどまでの岩の壁ではなく、所々に人為的に作られたような切り揃えられた石壁になっており、床もそんな感じだ。

運が良いのか周囲は石壁で囲まれており、丁度横穴のような感じであった。


「....リグリット、少し辺りと魔物の種類を見てきてくれ。絶対戦うなよ。あ、ついでに他の奴がいないかも頼む」


「あ、あぁわかった」


とりあえず仲間内だけ見え通す結界を周囲へと張っておき、リグリットをいかせる。

ついで俺は戦闘の際に欠けたタイラントベアの牙の欠片をポケットから取り出す。


「解析、開始....」


スキル『理解』の真骨頂とも言える物質の解析と理解を使用し、タイラントベアの牙の欠片を解析する。

すると、案の定予想通りの結果となった。


結論から言えばこのタイラントベアは変異種ではなく、人為的に他の魔物と"合成"させられ強化された人工合成獣だということ。

となると、あのツノもこの状況もなんとなく察しがついた。


「転移させられた、というわけか。んであのツノはたぶんワーパーのだろうな」


ワーパーとは寒冷地に生息している額に一本ツノを生やした小型のユニコーンのような魔物だ。

タイラントベアほど強くないが、対象を近場のどこかに転移させる厄介な能力を持っている。

無論、こんなところには住んでいないはずだが、合成獣ともなればまあ、納得だ。


そしてもう一つ。


「封印の魔水晶...の欠片というより粉か...」


牙にごく微量だがハゲが使用していた封印の魔水晶を砕いた粉が付着していた。

つまりこれで俺の結界に穴を開けた、ということだろう。

更に言えば今回のことにもカエンとかいう奴が関わっていることも判明した。

これでも人を判別するのには自信があるのだが、いくら偽名だとはいえカエンが理解できない。

『黒の刃』やそれに感化された人への協力者ならば調べれば出てくるだろうし人種絶対主義者とわかるのだが、今回のことで理解ができなくなった。

タイラントベアとワーパーを捕らえ合成獣にするほどの強者にも関わらず、表立っては何もせず決して利益にならない事をする。

例えるなら遊興屋のような人物だ。

ただ楽しいからする刹那主義者のようで、どこか俺に似ていて恐ろしさすら感じる。


そこまで考えたところでリグリットが帰ってきた。


「見てきたぞ」


「おうお疲れ。どうだった?」


「どうもこうも、迷宮って名に相応しい豪華ぶりだったが、どういうわけか魔物の種類が多い気もしたのと、残念ながらハピア達はいなかった」


リグリットの報告を纏めると、壁や床はこの部屋のように整えられており、魔物も獣やうごく骸骨、植物っぽい奴など多種多様だったという。

最初に説明した通りこのリューター大洞窟の特徴として一定階層ごとに魔物の種類も環境もガラリと変わる事だ。

だが、そんな迷宮でも一定階層下、具体的にはおよそ50階層を境にその特性が変化し、多種多様な魔物が出現しだす。

そのためここからが下層と言われているらしい。


だがまあ、現状で重要な事の一つはハピア達がいなかった事である。

まさか育てると宣言した途端に迷宮で行方不明になり死にました、なんて事になったらもうアリサとかに合わす顔がない。


「確認するか......通信コネクト、アリアンナ・アラストーr...」


『ユート!無事だったか!』


空間魔法の一種である遠距離意思疎通魔法を発動したところ、アリアの声が食い気味にしかも大音量で直接脳内に響いた。


「うるさいから....そっちは無事?」


『あぁ無事だ。フィアはもちろんの事ハピアもクラーリも傷ひとつない...が、どういうわけかリグリットだけが見当たらんのだ』


一瞬いじわるでもしてやろうかと思ったが、そういうアリアの声は不安げだった。


「リグリットなら大丈夫だ。さっきも赤面してキスがどうのこうの慌ててた...痛いんですけどリグリットさん?」


「うるさい!せ、赤面とか言うな殺すぞ!」


『そうか....それは良かった。してユート、今はどこに?』


「周囲から見るにおそらく50階層以降だな、そっちは?」


『奇遇だな。私らもおそらくだが50階層以降だ、どうする?』


なんの偶然なのかどうやら同じ下層に飛ばされたらしい。

その事から想像するにおそらくあのタイラントベアの転移能力は一定範囲か予め決めたところ程度なのだろう。

不幸中の幸いでハピアとクラーリは孤立していなかったが、めんどくさいことこの上ないなこの状況....

ハピアとクラーリ、ついでにリグリットも結構体力の方に来ているから戻る予定だったのだが....。


「進もう。ハピアとクラーリはお前らが責任持って守れよ?ボス部屋まではあと20階層以内でつくと思うからその前で集合ってことで、どう?」


『承知した。ユートの方も油断はするなよ?』


「油断大敵っていうしな、じゃあ切るぞ」


『ちょっと待てユート』


ふと、これから進もうってとこにアリアの嫌な声が響いた。ちょうど前にリグリットに見惚れた見惚れてないの時に言われたような、ジトッとした目がなぜか脳裏に浮かぶ。


「....なんだ?」


『帰ったらさっきのがどういうことか聞くからな?』


「.......はい」


その時リグリットからは浮気がばれて問い詰められているように見えたという。

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