第13話:リューター大洞窟①
あの後、他の探索組といざこざを防ぐために俺らは1時間後でようやく迷宮へと入場になった
「フォーメーションを確認しよう。リグリットが索敵兼遊撃、ハピアが壁役を務めつつ皆への指示、クラーリは遊撃、俺らは基本的に手は出さないからよろしく」
そう言いつつ迷宮における必要道具が揃ったポーチを各々に配る。
内容はポーション類3種をそれぞれ2つずつと応急処置用品のみの極簡易なものだ。
俺のように空間魔法を使えれば『異空間収納』を使えるのだが、あいにくと空間魔法自体が希少なのとまず3人はそんなものを覚えていない。
一応『底無しの鞄』と呼ばれる一定重量以内ならば生物以外なんでも入れられる所謂マジックバッグも存在しているのだが、初心者は金額的に普通持てないので却下し普通のにしておいた。
アリアとフィアはもしもの時のために大量の食料等の入った『底無し鞄』を持たせてある。
「あと一応危険な時は口出しするけど死ぬ直前まで出す気はないから、俺らの助けを期待しないように。それとリグリット、お前はあまり強い毒を使うな、緊急時のみ神経毒を許す」
リグリットは仮にも実力者だ。
ただ相手が悪かっただけで気配の消し方、毒の使い方に短剣術はやはりそれなりの経験が感じられた。
だからこそ今回、そんな毒を普通に使われたら戦闘技術の育成にはならないし、なによりハピアとクラーリが育たない。
それゆえの制約だとわかってくれたのだろう。
リグリットは渋々と言った感じで頷いた。
「よし。じゃあ行こうか」
そうして俺らは迷宮へと身を投じた。
□
「敵接近!数2!」
「わかりました!クラーリ!」
リグリットの鋭い声にハピア、クラーリが武器を抜き構える。
しばらくするとリグリットが報告した通り迷宮の通路の向こう側から魔物が2体、こちらへとや向かってきた。
現れたのはブルーボアと呼ばれる深い青色の毛皮を持つ猪型の魔物が2体。番だろうか。
この魔物は所謂初心者用の雑魚ではあるが、意外とその突進力は侮れず、毎年数人の初心者が骨を砕かれて犠牲となっているほどだ。毛皮もそれなりに硬い。
が、まあ3人には丁度いいだろう。
実力を図る目的もあるため、ここは黙ってターゲティングされぬように気配を消して見ておくことにする。
「まずは様子を見ます。リグリットさんは背後に気をつけつつ魔物の背後を取ってください!クラーリは私の指示があるまで盾を構えつつ相手を観察!」
まずは相手の手を見るのだろう。
ハピアの指示通りリグリットは気配を消しつつブルーボアの背後に隠れるようにして陣取り、クラーリはブルーボアの横、壁際に盾を構える。
しばらく睨み合いが続き、ついにしびれを切らしたブルーボアが動いた。
ブルーボアの攻撃方法はその容姿、名前の通り基本的にイノシシと同じだ。
脚力を生かしての突進、頑丈な牙を使っての突き上げなどバリエーションが少ない。
その中で今回ブルーボアは突進を選んだ。
ダッ!と瞬間的に最高スピードまで加速したブルーボアは一瞬、消えたように見えただろう。
だがそこはさすがハピアと言ったところだろう。
冷静に双剣で牙を流しつつ、突進を躱す。
「パワーは結構....リグリットさん!」
「あいよ」
今度はリグリットが瞬と消え、一瞬にしてブルーボアの内の1体の背を取った。
(へぇ....さすが経験者)
リグリットが短剣で突き刺したのは頭と背の毛の境目の部分、丁度硬い毛に覆われていない比較的柔らかい部分であり、さすが
が、少し甘い。
「なっ....くっ!」
突き刺したまでは良かったが、野生の、しかも迷宮の魔物が首元刺したくらいだとかろうじて動脈に届くか届かないか程度、正直その攻撃ではどうにかはならない。
逆に凶暴性が増し、暴れさせるのが関の山だ。
リグリットは闘牛のように暴れ出したブルーボアにたまらず飛び退ける。
ちなみにこの時の正解は刺した後にすぐ捻るかして出血を誘うか、柄まで押し込んで頚動脈を断ち切るかであり、刺すだけじゃ三角どころかバツである。
まあ、人間とは構造が違うから難しいだろうけど。
(さて....ここからどうする?)
心の中の問いかけが聞こえたのだろうか。
ハピアが一度こちらへと振り向いて指示を飛ばした。
「リグリットさんはもう一つの個体に同じことをしてください!クラーリは突進に気をつけつつ横腹に思い切り蹴り!もう一体は注意は引きつけます!」
「了解した!(は、はい!)」
リグリットはさっきとは別の個体に対し高速接近から再び同じ場所、正確には若干の修正を加えた場所へと短剣を勢いよく突き立て、そして抉るように回転させる。
一方のクラーリはブルーボアの側面へと回り込み、今現在までリグリットが攻撃していたブルーボアの横っ腹を思い切り蹴り上げる。
クラーリは子供といえど、獣人種だ。
そのためブルーボアの身体は若干浮くような強い衝撃に襲われる。
するとどうだろう。
先ほどつけた首筋の傷から大量の血が宙へと舞った。
(へぇ....血を押し上げたのか)
あまり押し込んでいない短剣では捻ったといえど頚動脈にギリギリ届くか届かないか程度の距離なのだろう。
無論血管壁を少し傷つけて放っておけばそのうち自分の血流に耐えきれず破裂するだろうが、今回はクラーリの蹴りでそれを早めた、といった感じだと思う。
脆い血管の部分に血液を送るため、心臓のある腹(ブルーボアの心臓の位置は低めで腹のあたり)を蹴り上げることで強制的に血液を送らせ、破裂させる。
思いつきにしてはいい作戦だ。
これならばすぐ戦闘は終了するだろう。
一方の別の個体もハピアが上手い具合に引きつけており、全くリグリット達の邪魔になっていない。
程なくして、もう一匹も同じようにして討伐し、3人チームでの初戦が終了した。
「お疲れ。いい連携だった」
初めてだというのに的確な指示を出すハピアやその指示に従う2人の信頼関係のようなものには目を見張るものがあった。
少なくとも俺は合わせれないだろうし、それ以前に他者をあまり信頼できない性格のせいか、十二将以外と組んだことがほぼない。
前に一度「パーティーに入ってくれ」と言われて入ったところで軽い無双っぽいのをしていたらそのリーダーに泣きながら今度は「頼むから出て行ってくれ」と言われたこともある。
それだけ他者を信じれないのはまあ...色々あったからだろうか....
っと、話はずれてしまったが、今回はこの3人のことを褒め、そして戒めることにした。
「いい連携だったけど、このことを忘れないように。獣の王は兎を取るときでも本気を出すという言葉の通り、この先どんな雑魚が現れても決して気を抜かないように」
「はい!精進したいと思います!」
「ます!」
「お、おう....じゃあとりあえず必要な素材だけ回収しておいて。迷宮上がったら武器を変えるから」
元気の良すぎるというか食い気味に返事をしてくるハピアとクラーリに圧倒されつつも、リグリットは俺の指示に従い、手早く魔物から使える部位を剥ぎ取って行く。
ちなみに武器を変える、というのは所謂妥協案だ。
武器を渡した後、ハピアがやはり今は受け取れない、というので妥協案として提示したのがこの『初回迷宮に限り武器を貸与、その後回収した素材で武器を作ったり買ったりして装備を整え、お金が貯まったら買い取る』というものだった。
これにも若干ハピアは渋ったのだが作った俺が報われない、と一言言ったらあっさり通ってしまったのだ。
まあ、いい心がけと言えばいい心がけだが、リグリットは最後まで武器を渡すのを渋っていた。
□
その後も3人の連携は冴え渡り、ブルーボア1体、巨大な蝙蝠であるビックバット2体、蛇型の魔物であるハイスーネク1体と二階層まで好調に進んでいった。
それぞれの魔物から皮や牙、爪などの役立つ部位の他に魔玉と呼ばれる魔物の核みたいなものも獲得することができた。
この魔玉というのは大抵が球状になっており、これを使うことで魔法具の原動力となったり、魔力の効率的運用ができるようになったり、武具にスキルをつけることもできるようになるなど、非常に使い勝手が良い素材の1つだ。
ちなみに魔玉はランク1の完全な魔玉でも銀貨1枚以上の値が付くため、こういった迷宮においての最優先収集物の1つとなっている。
今回手に入れたのはランク1の完全な魔玉が2つ、欠片が4つと稼ぎ的には非常に良かった。
その後、休憩するのに適した横穴を発見したため休憩することにした。
「さて、と.....アリア、背後はどう?」
「特に異常はない。犠牲者の方もまだ上層だからか1人も出ていないと見えるな」
アリアには最初から背後の冒険者などに気をつけてもらっていた。
これは迷宮においての敵が魔物や罠だけではなく、人も立派な敵となりえる故の措置であり、結構重要なことでもある。
巷ではルーキー狩りなんて物騒な連中もいるくらいだし、それによって相当数の犠牲者が出ているという。
警戒するのは重要だろう。
「フィアはどう?」
「若干ですが、前方の空気に何か異物がありますね」
「異物?」
「何かここらの魔物とは違う、ちょっと不気味なものです。丁度大峡谷あたりの魔物と同じような感じです。」
フィアはこれで気配察知以上に悪意とか敵意とかのより概念的なものの察知が上手い。
それが獣人種故の特性なのかはわからないが、それでもこの悪意察知は当たることが多く、前回の旅でも助かったものが多かった。
そして今回の大峡谷とは、身体能力はさることながら、特殊な能力が少々鬱陶しい魔物だった記憶がある。
まさかこんな場所にいるとは思わないが、
(一応警戒はしておくか....)
ハピア達を不安にさせてしまえば今後の探索に支障がでかねない。
その為、蜘蛛の巣の応用である探査機用魔力糸を気づかれない程度の薄さで広げ、リグリットの探索範囲外のことも察知できるようにしておいた。
その後アリアとフィアに警戒うぃ続行するように目配せしつつ、休憩中の3人を見る。
やはり元奴隷ということでハピアとクラーリは疲労がたまっているようで、口数も少ない。
一方のリグリットは準備運動などをしているように見えるが、やはり慣れない迷宮での直接戦闘ということで結構疲労が溜まっているのが言葉や動きの端々に見える。
(あとすこし進んだら今日は終わりだな、まずは体力作りか)
まだ二階層だが、こういうのは見極めが大切になる。
実際問題、迷宮初心者の死因の殆どが実力を過信しての無謀な探索によるものらしく、死なずとも心が折れて二度と迷宮に潜れなくなる可能性が出てくる。
もしもハピア達がそんなことになったとしたら、俺は即座に腹を切ると思う。介錯なしで。
「よし、今日はあと一個下に行ったら終わることにする。だけど最後まで集中するように」
そう告げるとハピアは若干残念そうな表情をするが、すぐに表情を引き締め、双剣の手入れを始めた。
その後、10分ほどかけて横穴にて休んだあと、先ほどと同じフォーメーションを組んで進むことにした。
□
迷宮-3階層奥-
迷宮において素材にもならない魔物の死体は掃除屋と呼ばれる魔物、ストマックフィッシュと呼ばれる壁を透過する空飛ぶ魚が全て胃に収めるため、迷宮内では魔物の死体などは1日経てば全て消える。
それは同じ生き物である冒険者も同様であり、瀕死の重症や死体があればそこにストマックフィッシュが群がってくる。
しかしその光景どころかストマックフィッシュ自体も滅多に見かけることはできず、ストマックフィッシュの素材が非常に有用なこともあり幻とすら呼ばれているほどだ。
だが、今ここには大量のストマックフィッシュが空を泳いでいた。
そしてそこには、1人の冒険者と思しき青年と1体の巨大な魔物、それと.....死屍累々の山があった。
「バ、バイト、コルシュ....」
青年が絶望しきった顔で見る先には2体の、もはや死体とすら言えない有様にまで喰われていた。
おそらくパーティーメンバーだったのだろう。
青年は迷宮だというのに手からは傷だらけの武器を落とし、青年の背後に佇む魔物にも全く気を配っていなかった。
「どうしてこんなところに.....なんでだよ....」
まるでこの世の理不尽さを恨むように呟く。
そして。
「ガァァァァァァ!!!」
「ひっ!や、やめ...あ....」
ズガン!とまるで巨大な槌が下ろされたように、魔物が腕を振り下ろし、青年は無残にもその命を散らした。
残ったのは巨大な魔物のみ、青年の持っていた松明に照らされたその姿は禍々しいまでに醜く、それでいて凶悪な姿をしていた。
「ガァ....」
その魔物は何かを感じたのだろう。
自分が殺した青年には目もくれず、ただ何か興味深いものでも発見したように上層へと続く道の方を見上げていた。
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