第15話:リューター大洞窟③
「リグリット、次来る!」
迫り来る魔物を刻みながら少し後方にて同じように...とは言えないが戦闘を繰り広げているリグリットへと叫ぶ。
あの後、アリアに言ったように最下層のボス部屋を目指すこととなり出発した。
迷宮の最下層にあるボス部屋を突破するとポータル部屋というものにたどり着き、そこにある水晶に触れることで地上へと脱出することができる。
初めて聞いた時はまあ、都合が良すぎるんじゃねえかとも思ったが今となっては結構ありがたいものだ。
正直なところ分厚い結界を纏ってダッシュすればすぐに到着すると思うのだが、元々初心者用の迷宮なだけあり、出てくる魔物は単調な動きなものが多く、力が強かったりはするがタイラントベア並でもワーパーのように特殊な能力を持っている魔物がほとんどいない。
そのためついでにリグリットを育てておくか、ということになった。
無論、最大限のバックアップもしているし俺も戦っているので、リグリットが死ぬ心配は....たぶんない。
「だぁぁ!私は暗殺者だ!正面切って戦えるか!」
まあ、こんなことを言いながらもちょこまかと動いて的確に急所を狙うあたり流石だと思う。
「ふむ....やっぱり弱いなこいつら」
ただ、正直言って俺は物足りないにも程がある。
シスルスじゃどうしても一斬必殺だし、それ以前にたぶん素手でも瞬殺できる自信がある。
タイラントベアもアレだったがここにいる魔物は弱すぎて殺さないようにリグリットへとパスするのが難しいレベルの弱さだ。
そんなことを考えつつ適当にバッサバッサと斬り伏せ斬り捨て殺っていくと、下層への階段が見えてきた。
「なんだ早かったな。リグリット、調子はどう?」
「はぁはぁはぁ....ユ、ユート頼む少し休憩を....」
見やるとどうやらかなりバテているらしい。
肩で息をして今にもばたりと生きそうなほどだ。
だがそこはやはり暗殺者なだけあり、身体についている血は全て返り血のようで怪我自体はない、が、どうやら疲労には勝てなかったらしい。
「降りてからな、スタミナ回復薬やるから」
さすがに階段付近は横穴などの休憩スポットがないためリグリットにスタミナ回復薬を投げ渡しつつ階段を下る。
さすがにここまで来れる冒険者とかはほとんどいないと思うが、それでも会わないとは限らないためそういうのも兼ねているのでリグリットも素直に受け取り後をついてくる。
□
side:Aria
アリアの方には十二将が2人に加え、疲労状態とはいえ獣人種が2人もいることからかなり安全度が高かった。
第一、前衛にフィアが立ち後衛にアリアが立てばほとんどの敵意を持つ相手を打ちのめすことができるだろう。
フィアの剣術は対人戦だけでなく対魔物戦にも通じ、一対多数の戦いでもひっくり返せるほどの技量を持ち、アリアもアリアで元魔王の名にふさわしい魔法の数々を使いこなす。
唯一強いて弱点があるとすれば、ユートのように大規模な回復等ができない点だろう。
だがそれもフィアとアリアが持たされている『底無しの鞄』に収納されている回復薬等でどうにかなるだろう。
「さて、ユートの奴も無事だったし....行こうか」
「あの...リグリットは、どうだったのですか?」
そう心配げに声を出したのはハピアだった。
アリアは少し意外な感じもしたが、次の瞬間には表情を優しげに緩ませる。
「安心しろ。妬ましいことだがユートのところに跳んだらしい。仲がよさげだったぞ」
「....あの暗殺者許すまじ....」
呪詛のような嫉妬の言葉を呟いたのは無論フィアだ。
ハピアはパァッと表情を明るくし、リグリットが見当たらないと若干沈んでいたクラーリに報告して2人して喜んでいた。
とりあえず緊急事態ということでハピアとクラーリにも『底無しの鞄』と各種ポーションを配布、フォーメーションをフィアを最前衛に、アリアを最後衛に据えその中央にハピアとクラーリを置く防御陣形へと変更。
ハピアとクラーリの体力を気遣い、アリア達は進むこととした。
やはり50階層以下ともなると魔物の密度というのは上層に比べて格段に濃く、数十m進んだところでアリアの魔力索敵に魔物が引っかかった。
「む....フィア、前方に2匹くるな」
「了解した」
蛇腹剣ではなく普通の刀を居合いの型で構えつつダッ!とまるで消えるようなスピードでフィアは飛び出しそれにともなってハピアとクラーリも武器を抜く。
アリアも魔力索敵を維持しつつ、愛用の杖を構える。
「1体送るぞ!」
「了解した!ハピアとクラーリで自分たちで考えて攻めろ、私は援護しよう」
「「はい!」」
ハピアとクラーリが武器を再度構えなおしたところでフィアの宣言通り1体の魔物が薄傷をつけながら走ってきた。
出現したのはサンダーロットワームと言う厄介な属性持ちのゾンビ系統で虫型の魔物だ。
弱く麻痺程度の雷属性だが、それでも触れれば痺れたりするなど金属系の武具や素手で戦う者にとって結構めんどくさい敵でもある。
そのことを本能的に感じ取ったのだろう。
ハピアもクラーリもなかなか手が出せないでいた。
サンダーロットワームもそれを感じ取ったのか煽るような動きを繰り返す。
が、ここには優秀な魔法師がいる。
「虫風情が...
「ありがとうございます!行きますよクラーリ!」
「うん!」
雷耐性を得た2人は弾かれたように左右へと動く。
ここら辺は仲が良いからだろう、サンダーロットワームの両脇腹にそれぞれ双剣と片手剣が突き刺さり、反撃より先に切り裂いた。
「キィィィィヤァァァ!」
裂かれた痛みにサンダーロットワームが甲高い悲鳴をあげる。
が、その叫びは断末魔の叫びとなった。
「ハッ!」
ハピアが双剣に魔力を込め、刀身を燃やしその炎でサンダーロットワームの内部から熱していく。
腐ってるとはいえ生物である以上その体内には少なからず体液や消化液などの水分が存在する。
そしてハピアの双剣の片振りに使ってある緋緋色金が発する炎は魔力次第で摂氏120度を軽く超える。
そのため、サンダーロットワームの体内では急激に熱せられ水分は水蒸気へと変化する過程で身体を突き破り、簡易でごく小規模だが水蒸気爆発にも似た反応があった。
無論、外傷に耐性があろうとも体内で爆発が起こればサンダーロットワームもひとたまりもなく、先ほどの悲鳴にかぶせるようにしてパン!と破裂音が響き絶命した。
ちなみに降りかかる体液の雨はハピアは双剣のもう片割れの能力で空気中の水分を凍らせシェルターとし、クラーリは盾を傘代わりに逃げ回り、アリアは微妙な顔をしながらも結界で防いでいた。
「うむ、よくやったな2人とも。体力の方はどうだ?」
「はい、ありがとうございます。先ほど休憩したので体力の方はだいぶ良くなりました」
「元気!」
礼儀正しく丁寧に報告するハピアに対し、横ではクラーリが元気良く跳ねる。
「そうか、大丈夫そうだな。ご苦労さまだ」
アリアがクラーリの頭を優しく撫でながら2人を労う。
身長の関係上ハピアの頭は撫でられないのだが、その顔に浮かべる優しげな笑顔とまるで子に向けるかのような目に一瞬迷宮内だという事を忘れる程の安心感がそこには雰囲気として漂っていた。
その後、サンダーロットワームの死骸から唯一の使える素材である魔玉をなんとか取り出し、フィアが帰ってきたところで再び前へと進む。
「そういえば...フィア、他の者の居場所は知っとるか?」
「いや、私が知っいたのはティファだけだ。第一私自身もティファからの手紙でユート帰還を知ったのだからな」
「ティファか....占いだな」
ティファとは十二将の1人であり、十二将内では参謀格にあたる人種のことだ。
人種、と言っても4分の1がエルフとの混血であり、アリアが言ったように一部のエルフ独特の占いを得意とし、今回のユート帰還をいち早く知った人物でもある。
どことは言えないが少し距離が離れていたためティファは自分が居場所を知る十二将に手紙を出し、自身もユートのいる場所に向けて出発している、というのはまた別のお話で。
「それでティファはどこに?」
「今はもう発っているだろうが、ティファがいたのは新緑の森だ、あいつらしいと言えばあいつらしい」
新緑の森とはその名の通り季節と気候が常に夏、特に初夏あたりに固定された不思議な森の事だ。
場所はリューター大洞窟から馬でもおよそ半月かかる場所に位置しており、魔物も一年を通して元気な事から人は好き好んで住まない場所でもある。
フィアが言ったらしい、というのは完全なフィアの主観ではあるが、強いて言うならばユートと出会ったのがその時期だったからというものだけである。
「ふむ....じゃあしばらくここで待った方がいいな。ユートに言っておこう。ユートもティファも早く会いたいだろうしな」
「そうだな、どういうわけか十二将がバラバラになってしまったからな...私もティファとは手紙のやり取りだけなので早く会いたい」
そう言いつつ、フィアは手元を操作し、蛇腹剣を大きく駆動させ遠距離にいる魔物を切り裂く。
「むっ....」
それに対し、何故対抗意識を持ったのかは謎だがアリアが杖を煌めかせ遠距離で小規模の爆発を起こす。
ユートがその場にいれば確実に「アホじゃねえの!?」と叫ばれそうな愚行だが、冷静を装いつつもやはりアリアも見た目相応の精神はあり、フィアとの再開は嬉しかっただろう、それによりたぶんいつもとは違う競争心が出てしまったと思われる。
ちなみにユートとの再開は無論だ、狂喜乱舞しなかっただけマシな方。
だが。
「「.....」」
そのせいでハピアとクラーリは完全に休息と言う名目の放置を食らっており、結局両者の気が収まったのは数十分先の話であった。
□
過去となった英雄譚
「.....」
朝焼けの空。
街の一番高い塔から辺りを見渡すとかなり遠くまで見ることができる。
広大な平原や深い森、奥の方には小さいながらも川の近くに幾つも村が集まっており、命の営みがあることを改めて知ることができる。
そんな場所にいるのはたった1人の少年。
黒い髪に黒い瞳を持ち、少女の格好をすれば疑いなく信じてしまいそうなほど端正な顔だちの少年が1人、こんな場所で悲しげな光を眼に浮かべながら遠くを眺めていた。
程なくして登ってくる太陽。
高所故に吹く風は少年の頬を撫で流れていくがその少年はそんな事にさえ悲しげな感情を向けているように見えた。
「.....そうか。そうなんだな....」
ポツリと少年がこぼす。
何かを感じ取ったのか、それとも何かを思い出したのかはわからないがそれでも、少年はただただ悲しげに表情を曇らせる。
「※※※!ここにいたのか。皆はもう準備万端だ、すぐにでも出れる」
ふと少年の背後に紅い髪を持った少女が現れ、少年へとそう告げる。
「そうか。わかったすぐに行く」
少年は遠くを眺めたままそう答える。
紅い髪の少女は「あぁ」とだけ答え、今度は忽然とその場からかき消えるようにいなくなった。
再びこの場所には少年が1人。
時間にして数秒程度だが少年はまるで住み慣れた故郷を離れるかのような決意に満ちた表情を浮かべ、そして不敵に笑う。
「さて、いっちょやりますか」
朝焼けに染まっていた空は何処からか現れた分厚い雲に覆われていき、照らすはずだった世界が灰色に染まる。
それが何を象徴するかはわからないが、少年は去り際に一言。
「.....一雨来る前に終わらせなきゃな」
こう告げてその場から去っていった。
その日、世界に大きすぎる衝撃が走った。
カリエント王国を筆頭にした諸国連合軍およそ13万の軍によるたった13人の討伐。
誰もがやりすぎと笑った。
が。
翌日、カリエント王国及び諸国に帰ってきた人物は元の人数からはおよそ想像もつかない5人だけであった。
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