第8話:剣士グリフィア①

その報せは唐突にやってきた。


「見つかった?もうか?」


「まあな、詳しい事情はこれを見たらわかる」


【羽兎亭】亭主兼情報屋であるエルサランから紙(羊皮紙)を受け取る。

内容は至ってシンプルな"挑戦状"であった。

挑戦状それによるとどうやら昨日あたりより街の広場にてある女性剣士が挑戦者を募っているという。

その女性剣士が提示した報酬というのが自分自身のあらゆる権利であり美人ということもあり昨日今日で既に約100人が挑戦しているという。

だが、同時に女性剣士は100人切りも達成したという。


つまるところ無敗だ。


「剣士か....」


「あぁ、恐ろしく強いらしくてな、武器は片手剣、それと腰にあるだけだが特徴的な蛇腹剣も持っているんだが...心当たりは?」


「十二将ならフィアだな、その蛇腹剣もおそらく俺が鍛えたやつだ」


フィア

名前をグリフィアという十二将の1人であり翼獣種の女性だ。

俺が教えた剣術と抜刀術を我流に改造した混成剣術と俺が鍛えた蛇腹剣を使用する剣士であり、他の十二将と同じく一騎当千の実力を誇る。

ちなみに翼獣種は通常グリフィン、鷲獅子の姿だがフィアはある事情のため人化を解くことは滅多にない。

というか今では人化状態の方が技術的に強いのでそういう意図もあるだろう。


「にしても挑戦状とは....あいつってそんな荒れてたっけ?」


「うむ、ユートがいなくなってから軽く発狂しかけてたな。そこら一帯の馬鹿共が一時的に全滅する程だった」


「うげ!あの盗賊全滅ってそいつの仕業かよ....俺はてっきりユートの仕業かと....いや、わるい冗談だ」


そんなふざけたことをぬかすエルサランをジロッと睨みつつも俺は少しおかしな考えを巡らす。

こうなると前にアリアが言っていた匂いでわかる、というのもあり得るかもしれなくなってきたのだ。

理由としては今は俺がこの街に来てからわずか3日、その3日の間でフィアと思われる人物はただでさえ亜人種が差別されるこの街で危険な決闘まがいのことまで始めたのだ。

ティファとかなら得意の占いでどうになるだろうがフィアは正直あまり特異な力を持っていない。

もし仮にその女性剣士をフィアと仮定したとして、電話などの高速連絡手段が無い世界にも関わらず、ピンポイントでこの都市に来た、ということは本当にあるのかもしれない。


すぐに会いに来ないのは突然消えて突然現れた俺をおそらく疑っているか、あるいは。


「俺を試している、ということか?」


「かもな。フィアの奴は結構脳筋なところがあったし」


「そうですね」


....それはお前らだろう。魔王と剣だし。

本人のために弁解はしておくがフィアは少し強いだけで戦闘狂ではない。

それならばよっぽど俺やアリアの方が狂っている。


「何はともあれ行ってみる価値はあるな。幸いお前とカイラさん以外俺の顔知らないだろうし」


これは別に謙遜でもなんでもない。

もし誰か別の人物による罠だとしても俺はここまでフードを被っておらず、ただ銀髪なのと無駄に美少女を引き連れていることでしかおそらく視線は集めていない。

そしてその視線には基本、嫉妬などの感情こそあるものの殺気や敵意はなかった。

それに俺の索敵に引っかからないってことはまだ王都からの追っ手のようなものは来ていないのだろう。


まさか出さない、というわけはあるまい。


すこし思考がずれたところでふと俺へと向けられた心配げな視線に気づいた。

その視線の主は意外も意外、シスルスであった。

やはり仲間との戦闘というのは不安なのだろう。

それにフィアは剣技だけなら十二将随一の実力を誇っており、時の剣聖であろうとも危なげではあったが勝利しているほどだ。

俺の身を案じているのか、それともフィアの身を案じているのかはわからないが....愛刀を不安にさせたまま行くほど俺は酷くはない。


「なんだ心配か?」


一言、短くそう告げる。

それに対してシスルスには珍しくブンブンと首を振ったが、それでもやはり微かに心配げなのは人心(刀心?)に疎い俺でもわかった。

だが、わかったとしても理解することとは別だ。

いくら英雄とか魔王とか言われても所詮俺は壊れた人間でしかないのだ。他人の心情はわからない。


なので。


「ふむ....アリア、悪いあと頼んだ」


「はぁ!?」


俺は敵前逃亡を図った。

その昔『神速』『神兎』なんて揶揄されたほどの速度を何故か今発揮し、アリア達の足元を器用に身を屈ませすり抜けるようにしてある意味包囲されていた状況から抜ける。

こんなところにそんな力を使ってはいけないのだが、俺のモットーは力の有用的な活用だ。

モットー的には反していないので躊躇はない。


「それじゃあちょっくら行ってくるわ!」


ピューン!と擬音がついたりしそうな感じで俺は事前に結界の応用で開けておいたドアから逃げ出す。

アリアに対しあとは任せた、とウインクをするとどうやら意図を察したのだろう。アリアもその容姿に似合う笑みを浮かべたまま任せろ、とウインクを返してきた。





女性剣士の話題はどうやら街中に広まっていたらしく、広場に行ってみるとかなりの人が熱狂とともにごった返していた。

丁度、戦闘中だったらしいのだが先ほどから聞こえてくる音は大剣か何かが石造りを激しく打つばかりであり、最前線の戦場のように剣と剣とのぶつかり合いは聞こえてこない。


(さすがフィアだな、教えた甲斐がある)


近づいて魔力を確認してわかったが、やはり仮定した通り、天才女性剣士はフィアことグリフィアであった。

そうとなればこの異様とも言える静けさは理解できるだろう。

これは日本での話なのだが、剣の達人同士の戦闘だとほとんど音がしないという。

それは主に剣同士のぶつかり合いを避け、相手の体への一撃にかけているからである。

避ける理由としてはいかに名剣名刀といえども金属に当たれば刃こぼれし、最悪戦闘中に折れることがあることからだ。


そして、その戦闘方法を教えたのは他でもないこの俺だ。

この世界において剣による小手先の技や技術はあまり好まれないのだが俺はあえてそれを叩き込んだ。

この世界のポピュラーである大剣などによる叩き斬るのではなく薄く鋭さ重視の刀剣による斬り裂きに剣術を特化させたのだ。


そこで一際大きい歓声が上がった。

試合が終わったのだろう、少し跳躍して見やると大柄の男が汗だくで女性剣士フィアの前に倒れこんでいた。


「次!次の挑戦者はいないか!」


観客からそんな声が上がる。

だが、大柄の男が相当な手練れであったのだろう、もはや誰も挑戦しようとはしなかった。


これは好都合だ。


皆が他に挑戦者がいないかと探している中、俺は目元までフードを落とし静かに剣を掲げる。

ちなみに持っているのはシスルスではなくスキルで作り出した至って普通の片手剣であり、着ているフードは特別仕様の物であり魔力の量や質を隠す役割のものだ。

そのためこれを着ている限りアリアが言っていた匂いとやらではばれない。


しばらくすると俺の挙手に気づいた人から拍手と共に頑張れよ!といかにも"子供"扱いの叱咤激励が飛ぶ。


「む...次の挑戦者は....少女?少年?どちらでもいいが...子供相手だろうが手加減はしない!」


よし決定、こいつぶちのめす。


俺のことを少年ならまだしもなぜ先に少女が出てくるのか....いや、少年だって俺の身長(約165cm)からしたらおかしいだろ。


「.....」


挑発の一言でも言ってやろうかと思うが流石にこのフードに変声機能なんてものはついていないため、俺は無言のまま一礼をし剣を構える。

すると戦意"は"十二分と感じたのかフィアも蛇腹剣ではなく片手剣を納刀した状態で構える。


これは俺が教えた抜刀術のものだ。

フィアは翼獣種のため腕力や敏捷性は人を軽く超えている。そのためその腕力と敏捷性、反射神経を利用しての相手の急所もしくは戦闘不能にできる部位に高速抜刀での斬撃を浴びせてくる。

切り裂く、ではなく浴びせる、である理由は単純、その斬撃は単発ではないのだ。


「疾っ!」


一瞬で勝負を決めに来たのだろう。

フィアの手が煌めきブレたと思ったら一瞬にして俺の腕、腹、脚に対し斬撃を3回放ってきた。

切れぬように背の方で放ってきてはいるが速度が速度のため常人なら骨折もいいとこだ。

ちなみに剣が見えるのは単に目がいいのではなく、経験に基づく観察眼とそれなりに自身のある反射神経の賜物であり通常は見えない。


そして、剣閃が迫るが。


「なっ!....どうしてまだ立っている....?」


驚愕の声をあげたのがもちろんフィアの方。

それもそのはずだろうしその疑問も間違えてはいない。

観客から見たら風が吹いた程度にしか感じないがフィアが自分で放った斬撃だ、それが有効打だったのかはすぐにわかるだろう。

そして通常ならば一撃...三撃必殺の斬撃を、俺直伝の抜刀術をこんな得体の知れない"子供"に防がれたのだからな。


ちなみに防いだ、というより今回は避けたものであり、方法は至って簡単、身体を少しずらし腕と脚を狙っていた斬撃を外し、一番深くえぐりこんでくる腹を手持ちの剣でいなしただけのことだ。

翼獣種フィアを上回るスピードと観察眼、それに少しの度胸があれば誰にだってできることだ。


さて、攻撃は受けた。

ならば反撃に打って出よう!


「......」


「っ!?」


俺はゆっくりと歩き、あくまで声を出さず、殺気も出さずただまるで呼吸をするように"自然"に剣をフィアめがけて振り切る。

一瞬フィアも何をしようかわかっていなかったのだろう。そのせいで、その一瞬の判断の遅れにより俺の斬撃はフィアの持つ剣の柄を的確にえぐり、弾き飛ばした。


側から見ればただ近づいて振っただけの至極単純な作業にも見えるが、これは一種の奥義に値するものだ(実際にこの世界ではこれを奥義として伝承している流派もある)。


少し説明しよう。

剣を振る、というのは通常生物にとって異常であり不自然になるものだ。

剣とは人間の開発した人工物であり、それを持ってる時点でやはり生物として異常なこととなる。

剣を持ち、縦に振る。

行うのは簡単だが、この初歩とも言えない人間ならではの(この世界はそうとは限らないが)技術を突き詰めていけばほとんど反射のように振ることができるようになるだろうが、それは通常になっただけで自然ではない。


振る際には息を止めるし筋肉も一瞬硬直する。脳だって起こり得ることを想定して身構えるし相手の動きも見なければまず当てることすら難しい。


だが、俺はそれを会得した。

元々命を奪うことは生きてく上で仕方がない、と割り切っていたため躊躇なんてしなかったし、現実世界含めてあらゆる流派の武術をスキルによって理解、習得した結果、こんな荒技とも妙技とも言える技術を半分奇跡的に獲得したものだ。


通常通りに自然に、何も悟らせず斬りかかる術を。


奇跡で手に入れた技術を教えるわけもいかない、そのためこれはフィアに教えていない技術であり、見せるのもこれが最初だ。

ちなみに言うとこの技術は剣に慣れたものにこそ真価を発揮するため、"天才女性剣士"には効果抜群だ。


「....何者だ」


「.....」


再三にわたって説明するがこの服にもスキルの中にも変声機能はない。

そのため必然的にばれないようにするにはだんまりになる黙っているとフィアの身体から急激に魔力と剣気、殺気とも言える凄まじいものが膨れ上がった。

どうやら、本気になったようだ。


「子供だと思って侮っていたのは素直に謝罪しよう。あの方も慢心はいけないと言っていた。だが....ここからは本気だ!」


叫んだ勢いのままフィアはこれまでの試合で一度も手にしなかった蛇腹剣を取り出す。


蛇腹剣

この世界特有の武器であり簡単に言えば鞭と剣を合わせたようなものである。

通常は鞭のようにしならせつつ切り裂く、駆動の勢いを利用して遠方を突き刺す用途など目眩ませを含めた遠心力による攻撃などに使われるのだが、フィアのそれは若干違っていた。

伸ばしていない状態だと普通の刀剣の長さはあるのだがエルサランが言っていたように特徴的なのはその形状である。

"今"は普通の刀剣と同じ形状をしているがその先端は極端に尖っており、先端だけの見た目はまるでレイピアのようなものだ。


これは俺が作った際に遊び心半分で形状変化の刻印を刻み込んだ結果、持ち主の魔力に反応し一定範囲で形状を自在変化させれるようになったものだ。

銘はないがつけるならビックリ剣とかそこらへんが遊びで作った剣として妥当だろう。


そして今の形状は刺突に特化させた形状だ。


「あの方より賜った至宝だ。いくぞ!」


あげた本人が目の前にいる、と言うとなんだか気絶しそうで怖いのだが....まあ少し本気度を増さなければならないな。

あの蛇腹剣、形状が変わる影響で色が落ちているのだが、緋緋色金やら神剛石オリハルコンやら少々えげつない金属を使っているため防いだりした場合、広場もろとも剣が叩き斬られるかもしれない。

それは少し困るのだ。痛いものは痛いし即死すれば回復もできないのだ。


「ふっ!」


その形状通り、フィアはこちらの剣が届かない位置からの駆動による高速刺突を繰り出してきた。

蛇腹剣のうざいところは槍と違って剣身も間合いも掴めないところだろうか、実際に戦うとよくわかる。

それに魔力の流れからこれが本命ではないのがわかる。


(厳しいが....まだ、十二将には負けんよ!)


ガン!と避けたはずの蛇腹剣を剣で受け止める。

案の定フィアは刺突を避けられた途端に形状を鎌状に変化、引き戻しの駆動により切り裂こうとしてきたのだ。

さすがといえばさすがだが、これ俺じゃなかったら即死だぞ?と心の中で一つ、また一つと減点のチェックをつけていく。

ちなみに受け止めれた理由は魔力を纏わせたからであり、受け止めた、と言っても長く当たれば引き寄せられるわ緋緋色金で熱断されるわでいいことがないので当たった後一瞬で武器を外し跳躍しつつさらに距離を取る。


「.....!」


その後、すぐに俺は縮地を利用し急激に間合いを詰めフィアへと肉薄する。

ちなみにこの縮地はリアルに地を縮ませる魔法的なものではなく、体の軸の位置をずらさずに急速接近する武術的な縮地だ。

俺とフィアとの距離は約5mほど、それくらいならば武術的な縮地で悟られずに移動できる。


「....蛇腹剣は、至近距離に弱いと教えたはずだが?」


「は...?っ!」


ヒント、とも言える忠告をボソリと呟きつつ、俺はフィアの腹に対し、剣ではなくただの拳による勁を喰らわせる。

俺の放った勁もそうなのだが、勁とはその大きさも速度も外見上は全くもって一致しない。

実際に俺も今やったのは接触、つまりゼロ距離からの体重移動と骨の連動、筋肉の収縮加減のみで放った純粋な武術であり、剣士との戦いでは本来見ることはできない。

それ故なのだろう、周りの観客も、吹っ飛んだ本人も何が起こったのかよくわかっていなかった。


が、そんなもので俺が反撃の手を緩めると思ったら大間違いだ。


吹っ飛ばされた、としても滞空時間はわずかに1秒にも満たないだろうし不意を受けたとはいえフィアも十二将の武闘派、それも鑑みると連撃のチャンスはわずか0.1秒あるかないか程...十分だ。


今度は魔力的な補助を使用しての疑似瞬間移動(魔力による脚力強化+風魔法によるジェット噴射によるもので正しくは高速移動)を使用し瞬時にフィアの反対側へと回り込む。

左手に持つ剣でフィアの首を、右手の拳で頭を狙う。


「くっ...まだ、まだ負けるわけn....ガッ!」


「言わせねえよ?」


とっさに身体を捻り蛇腹剣の幅を広くし身に纏わせるように駆動させるが、もはや手遅れだ。

"使い捨て"の剣で蛇腹剣の刀身を若干ずらし素早く右手の拳ににより側頭部に対し衝撃を与える。


生き物は等しく脳が弱い。

それはいくら陸空の王を形容し自在に駆ける翼獣種でも例外ではない。


「っ!?...がっ!?」


今度は先ほど衝撃を与えた反対側の側頭部へとほとんど視認不可の打撃を与えた結果、急激に脳を揺さぶられたことによる意識混濁と平衡感覚の喪失を起こし、ついにこの街を騒がせていた女性剣士は地に伏した。


「お....おぉぉぉぉぉ!!!」


一拍遅れて広場には割れんばかりの歓声が響いた。


が。


「あ、ちょっと待て!」


俺は再び、今度はフィアを担いでとっとと逃げることにした。

主にここでフィアに起きられるのが困るのと祭り上げられるのと騒がしいのが嫌での逃走だ。


(....今度十二将みんなには目立つなって言っとこ....)


そして俺の頭の中には勝利よりもこれしか浮かばなかった。



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