第7.5話:Memory of the girl
side:Minami Kayama
あの日、私の元から去っていった少年、神谷 悠人の話をしよう。
悠人は子供の時から妙に達観したような感じであり、面倒くさがりな性格をしていた。
私は最初、そんな悠人のことが嫌いだった。
遊びに誘っても面倒くさいと断るにもかかわらず、テストでは常に上位維持、時折見せる運動神経の良さなど私が必死に努力をして手にいれたものをまるで元から手元にあるように簡単に手に入れてしまう
生まれながらの天才であり、私のライバルだった
それでも私はその頃から悠人のことが....きだったっと思う。
言う所の『好きの反対は無関心』という奴だろう、嫌いとは口で言って心で納得させていたけれど気になっている時点で興味は湧いていたのだと思う。
そんな私の想いが明確になったのはとある冬の日の出来事だった。
その日私はたまたま塾でわからないところがあったため質問をしていたところ時間が遅く、塾を出たのが10時過ぎの暗い時であった。
「あ〜....寒い」
もう12月も中旬を迎え、元々平均気温が低めの土地だったためかパラパラと雪も舞い始めていたとこだ。
私は一刻も早く家の炬燵であったまりたく少し駆け足で帰路を行く。
「公園、か....大丈夫だよね!」
今考えるとその考えがダメだったのだ、その時ほど急がば回れの言葉を実感させられた時はない
この公園というのは木々が生い茂るそこそこに大きい公園であり、休日の昼間などはよく子供連れで賑わっている。
のにも関わらず私が住んでいた市の財政の都合上か、切れかけた電灯は一向に直らず、今も私の頭上でチカチカと明滅している。
「寒い寒い寒い....どうしてこうも冬が寒いのかが疑問だ....」
「お嬢〜さん」
ふと背後で響いた声、ビクッと身体を震わせて振り向くと、途端に腹への衝撃により私はその場で倒れこんだ。
「ゲホッ!ゲホッゲホッ...な...に....」
鈍い痛みが襲う腹部を庇いさすりながら見上げるとそこには1人の男の顔があった。
下卑たような視線で私の身体を見てはニィっと口を割く。
耳にはピアス、頭は金髪とらしいと言ったららしい格好の、いわゆる不良と呼ばれる存在
「これはこれはぁ....いい収穫だな!」
「うっ!」
鈍痛により霞む思考でどうにか考えていると男は私へと蹴りを入れて転がす。
まるでボールかと思わせるほどよく転がったのをよく覚えている。
2、3回も蹴ると私の身体は草叢へとあたり、腕は赤黒く腫れている。
これはやばい、と些か遅い気もするが本能が脳に訴える。だが、脳が動いても身体が言うことを聞かず転がった衝撃と恐怖感により手足が硬直し、頬までもが痙攣を起こし声を上げることができなかった。
男は私の元までゆっくり歩きながらくると、いきなり私へと馬乗りになる。
「へへへ、自分の人生を恨むんだなお嬢さん」
何もかも理解した
この人は私を犯そうとしているのだ、と
すると心の中にかすかに残っていた対抗意識などが全て消えてしまい、私は私の脳が抵抗を諦め、瞳から光が消えていくのを実感することができた
ここは夜中の公園、電灯がないため夜の散歩やジョキングに来る人はおらず、叫んでも広く森に包まれているため届くことはない
誰だってそんな状況だったら絶望するだろう、これから私は犯されるんだ、と思うと途端に瞳が熱くなり光を失ったはずの瞳から大粒の涙が溢れる
「あらら泣いちゃった、ちょっと早いかな〜」
男はヒヒヒと笑うと一層興奮した様子でその手を私の服へとかけようとする。
私はせめてもの抵抗としてぎゅっと目をつむり、全てを拒絶することを示す。
もうあと数秒もすれば....そう思い身体が強張るが....そこにある声が響いた。
「加減が難しいが....ほれ!」
「なっ...ガッ!」
些かこの状況では似合わないであろう気の抜けた声が聞こえると途端に私の上から重みが消えた。
恐る恐る目を開けてみると先ほどまで乗っていた男はどこへ行ったのか、忽然と姿を消していた。
だがそれよりも私が気になったのはその気の抜けた声
その声はいつもいつもぶっきらぼうで無愛想だが、その実優しさに溢れている声
今回はより一層そう思った懐かしい声の主を探すため。強張っていた身体を無理無理動かし見上げる。
するとそこには、1人の少年が私の事を見下ろしていた。
天使、と言っても今回は信じたかもしれない
事実私には神々しさを背に負い、端正な顔立ちの少年のように見えた。
その少年はその真っ白な髪とは違いまるで夜を表すような真っ黒のコートを着ておりそれによって身体は見えないがすぐに私は理解する事ができた。
「悠...人...どうしてここに....?」
「....さあ?」
わざとらしく首を傾かせる悠人。
だが私にとってはそれがとてもありがたかった、このいつものサバサバした感じに今は計り知れないほどの安心感を覚える。
どうやら人はあまりの恐怖、緊張状態から急激に安心すると意識がシャットダウンされるらしい、私の瞼は重く、身体から急速に力が抜ける。
閉じていく瞳で最後に見たのは不敵に笑う悠人と綺麗な月の明かりだけだった。
□
「ん....?」
ふと身体が揺れる感覚と暖かい感覚に目を覚ます。
まだ眠気がまとわりつく脳でこれまでのことをゆっくりと思い出す。どうやら私はあの時気を失っていたらしい、特別身体に違和感もないし、最後の記憶も思っていた最悪の未来ではなかった。
「はぁ....悠人...」
「なんだ?」
「え....」
なにを思ったのか私は悠人の名を呟いたところ聞きなれた声が前方から聞こえた。
ガバッと顔を上げると目の前には白い毛の束、それから私はスーパーコンピューターもかくやというスピードで自身の身体の状態と今の状況を確認し、理解した。
「え...あ...悠....人?」
「だからなんだ?別にお前の胸が当たっても興奮しないs....痛っ!」
「うるさい!悪かったな小さくて!」
「...元気、戻ったか?」
「え....」
私をおぶっていた悠人は立ち止まり優しい声音でそう聞いてくる。
些か突然だがこの瞬間、私は悠人に対して恋をしたのだと思う、悠人の近くにいる、触れているだけで心は暖かく病気かと疑いほどに鼓動が早くなる。
頬も段々と熱を帯びていきなんだか恥ずかしくもなってくる。
「....私も安いよな....」
「あ?なんだって?」
「なんでもない!早く運べ!」
「へいへい」
いつものやりとりをこれほど心地よく思ったことはない。
いつもの関係がこれほど歯痒いと思ったことはない。
だから私は今を頑張れる。
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